Tales of Vesperia 流砂で生き埋めはNG 作:ナイトフェンサーK
あるいは大陸が小さいのか。
つまり何が言いたいのかっていうと、移動時間については深く考えないことにします。
またしてもフィーリングだね。仕方ないね。
途中の騎士の会話もフィーリングです。
ついでに、ラゴウのやらかしが原作よりも増えました。
また、ギルドdisりみな描写があるので気にする人は注意してね。
朝日が帝都を照らす。小鳥は囀り、遠くから人々の喧騒が聞こえてきそうだ。
そんな中、ゆったりとした街路を歩く、ちぐはぐな二人の姿があった。
質素な青年と、華美な少女。どのようないきさつから行動を共にしているのかがさっぱり分からない二人の組み合わせは、どうやら下町を目指しているようだ。
その内の一人、青年――ユーリ――は小さな違和感を覚えた。
どことなく体が重い。普段通りに振る舞ってはいるものの、彼を良く知る人物ならば、一目で不調を見抜くだろう。
だが、同行しているエステリーゼはユーリと知り合ってまだ一日も経っておらず、彼の不調を察することはできなかった。
活力が欠け、判断力が低下する。その状況には覚えがあった。
すなわち、空腹である。
考えてみれば当然のことだが、昨日の朝、彼は起床してから直ぐに貴族街に赴き、
そう、彼は丸一日何も食べていないのだ。
その状態でザギと渡り合ったのだから、身体が重くなるのも無理はない。常ならぬ激闘によってカロリーの消費は加速し、ついにはガス欠間近となった。体がエネルギーを求めるのは道理であろう。城の抜け道である地下通路を通ったときも、強くはないが魔物はいた。緊張を解くわけにもいくまい。
馴染みの薄い貴族街とはいえ、見た事のある光景を前に、ようやく彼の意識は日常へと帰ってきたのだ。今まで先延ばしにしてきた空腹感を携えて。
そこで、ユーリはふと思い至った。
――昨日から何も食ってねぇが、オレはまだいいとしても、エステリーゼはどうなんだ?帝都の外に出るってんなら腹ごしらえしとかねぇと途中でバテて倒れちまうと思うんだが。……一応聞いとくか
「エステリーゼはフレンを追うんだよな?帝都を出る前に飯でも食っといた方がいいんじゃねぇか。城での騒ぎから飲まず食わずだろ?」
そのユーリの言葉に、そういえば、と口にするエステリーゼ。どうやら彼女も失念していたらしい。
そんなんで帝都を出て大丈夫か、と急に不安になってきた。
「エステリーゼがいいんなら、下町で何か食ってくか?」
貴族の舌に合うかは保障できねぇけど、と付け加えながら提案する。
ユーリは、見て見ぬふりをするのは得意ではなかった。横柄な貴族が相手でも心底から困っているのであれば、仕方がねぇなと口にしながらも手を貸してしまうほどには、彼の性根は真っ直ぐで、だからこそかつて騎士団の門を叩いたのだ。幼少期、フレンと共に学んだ正義は今もなお彼の心に息づいている。
「下町の料理……はいっ。よろしければ、ぜひ、食べてみたいです」
深窓の令嬢といった雰囲気は一変し、遊びに夢中になった子供のように眼を輝かせるエステリーゼ。その変化に面を食らうユーリ。
「あ、ああ、分かった。……けど、急にどうしたんだ。そんなに腹が減ってたのか?」
彼女の変化の原因に心当たりがなかったため、率直に空腹なのかと尋ねる。
それに対して、慌てて答える少女。
「違いますっ。あ、いや、その、お腹が空いているのは違わないです、けど」
――それじゃ私が食いしん坊みたいじゃないですか
恥ずかしげに口にする彼女を見るに、どうやら、腹が減ってたのか、と直球で尋ねたことがお気に召さなかったようだ。
そんなに気にするもんかねぇ、とユーリは少女をちらりと一瞥する。
一見すると白いドレスのように見えるが、実際は二枚の服を重ねて着ていることに気付く。薄い桃色を内に、白色を外にして着込んでいるためか、白いという印象が強く感じられたのだろう。嫌味にならない程度に抑えてある金の刺繍は、白い布地に良いアクセントとなっていた。
――ザギと戦った後にお嬢さんの部屋に寄ったけど、やっぱ目立つよな、これ。戦いに支障が出ないのは見てて分かったから別にいいんだが、帝都を出るのにこの格好に着替えるってのは、よく分かんねぇ感覚だな。ま、それは置いといて
