【仮題】雪柱の男   作:窮鼠猫を噛み噛み

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下弦の壱

 

 

さらに数日。白叡はこの日も鬼を狩っていた。白叡の実力は上がっており、近頃の鬼相手では戦闘と呼ぶには余りにも一方的な瞬殺を繰り返していた。

 

「今日も十二鬼月じゃなかったか……」

 

鬼の討伐数はもうすぐで五十を超える頃で、階級は(きのえ)と柱の次に高い階級となっていた。もちろん白叡にそんな肩書きに特に何も思ってはいない。しかし階級が上がるにつれて悪い噂とやらは段々と囁かれなくなったとか。そんな話を先日、耀哉に聞いた白叡だが他人事のように聞き流していた。

そんな白叡は、今日も鬼の頸を切り落としては心底つまらなそうに呟く。決して戦闘狂ではない(白叡本人談)が、自身の夢のためにどうしても強い相手を求めてしまう。

 

「まぁ、そうそう当たるわけないか……」

 

今回の鬼も血鬼術を使い相当な強さだったが、白叡の『雪の呼吸』の剣技の前では意味もなかった。

取り敢えず任務を終わりここに居座る理由もないため帰ろうとする。しかし、そんな白叡に突如空を切り裂く音と共に飛来した何かによって、白叡の帰路に着く足を止められた。

金属どうしの甲高い音が鳴り響く。白叡は咄嗟にその気配に気付き抜刀して防いでみせたのだが、いかんせん体勢が悪く、何より凄まじい速度で突撃されたためその衝撃で吹っ飛ばされる。

 

「………鬼、か……それも強い」

「………鬼狩り、いい反応だ。衝撃も腕の反発を利用して無くしたか……」

 

互いに独り言のように呟く。白叡はこの数年で培った第六感で相手の力量を測る。また、奇襲をしたけた鬼の方も、白叡の実力を把握したように呟く。

 

(強いな……今まで戦った鬼より圧倒的に強い)

 

互いに互いの実力をあの一瞬の攻防である程度把握し、隙を見せぬように一定の間合いをとって睨み合う。

 

(相手の能力が未知数な以上、やたらに踏み込むのは愚策。しかし後手に回ればそれでも詰みだ。ならば―――)

 

半身に構えてやや重心を後ろにかけて後方の足に力を込める。刀を自身の顔の真横と並行にし、左手はビリヤードのキュー構えた時のように添える。

 

「(相手より先手を取る最速の技)全集中・雪の呼吸 奥義壱番 永雪之砕(えいせつのさい)!!」

 

グッと堪えて一気に放って地を蹴って放たれる白叡の持つ最速の技。空をも切り裂いて放たれた刺突は鬼へと一直線に放たれる。まるで銃の弾丸のような突進は鬼の背後から数歩離れたところで静止する。そして白叡はすぐさま身を反転させて、迫り来る鬼の爪による反撃を刀で去なし一撃、二撃と刀を振る。鬼は宙返りで距離を取ることで刃から逃れる。

数秒にして人間離れした攻防の中一瞬だけ、白叡は長い髪で隠れていた鬼の瞳を見ることが出来た。

 

「……そうか、十二鬼月か」

 

見えたのは鬼の瞳、ではなく十二鬼月を示す右目に入った『下壱』の文字。それによって白叡はこの鬼が下弦の壱と認識する。

左右田曰く、十二鬼月とは数ある鬼の中で滅茶苦茶強い12体の鬼だと教えてくれた。その中でも上弦と下弦に別れているらしく、左右田は上弦と対峙したことはなく下弦の鬼は倒したことがあると言っていた。

 

「確かに……今までの鬼と違う。実力も戦闘能力も今までの相手より強い」

 

白叡はそう呟いた後に少し笑った。下弦の壱、名を慚愧(ざんき)と呼ばれている鬼は、突如として現れた自分に対して、笑みを浮かべている白叡を若干気味悪く思う。だが、見た目は幼さが残る顔立ちだが纏う雰囲気は強者のそれ。慚愧は決して油断できない相手と認識する。

 

「…………っ」

 

今度は2人同時に飛び出す。常人を超えた脚力は地を抉るようにして放たれる。

白叡が完璧な間合いとタイミングで最短の攻撃を繰り出す。しかし慚愧は鉄のように硬い爪を伸ばすことで攻撃を防ぎ、更にもう片方の手の爪で攻撃する。

 

「シィ!!」

「っ!」

 

白叡は咄嗟に首を逸らして鬼の爪を躱す。頬に擦り傷ができるが白叡は怯むことなく刀を振る。

 

『雪の呼吸 一式玖番  斑雪(まだらゆき)

 

右脇構えから放たれる左切上げ、右切り下ろし、左切り下ろし、右切上げを淀みなく洗練された動きで放つ。慚愧は躱しきれないと判断し、頸だけに防御を固める。それが幸をそうし頸を切り落とされることはなかったが、両腕を切断され更に後退しながらの防御姿勢だったため身体の自由が効かない。勿論それを黙って見過ごす白叡ではなく、追撃にさらに一歩踏み込む。

