【仮題】雪柱の男   作:窮鼠猫を噛み噛み

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捨てられた湖

かつて江戸と呼ばれていたこの地。時代が変わり東京と呼ばれるようになってからは、まるで忘れ去られたかのようにポツンと存在する不要湖(ふようこ)と呼ばれる湖があった。

明治維新により西洋風な建築物が増え始め、この湖にはその旧時代の残骸とも呼べるガラクタが捨てられ複数の山を作っていた。今では誰も立ち寄らない場所となり名も、人々の記憶からも忘れられつつあるこの場所。そんな場所に複数の人影が近づいていった。

 

「ここが東京で唯一の一級災害指定区域か」

 

その集団の先頭に立つ白叡は、不要湖の静けさと捨てられガラクタ達の山達の異様な雰囲気につい呟く。災害指定区域というのはここ数十年の間多くの人が行方不明となっていることが原因で国から指定されたのだ。かつては何度も調査隊を派遣したらしいのだが皆一様に帰還することは無かったと言う。近隣の住民らは神隠しやら、不要湖に捨てられたガラクタの怨念だの言われている。

 

「おっかねーよ。こんなところ入ったら呪われちまう」

「なんでよりによってここが任務地なんだよ」

 

白叡の後ろにいる隊士らは口々に言い合う。確か近隣の住民らは子供をしつける時「悪い子は不要湖に捨てる」なんて言うらしい。この任務に派遣された時に聞き込みで住民がよく口にしていたのだが、それを聞いた隊士らが怖気付いるのだろう。

 

「幽霊が出るわけじゃないだろ……。そんな怖気付く必要は無い」

「そう言いますけどマジで出るらしいっすよ?」

 

白叡は怖気付いた様子もなく呆れたように言えば、すぐ側を歩いている隊士が強ばった顔で言う。原因不明の行方不明事件なんて、原因は十中八九鬼の仕業であると白叡は思っている。そもそも幽霊なんて存在しないとも思っている。

 

「くだらねーな。幽霊の正体もどうせ鬼だろ」

 

白叡がはっきりと断言すれば隊士らの表情が幾分かマシになった。常に鬼という異常な存在と殺し合っている彼等にとってはわ得体の知れない幽霊という存在よりも鬼の方が「なんとかなる」と思えるようだ。勿論白叡はそんなつもりで言った訳ではないのだが、隊士らの気分が落ち込まないのならばそれでいいだろう。

 

(何十年も起きてるってことは、相当な数食ってるはずだ。油断は出来ない……最悪十二鬼月が相手かもしれん)

 

ふと自分の後ろに続く隊士らを見る。この任務は十数人による合同任務。それも階級は(かのと)から(きのえ)までの計15人程の小部隊。しかし甲は柱候補となっている白叡を覗いて1人。他は(つちのと)(ひのえ)が多い。

 

(下弦の鬼ならば問題ないが………)

 

何せ情報が全くと言っていいほど無い。あるのは原因が鬼かもしれない行方不明事件があるということのみ。十二鬼月の縄張りか、複数の鬼が徒党を組んでいるのか定かでない。

白叡はこの任務を耀哉直々に言い渡されていた。白叡は自分の性格をわかっているため渋ったが、左右田を含めた現柱は他の任務で出払っており、更に白叡らにこの話が来る前に送った調査隊が未だ帰ってこないとの事らしい。早急な事態の収束を求められ渋々頷いたのだ。

 

「なあ鉢特摩くん。今回の鬼が下弦の鬼ならば譲ってくれないか?」

 

白叡らは不要湖を一周するように南下している途中、1人の男の隊士に唐突に話しかけられた。

 

「(確か俺と同期の………家成(やなり)だったか?)……どうしてだ?態々1人で危険を犯す必要も無いだろう」

「いやー鉢特摩くんは覚えて無いかもしれないけど、俺達同期なわけよ。それで君は駆け上がるようにしてつい先日、単独で下弦の壱を倒したらしいじゃん。俺も頑張って甲になったわけだし俺でも倒せるでしょ」

「………」

「いいだろ?君はもう次期柱候補なわけじゃない。育手も現役の柱だしさ〜手柄を独り占めするのは良くないよ?」

 

