「し……しょう……?」
白叡は消えかかりそうな意識で左右田を視認する。左右田はそんな継子に優しい笑みを浮かべて応えた。
「おう、よく耐えたな……。今はゆっくり休んでろ。行冥、頼むぞ」
「承知した」
共に来た悲鳴嶼は左右田に言われ頷くと白叡を大事に抱える。白叡はされるがまま抱えられると、何か言いようのない気持ちに駆られる。左右田が来たことによる安心感の裏腹に拭えない不安が白叡に気持ち悪さを感じさせる。
「し……しょ…………」
自分を抱えた悲鳴嶼が動き出すのを察した白叡は、上手く口を動かせず無けなしの力で腕をプラプラと動かす。左右田はその手を包み込むように握ると、白叡が今まで見たことも無い表情で笑いかける。その表情がより白叡の中の不安を駆り立て焦燥感が増す。
「俺も後から追うから安心しろ。ちょいと用事が出来たから……先帰って飯作って待っててくれ」
「…………」
子供に言い聞かせるような口調で話しながら、左右田は白叡の頭をいつもの様な乱暴な手つきではなく傷に気を使って優しく撫でる。
「(ああ、そういうことか……。眠る前に……せめて言わなきゃ…………意識があるうちに)……作って待ってます…………」
伝えられたかどうか分からないほど小さく弱い声。白叡はそれだけ言って今度こそ意識を手放した。左右田は返事を返すこともなく白叡に背を向ける。
悲鳴嶼は今度こそ白叡を抱えて来た道を走っていく。左右田はそれを感覚で感じれば、目の前に立つ鬼へ話しかけた。
「わざわざ待ってくれるなんて優しいねー」
「……待ったつもりは無い……。どの道全員……斬る」
「やってみろよ……鬼剣士」
ドッ!という地面が抉れる音と共に鬼は白叡を抱えた悲鳴嶼を追う。悲鳴嶼が柱で身体能力が常人より倍以上だとしても、身長が170cm近くある白叡を抱えていればいくらか速度は鈍ってしまう。状況的に圧倒的有利と鬼は確信する。例えこの男が逃げた2人を追う自分を追ってきたとしても、自分の速さについて来れないと思っている。
刹那の間に左右田の横を通り過ぎるが、突如眼前に刀身が現れる。
「ッ!?」
「おいおい、どした?厠にでも行きてーのか?」
刀を払って足を止める。予想外にも自分の動きに反応した男に、鬼は驚きの表情を浮かべて左右田に問いを投げた。
「……見えていたのか?」
「あん?お前が俺の振った刀に突っ込んだだけだろーが」
「…………」
「何?お前が聞いたから応えたってのに……。会話初心者ですか?お友達いないんだったら俺がなってやろうか?」
「…………」
鬼の問いにまともに取り合わずに適当に応えて更には、ニタニタと腹立つ笑顔を浮かべて煽る。表情の変化こそ見れなかったが鬼は左右田に向かって斬りかかる。左右田は紙一重で躱し反撃する。
「おいおい……、友達いねーの図星だったか?」
「よく喋る……殺して黙らせる……」
「っ…………いやーホント……恐ろしいね」
鬼は左右田のヘラヘラとした態度とその煽り、更には逃がした2人にもう追いつけないことを理解し何年、何十年かぶりに苛立ちを覚えた。その苛立ちは目の前のこの結果を作り出した男に殺気としてぶつける。左右田はそれに当てられいつも通りの軽い感じに冷や汗を流す。
「……まぁいい。ここで柱の1人を殺せば……あの御方も…心底喜びになるだろう」
「悪いが、死ぬつもりはねーよ」
互いに重心を深くして構える。気迫がぶつかり合い、まるでその空間だけが歪んで見えるような錯覚が起きる。何分にも感じられた睨み合いが続きほぼ同時に人間離れした速度で互いに切り合う。
激しく鋭い剣閃がぶつかり合い、花火のように火花が不要湖のそこらじゅうに舞う。
『霞の呼吸 弐ノ型
体幹を大きく捻り、瞬時に幾重もの斬撃を繰り出される斬撃。鬼はそれを刀身に手を添えて縦に構えて防ぎきる。左右田は更に追撃を加えていく。鬼もそれに対応して左右田の斬撃を全て相殺する。
「チッ」
左右田は相手が余裕で自分の攻撃を余裕で封殺しているのに苛立ち舌打ちをする。すると今度は、鬼が仕掛ける番だと構えを取る。
『月の呼吸 参ノ型