 

『一式壱番 紅雪(こうせつ)!!』

 

ほんの一瞬の隙。そのたった一瞬で勝負の明暗が分かれる。慚愧の腕の再生よりも、白叡の斬撃の方がコンマ数秒早い。

 

「………っ!!」

 

しかし白叡は攻撃を中断して飛び退く。宙に白叡の特徴的な白い髪がヒラヒラと舞う。

 

「あれを避けるのか!?」

「………足の爪……、やつの血鬼術か」

 

完璧な死角で意表を突く攻撃だったが、白叡の神がかった回避に慚愧も声を出して驚く。慚愧は腕を再生させ伸ばした足の爪を元に戻す。白叡も構え直し、ふぅーと息を吐く。

 

「全く驚いた……。お前柱か?」

「違う。俺は柱じゃない」

「……柱じゃないのにあれ避けれんのか。なるほどな、お前に勝って肉を喰えば、俺はもっと強くなれるかもなぁ。これで俺も上弦になれるぜ」

「…………っ!」

 

慚愧がそう歪んだ笑みを浮かべて言うと、金色の髪がまるで生き物のようにうねり始める。慚愧は上体を低くし、獣のような体勢で構えた。白叡は明らかに相対する鬼の雰囲気が変わったことを理解した。チリチリと肌を刺すような殺気を当てられ、自然と刀を持つ手に力が入る。

 

「………悪くない……良い」

 

しかし白叡の表情に焦りや恐怖はなく、高揚したような歓喜を含んだ笑を浮かべている。たが白叡は逸る気持ちを理性で御し、力んだ手の力を抜いて意識だけは警戒したままで脱力する。

 

「行くぜ!怒髪天(どはつてん)!」

 

うねる髪が白叡の身体を穿かんと伸びてくる。白叡はそれを淀みなく流れる体捌きと歩法で躱し、刀で弾き、切り落とす。それに慚愧は吃驚することも、怯むことも無く肉薄し右腕を大きく振りかぶる。

 

「オラァ!!!」

「ッ!?」

 

肉薄したと言っても、到底腕が届くような距離ではない所で大振りに振るわれる腕。しかし白叡は今までの経験から来る本能で全力で躱す。体勢を低くすれば、真上で凄まじい速度で何かが通ったのを風圧で感じた。

 

「腕も伸びるのか……十二鬼月は本当に化け物だな」

 

流石の白叡も冷や汗をかきながら苦笑する。腕は通常の2倍以上に伸び、まるでしなるムチのようだ。白叡が避けたことによってこ、攻撃を受けた木の幹は抉れている。

 

(間合いを無視してくる攻撃が厄介だな。なら、あの技か……)

 

白叡を中段に構えた刀を下ろして自然体に構える。

 

『雪の呼吸 奥義弐番 雨露霜雪(うろそうせつ)

 

この技は名の通り、雨、露、霜、雪の様に様々に移り変わる気象現象うのように、全方向緩急自在の足の運びによる特殊な歩法。地を蹴り、木々を飛び、慚愧の周囲を縦横無尽に翔ける。

 

「シィ!!」

「ちっ!」

 

そしてそれから放たれる全方位からの斬撃。慚愧は髪の毛を身体を覆えるぐらいに伸ばし、硬質化させて防御を張る。しかしいくら硬質化したとはいえ所詮は毛であり、白叡の鋭すぎる斬撃に削られ、ダメージを与えられていく。だが一方的に殺られるほど、この鬼も甘くはない。それは白叡も重々承知。慚愧の反撃に放たれる全身の体毛を、まるで針山のように伸ばす攻撃を放たれたが、白叡は軽々と躱して針となった毛を切り裂いていく。脚を止めることなく切り進み、懐に入る。

 

(獲った!)

(―――とか思ってんだろ?甘いぜ!)

 

頸を切り落とすために刀を振るうが、頸を切った感触がなく慚愧が既の所で頸を仰け反らせていた。その直後、白叡は腹部に凄まじい衝撃と共に吹っ飛ばされた。慚愧の蹴りを食らった白叡は、木の枝に日輪刀を引っ掛けて体勢を立て直し着地する。

 

「まだまだぁ!!」

「一式陸番 回雪・旋(かいせつ・せん)!!」

 

追撃を加える慚愧に、白叡も突進技で応戦する。激しい衝撃音と共に弾かれるようにして、離れた距離に着地する。それと同時に地を蹴って距離を詰め白叡は刀を、慚愧は血鬼術で爪を伸ばしての超近距離で攻撃し合う。

 

「雪の呼吸一式混成接続 弐番霜柱(しもばしら)、参番氷雪崩(こおりなだれ)捌番不香の花(ふきょうのはな)、玖番斑雪(まだらゆき)

 

柄による打撃で相手を浮かし、慚愧の関節部を高速で切れ込みを入れる。慚愧は頸だけを集中して防御するが、全身の関節と筋を切り裂かれて動かすことが出来ない。更にその再生するまでの一瞬の間に、白叡から放たれる4連撃が炸裂する。

 

「カフッ………(不味い、再生が間に合わん!)」

 

 

防御を全て剥がされ体勢がのけぞってしまう慚愧。四肢の再生は追いつかず、このまま為す術なく頸を切られてしまうだろう。

 

(終わってたまるか!俺はもっと強くなって絶対に上弦に上り詰めてやるんだよ!)