ドレスみたいで身体の線が分かりづらいが、別に太ってるって訳でもねぇし、単に気にし過ぎなだけだと思うが、とエステリーゼを見つめながら考えるユーリ。
一瞥というには長かったからか、その視線に気づいた少女は、一歩後ずさり彼から距離を取った。その目には疑いの念が込められているように見える。
「フレンが警戒するように言ってた理由が分かる気がします」
「あーはいはい」
少女の言を軽く流す青年。
ふと、下町の料理、と少女が口にしていたのを思い出した。
「下町の料理に興味があるのか?」
青年の問いかけに少女は眼を瞬かせた。きょとんとした表情は一転し、思い出を懐かしんでいるのだろうか、少女はうっすらと優しい微笑みを浮かべた。そのまま、はい、と答えて続けた。
「その、フレンが言ってたんです。下町の料理はどこかほっとする、優しい味がするんだって」
それを聞いてからずっと興味があったんです、と。語られた言葉には温かな思いが込められているように感じられて、青年は心が温かくなったような気がした。
――フレンが気に掛けるだけの何かがあると思ったが、単にエステリーゼの
ま、分からなくはねぇが、と独り言ちた。
貴族だから、という理由で平民を下に見るものは数多く存在する。ユーリはそれを好ましく思わないし、それ故に積極的に貴族と関わろうとはしない。偶然目に入って、それが困っていそうであれば手を貸すことはやぶさかではないが、彼の経験上ではそんなことは両手の指で数えるほどしかなかった。
それでいいと思っている。変えようとも思わない。
だが、少女の在り方は、ユーリの貴族観に衝撃を与えるには十分だった。
昨日キュモールと話したときは、フレンみたいな貴族もいるのだと驚いたが、騎士団長のアレクセイが一目置いているという噂があったため、それほど大きな驚きはなかった。
しかし、エステリーゼはそれとは違う。出会ったのは偶然で、前もって知ることは何もなかった。強いて言えばフレンの知り合いということだろう。そんな状態で出会った少女が、人を人として見る貴族だった。
この出会いはユーリにとっての青天の霹靂だった。相変わらず、貴族を良く思うことはないが、貴族だからと決めつけることは止めよう、と心掛けるほどに彼は衝撃を受けたのだ。もっとも、それで斜に構えがちなユーリの口が減ることはないのだが。
「ユーリ?どうしたんです?」
声が漏れていたのだろう。不思議そうにユ―リを見る少女に、なんでもねぇよ、と短く返した。
やや足早に歩く青年と、それを追いかける少女。
二つの影が楽しげに街路を踊っていた。
「ユーリ。待ってください」
「早くしねぇと置いてっちまうぞ」
「むぅ、ユーリは意地悪です」
「悪い悪い。……せっかくなら、フレンの行きつけに行くか?『
「キュモール隊長。アレクセイ閣下がお呼びです」
「分かった。下がれ」
失礼します、と答え敬礼する騎士は、足早にその場を去っていった。
――アレクセイが私を呼ぶ、か。
問題は、アレクセイがこのタイミングで私を呼んでいること。もしかして、お姫様の奪還についてか?私に任せる?……いや、ないな。お姫様の追跡、及び奪還は、任務を確実に遂行するためシュヴァーンに任せるはずだ。私に回すとは思えないが
考えながらも足を進め、騎士団長の執務室を目指す。
ほどなくして扉の前に着いた。
扉を叩き、入室の許可を待つ。
「入れ」
「失礼します」
部屋の奥に目を遣ると、椅子に腰かけ机上の書類に忙しなくペンを走らせる人物がいた。
深い緋色と浅い緋色の二色からなる隊服は否が応でも見るものの注目を集めるだろう。この配色の隊服を着ることが許されるのは、騎士団長とその直属の部下、通称親衛隊のみであり、帝国騎士団の最高戦力を示すものだ。その事実故に、彼の隊服を目にしたものは自然と姿勢を正してしまう。
肩当てやマントがないのは、おそらく書類仕事の邪魔になるから外したのだろう。
鈍く輝く銀色の髪は、これまでに見たものと相違ない。
ピタ、とペンが止まった。
書類から顔を上げ、騎士団長――アレクセイ――の視線がキュモールを射抜く。
