【仮題】雪柱の男   作:窮鼠猫を噛み噛み

1 / 21
初めまして窮鼠猫を噛む噛むです。
このページを開いているということは少なくとも注意書きを読まれて、許容し健康であることが伺えます。
更新スピードは遅めですが頑張っていきたいと思ってます!

では第1話をどうぞ!


はじまり

時は西暦1904年の大正時代。閑静な田舎町にその道場はあった。『心王砕氷流剣道場(しんおうさいひょうりゅうけんどうじょう)』と達筆な字で書かれた看板を掲示して道場からは若い男達の気合いの入った掛け声と、木剣が打ち付け合う音が響いていた。

心王砕氷流はかつて徳川将軍家が江戸に幕府を開き、200と数十年もの間天下を治めていた頃から、代々鉢特摩家(はどまけ)の当主に受け継がれる流派である。幕府の時代では各藩に道場が存在したが、15代目将軍徳川慶喜が大政奉還を行い新たな時代を迎えたと共に衰退していった。今では巷の一道場として『剣術』から『剣道』へと時代に合わせ成り代わっていた。

そんな由緒ある道場の家に鉢特摩白叡(はどまびゃくえい)は、1893年に三男の末っ子として産まれた。物心着いた時から父や兄、門下生らの稽古を初めから終わりまでじっと眺めていた。6歳の頃に試しにと3つ上の兄が子供用の木剣を握らせてみればどうだろう。拙いながらに流派の型を披露し、見ていたもの達を驚かせたものだ。その日から白叡は兄弟子達と混ざり稽古をするようになった。あれから5年経った現在、11歳となった白叡は今日も一心不乱に素振りをしていた。

 

「ふっ!ふっ!ふっ!」

 

素振りをしている場所は道場ではなく、家の敷地の中庭。拙い型を披露した少年は腰辺りまで伸びた家系特有の銀髪を後頭部で縛り、紺の道着と黒の袴を着て、まだ幼さが残るが整った顔を汗で濡らしながら木剣を振っていた。

ちょうど千を数えたところで素振りを終えれば、庭の縁台に置いてあった手拭いで吹き出た汗を拭き取る。しかし汗はかいているものの疲れた様子はなく呼吸も落ち着いている。正直白叡にとって千本の素振りなど朝飯前であった。木剣を握ってからというもの、毎日欠かさず素振りをしていたため身体が慣れたこともあるが、まだ11歳と言う歳の男児の体力で千本を息も切らさずに振り切れるだろうか?どんなに剣の才能があったとしてもそれは不可能だろう。

 

「ふぅ……」

 

ならば何故白叡にそれが可能なのか、それは彼の特殊な呼吸法によるものだった。

水分を補給し一息つけば白叡はまた木剣を握り構える。

 

「…………」

 

ヒュオオオッと言う呼吸音と共に心王砕氷流の八つの型が放たれる。その剣筋のキレは見事なもので、一挙動全てが洗練され、まるで一つの舞のようであった。残心を意識し再び構えれば木剣を納める。そこで漸く白叡の自己鍛錬を眺めていた人物が声をかけた。

 

「白叡お疲れ様。今日も朝から振ってたの?」

 

声をかけたのは白叡と同じ髪色の女の子で、背は頭一つ分ほど大きい彼女は縁台に腰をかけていた。彼女は鉢特摩白蓮(はどまびゃくれん)。白叡の5つ上の姉である。

 

「うん。今日はなんだか、柄が手に馴染むんだ」

「もう………今日は折角稽古がお休みなのに素振りばっかして」

 

淡々と返しながら汗を拭く弟を見ては、白蓮は呆れた様子で苦言をこぼす。この弟は小さい時からずっと道場に籠って木剣を振っていて外に出ることが滅多になく、同年代に友達と呼べるものがいないのだ。偶に次男の白夜が『社会勉強』と称してサボりに付き合わされて外に出たり、見かねた母や白蓮が買い物に無理やり付き合わせているが、あまり効果は期待できなかった。勿論外に出れば白叡に話しかけてくれる子達もいる。しかし白叡は何時も輪の中に入ろうとはせず、一歩外側に立って眺めているだけであった。

 

「寧ろお父さんの稽古が出来ないから素振りを欠かすわけにはいかないんだよ、お姉ちゃん」

 