 

『どうしたどうした。その程度で終わりじゃないだろ?もし終わりだったなら、弱すぎじゃない?』

『童磨殿に勝てず私になら勝てるとでも?お前のその実力で上弦勝とうなど……笑止千万と言わずしてなんと言うのだろうか』

 

思い出されるのは圧倒的な実力の差と屈辱的敗北。同じ十二鬼月であるのに、上弦と下弦に存在する明確な力の差。2度も挑むが大敗し、見下されて貶され否定された。それが慚愧の負けず嫌いを加速させて、強さを求めて今以上に人を喰らい力をつけてきた。それもこれも、全て自分を見下したあの鬼達(上弦の鬼)を見返すために。

 

「べぁーっ」

「っ!?」

 

慚愧は口を開いて思っきり舌を伸ばして攻撃する。それを白叡は首を逸らして避けるも頬を掠め、トドメの一撃を中断させてしまう。その一瞬の停滞に慚愧は再生し距離を開ける。

 

「まだだ。まだ終わらん!終われんのだ!奴らを見返すためにぃ!」

「……それは無理だ。お前じゃ俺に勝てない」

 

慚愧は獣のように怒号を響かせる。しかし白叡はキッパリと、そして淡々と否定の言葉を言う。

それによってさらに激昴した慚愧は月に照らされた全身の毛を、刃の鱗のように纏い体勢を低く構えた。

 

「自惚れるな糞ガキがぁ!!奴らより先に貴様からぶっ殺してやる!!」

「いちいち口にしなくていい。もとより殺すつもりなんだろう?なら黙ってかかって来い。たたっ斬ってやる」

「っ!!クゥゥゥゥソォォォォガァァキィィ!!!」

 

完全に切れた慚愧は、全ての毛を束ねて一本の槍と化す。憤怒の声を上げながら慚愧は、白叡に一直線に突撃する。怒りの爆発によって今まで以上に力を発揮した渾身の蹴りと、全身を高速回転させて、まるでドリルのように空を切り裂きながら白叡の身体を穿たんと突き進む。それに対し白叡は、刀を上段に構えてずっしりと踏み込む。

 

怒髪天・錐釘(どはつてん・きりくぎ)ぃぃぃぃ!!!』

『全集中 雪の呼吸 奥義捌番 月華氷刃(げっかびじん)!!』

 

天から振り下ろされる白叡の最大威力の一撃と、万物を穿たんとする全霊の突進。激しい金属音と衝撃波。ぶつかり合う刀と髪は火花を散らして、まるで金属の切削音のような音が響く。拮抗することも数秒、白叡の渾身の一撃の威力が優り慚愧は地面にたたっ斬られた。

 

「ガハァッ!?」

 

硬質化された毛は散り散りになり、頸は胴から離され地面に転がった。慚愧は「ありえない」と言った表情と、冷徹に見下ろす白叡を恨みがましく睨めつける。

 

「バカ…な……この俺が……!こんな所で終わるのか!?」

 

徐々に身体は消滅し始める。それでも尚、慚愧は消えゆく身体を動かして這い蹲る。白叡はただそれを冷淡に見下ろすだけで、望洋とした瞳は慚愧を写していなかった。

 

「奴らを下し、見返すためだけに………今以上にやった俺が……!?たかが人間のガキに負ける……!ありえない……俺は……まだ……。何も……」

 

涙を流しながら這い蹲る慚愧。塵となる最後の最後まで、悔いを口にしながら消えていった。

そんな慚愧に白叡は吐き捨てるように呟く。

 

「……そんな程度の気概で得た脆弱な強さに意味は無いだろ。お前は所詮、その程度の強さしか得られねーよ」

 

鉢特摩白叡、下弦の壱、討伐。頬のかすり傷と筋の痛みの軽傷を負っただけで、遂に十二鬼月の討伐に成功。日輪刀は最後の一撃で大きく消耗してしまったが、損害は皆無と快勝を遂げたのだった。

 




〜〜大正コソコソ噂話〜〜

白叡の階級は凄い速さで上がり、当初はその妬みやらで事実無根な噂が流れた。しかし今では白叡の実力と才能を認めざるを得なくなるほど階級と実力が上がり、今では畏怖や畏敬されているらしい。しかし白叡はそのことを全く知らず、相変わらず嫌われ者だと思っているそうだ。
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