【仮題】雪柱の男   作:窮鼠猫を噛み噛み

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刀鍛冶と剣士

 

 

 

7月初旬。白叡は屋敷である女性と対面していた。

 

「また無茶な使い方をしたな……。刃こぼれも酷く、消耗も激しい……今度は何を斬ったのだ?」

「………鋼のような皮膚を持つ鬼と、酸のような体液を放つ鬼」

 

白叡と左右田の担当刀鍛冶師の鉄穴口銀閣は、腕を組み正座でどっかりと座り、いかにも不機嫌と言うような表情で白叡を問い詰める。それに白叡は淡々とした様子で答えるが、表情には若干の緊張がある。

 

「なーんーだーとー!」

「っ!」

 

白叡の返答を聞いた途端に鉄穴口は、お面の奥でより一層目を吊り上げて怒りを顕にする。それに対して白叡は悲鳴こそあげなかったものの、全身から大粒の汗を滲ませ全身の筋肉が緊迫する。

しかしものの数分で彼女の憤怒した雰囲気は霧散し、彼女は一息ついて話し始めた。

 

「はぁ……。まぁ、あの阿呆と比べ刀として扱っているからいいんだけど。いいかな白叡。いくら私が凄腕で美人な鍛冶師であっても絶対に折れず曲がらすの刀なんて打てないんだよ」

「……………」

「……なんだ?何か言いたそうだな?」

「……顔見た事ないから美人かどうか分からない」

 

鉄穴口は微妙な顔をしているので、白叡に促すとあまりにも失礼な発言につい鉄拳制裁を下した。油断していたとはいえ避けることが出来なかった白叡は、拳を振り下ろされた頭部を押さえて蹲る。

 

「全く……そういう所は泡沫と似なくていいんだよ。そこは素直に褒めていればいいんだ」

「……な、なるほど」

 

鉄穴口は溜息と共に文句を言う。些か白叡は正直過ぎるほど自分の意見を口にする。お世辞やそういうものを相手に言わないし、自分が言われても喜ぶ素振りすら見せず淡々としている。

さっきはあのように自分のことを評していた鉄穴口だが、若いとは言え彼女も刀鍛冶の端くれ。それなりに多くの刀を打ち、手入れをしてきたためその持ち主の扱い方が刀身に現れるのだ。それ故に白叡の日輪刀を手入れした時には喫驚したものだ。

 

当時10代そこらの少年の刀身は多少の刃こぼれ、傷や歪みはあれど丁寧にものを両断したような負荷のかかり方だった。だから一度、彼の稽古を刀を届けるついでに見物したのだが、その動きは年に似合わない剣技のそれだった。

 

『刀を見てある程度分かっていたが、本当に君の剣技は素晴らしいものだな』

故に鉄穴口も感嘆と褒めたのだが、白叡は何に対して褒められたのか分からないような困惑顔で「どうも」と愛想なく返すだけだった。

最初は「可愛げのない」と思ったが彼にとってあのレベルの技術はできて当然のことであったことが段々と分かってきた。それに白叡は、師である左右田や友人らに嬉しそうな反応をするらしい(あまり表情に出にくいためわかりにくい)。だから鉄穴口はらしくもなくそんな彼らに思わず嫉妬した。

白叡の刀を鍛えた自分の褒め言葉には無愛想だったのに、友人やあのちゃらんぽらんにはしっかりと喜ぶのかと。なので鉄穴口もやり方を変えてみた。

 

『何時も刀を大切にしてくれてありがとう』

 

褒め言葉と言うよりは感謝の言葉だが、そう言われた彼は分かりやすく笑みを浮かべて「こちらこそ。良い刀をありがとうございます」と返された時は柄になく歓喜した。鍛冶師としての勘か、白叡は剣の申し子だと言える。剣に生きて剣に果てる。それこそか自分(鉢特摩白叡)の在り方だと言うような生き様を、刀身に刻んでいる。そんな少年に自分の鍛えた刀を褒められ、感謝されたのだ。鍛冶師冥利に尽きるというものだ。

 

「鉄穴口さん?」

 