「来たか。早速だが、君には追加で任務を与える。
「市民街、及び下町市民街はシュヴァーン隊が担当するはずでは?」
そう口にしながら、キュモールは内心で納得していた。シュヴァーン隊にお姫様の追跡を任せるのなら、彼ら以外に調査を任せるのは当然である。丁度、貴族街の調査を担当しているキュモール隊がいるのだから、ついでに任せるのは妥当な判断であった。
ちなみに、担当する隊を分けていたのは、貴族や平民へ配慮したからだ。互いが互いを良く思っていないため、余計な軋轢が生じないようにしようと、貴族のみで成り立つキュモール隊と平民を主体に成り立つシュヴァーン隊で担当区域を分けていたのだ。
「そのつもりだったが、事態が変わった。シュヴァーン隊にはエステリーゼ様の追跡と奪還を行ってもらう。君には彼らが抜けた分の穴埋めをしてもらおうという訳だ」
予想通りである。急な任務の追加だったが、彼に異論はなかった。皇位継承権を持つエステリーゼの保護は急務にして義務だ。それを成し遂げるために、結果的に他所の部隊が皺寄せを食らうことになっても、反論できるはずもない。ここでの反論は、皇族を蔑ろにすることを意味するからだ。仕事が増えることに思うことはあっても、口にはできない理由である。
「了解しました。用件は以上ですか?」
「もう一つある。もっとも、直接任務とは関係ないが、君の意見を聞きたい」
一息入れ、彼は続けた。
「
この世界、テルカ・リュミレースには六つの大陸が存在する。
イリキア大陸はその一つであり、大きく三つの地域に分けられる。
帝都ザーフィアスがあるマイオキア平原。
花の街ハルルがあるペイオキア平原。
帝国最大の港街カプワ・ノールがあるムルロキア半島。
イリキア大陸は中央を横断する山脈によって別たれ、南方をマイオキア平原、北方をペイオキア平原としている。また、この山脈は大陸を南北に縦断する大陸東端の山脈とも繋がっており、マイオキア平原は東部と北部を山脈に囲まれている。南部と西部の高台の存在もあり、マイオキア平原は閉ざされた平原とも言えよう。見方を変えれば防衛に適した場所と言える。
大陸中央の山脈は途切れている箇所――尾根が傾斜して平原と合流している地点――があり、そこに築かれたデイドン砦を通過するのがマイオキア平原からペイオキア平原に渡る唯一の手段とされている。
ペイオキア平原はおよそ環状に山脈に囲まれており、特に北部の壮大な山脈はアステフィルス環状連峰と呼ばれている。この平原を囲む山脈は西部が比較的なだらかになっており、最も通行に適している箇所を整備して丘を築いた。この丘を通ることでペイオキア平原とムルロキア半島を行き来することができる。
東部海岸には砂浜が広がり、環状山脈の切れ目から赴くことができるが、主要都市から離れていることもあり人気はない。
総括すると、イリキア大陸は地理的条件によって人の移動が制限されている大陸だと言えよう。帝国の影響力が大きいのは、ともすれば人の流動が少ないからかもしれない。
さて、ここまできてようやく、アレクセイの言に話を戻せる。
同時多発的に起きた
その行く着くところはカプワ・ノール。
評議会の一員にして領地経営を担う執政官ラゴウが取り仕切る街である。
「目的地はカプワ・ノールだろう。イリキア大陸の玄関口。治めるのは執政官ラゴウ。黒い噂の絶えんあの男が裏で糸を引いている可能性は高い。
ほとんど同時に起きた事件と人の移動を結び付け、その傾向から犯人に当たりをつけたアレクセイ。可能性とぼかしているが、彼はどうやら確信しているようだ。
騎士団長ともなれば評議会の人間と顔を合わせることもある。彼の知るラゴウは、
さて、聞かれたからには答えなければ。意見、か。
「執政官ラゴウ、ですか。……なるほど、確かにあり得るでしょう」
「思い当たることが?」
聞き返すアレクセイ。
「はい。昨日の城の騒ぎですが、戦闘の跡が確認されました。フレン・シーフォの部屋なのですが」
そう言ってキュモールは続けた。
「犯人を特定するようなものは何一つ残っていませんでしたが、フレン・シーフォ暗殺が目的だったことは確かでしょう。本人は帝都にいませんでしたが」
