【仮題】雪柱の男   作:窮鼠猫を噛み噛み

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胡蝶カナエ

白叡が雪柱となってから数日が経ち、年が明けた。左右田が居ない年越しは白叡に寂しさを感じさせたが、相も変わらず賑やかな友人達に囲まれ白叡も表情を破顔させて大いに楽しんだ。三賀日も終わり白叡はいつも通り鬼を切って、刀を振る日々を送っていた。

今日も今日とて屋敷の庭で鍛錬に勤しんでいた。手足に特別に作って貰った重りをつけて、心王砕氷流の型を繰り返す。唐竹・袈裟斬り・横薙ぎ・切り上げ・逆袈裟・逆胴・刺突、などの様々な技を振るう。そのキレは重りをつけているのを感じさせないほど洗練されており、白叡は顔に汗をかくことも無く行っている。

 

「はぁ……もうこの重さには慣れてしまったな。もっと重いのを作って貰うか」

 

手首足首、腰周りに付けられたそれらを外し地面に落とす。ドスンという思い音が庭に鈍く響いた。その後、大して汗はかいていないが風呂に入って清潔にしてから、左右田の遺影の前に正座する。

 

「師匠……。俺は強くなれているだろうか。上弦ノ壱に俺の刃は届くだろうか」

 

ここ数日、白叡が雪柱に就任してからほぼ毎日のように亡き師に問うてきた。意味は無いと知りつつも白叡は問いを繰り返していた。

白叡はため息を零し遺影の前から立ち上がる。更なる高みを目指すには自分に何が必要か、白叡はそれを見つけられずにいる。答えを掴もうと手を伸ばすが、まるで煙のようにすり抜けて実体なんて掴めやしない。

あの夜に剣技の極地の一端を見た。上弦ノ壱、あの鬼の剣は無限の時があったとしても容易く獲られるものでは無い。

 

「果てしなく遠い………な」

 

わかっていたことだが、改めて実感することでその果てしなさに途方に暮れそうになる。今の自分に何が足りないのか、それを教えてくれるものは誰もいない。

 

 

―――――

 

 

冬が過ぎ春になり日差しが暖かくなり始めた頃、白叡はある男の元を訪れていた。

 

「………来たか」

「こんにちは、悲鳴嶼さん」

 

大柄の男、岩柱悲鳴嶼行冥が白叡に話しかけると白叡も軽く挨拶する。

 

「では、始めるか」

「はい、よろしくお願いします」

「来い!」

 

そう言って互いに素手のまま構えて白叡は悲鳴嶼へ突進していく。鋭い踏み込みから放たれる右拳を悲鳴嶼は難なく受け止めカウンターを放つ。白叡は身体を捻ってそれを交わせば、片足を軸にして悲鳴嶼の背後を摂る。

悲鳴嶼も背後を取らせまいとその大きな体躯から想像出来ない速さで距離をあけ、ギリギリ拳が当たる距離から踏み込む。白叡は咄嗟に腕を十字にして防御の姿勢をとるも、悲鳴嶼との体格差と純粋に鍛え抜かれたパワーに軽々と吹っ飛ぶ。白叡は空中で体制を立て直すが物凄い速度で追撃してくる悲鳴嶼の姿を視認するや否や再び防御姿勢をとった。放たれる拳の圧迫感はまるで巨人の握り拳を幻視させる程の迫力がある。空中で足場のない場所で防御したところで、踏ん張りが効かずまた吹き飛ばされて終いだ。

 

「しぃ!!」

 

だが白叡も柱になって直ぐとはいえ、若輩の割に幾度も死線を超えた実績がある。ただの防御ではなく、鋭く重い拳を去なす。そして膝蹴りをお見舞して着地する。

 

「………まさか返り討ちにあうとはな」

「の割には効いてなさそうですがね」

 

確実に鳩尾辺りに膝が入ったはずだが、やはり空中ではしっかりと威力が出せなかったようだ。互いに一蹴りで攻撃が当たる距離で構える。そして今度は同時に踏み込み拳を放った。ガツン!という音と共に2人の拳同士がぶつかり合う。