暫く黙り込んだ鉄穴口に白叡は恐る恐る彼女の名を呼ぶ。すると鉄穴口は声をかけられ反応を示す。

 

「(そうだそうだ。今日は大事な用があったんだ)………すまない、少々別のことを考えていた。今日来たのは一つ君に提案をしに来たんだよ」

「提案?」

「まぁ提案と言うよりは担当刀鍛冶としての意見だ」

 

鉄穴口は取り敢えず先にと手入れを終えた刀を白叡に返す。やはりその出来は完璧で傷一つ刃こぼれ1つない。白叡は一度刀をしまうと話を聞く体勢になる。

 

「それで私の見解からするとだな、今の刀では君の剣技に合っていない」

「合ってない……ですか?」

「今まで君が問題なく扱っているから大して気にしていなかったが、私の打った刀は君に合っていない。柄の長さと太さ、重心の位置、刀身の長さ……それらは持ち手によってそれぞれ変えるのが普通なんだ」

「つまり俺の今の日輪刀はその何れかかが俺に合っていない……と」

「いやそこら辺はもう分かっている。だが問題はそこじゃなくてだな……」

 

鉄穴口は話す途中で一度口を閉ざした。言うのを躊躇っているのか、しかしその表情は何処か悔やんでいるようにも見える。ただ白叡はじっと鉄穴口の話の続きを黙って待つ。

 

「………新しい君だけの、君だけが扱える日輪刀を使ってみないか?」

「……お、俺だけの日輪刀?」

「そうだ。構想はある程度出来ている。これを見て欲しい」

 

そういうと鉄穴口は懐から紙を取り出す。それを広げれば1本の刀の絵と、所々に文字が書かれているのが目に入った。特に今使っている日輪刀と大差の無いように思えるが、白叡は興味津々とそれを見る。

 

「見た目はそう変わらないが君の扱う『雪の呼吸』と扱い方の癖、君の体格に合うように書いたものだ。刀身は若干直刀っぽくして、刃にはある仕掛けを施す君だけの『変異刀』だ」

「へぇー……その、ある仕掛けとって?」

「難しい言い方をすれば物質の分子結合を破壊し、あらゆる物質を一刀両断出来る性質をもった刀。簡単に言えば今まで以上に切れ味が上がると言った所か……」

 

鉄穴口の書いた刀の図と解説に白叡は感心する。白叡の使う『雪の呼吸』の型は『心王砕氷流』が元となっている。『心王砕氷流』のその特色は様々な技が存在することだ。斬る、突く、居合の攻撃から、防御や足運びなど多種多様に渡る。そのため様々な戦闘スタイルが生まれて、それに合わせた刀が作られてきた。しかしそれはかつての話で、廃れた元剣術道場に過ぎない今ではその全ての流派は再び統一されたのだった。これは余談として、つまり白叡は居合が得意だとか突き技が苦手だとかがなく、どの技も一定水準以上のレベルまでに達している。

それ故のこの形状。刺突に特化した平造の直刀と斬撃に特化した湾刀、その両方の特性を合わせた歪で異質な刀。

白叡はそんな刀を想像し、静かに興奮した。

 

「じゃあそれを造ってくれるんですか?」

「………いや、私ではなく他の者に頼もうと思っている」

 

白叡に向けられた期待の眼差しと言葉に、鉄穴口は顔の表情を曇らせて話す。白叡は「なぜ?」と言ったような顔で固まる。

 

「刀鍛冶の里には変異刀を打てる刀鍛冶がいる。その男に頼もうと思ってな……。何、ちょっとした変人だが私が頼めば問題ないだろう。だから………」

「鉄穴口さんはそれでいいんですか?」

「何がだ……?」

「うーん……。なんというか……それで納得できるんでのかと思って…。なんか嫌そうな顔してるし」

「………」

 

鉄穴口の言葉を遮って、酷く冷えて無機質な声が割り込む。白叡の自分の本心を見透かしたような、そんな視線に鉄穴口は顔を逸らしながらしらを切る。この話を始めた時点で心に決めたのだと再度言い聞かせる。しかしそれを嘲笑するかのように白叡は言う。

 