「ふむ。彼が巡礼に出ていて助かったな」
「……その指示を出したのは誰なんでしょうね」
とぼけるように言ったアレクセイを、呆れるように見るキュモール。
「しかし、戦闘の跡とは。誰かが暗殺者と争ったということか」
「ユーリ・ローウェルでしょうね。騎士たちの報告に暗殺者と戦ったという旨はない。脱獄して姿を消した彼が戦ったのでは。実力から見ても、暗殺者を退けるのは可能でしょうし。なぜ彼の部屋に行ったのかは分かりませんが」
「ほう。何やら高く買っているようだな。そのユーリ・ローウェルとやらを」
「実力は確かですよ。格上との戦いに慣れれば騎士団で隊長を名乗れるほどに。……彼の話はさておき、ラゴウの話です。昔、私に暗殺者が仕向けられたのを覚えていますか」
「……4年前の件か」
「ええ。あのとき、暗殺者に尋問して得た証言で雇い主を捕縛しました。彼らは皆ラゴウと親しい貴族だった。結局最後までラゴウの名前は出ませんでしたが、以来、要注意人物として警戒していたので。今回の件も彼が関わっているのではないかな、と」
もっとも名前を晒すことはないでしょうが、とキュモールは付け加えた。
「あの男を庇うつもりはないが、証拠は出ていないのではないか」
口ではそう言うが、アレクセイはラゴウの
「評議会は皇帝を政治的な部分で補佐する組織です。そこでやっていけるような人がへたな証拠は残さないでしょう」
「ならば、今回、人の流動という足跡を残していることについてはどう考える」
「計画外の行動をするものがいるのでしょう。話を持ち掛けた相手の暴走かと」
アレクセイはにやりと笑った。
評議会の人間は優秀だ。貴族の中でも政治的手腕が優れているものでなければ彼の組織に所属することはできないし、そんな人間が付け入る隙を見過ごすはずがない。周到な計画は真相を闇に隠し、犯人は用意された囮に過ぎない。切り捨てられた側はたまったものではないだろうが。
しかし、完璧な計画も実行されなければ意味がない。
今回露呈した犯行の足跡は、ラゴウにとっても想定外のものだろう。彼一人であれば上手く事を運べたはずなのだ。人員の増加による効率化を図った結果、計画外の行動をするものが現れたのだろう。
つまり、今回の事件は大人しく計画に従うような存在が協力している訳ではないと考えられる。
「ラゴウの他にもいる、と」
「はい。おそらくはギルドが」
そこで話に挙げられるのがギルドの人間である。
帝国とギルドは対立している。ギルドの存在がなければ明日をも知れぬものが生じるため今や帝国はギルドを黙認しているが、彼らは帝国から離反したものたちの集まりに過ぎない。
帝国とギルドの均衡は、どちらも仕掛ければただでは済まないと理解しているから保たれているに過ぎない。
法治国家たる帝国は、ギルドに思うところはあれど仕掛けることはしない。一方的な侵略は法治国家のあるべき姿ではないからだ。言わば法という抑えが帝国にはある。
しかし、ギルドにはそれがない。明確な法はなく、五大ギルドの連合によって運営される彼らは、個々人によって線引きされた基準に従い生活する。ギルド毎に引き金の重さが異なるのだ。そして、彼らの中には帝国を軽く見るものもいる。
「なるほどな。帝国に歯向かえばどうなるか、帝国の人間は知っている。だがギルドならば帝国に歯向かうことを恐れない、か。それ故の大胆な、いっそ挑発とも取れる行動をしている、と。君はそう考えた訳か」
「帝国とギルドが二人三脚で事を成すのは難しいでしょうから。例外があるとすれば、共同で
「豪胆なギルドの人間と慎重な評議会の人間、その反発か。……ともあれ、真相はこれから明らかにすれば良い。ノール港に向かう不自然な人の移動が見られるのは確かなのだからな」
機嫌のよさそうなアレクセイを見るに、キュモールの考えは彼のお眼鏡に適ったようだ。
「そうですね。私たちにできることは地道な調査ぐらいですし、後のことは彼に任せるとしましょう」
「……何のことかな」
「……まあ、いいですよ。……事態が収束しそうになったら、ノールの調査に当たりたいのですが構いませんか」