白叡は怯んでのけ反り悲鳴嶼は体勢を崩すことなく追撃に出る。またしても白叡の防戦一方だが、悲鳴嶼の足を払い鳩尾に掌底を打ち込む。

 

「………ふむ、なかなか様になったきたな」

 

悲鳴嶼は痛がる素振りも見せずに淡々と言うと2人は構えを解いた。悲鳴嶼は持っていた数珠をジャラジャラと鳴らし、その盲目の目を白叡に向けた。白叡が何故剣術ではなく徒手空拳による鍛練を行っているのかと言うと、剣術以外による戦闘法を用いることで自身の上達を測ったのだ。万が一日輪刀が鬼に奪われる又は手元にない時に、素手による戦闘法があるのと無いのでは生存率が天と地ほど変わる。それに白叡の使う雪の呼吸には体術を用いた型も存在するため全く無関係とは言えない。それ故に剣術と言うよりも肉体的な強さを持ち、付き合いのある悲鳴嶼に師事を求めたのだ。

 

「柱の仕事はどうだ?」

「結構慣れましたよ。最近は徒党を組む鬼とかいるのでいい鍛錬になってます」

「……そうか。それでどうだ?お前の夢に近づけたか?」

「………全く分かりません。近づいてんのか遠のいてんのかずっと足踏みしてんのか……。だから今は無駄じゃないって只管足動かすだけです」

 

悲鳴嶼は左右田が亡くなってから白叡にこうして会う度に問う。白叡もそれを鬱陶しがらずに答える。

 

「………今、お前に足りものは技術や強さじゃない」

「………?」

「心の拠り所だ」

「心の拠り所……ですか」

 

白叡あまりピンと来ていないのかオウム返しをした。すると悲鳴嶼ふっと少し笑ってから話し始める。

 

「心の拠り所、つまりお前自身に精神的にも肉体的にも安らぎ与えるものの存在だ。今のお前は収める鞘がなく刀身を剥き出しにした刀そのもの。抜き身の刀は他を傷つけいずれ己をも傷つける」

「けどそれは………」

「安らぎがあることは甘えではない。刀も鞘にも入れず手入れもせねば傷付き、やがては錆びる。故に自分にとって鞘となるような誰かを見つけよ」

「……それで強くなれますか?」

「さあな。強さに直接関係するものでは無い。だが、心に余裕が出来れば自ずと見えてくるものがある。それが分かれば強さに繋がるだろう」

 

腑に落ちないというか、理解しにくいと言うように白叡の表情はイマイチだ。しかし悲鳴嶼はふっと笑うと「存分に悩め」と楽しそうに言う。白叡は不満気に顔を顰めれば不貞腐れたようにそっぽむく。

 

「カァーカァー!白叡。新シイ仕事!東北東!東北東!」

「む……白叡の鎹鴉か」

「……みたいですね」

 

日和号が白叡に舞い込んだ仕事を頭上を旋回しながら伝える。悲鳴嶼、白叡の両名はそれを聞き鍛錬はこれでお開きだと片付けを始める。と言ってもお互いに羽織と日輪刀を持つだけなのだが、支度ができた白叡に悲鳴嶼は見送りの言葉を伝える。

 

「白叡、気をつけてな」

「はい……では、行ってきます。行くぞ日和号!」

 

そう言って白叡は山の中を走って突っ切って行く。悲鳴嶼は白叡の小さくなる背中を、その盲目の目で見つめ続けた。

 

 

―――――

 

 

「あ、あの!私は胡蝶カナエと言います!階級は(ひのえ)です!よろしくお願いします!」

「………………」

 

そう元気な声で白叡の目の前で頭を下げながら名乗る、蝶の髪飾りをつけた少女がいた。ここは任務先から近い小さな町で、今回の合同任務の相手との待ち合わせ場所であった。道中に日和号から合同任務であると聞いていた白叡だったがまさか相手が女とは思わず、更には白叡が柱ということで少し緊張気味とはいえ、カナエと名乗る少女の纏う雰囲気が少し苦手な部類の人間だと直感的に思った。