「その人に思いを継がせた……みたいなこと言って満足する気ですか?」

「………全く可愛げのない奴だな、君は。だがこれは致し方ないことなのだよ、白叡」

 

彼女はヤレヤレと白叡に言った。たしかに白叡の言うように、誰よりも自分が他人に任せることを嫌がっている。しかしプライドと仕事は別なのだ。

 

「私にはその刀を打てるかどうか分からない。変異刀を提案した身ではあるが、私自身がそれを打てる確証がない」

「人間誰しも挑戦ですよ。やったことないなら今始めればいい」

「そうはいかないんだよ。特に刀鍛冶と言うのはな……。命を懸けて戦う剣士の半身とも呼べる刀に、自身の挑戦と言って実践で役立たない(なまくら)を渡すわけにいかない」

「それは分かりました。ですが俺は鉄穴口の打った刀が欲しいです」

「むぅ………弄れた君からそう真っ直ぐ言われると決意が揺らぐな………」

 

鉄穴口がどれだけ言い聞かせようとも、白叡はああ言えばこう言うでのらりくらりと返す。その中で唐突のストレートな発言に、鉄穴口は嬉しさを隠すように顔を背ける。ひょっとこの面がなければ、上がった口角が顕になっているところだ。

 

「それに、鉄穴口さんは1度も不可能とは言ってないですよね?言ってないってことは頑張ったら作れるんですよね?」

「それは……作れないことは無いがさっきも言ったはずだ。不良品を渡すわけにはいかない。それに私が作るよりもその者に頼む方が早く確実にできる」

「あー俺あれですよ……。鉄穴口さん以外の刀使うと、蕁麻疹できるんですよ」

「そんな症状聞いたことないぞ」

「はい、この国で患っているのはどうやら俺だけのようで……。いやー難儀ですね」

「お前が言うな。全く………要らん所ばかりアイツに似よって……」

 

年の離れた二人の会話は、さながら仲の良い姉弟のようだ。と言っても白叡はいつも通り表情筋は働いてないし、鉄穴口も日に日に左右田(あの男)に似たようなことを言う白叡に呆れているが。

 

「俺のどこがあの人と似てるんですか」

「いや、左右田を知る人間からしたら当然だと思うぞ。全く、なぜその部分だけ全力で嫌そうな顔をするんだ」

 

鉄穴口が出会った頃よりも白叡はの顔に表情が出るようになったが、それでもまだ常人より少ないし声もそれほど感情的ではない。しかしそんな白叡も、鉄穴口が言ったような事を言われると全力で否定し嫌がる。しかし屁理屈のごね方だったり言い回しだったりが、左右田にそっくりで仕方ないのだ。

 

「はぁ……私がその刀を作るとなると、相当な期間が必要だ。それでもいいのか?」

「いいですよ」

「………お前たち師弟は本当に鍛冶師泣かせだな。しょうがないか……そこまで言われてやらないのは私の刀鍛冶師としての名が廃る。全身全霊を持ってその刀を打ってやろう」

 

鉄穴口は最後に念を押すように言うが、白叡は即答する。鉄穴口は本日何度目か分からない面の奥で溜息と笑みを浮かべて、自身の手で刀を作ることを決意する。いいように乗せられた気分だが悪い気はしない。元々構想は既に頭の中にできている。

 

「私の刀鍛冶師としての全身全霊で打ち込むんだ。受け取る前に殉職などやめてくれよ」

「はい、その刀に見合うように俺も実力を上げます」

「全く……剣術と言うか、強さに対する貪欲な姿勢と拘りには頭を悩まされるよ」

 

鉄穴口は紙を懐にしまうと帰る支度を始める。帰り際には「最初の会話は全く無駄だった」と皮肉を零して言ったが、その声色に嫌味はなく嬉しそうに伺える。

鉄穴口は里に帰って直ぐに製作に取り掛かり、鍛冶師としての闘いを始めたのだった。




〜〜大正コソコソ噂話〜〜

白叡は弄れた性格をしているが、こと剣術には気高い信念を持っており一切妥協を許さない。因みに割とドライな対応が目立つが、他人をしっかりと見て評価しているぞ。
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