アレクセイは一拍置いてから聞き返した。
「理由を聞いても」
「国家の膿は排除した方がいいじゃないですか」
キュモールはラゴウの減刑の道を絶つと言外に告げていた。
評議会という地位に就くラゴウならば、国家に弓引いたといえる現状をもってしても政界から追放しきれない可能性がある。確実に処罰するためにノール港を調査して、過去、隠蔽されただろう事件の情報も手に入れておきたいのだ。
「……よかろう。既に事は国家規模だ。評議会といえど、ここまでしでかしたあの男を庇いだてはせんだろう。ノールへ赴く許可は順当に得られるはずだ。私も口添えしよう」
「手間取らせてしまってすみません」
「構わん。よもや、貴族の捕縛、及び爵位の剥奪がここまで後を引くとはな」
騎士団と評議会は組織として独立しており、互いに干渉することはできない。だが、キュモールの一件にはラゴウが絡んでおり、あの手この手で行動に制限をかけたのだ。その結果、キュモールが帝都を発つ場合は評議会に任務内容を明かす、ということになった。実質、ラゴウのための措置である。隊長就任に伴って、エフミドの丘を越えるときは、と制限が緩和されたが、ラゴウへの配慮は変わらず残っている。
「何かにつけて口を出すのは彼の警戒の表れなのでしょうね。私としては暗殺者を仕向けておいてどの口が、という話なのですが」
「もとはと言えば不祥事の揉み消しを図った貴族たちの責任だ。君は任務に則り彼らを捕縛したに過ぎない。あの一件から君を警戒する貴族が現れたが、そのものたちは何か後ろ暗いことをしていたのだろうな。警戒は日毎に強くなり、ついには暗殺者を仕向けるに至った。あのとき最も焦っていたのはラゴウだろう。疎ましく思った君を消そうと画策したが失敗に終わったのだから。結果、ラゴウは彼に与する貴族の一派を失った。君に付けられた制限は彼の抵抗なのだろう」
「かもしれません。ところで、フレン・シーフォを狙った今回の暗殺騒ぎも同じものだとお考えで?」
「……はぐらかしても無駄か。おそらくはな。君のときは後手に回ったが、避けられるなら避けた方が良いだろう」
どうやら任務に実直な騎士はラゴウの嫌うところらしいからな、とアレクセイはため息とともに零した。
「追及しといてなんですが、ラゴウの話はもう止めましょう。上手くいけば彼の件も今回で片が付きますし、このままだと愚痴に半日を費やすことになりそうです」
「……そうだな。仕事に時間を費やした方が帝国のためになる」
「それでは、私は
「下町を?……ふむ、例の
「はい。騒ぎの原因が
「よかろう。確認が取れ次第報告せよ。
一時的。それは、
「分かりました。確認は以上です」
「そうか。では、下がって良いぞ」
「はっ。失礼します」
短く敬礼した後、キュモールは部屋を去った。
アレクセイは扉を暫し見つめていたが、やがて、机上の書類に視線を移した。
――はぁ
ため息をつく。
3秒遅れて、筆記音が虚しく部屋を彩った。
「美味しかったです。フレンが言っていたことも分かりました」
「そりゃ良かったな。それで、今すぐ行くのか。それなら外まで送るぜ」
「それなら、お願いします」
「おう、任せろ」
上機嫌な二人は、和やかに会話して、酒場を出た。
腹ごしらえを終えて、ついに旅が始まるのだ。
約束通り、エステリーゼを帝都の外まで案内するユーリ。
二人が下町の広場に差し掛かったところで、一人の老人が話しかけてきた。
「おお、ユーリとお嬢さんか。ふむ、もう行くのか?」
彼の名はハンクス。下町の長ともいえる人物で、人望が厚い。幼き頃のユーリとフレンを良く知る存在で、二人は彼に頭が下がる思いを抱いている。
彼は今朝、下町に帰ってきたユーリと、ユーリと共にいる身分の高そうな少女を出迎えた。何があったのかと困惑しながらも、深く詮索はしなかった。
軽い調子で“ちょいとお城に招待受けて、優雅なひと時を満喫してた”と、ユーリは口にしたが、ハンクスは彼の疲労を見抜いていた。
事情をぼかしていることや、ユーリの真剣な眼差しは、ただならぬことがあったのだとハンクスに感じさせると共に、下町を巻き込まないようにするためのユーリなりの心遣いなのだろうと察し、そのことが嬉しくも悲しくもあった。