返ってきた弟の言葉にまた溜息をこぼす。この弟は家族がそういう所に悩んでいると気付いていないのだろう。普段あまり子供達の友好関係に口を出さない父でさえ「白叡に友達はいないのか」と本気で心配している。

 

「はょう〜〜」

 

弟の様子をじとーと見ていると背後から気の抜けた声が聞こえる。振り返れば、寝癖でボサボサの頭をしたもう1人の弟が大きな欠伸をしていた。

 

「白夜。いくら今日が休みだからって寝すぎ。何時だと思ってるの?」

「別にいいじゃん、休みなんだしよー。つーか白叡はまーた剣振ってんのか」

 

次男の鉢特摩白夜(はどまびゃくや)はぼーっとしている頭で姉に返事すると、白叡を見ては「勤勉だね〜」と呟く。

 

「白夜兄さんも一緒に素振りするか?いつも稽古を怠けているし」

 

弟の包み隠さず放たれた言葉にダメージを食らう白夜。全くの悪意はなく、白叡は淡々と事実を述べているだけである。寧ろ白叡にとっては剣を振ることが唯一の娯楽であるため、それを拒む兄を理解できない。白叡からしたら稽古が休みの日は自分の配分で好きなだけ剣を振れる絶好の機会なのだ。故に日頃の稽古を怠けて、更には休日も剣を振らない兄に「勿体ない!」と純粋な善意だけで誘っているのである。

 

「お兄ちゃんは怠けてるんじゃねぇよ。街に出て社会勉強をしてるんだよ」

「へぇー団子を食べたり昼寝するのが社会勉強ねぇー」

「何で姉ちゃんが知ってんだよ!?白叡、お前喋りやがったな!」

 

自信満々に屁理屈を並べ誘いを断ろうとするが、自分と白叡しか知らないはずのことを何故か知っている白蓮に吃驚する。直ぐにそれをバラしたであろう白叡へ視線を向けると、白叡は「しまった!」と言うように「あ」と声を漏らす。

 

「秘密だということを忘れてた。ごめん、お姉ちゃん。その話は忘れてくれ」

「もう遅せぇよ!」

「こら!白叡に当たるんじゃない!アンタの自業自得でしょ!」

 

至極真面目な表情で姉に話してしまった秘密を忘れるよう言うが、そう言われて忘れる人がいるはずもなく、何より天敵と言っていい相手である白蓮に知られてしまっていたのだ。白夜は剣道のことばかりでそれ以外がどこか抜けている弟につい反射的に怒鳴ってしまう。しかし白蓮の正論と共に頭を引っ叩かれ涙目になる白夜だ。しかし白夜もやられっぱなしではつまらないので「すぐに手を挙げるのは女として〜〜」と言い返し、それにキレた白蓮が更に言い返し口喧嘩が勃発する。そんな二人を見て白叡はただただアワアワとすることしか出来なかった。

 

「全く……お昼になったばかりだと言うのにあなた達は元気ねー。白夜に至っては起きたばかりだと言うのに、そんなすぐに喧嘩をすることがあるの?」

 

末っ子を巻き込む長女と次男の不毛な喧嘩はある女性の登場により収束に向かう。この女性は鉢特摩家の家庭内序列堂々の頂点に座す彼らの実母である鉢特摩迷彩(はどまめいさい)だ。40代とは思えぬ容姿に加え、厳格な父ですら尻に敷かれてしまう程、強かな女性である。

そんな彼女の登場に口喧嘩をしていた2人は大人しくなり互いに指をさして「白夜が(姉ちゃんが)!!」と揃って口にする。

 

「はいはい。弟の目の前でみっともないわよ。白蓮はお姉ちゃんなんだから少しは我慢しなさい。白夜も、男の子なんだから些細な事で怒らない」

「はい……」

「ごめんなさい」

 

そう言われてしまえばこれ以上喧嘩を続けるわけにはいかない。そんなことをしたら最後、雷(物理)が落ちる。

 

「白叡。あなたも素振りばっかりしてないで、外で遊んできなさい」

「うーん……」

「そんな顔しても駄目。表で白蘭が待ってるから行ってきなさい」

「……お母さんが言うなら仕方ない。行ってきます」

 

