【仮題】雪柱の男   作:窮鼠猫を噛み噛み

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少年目を覚ます

深い深い水の底は光のない世界で閉じた瞼からもそれが分かるほどの闇だ。水の流れにされるがまま水中を漂う白叡は、起きているのか寝ているのかさえ分からない様子だ。

 

(ここは………?思考が…上手く定まらない………体も動かせない…)

 

自分がこの不思議な空間で呼吸ができているのかですら自身では判断がつかない。もがくことすらも億劫であるかのように睡魔が襲ってくる。ただ何となく、ここで眠ると駄目な気がするが希薄だった気力は意識と共に段々と薄れていく。

 

『そんなとこで寝たら死ぬぞ?』

(だれ……だ………ひと…?)

 

不意に声が聞こえ薄まる意識が留まる。かろうじて薄らと開いた瞼からは1人の人影が映った。

 

『ここで死んだら、アイツが浮かばれへんな』

 

方言で訛った喋り方をするその人影はため息混じりに呟く。白叡はなんのことか全く理解できないが、突如白叡は身体が引っ張られるのを感じた。

 

(……?)

『ほれ、はよ目ェ覚ましや。寝たらアカンで』

 

その人影は手を引っ張り、暗い水の底から浮上していく。段々と光が差し込み始め視界が良くなると共に、身体の感覚や意識がはっきりと戻り始める。だが水の中でやや視界が悪いのか、手を引っ張る男の顔だけは見えない。

 

(鬼殺隊の……隊士か?)

『あともうちょいや……気張りや、泡沫の継子くん』

(え?)

 

男の服装は鬼殺隊の隊服を身にまとっており、目を引く金髪が特徴的だ。男は水中を蹴るように一気に上昇すると、その勢いで白叡を上へ投げた。勢いよく白叡は浮上するが唐突なことで上下が入れ替わった男の方へ振り向く。

 

(あんたは……)

『はよ戻りや。こっちに来るんわまだ早いやろ』

 

男は白叡を見上げているがやはりその顔は見えない。白叡はその男のことが気になるが何となく答えてくれないだろうと察する。男は白叡を見送るように水の中に佇んでいる。白叡は再び光の射す方へ、上へと向いて進んでいく。そして水面に顔を出した瞬間、視界は真っ白な光に包まれた。

 

 

―――――

 

 

シーンと静寂に包まれた屋敷に一室で白叡は漸く目を覚ました。部屋の中は真っ暗で、チクタクと時計の音だけが部屋に響いている。

 

「……夜中か」

 

時計で時刻を確認してみれば夜中の2時だった。誰かいるのか分からないし、いたとしても起こすのは申し訳ないと思ったので、もう一度眠ろうかとも思ったがそれも無理そうである。

 

「………俺は生き残ったのか」

 

ふとした瞬間に、自分にとってはさっきまでの出来事であるあの鬼との戦いが、脳裏に鮮明に思い出された。合同で出た仲間は上弦の壱によって斬殺され、自分の剣技も歯が立たず死に間際に助けてくれた左右田の姿。

 

「………師匠、師匠!」

 

血相を変えて白叡は寝ていたベッドから飛び起きる。しかし体は思うように動かず、起き上がるどころか床に落ちてしまう。訳が分からず立ち上がろうも力を込めるも、力は入らずうつ伏せになっしまう。そこで気づいたのだが、上半身は包帯で巻かれていた。怪我は治っているのか痛みはあまり感じられない。しかしこれまでにないくらいに自分の身体が重く感じた。

 

「何が……くそ、どうなってるんだ」

 

身体が思うようにいかず、さらに不安や焦燥から年不相応な程冷静な白叡は酷く混乱していた。この日はたまたま鉄穴口が里に帰っており、この屋敷に誰もいない状態であった。

 

「痛っ………!そういえば、骨折れてたんだっけ」

 

いきなり動いたからか、身体に痛みが走る。だがその痛みのおかげで一旦冷静になることが出来た。2、3回深呼吸をしてゆっくりと足に力を込めて、ベッドを支えにしながら立ち上がる。思っていたほど立ち上がるのに苦労したことで、白叡はあの日からかなり時間が経っていることに気付く。だが今度は取り乱すことも無く、若干の歩きづらさを感じるものの部屋を出る。

 

(俺が3日ほど眠ってたとしたら師匠は………既に帰ってきているはずだ。静かなのも師匠も怪我したから寝ているんだきっと。とりあえず一目でも……)