とはいえ、ユーリが言外に、そういうことにしてくれ、と伝えているのならば、ハンクスが無碍にすることはない。
腹ごしらえでもしてきたらどうじゃ。女将さんもテッドも心配しておったぞ、とハンクスは二人が宿屋に行きやすいように助け舟を出した。
ユーリは小さく笑みを浮かべ、敵わねぇな、と零し、宿屋へ向かった。どこか嬉しげな声色で、行くぞ、と少女に声を掛けて。
そして今、二人が再び広場に現れたのを見た老人は、二人に声を掛けたのだ。
「はい。お世話になりました」
丁寧に一礼する少女。
貴族が平民を見下すのはよくあることだ。平民が下町暮らしであるとすればなおさらである。
だからこそ、礼儀正しい少女に対してハンクスは違和感を覚えた。
世間知らずなのだ。
貴族が平民に礼を尽くすのは、別に非のあることではないし、そういったものも僅かだが帝都にいるだろう。しかし、一般的に貴族は平民に威張り散らすものだ。嘗められないようにという考えもあるのだろうが、彼らは平民と距離を置き、付き合い方に一線を引いている。
今朝、少女と出会ったとき、ハンクスは珍しいことがあるものだと驚いた。十中八九貴族であろう存在が平民に礼儀を尽くしたのだから当然といえよう。そのときは軽く流していたが、今の様子を見て間違っていたと確信する。
一般的な貴族らしさから乖離した少女の在り方は、人と、延いては社会と関わることが少なかったから形作られたものではなかろうか。横のつながりが強い貴族でありながら、らしさがないのは人づきあいの経験が浅いからと考えれば納得できる。つまり、少女は秘匿された存在なのではないか。
ふと、皇帝の不在という現状が老人の頭をよぎった。
「……ユーリ。せっかくじゃからお前さんも着いていったらどうじゃ?儂らはお前さんがおらんでもやっていける。それに、お前さんが着いていけば、お嬢さんも心強いじゃろう?」
しれっと提案するハンクス。
もとより、彼はエステリーゼにユ―リを旅に同行させてもらうようお願いするつもりだった。このことは既に下町の住民と話し合って決めていたことでもあった。
ともあれ、先ほどの考えが正しければ、事は帝国の未来に関わるだろう。騎士団に保護してもらうのが最善だ。
だが、彼はそうする気にはなれなかった。どうしてか、亡き妻を想起したのだ。理由は分からない。ただ、引き留めるのは、まずい気がする。ひどく抽象的な感覚だが、ハンクスはその感覚に従うことにした。
「おいおい、急に何を――
「ユーリ・ローウェ~~ル」
老人の提案に慌てる青年は言葉を返そうとするが、大きな声がそれを遮った。聞き覚えのある声である。
「げっ、ありゃルブランか。デコとボコもいるな」
音の出どころを見やると、予想通りの人物がいた。
帝国騎士団シュヴァーン隊小隊長ルブラン。鮮やかな橙と明るい橙の二色を主とした隊服は見るものに鮮烈に映る。白いラインは橙色を主とする隊服に際立ち、彼の纏う雰囲気と合わさって整然とした印象を受けることだろう。
「ここで会ったが百年目。さあ、神妙にお縄に付け~」
「ルブラン隊長」「声が大きすぎて」「「耳が」」
シュヴァーン隊ルブラン小隊に所属する二人の騎士、アデコ―ルとボッコスは耳を抑えながら苦言を呈した。彼らの一連のやり取りは帝都では馴染みのあるものだ。
ともあれ、彼らは城から忽然と姿を消したユーリを追って下町を訪れたようだ。昨日の脱獄から今まで探し続けていたのだろうか、実にパワフルだ。
この光景にハンクスはユーリが騎士に追われていることを理解した。
すかさず、彼は広場にいる住民に視線を巡らせる。アイコンタクトだ。住民の結束が固い下町だからこそ、視線一つで意思疎通ができるのだろう。
次から次へと準備運動をし始める住民たち。見れば、先ほどよりも人が多い。どうやら協力のために家々から出てきたようだ。
今回、彼らが一致団結するのは、隠れた理由がある。
それは、ユーリについてのことだ。
ハンクスも、下町の人たちも、ユーリを頼りにしている。しかし、同時に惜しくも感じている。彼らはユーリを良く知るが故に、彼が下町でくすぶっている現状を惜しむのだ。