木刀を片付ければ外出用の服装に着替えに行く。割と最近買って貰った白い着物を着て、玄関先で待っている長男の鉢特摩白蘭(はどまびゃくらん)の元へ向かう。白蘭は白叡を見れば笑顔を浮かべ手招きする。

 

「白蘭兄さん待たせた。木刀を片付けるのを渋っていた」

「ははっ、母さんに言われたのなら仕方ないよな。白叡は放っておけば一日中素振りしてんだもん」

「……だって稽古をしていた方が楽しいもん」

「でもそれで他の事が疎かになったら駄目だろ?怠けるのと休息は違うって父さんがいつも言ってるし」

 

いつもと変わらない無表情で淡々と言いながら白蓮の隣へ行く白叡。そんな弟を可愛らしく思い笑いながら答えると、白叡は眉間に皺を寄せ年相応とは言えない理由を言う。しかしそこは長男、弟のためにしっかりとした言葉で諭す。実際に白蘭も弟に同世代の友人がいないことを心配していたのだ。幼少の頃から稽古を眺め始め、実際に稽古を始めてから弟は、自主的に家の外へ出ることは殆ど無かった。

 

「……分かってる。けど俺にはこれしかない」

 

決まっていつもこう言うのだ。普段の茫洋とした無表情ではなく、目に力が籠り、其れが自分の選んだ道で後悔はないと、そんな表情で言う。言外に「誰にも文句は言わせない」と言っているようにも感じる。白叡のその雰囲気に白蘭は息を呑む。家族の皆が白叡のこの時の表情、雰囲気に呑まれ何も言えなくなる。

 

「………他にもあるさ。きっと…………剣を握る以外に何か、見つかるさ」

「…………」

 

白叡からは返事は無い。彼の方に目を向ければ顎に手をやり何やら考える素振りをしている。今、白蘭から言われたことを考えているのだろう。

 

「まあ、今難しく考えても仕方ない。だから…今はアイスクリンでも食べて休みを楽しもうぜ」

 

白蘭は笑って弟の好物のアイスクリンを渡せば、年相応の表情で味わって食べている。

 

(いつかお前に大切な人や興味があるものができた時に、お前は稽古よりもそれを優先して、道場に顔を出さなくなるんだろうか。そうするならば俺は兄として協力してやろう。でも…………それでもお前とずっと一緒に稽古をしたいと思うのは我儘だろうか)

 

「……兄さん、アイスクリン溶けてるよ」

「え?あ、ホントだ」

 

兄弟仲睦まじくアイスクリンを頬張る2人は、日が暮れるまで街を歩き休暇を楽しんだ。

 

 

―――――

 

 

翌日の夜。今日も稽古を終えて皆は既に寝静まっている。時刻は既に深夜の2時。白蘭と同じく門下生が4人が、道場の近くにある川辺へと来ていた。本来こんな時間に起きていること、それも出歩いていることなんてバレれば説教だけでは済まない。勿論、真面目な白蘭が自主的に外に出たのではなく、同じ門下生で同い年の者に用があるとのことで無理矢理連れ出せたのだ。因みに他の3人は何やら話を聞き付け着いてきた次第である。

 

「それで……こんな所に俺を呼び出した人物がいるのか?」

 

白蘭は眠そうな表情で連れ出した友人に言う。その友人曰く、昨晩に見慣れない女性と出会い白蘭に会いたいと言ったそう。

 

「いるって絶対。いやーしかし、流石だよなーお前。あんな育ちの良さそうな、しかも相当な美人に好かれるなんてな」

「…………そんな女性に会った覚えはないがな」

 

友人は悪びれる様子もなく楽しそうに先を歩く。白蘭は全く検討のつかないその相手にちょっとした気味の悪さを感じる。まあ実際にそんな人がいるならば、少し挨拶をして早々に帰ればいい話だ。そう思い白蘭は萎れた表情で着いていく。

 

「ここら辺か……よし、ここで待ってりゃ来るだろ。俺らはここで見てるから」

「…………」

 

そう言って友人らは隠れていく。どうやら行く以外の選択はないらしいので、とりあえず歩みを進める。今夜は満月だ。月明かりに照らされた川の水が光を反射して幻想的な光景が拡がっている。

 