「大丈夫……約束したから…」

 

そして数分かけて漸く左右田の部屋の前に着く。一度深呼吸をして挟んで戸をゆっくりと開ける。

 

「…………」

 

だがその部屋の主の白叡が想像していたような姿は無かった。左右田のものもいくらか消えており代わりに部屋に鎮座する大きなものが目に入る。

 

「………師匠」

 

それは仏壇だった。その傍には左右田の折れた日輪刀が置かれている。白叡はそれらを一瞥すれば、ゆっくりとした足取りで部屋を歩く。一歩一歩、徐々に仏壇に近付く度に左右田との記憶が思い起こされる。

 

「約束したじゃないか……飯作って待っててくれって……」

 

涙は出なかった。悲しいとも感じなかった。白叡はただただ「あの人らしい」と思って線香に火をつけた。ただちょっとだけの寂しさと呆れを含んだ微小を浮かべて合掌し目を瞑る。朧気な記憶の中、最後に撫でなれたあの温もりは鮮明に思い出された。

 

「あの鬼、凄く強かった……」

 

同時に思い出したあの鬼のことを考える。圧倒的強さを持つその存在に白叡は初めて死を覚悟した。

 

「師匠はあの鬼に1人で立ち向かって俺を逃がした。やっぱ凄いな」

 

鉢特摩白叡は一生忘れないだろう、自身の師である左右田泡沫の名を。白叡はそんをことを考えながら、左右田の存在やその全てを感じる様に仏壇の横で、折れた刀を抱きしめながらもう一度深い眠りについた。その目尻には薄らと水たまりができてきた。

 

 

―――――

 

 

早朝、鉄穴口は焦っていた。昨晩は野暮用により故郷の里に帰省しておりそのまま自宅で寝ていたのだが、早朝早く起きれば戸に一通の文が置かれているのに気づいた。

 

「よりによって、私が離れている時に目を覚ますとわ!」

 

自分が専属として付いている剣士、鉢特摩白叡の目覚めの知らせを受けて家を飛び出してきた。文は恐らく白叡の烏が書いたのだろう。烏が字を書く事に少なからず驚くが喋れる時点で書きもできるのも頷ける。

そんなことよりも早く鉄穴口は屋敷へと急いで向かった。

鉄穴口が着いた頃には朝日がしっかりと昇っており鉄穴口は腹の虫を泣かせながら歩いていた。そんな時、ふと美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。匂いの方向からして左右田の屋敷であることに気づいた。

 

「まさか……」

 

食欲を擽られる匂いに間抜けな表情から一転、また焦ったような表情で屋敷へと走った。住人の許可も取らずに勝手に入っては、良い匂いの発生源であろう部屋の扉を思っ切り開く。戸は思いっきりぶつかりガタンッと鳴って、その部屋で料理をしていた人物は驚いて肩をびくつかせた。

 

「あ……ああ、鉄穴口さんおはようございます。朝ごはん作ってるんで待っててください」

「朝から何も食べてなかったんだ。ありがたくいただこう…………じゃない!!」

 

急に現れた鉄穴口の姿に白叡は一瞬驚も、直ぐに表情を戻していつもと変わらないような挨拶をした。鉄穴口も流されるように挨拶を返しあまりの空腹に食事への会話に流されそうになるが、何とか我に返って空腹を誤魔化すように大声を出しながら、ひょっとこの面を床に叩きつけた。

 

「ふぅ……あまりにもいつも通りで流されるところだった。私が言いたいのはそうじゃない。白叡、何をしてるんだ」

「え?ご飯作ってます」

「見れば分かる。何故ご飯を作っているのかを聞いている」

「……?朝だから?」

「っ〜〜〜〜!!」

 

全く鉄穴口の言葉の意図を読み取っていない白叡の答えに、彼女はついに声にならない怒り方をする。しかし白叡は態と意図を無視しているのではなく、本気で分かっておらず地団駄を踏む鉄穴口を困惑気味に、むしろ「こいつ大丈夫か?」と冷めた目で見ている。それが余計に彼女の平常心を破壊していく。

そしてついに―――

 

「とりあえずここに正座をしろ!馬鹿者め!!」

「火を使ってるので暴れないでくださいよ……」

 

遂にと言うかやはりと言うべきか、鉄穴口の堪忍袋の緒が切れ白叡に怒鳴りつけたのであった。

 