白叡は薄い記憶を頼りに目の前で親しげに笑顔をうかべる男に疑問をぶつける。ぶつければ家成は軽い口調で話した。白叡はあっけらかんとしていると、家成はそれをどう勘違いしたのか訳の分からないことを言い始める。

 

「(なるほどな、同期の俺が一足先に出世するのが気に食わねぇってか……。そう言えば俺の噂を流したのもコイツだっけか。まぁ甲なら別に問題は無いと思うし……流石に気位だけってわけじゃねぇだろ)分かった……許可する」

「ありがとう。持つべきは話の分かる同期だね」

「……………」

 

白叡は溜息を吐くが、家成はそれに気付きもせず意気揚々としている。そうこうしてるうちに目的地へ着き、闇に紛れるように調査を開始する。

 

「各員常に警戒を怠るな。ここは既に鬼の住処だと思え」

 

白叡は指示を出すとそれぞれが日輪刀を抜いて調査を開始した。かくいう白叡も、本能的に感じる嫌な予感に尚警戒心を上げる。

 

「何か……言い表せない何かを感じる。とてつもなく嫌な雰囲気だな、ここは」

 

ゴミが捨てられ人気がないだけでは言い表せない不気味さを白叡は感じ取る。そしてそれは悪い方向で的中した。

 

「お、おい……これ………」

 

1人の隊士がまるで幽霊でも見たかのような挙動でガラクタの山を指さす。白叡と家成はすぐそこに駆けつけ、隊士の指さす方を見た。そこには血に濡れた鬼殺隊の隊服が落ちていた。白叡の中でますます警戒心が上がる。流石の家成もお気楽な表情を真剣にしている。

 

「な、何者だ!?そこを止まれ!」

「……?」

「なんだ?」

 

また別の隊士らが声を荒らげた。白叡らはまたそちらへ視線を向けると、綺麗に見えるはずの満月を背に、腰に刀を携える男が立っていた。

戦国時代の侍を再現したようなその出で立ちが、夜を照らす満月の光を怪しく暈しているような錯覚を覚えた。何より白叡には、その侍は人のように思えなかった。

 

「鬼狩り………また多くの鬼狩りが懲りずに来たか……」

「止まれと言っている……」

 

刹那。正に刹那の間だった。音もなく侍は刀を向けていた隊士の背後に立ち、切り裂いていた。

あの白叡ですら呆然とする程の速度と技。そして閉じられていた6()()()()が開かれる。

 

「(上弦の壱!?)全員撤退!!」

 

白叡が出した指示と同時に、上弦の壱は踵を返し始めた隊士ら数名を切り刻んだ。誰も声を出すことすら忘れて動けずにいた。それは突如として現れた確実な死という恐怖によって、まるで金縛りにでもあったかのように。

 

「(なんだ、この鬼から放たれる存在感は!?今まで対峙した鬼とは、格が違いすぎる!)……」

「全員……ここで切り捨てる……生きて返さん」

 

月夜に照らされる刀を持ち、目の前の圧倒的死はこの場にいる全員に宣告する。誰もが蛇に睨まれた蛙のように動けない中、白叡だけが鬼の動きを目で捉えて反応した。

 

「………ほお」

「っ!!俺ができる限り時間を稼ぐ!!お前らは撤退しろ!!」

 

紙一重で反応した白叡は、隊士から鬼の攻撃を防ぎ声を張り上げて言う。それで漸く隊士らは一目散に逃げ出した。鬼は白叡が攻撃を受け止めたことに感心した声を漏らすが、刀を振り下ろしたまま蹴りを放つ。

 

「ぐはぁっ!!」

「無駄だ……生きて返さん………そう言ってはずだ」

 

白叡の拘束が外れた鬼は瞬足で逃げ惑う隊士を一瞬で全滅させた。白叡が「やめろ!」と制止の声を叫ぶ前に、隊士らは一瞬の後に肉塊となった。

 

「ギリッ……………よくも!!」

 

白叡はすぐさま体勢を立て直し、全速力で鬼へと接近する。鬼はそれを余裕たっぷりに動かずに待ち受ける。白叡は相手との実力差が分からず、無闇矢鱈に突っ込む程馬鹿ではない。寧ろ自分には勝てない事は既に理解しているし、脳が『逃走』の警戒音を鳴らしている。しかし背を向ければさっき死んだ隊士のようにされて終い。故の攻勢こそが、生存への最善手と白叡は判断したのだ。