「……全く、何故こんな時刻に呼び出すんだ」

「それは周りが寝静まっていい頃合だからだ」

「ッ!?」

 

不意に声が聞こえそちらを向けば、黒い高貴な着物を着た妖艶な女性がそこにいた。表情は冷たく、赤く光るその瞳はこちらを見定めるようで温度を感じない。肌は不健康そうに白く、線は細く華奢だが身に纏う雰囲気が恐ろしく強大だ。

そして何より声をかけられるまで気配に気づけなかった。

 

(この女、何者だ……)

「しかし、どうやら余計なものもついてきているようだが……。まあいい。頭数は多い方が良い。5人いれば1人は耐えれるだろう」

「……一体何を言っている?それよりもこんな時間に何の用だ」

「人間風情が私に質問をするな。お前はただ私の糧となればよいのだ」

 

全く会話をしない相手に白蘭は苛立ちを隠しきれず口調は厳しくなる。しかし目の前の女は眉一つ動かさず淡々と話すのみ。

 

「人間風情…………?本当にお前は何を言っている!?」

「その意味をお前が理解する必要は無い。ただ受け入れれば良いのだ」

「ッ!?」

 

突如その女の袖からうねうねと伸びる触手が飛び出す。そしてそれは白蘭の動脈部分に突き刺さり、ドロリとした液体がゆっくりと体内に侵入してくる。

 

「ガッ…アッ!?な、何だコレはッ!!」

「今お前には私の血液を与えている。喜べ人間。貴様は今宵から人間を超越した生物のなるのだ」

 

まるで御伽噺の悪鬼の様な赤い瞳をギラつかせ、口元には笑を作った女は愉快そうに言う。そして続け様に「まぁ貴様の体が耐えられたらの話したがな」と怪しく笑って見せた。

隠れていた4人は女の豹変に驚き逃げ出している。

 

「ば、化け物!!」

「うわあああ!!」

「小賢しい……。先ずはお前たちからだ!」

「や、ヤメろっ!!」

 

しかし、走って逃げる4人も一瞬にして触手で貫かれ、白蘭と同じ状態になってしまう。

 

「私の経験からに、人間の頃から強い器を持っていればより強い鬼が生まれる。貴様らは剣道場の人間、故に鍛えられている。多少の血液量ならば耐えられるだろう。どれ、お前を連れてきた奴らはどれほどのもので、自分がどうなるのか見てみるといい」

 

女はそう言うと突き刺した触手を1度抜いた代わりに体を拘束する。白蘭は残る痛みをこらえ必死な藻掻くが緩む気配はない。そして1分もかからないうちに―――、

 

「ガッアアァアァアアッ!!!」

「……っ??」

「む……」

 

突如、1人の男が獣のような雄叫びを上げる。軈てその男の身体は溶けた水飴のように崩れた肉塊となって死んだ。そしてまた1人が同じような悲鳴を上げ全身の血管が浮き上がり肉塊となって死んでゆく。

 

「ヤメろ!」

 

そしてまた2人も同じ様に身体がボコボコと膨れ、血管が浮き上がり、肌が変色して崩れて死んでゆく。

 

「ヤメェロオォォォォッ!!」

 

涙でぐちゃぐちゃになった顔を怒りに歪め女を睨めつける。しかし女は白蘭の様子を伺うことなく、肉塊となったそれらを一瞥して「耐えられなかったか」と零すだけだった。

 

「さて、最後はお前だ。お前はコヤツらの道場の中で一番強いのだろう。耐えてみせよ」

 

そして容赦なく触手を刺され再びを血液を投与される。全身に痛みが走り喉が張り裂けそうなぐらい叫ぶ。悲鳴も上げられなくなり、意識が朦朧とする。体の感覚もほぼなくなり、意識が落ちてゆく。

だがそれでも、白蘭は女を睨め続けた。

 

 

そして――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は鬼になった。




読んで下さりありがとうございます。
ここではコソコソ噂話を描きたいと思います。では早速

〜〜大正コソコソ噂話〜〜

鉢特摩兄弟の年齢は長男から、白蘭18歳、白蓮16歳、白夜14歳、白叡11歳。
兄弟全員が仲が良く美形揃いだと街では有名らしい。特に長女の白蓮は「道場小町」として門下生や街の男衆から人気である。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。