一瞬にして放たれた超速の横薙ぎは空を切り裂き斬撃を音として表した。更にその斬撃はまるで月輪のようなものを纏っており、形の異なる2連の斬撃が左右田を襲う。
「ッ!!」
その威力は不要湖に作られたゴミの山を一瞬にして粉砕する程。粉塵が当たりをつつみ視界が悪くなる。しかし鬼は焦ることなく余裕を持っていた。殺せていなくても手足の一、二本は奪ったと思っていた。
しかし、鬼となって研ぎ澄まされた感覚と、何百年と生きてきた
『霞の呼吸 肆ノ型
「甘い……」
『月の呼吸 弐ノ型
左右田の鋭い斜めの切り上げを3連の斬撃を放つ切り上げで相殺、いや押し勝つ。左右田は吹っ飛び地面を何度も転がる。負傷した腕からは、決して侮れない出血をしている。
「チッ…………切られちゃったよ」
左右田は腕の傷口から滴る血を舐め取り、羽織で縛り付けて応急的な止血を施す。鬼はその隙を突くことは無く、ただじっと見ているだけで何もしない。
「余裕こきやがって……」
「お前では……私に勝てん」
「はっ……別におめーを倒すのが俺の勝ちじゃねーよ」
「……?」
「俺はアイツら逃がすための足止めだ。もうお前はアイツらに追いつけねぇ。そんでもって俺が生きて帰れば、俺の勝ちだ」
「……なるほど。だが、どちらにしろ……お前に勝ちは無い」
「ならやってみろよ。俺は全力で
左右田は中指を立てながら不敵に挑発するように笑う。鬼は淡々と口を噤んで構える、その前に左右田が雄叫びを上げながら飛び出す。鬼は一瞬動きが止まるが、全く焦ることも無く構えようとしていた手を防御の姿勢へ変更させる。
鬼は左右田の不意打ちを防ぎ反撃に転じようとする。
「まだまだぁ!!」
しかし左右田の攻撃は止まることなく鬼に放たれる。縦横無尽に放たれる荒々しくも鋭い斬撃、刺突。更には蹴りや殴るなどの攻撃も織り交ぜている。しかし左右田の攻撃は、まるで未来でも見ているかのような動きで対処されてしまう。
だが左右田の気迫は落ちるどころか止まることを知らず、寧ろ恐ろしい程に動きが洗礼され速くなっている。
「(この男、戦いながら……成長している)だが……まだ足りない」
「っ!!」
『月の呼吸 陸ノ型
連撃を繰り出していた左右田に急速に迫る死を感じさせた。もはやそれは巧みに身を隠す肉食動物から身を守るために働いた獲物の野性的直感。
左右田が気付いた時には広範囲かつ縦横無尽に無数の斬撃が放たれていた。
「ぐおああああああっ!!」
間一髪、まさに間一髪で身を引き防御したことにより死ぬことは無かった。しかし、たった一振で放たれた全方位からの斬撃に、只管命を繋ぐことしか出来ないでいた。
そんな左右田を、斬撃を放ちながらも感心したように見ていた。
(この攻撃を受けてなお耐えるか)
(抜け出せねぇ!攻撃が激しすぎて防御したか出来ねぇ!)
斬撃の嵐は止み、左右田は身体のバランスを保てなくなり膝から崩れ落ちそうになる。が、左右田は刀を地面に突き立てて執念で身体を支える。呼吸は荒く、辛うじて全集中の呼吸 常中で痛みと途切れそうな意識を保っている。
そんな左右田に鬼は全く意味がわからないと疑問を口にする。
「なぜお前は立つ……。私とお前では……越えられない……圧倒的な実力の差がある……」
「………うる、せーよ。約束したからな……待ってろって……俺の帰り………待ってろって……なぁ!!」
「そんなもので………」
「はっ……、おめーら鬼にとっちゃ……ちっぽけで馬鹿みてーな理由だろうな。だが、俺ら人間は……それだけあれば………そんなちっぽけな生きる理由だけありゃ……充分なんだよ。理屈じゃねぇ、気持ちだ……。俺の心が折れねぇ限り、俺は倒れねー」
「笑止……ただのくだらん意地か」
「意地で結構……。鬼風情が人間様を舐めてんじゃねーぞ」
長く喋って時間をかけたおかげで、左右田は満身創痍の状態から体力と気力を取り戻す。痛みもあまり感じない。気分は最高に近く、身体の芯から熱が出ているかのようで身体も心做しか軽い。思考も鮮明で絶望的状況なのは変わらないはずなのに笑がこぼれてしまう。
左右田は日輪刀を地面から抜いてそのまま突進する。鬼は左右田が間合いに入った途端に、相手の認識できない速度の斬撃を放つ腹積もりで待ち受ける。