 

『全集中 雪の呼吸 奥義伍番 冷艶清美(れいえんせいび)!!』

 

下段脇構えから技が放たれる直前まで剣筋が見えない切り上げを放つ。しかしそれは鬼の髪の毛一本すら掠めることなく避けられる。しかし白叡の『雪の呼吸』はそれだけでは終わらない。一斬必殺ではなく剣術としての流れるような連撃こそが持ち味なのだ。

 

『一式陸番 回雪(かいせつ)!』

 

流れるように放った回転斬りも、まるでそう来るのを()()()()()()()()()に避ける。そして放たれる反撃に白叡は死に物狂いで対応した。しかし紙一重に躱して避けたはずの斬撃が、何故か白叡に被弾し切り傷が入る。

更に追撃と放たれた斬撃。白叡は後ろに飛び退くことで避けようとするが、反応的な危険信号に刀で前方を防御する。本来なら当たらないはずの距離に後退したはずが、とてつもない衝撃を喰らい吹き飛ばされる。

 

(避けたはずなのに斬撃が当たった……。刀で防いでなきゃ死んでたぞ)

 

吹き飛ばされた勢いでガラクタの山へ叩きつけらる。既のところで受身を取ることで衝撃を和らげたが、骨に衝撃が走り全身に痛みが駆け巡る。

白叡はすぐ様追撃を警戒して体勢を立て直すが、鬼は追撃することなく寧ろ待ち構えるようにしてたっていた。

そしておもむろに口を開く。

 

「なかなか……その若さで練り上げられた剣術……見事。……どうだ………私と同じ……鬼にならないか?」

「なん………だと?」

「人の生はあまりにも短い………しかし鬼となれば……その剣技……更に極めることが出来る」

 

突如、目の前の鬼から発せられる勧誘に、白叡は唖然とする。しかし目の前の鬼は気にせずに話し続ける。

 

「お前ならば………十二鬼月にも……上弦にもなれる……。さあ、あの御方の………尊き血を受け入れろ」

「……………」

「何を迷う……。貴様なら分かるはず………拒む理由は……ないだろう」

 

白叡は俯き、鬼のもとへゆっくりと歩き始める。それを見た鬼は満足気な様子でそれをみていた。鬼は手を差し出して待つが、白叡はその数十歩先で歩みを止めた。そして―――、

 

「断る」

「何……?」

「断ると言っている。俺はそんなものに興味はない。人の身で、生に限りがあるからこそ極める価値がある。人ならざる者で得た無限の時間(とき)で極められる程度の剣技に俺は価値を感じない」

 

白叡は紺碧の双眸を向けてはっきりと誘いを拒む。その表情には恐怖や怯えはなく、それでも腹を括ったようでもなく、ただ一つ覚悟を決めたような表情(かお)を浮かべている。

 

「愚か……。ならば……私が貴様の……矜持と剣の極地(ゆめ)……その一切合切を断つ………」

「やってみろ。上弦の壱」

 

それぞれが持つ獲物を構えた。

不思議と白叡の心は落ち着いていた。圧倒的力量差を理解しているし、相手の威圧感が消えたわけでもなく、寧ろ肌を刺すような殺気として飛んできている。それでも頭は非常に澄んでいて、それでいて心は熱をもったかのように暑い。

1歩。この2人にとっては一蹴りで刃が届く間合い。自然が奏でる音ですら気を使って沈黙しているかのように、外界の音が遮断され目の前の(てき)に集中される。

勝負は一瞬、いざ尋常にと2人がほぼ同時に動き出す挙動をした時、

 

「俺を鬼にしてくださぁあい!!」

「っ!?」

「……!?」

 

その場の空気感をぶち壊すような、場違いな叫び声が木霊する。2人はまさか水を差すものがいるとは思いもせず動きを止める。2人が視線を向けた先にはドロドロに汚れた隊服に身を包んだ家成が、ガラクタの山のてっぺんに立っていた。

 

 




〜〜大正コソコソ噂話〜〜

白叡の同期は家成を含めて2人いるぞ。白叡には及ばないもののそれぞれが甲と戊と出世しているが、年下で才能のある白叡に嫉妬をしている。ちなみに白叡は1度3人で任務をしたことがあるが、同期という事を知らなかったらしいぞ。
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