 

―――――

 

 

「全く…病み上がりだから……安静しろと言っているんだ。普通病み上がりで飯を作らんだろう」

「………現に作るやつはここにいますよ。それに、腹が減ったんで………」

 

朝食ができてしまい冷めてしまうのはもったいないということで、2人は食事をしながら舌戦を繰り広げていた。鉄穴口は説教をして白叡はそれを屁理屈でのらりくらりとかわす。

 

「日に日に素直じゃなくなってきたな……。アイツのいらんところを受け継ぎよって」

「それにはまったくもって遺憾ですね……。好きでこんな性格になったわけじゃないですよ」

「本当に可愛げの無い………。どこで育て方を間違えたのやら」

 

そう言って2人は同時に笑う。鉄穴口はここ数日のような暗い表情から戻り、白叡もまたいつもと変わらぬ様子だ。

 

「……しかしよかったよ。痩せ我慢でも空元気でもないようだな」

「はい。気が済むまで泣きましたから。まぁ涙は出ませんでしたが………、あの人がいたら『めそめそしてんじゃねーよ。気持ち悪い』って言わちゃいますし」

「それは泣いたことになるのか?まぁ、湿っぽいのはあいつも好きじゃなかったな」

 

鉄穴口は白叡の言わんとしていることを理解し微笑を浮かべた。それと同時に大人としての張り合いのなさを感じた。いくら大人びいているとは言え年下の成人していない子供だ。炊事、洗濯、掃除とこの屋敷の家事を1人で回し、柱と比べても遜色ない実力の持ち主と大人顔負けだと言うのに、更に精神面も強いとなれば自分の大人としての数少ない出番がなくなってしまう。そんなことを思いながら味噌汁に口を付けて、鉄穴口はかつての左右田との会話を思い出した。

 

 

『あの子は剣の腕はあるが心はどうなんだ?頸を切る力はあっても、自分を支える心がなければただ死ぬだけだ』

『わーってるよ。アイツは大丈夫だ』

『はぁ?何根拠に言っているんだ。大人びていて冷静なのと、他人の死や絶望を乗り越える力は釣り合っているわけじゃない。お前がよく知っているはずだ』

『知ってるから言ってんだよ。アイツは、例え俺が死んだって止まらねーよ。アイツは自分で自分のことを「心無い人間」何て思っちゃいるが、人並みに感情がちゃんとあらぁ。けど、絶望だろうがなんだろうが、アイツが止まることはねえ。それすら糧に、あるいは斬り捨ててでも刀を執ってあらゆるものを切るさ』

『……………』

『意味わかんねーって面だな。まあ要するに、アイツも俺と違った生粋の馬鹿野郎なのさ』

 

 

「………」

 

そんなことを思い出しては心底つまらないと思う。あの馬鹿者(左右田)の言った通りだということが余計に鉄穴口をつまらなくさせる。そんな感情を抱く自分に鉄穴口は何度目かの驚きを覚えるが同時に悪くないとも思える。

白叡、左右田、鉄穴口、この3人は何かしらの虚無感や孤独を感じている共通点があった。それが奇しくも交わり互いのそれらの感情を補填していたのだろう。

朝食と共に説教も終わり、鉄穴口は白叡を座らせ汚れた食器を片していく。最初は白叡がやろうとしていたのを鉄穴口は殺気に近い威圧を込めた視線で制したのだ。暇を持て余した白叡はのんびりと縁側から見える空を見上げる。ふと、一つの影が白叡の顔面へ向けて飛んでくる。

 

「カァーー!!カァーー!!」

「日和号っ!?」

 

その影の正体が自分の烏であると分かりその名を叫ぶ。日和号は自分の名を呼ばれたことに歓喜したのか、そのまま主人の顔面へ不時着する。その勢いで白叡は頭から仰け反り後ろ向きへ倒れた。幸い日和号は柔らかい腹でぶつかったためケガはなかった。

 

「オハヨウ!オハヨウ!白叡目覚メタ!」

「いってて………おはよう日和号」

 

白叡は嬉しそうな声色を出す日和号を撫でてやるとスリスリと顔を擦り付ける。鉄穴口は騒がしくなった一人と一羽の様子を見て溜息をついた。因みにその後に煉獄兄弟も来てはさらに騒がしくなり、鉄穴口の怒鳴り声が屋敷に響いたとか。

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