刹那、鬼の間合いに左右田が入った瞬間、一閃。右肩から左脇腹に向けて放たれたその一撃、明らかに柱といえど重傷を負った人間では対処出来ない正に必殺の一撃。
だがその刀は左右田を斬ることなく、空を斬っただけだった。
「何っ!?」
「うぉぉおおおお!!」
左右田は鬼の斬撃を上回る反射神経でそれを躱し、鬼の初めて見せた一瞬の隙をつくように技を繰り出す。
『全集中霞の呼吸 伍ノ型
鬼を大量の霞で覆うようにして高速で繰り出す細かい連撃を浴びせる。鬼は一瞬遅れたものの人間離れした動きでその一撃一撃を断裂していく。
『月の呼吸 参ノ型
『霞の呼吸 参ノ型
連撃すらも切り伏せるように放たれた2連の横薙ぎ、左右田は其れを回転斬りて弾く。しかし月輪の斬撃は左右田に浅くない傷をつけるが、左右田は全く怯むことなく獰猛な獣のように攻撃を続ける。
(なんでだろうな……すげぇ身体が軽い。気分も最高、絶好調ってやつだ。アイツの動きが良く見えるし、なんとなくだか次何をしてくるか分かるぐらい、感覚が研ぎ澄まされている)
左右田は迫り来る刃を皮膚1枚スレスレで避けながら突っ込む。
「生きて帰る……そう豪語する割に………まるで死に急ぐような動きだな」
「あ?………(なるほどな。そういう事か……。どうやら俺は約束守れそうにねーな。コイツに殺されなくても……どうせ力尽きて死ぬ。たく、最後の最後までアイツに師匠らしいことしてやれなかったぜ)」
鬼に指摘され左右田は漸く自覚する。自分にもう生きる力がないことを。自分の帰りを約束通り待つだろう弟子を思い、申し訳なさとこんな自分に着いてきてくれた白叡に嬉しさを感じる。
(ダメだ……笑っちまう)
白叡を弟子にとってから、左右田の日常に彩りを再び与えた。起床すれば寝坊した自分を呆れたように迎えて小言と共に飯を振る舞い、夜中に任務から帰れば必ず起きて出迎えてくれる。
『霞の呼吸 弐ノ型
全身を捻って放たれる連撃も、鬼は軽々と対処してしまう。だが左右田の刀は止まらず振られ続ける。激しい動きに止血した傷口から血が流れ出す。更には鬼の攻撃により新たに傷が刻まれる。
鬼の一閃を首をそれして回避すると同時に左右田も逆胴を放つ。初めて鬼の肉を切った感触を左右田は実感した。鬼は吃驚した表情で6つの瞳を見開く。
「切ってやったぜ………コノヤロウ」
「……たかが、薄皮一枚……どうってことない」
「へっ…次はテメェの頸だ!!」
左右田は力一杯に叫びながら突進する。体力的にもこれが最後の一撃だと左右田は理解している。故に彼は全身全霊を込めて、自分の持つ全てを使い切る。
「うおおおおおおおおお!!(生まれた時から人生なんてつまんねーって思ってた。鬼殺隊に入っても別に変わんねーって思ってた。けど、御館様に煉獄のおっさんに鉄穴口に……何より
『全集中 霞の呼吸 肆ノ型
(普段はよ……恥ずかしーし、らしくねぇから絶対言わなかったけどよ……)
「………貴様には、この刀で屠ってやろう」
『月の呼吸
鬼の持つ刀が突如変形し三又に枝分かれさせ巨大化させた刀となる。だが今の左右田にとってそれは些細なこと、最後までこの一撃を振り切るのみである。
交差する2つの剣技。満月に照らされた不要湖に鮮血が舞う。白い刀身を持つ切先が音を立てて飛んだ。
ありがとう………
―――――
闇夜を照らしていた満月は既に西に傾き、時期に朝が来ることを知らせる。既に琴切れ、穏やかな表情で眠る左右田の前に鬼は立つ。
「最後に……己が殻を……破ったか」
左右田の最後の一撃。勝ったのは鬼の方だったが、鬼の体には確かに切られた跡があった。しかしそれも一瞬のうちに再生して消えてしまう。
「この私に……1度ならず2度……刃を届かせた。良い技だった」
それだけのの言葉を残して、上弦の壱は不要湖から姿を消した。
〜〜大正コソコソ噂話〜〜
左右田は華族の長男で、気位の高い親の見栄に利用されるのが嫌で家出した所を元風柱に拾われたらしいぞ。超感覚派の左右田はやりたいようにやっていたら、風の呼吸ではな別の型を作り上げてしまったらしいぞ。因みにそれが今の霞の呼吸で、元育手は複雑な気持ちだと語っていた。