困っているなら力を貸す。辛いことがあるなら相談に乗る。口に出す言葉はぶっきらぼうだが、いつだって、真摯に人に向き合っていた。
ユーリの実力を、人柄を知る彼らは、ユーリが下町を理由に外の世界を、その広さを知らぬままでいることをどこか悔しく思っていた。ともすれば、下町が彼の足を引っ張っているのではないか、と。
もちろん、彼らとて分かっている。ユーリが下町を好んでいることは。ユーリも含めての下町の日常なのだから、それが欠けるのは彼らも嫌だ。
だが、快く思う相手を自分たちが縛り付けているのではないかという考えは罪悪感となって彼らの心を澱ませていた。ユーリに聞けば、そんなことはない、と答えるのは分かっている。それでも、割り切れないのだ。
そんな中訪れた転機。
理由は分からないが、どうやらユーリは騎士に追われているようだ。これは少女の旅路に同行するようにユーリを後押しする絶好の機会だ。そして、ユーリがいなくともやっていけるのだと、彼に証明するまたとない機会でもある。
世界の広さを知ったその上で、彼がどのような選択をするのか。それは彼らには分からない。だが、彼がどのような道を選んでも祝福すると決めている。
「行ってこい、ユーリ。お嬢さんも気をつけてな」
快活な笑みを浮かべた老人は、二人に短く告げる。
陽光が照らしたのだろうか、青年の持つ刀の鞘が一瞬、きらり、と光った。
騎士三人がユーリ目がけて走る。
おもむろに、ハンクスは右手を挙げ、くいっ、と下ろした。
瞬間、騎士めがけて押し寄せる人の波。彼らは騎士たちへ矢継ぎ早に言葉をぶつけていた。
その隙に二人は街の外を目指す。
緩やかに傾斜する道を進み、帝都を出るまである少しというところで、一人の騎士が追いすがる。小隊長ルブランだ。
「待て~」
彼我の距離があと十歩といったところで、一つの影が物陰から躍り出た。
犬である。
藍色と白色の体毛に左目を走る傷跡、煙管を加えた姿は渋い雰囲気を漂わせている。首に巻かれた鎖と、体に括り付けられた小太刀はただならぬ犬であることを見るものに悟らせるだろう。
騎士ルブランを転ばせた犬は、悠然とした歩みでユーリに近づく。
「行くぞ、ラピード。もしかしたら、久しぶりにフレンに会えるかもな」
「ワン」
「どうした。突っ立ってると置いてくぞ、エステル」
「え、あ、待ってください」
こうして二人と一匹の旅が始まった。
ユーリとラピードは
エステリーゼはフレンに会うために。
旅の目的が異なる以上、どこまで一緒にいられるかは分からないが、道のりが重なる間は、共に行くことになるだろう。
市民街にてキュモールとルブランたちは遭遇した。進む方向から、それぞれ下町と城を目指しているようだ。
「ルブラン小隊長にアデコールとボッコスか。一体、何があったのかな?」
話しかけるキュモールに敬礼する三人。代表してルブランが応答するようだ。
「これは、キュモール隊長。はっ、実は、脱獄したユーリ・ローウェルを追っていたのですが、エステリーゼ様の姿もあり、どういうことかと考えておりました」
「誘拐されたはずの姫殿下、か。ひとまずは、アレクセイ団長に報告するといい。団長はシュヴァーン隊に姫殿下の追跡を任せるつもりだ。シュヴァーン隊長も、任務を終え次第、隊に合流するだろう」
「シュヴァーン隊長がっ。あ、いえ、それは嬉しいのですが……その、私には、ユーリ・ローウェルが誘拐を企てたなどとは、とても」
それは、ルブランなりの信頼だった。
彼の知るユーリという男は、騎士たちと揉めることはあっても、私欲で犯罪をするような男ではない。彼の行動は彼なりの信念に従ったものであり、かわいい部下たちと揉めることに頭を悩ませながらも、その人柄は認めていた。だからこそ、姫殿下の誘拐などという大それたことをしでかすとは思えなかったのだ。
不器用ながらユーリを気に掛けるルブランの思いを汲み取り、キュモールは自分の見立てを話すことにした。
「残念だが、姫殿下の奪還のために、彼は誘拐の罪を被せられるだろう。姫殿下の所在を確認するにはその方が都合が良いからね。それに、彼が誘拐していないと証明できるものは姫殿下以外に存在しない。仮に証言しても、姫殿下を脅迫していると捉えられるだろう。評議会にとって都合が良いように、ね」