 

「雪柱の鉢特摩白叡様ですよね!」

「………お、おう」

「足を引っ張らぬように精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!」

 

かなり近い距離感と話す勢いに白叡は持ち前のコミュ障を遺憾無く発揮する。白叡はそうそうに家に帰りたくなったが、帰れば後々が大変だとわかっているためこの気持ちを抑えが、ついついため息をついてしまう。

 

「雪柱様は――――!」

 

礼儀正しいし今のところ邪気がなく人の良さそうな印象をカナエから感じるが白叡にとって初対面の、それもグイグイ来る女性が物凄く苦手だ。それに何となくだがカナエから緊張を上手く隠そうとしているように見える。なおもペラペラと話し続ける彼女の様子に白叡は仕方ないとも思う。普通の隊士からすれば柱は帰札の最高戦力にして畏敬と畏怖を抱くような存在。美肌

育手左右田の継子だったためそういった経験はないが、9割の隊士は柱を前にすれば強ばってしまうはずだ。

 

「雪柱様?」

 

得に白叡はその特徴的銀髪と切れ長の目またその佇まいから威圧感を放っており、極めつけはその全くと言っていいほど動かない表情筋がそれに拍車をかけている。故に実年齢よりも年上に思われ一般隊士、それも年下には良くビビられるのだ。因みに柱になった際にあまねから「もう少し笑顔を浮かべると雰囲気が柔らかくなりますよ」とアドバイスを貰ったものの全く役立てていない。

 

「あ、あの雪柱様?」

「………?」

 

呼ばれてカナエの方へ向けば、顔を青ざめて不安そうな表情で白叡を伺っていた。どうやら長い間無反応で無表情だったため白叡の気分を害したのかと不安になってしまったのだろう。

 

「ああ、すまない……。ちょっと考え事をしていた」

「あ、はい………」

「それと敬語とか……畏まった態度とかいらないから。正直やりにくいしめんどくさい」

「え、いやでも……!」

 

カナエがなにか言おうとしたが白叡は無視して歩いていってしまう。それをカナエは慌てるように追いかけるが、その表情は変わらず不安気である。白叡をそれをチラッと見れば頭の中ではオロオロとしていた。もちろん表情はまったく変わらないが、鉄穴口ら慣れ親しんだ相手ならわかるぐらいには慌てている。

そこでようやく白叡はあまねのアドバイスを思い出しピンと来た顔を浮かべれば、自分が思う笑顔を頭の中で想像してその中で一番いい笑顔を顔に投影する。口角を三日月のように釣り上げているが目は全く笑っていないが、白叡の完璧と自負するその作り笑顔は控えめに言って怖いものだ。

 

「………」

「………」

 

案の定、カナエはより困惑を極めることになる。白叡も白叡で何故カナエかそんな反応をするのか分からず表情を戻し考え込む。

 

「あ、あの……今のは?」

「……笑顔」

「笑顔……ですか……」

「そう。あまねさんの言う通りにしたのに……何がいけなかったんだ?」

 

ポカーンとした顔を浮かべる自分を他所に真剣に悩む白叡を見てカナエは堪らず笑いだす。白叡は笑うカナエに怪訝な視線を向けて結果的に緊張が解れたように見えるが複雑な心境だった。カナエはそんな怪訝そに自分を見る白叡に気付き一言「ごめんなさい」と言いながら笑い声を止める。

 

「ふぅ………別にバカにした訳じゃないの」

「…………人の笑顔を見て笑うなんて失礼だな」

「それは本当にごめんなさい。でも笑顔と言うにはあまりにも面白くて」

 

謝りながらも口元を抑えながら笑うカナエに白叡はジト目を向ける。まあ緊張されて足を引っ張られるよりはいいかと溜息を吐く。それと同時に二度と作り笑いはしないと誓った。

 

「はぁ……もういいだろ。さっさと行くぞ」

「はい!足引っ張らないよう頑張ります!」

「だからそういうのいらないって」

 

なんやかんやで漸く2人は任務地の三途神社へと足を向けた。

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