「そんな……どうにかならないのですか」
「可能か不可能かで言えば可能だが、私たちにできることはほとんどない。昨日の城の騒ぎは組織だった行動だ。それは君も理解しているだろう」
「はい。瞬く間に城内が煙幕で満たされていくのを目撃しました。個人でやるには規模が大きく、複数犯だと愚考します」
「その点を突けば彼の疑いは多少ましになるだろう。だが、評議会も彼を誘拐犯だと認めた手前、取り消すには至らない。評議会を退けるには両殿下の証言が必要になるだろう」
「両殿下の……エステリーゼ様はともかく、ヨーデル殿下は行方知れずだと聞いていますが」
帝国で皇位継承権を持つものは二人いる。
一人はエステリーゼ。彼女は先ほどフレンを追って帝都を発った。
もう一人がヨーデル。優れた政治手腕を持っているが、ルブランが言うように行方不明だ。
「心当たりはあるんだ、私も団長も。問題は間に合うかどうかだ」
「と、いうと?」
「賽は投げられた、ということさ。……長話をしてしまったね。そろそろ任務に戻ると良い」
「はっ。失礼します」
敬礼と共にそう言って、彼らは城へ向かった。エステリーゼの行方をアレクセイに報告するために。
キュモールは彼らの姿を数秒の間、目で追った。
そして、任務のために下町へ向かった。
――呼び名を付けられるのは初めての体験だ。……エステル、か。これまでエステリーゼと呼ばれていたからエステル呼びは新鮮だが、こういうものも
「悪くないです」
ぼそっと、小さく呟くエステル。その声音はどことなく楽しげだ。
「何が、悪くないんだ?」
そう言って聞き返すユーリ。何事か思案している様子のエステルが急にしゃべったかと思えば、何やら意味深な呟きをしたのだ。その内容に興味が湧いたユーリは、とりあえずはと聞き返し、会話のキャッチボールを試みる。
「え?」
エステルは短く疑問符を浮かべた。突然どうしたのだろう、とでもいうように、不思議そうな顔をするエステルを見て、ユーリはなんとなく察した。その隣でラピードは小さくあくびしている。どうやら呆れているらしい。
「何を考えてんのか分かんねぇけど、今、声に出てたぞ」
やや呆れがちにユーリがそう告げたことで、エステルは慌てて口元を抑える。いちいち素直な動作をする彼女は、見た目以上に子供っぽく見えた。
おいおい、いまさら口元抑えても遅ぇって、と思いながらも口にはしない。ユーリのエステル評に、どこか抜けてるやつという情報が加わった。
ユーリをちらちらと見てはわたわたするエステル。その様子を眺める彼は、彼女の差異について考えていた。
――城であれだけ冴えた感じだったのに、今はそんな様子がまるでねぇな。あのときは頭が回るやつだって思ってたけど、今みたいにぽわぽわした感じの方が素なのか。飯食ったときもそうだったし
罠を看破したエステルと浮ついた雰囲気のエステルは、比べるとまるで別人のようだ。
――そういえば、地下通路を通って城を抜け出したとき、一度も城から出たことがない、みたいなことを言ってたな。たしか……“窓から見るのと全然違う”、だったか。冗談だと思って軽く流しちまったが、あれは本当のことなのか?……だとすると
城に閉じ込められ、身分が高そうで、騎士に追われている。三つの要素から導き出された答えは――
――まさか、な。さすがにそれは考え過ぎだろ
ユーリは結論を放棄した。考えが合っていたとしてもどうしようもないし、本人が隠そうとしているのにわざわざ確認するのも彼としては好まない選択だ。
――ま、誘拐犯として指名手配されたら、確定だな
問題を先送りにしつつ、二人と一匹は北上する。目指すはデイドン砦。花の街ハルルまではまだ遠い。
常よりも騒がしい砦。
その防壁の上に、騒がしさを嫌ったのか、ぽつり、と人影が一つ。
「……この辺りか」
長き白髪を風にそよがせ、どこか浮世離れした雰囲気を纏う男は独り言ちた。
ラゴウ「嫌な予感がする」
デイドン砦にて
「……カロル……」
「あー、
「……この辺りの魔物を狩る。戦えば幾らか気も晴れよう」