【仮題】雪柱の男   作:窮鼠猫を噛み噛み

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紅い月

 

 

 

「白叡さんっ!?」

 

『雪の呼吸 一式壱番 紅雪(こうせつ)

 

白叡は暁妃の姿を見るやいなや突如殺気を放ち、抜刀して全集中の呼吸から生み出される爆発的な脚力で駆け出し、彼女の首を切らんと技を放った。刹那、空中には真っ赤な血液が飛び、血の匂いがカナエの鼻腔を刺激した。

 

「………白叡……さん!?」

「……っ!?」

 

カナエがあまりのことに吃驚と理解不能な事態に呆然とするように白叡の名を呼ぶ。すると白叡はカナエの元まで後退し、同じく驚いた顔をしながら眼前の()を睨めつける。

 

「やれやれ、まさか一目見ただけで()()()()()()()()()()。ボウヤは柱かい?」

 

そう笑話のように軽口を叩きながら血の滴る()()()()()()()()()()立つ暁妃。白叡は血を流す左腕の傷口を抑える。

 

「暁妃さん……ど、どうなって……!?」

「………見えなかったのか?」

「え?」

「あの鬼は俺の()()()()()()()()()()()

 

何が起きたのか全く理解出来ず混乱するカナエに、白叡は淡々と説明した。切られたと思われた暁妃は無傷そのもので余裕な表情を、2人の巫女も同様当然と言わんばかりの表情を浮かべている。暁妃は日輪刀に滴る血を、舌を刀身に這わせて舐め取れば不敵に笑い、芝居がかった仕草で言う。

 

「驚いた。私の技を見抜いた挙句初見で躱すなんてね」

「………完全に避けれたわけじゃない……。敵の武器を奪ってそれを自分の武器として扱う剣術か」

「そうさ……これはあたしだけが扱える剣術、奪刀術(だっとうじゅつ)さ」

「そ、そんな……相手の刀を……日輪刀を奪うなんて………。それに、暁妃さんが……鬼!?」

 

カナエはあまりの新事実に何度目か分からない共学の表情をうかべる。その驚きに答えるかのように暁妃の姿は徐々に変貌を始める。瞳は鬼と同じように鋭くなり額からは二本のツノ、そして目じりには赤色の模様が浮び上がる。

 

「ここ数年、ここに来た男を食っていたのはお前だな」

「今更隠す必要も無いか。そうだよ、あたしが食い殺した」

「そんな………どうしてですか!?」

 

白叡の確信的な言葉に、暁妃は自嘲しながら肯定する。カナエはつい脈絡もない問いを投げかけた。しかしその問いに暁妃は答えることはなく、白叡も勝手にカナエの日輪刀を勝手に奪い抜刀し構えた。

またしても白叡から暁妃に切り込む。暁妃も白叡の日輪刀を構えて応戦する。互いの横凪がぶつかり合い激しい火花が散る。そして瞬く間に数度の金属音が響いた。

 

(この鬼かなりの剣術の使い手だ)

(くっ!さっきの攻撃もそうだったけがかなりよ剣術の使い手だ。歳は15かそこらと思うが、恐らく手加減されてこれとは……やはり柱で間違いないな。それに……)

 

『雪の呼吸 一式玖番 斑雪(まだらゆき)

『千刀流 一刀 十文字斬り』

 

互いの技がぶつかり合い、互いに弾き飛ばされる。それと同時に2人はそれぞれの持つ刀に若干の使いにくさを感じる。

 

「ボウヤの刀。なかなか癖のある刀だな」

「俺専用に打ってもらった刀だ。それに慣れすぎてこの刀は俺には扱い辛い」

「そこで提案があるのだが、この刀を返す代わりに少し話をしないか?」

「……………なんで?俺は一向にこのまま戦ってもいいんだけど」

「ふむ……確かに君は構わないだろうが、後ろの彼女は無事では済まないんじゃないか?」

 

暁妃の唐突な提案を白叡は一蹴するも、暁妃の悪どい笑みを見て白叡はもう一人の存在を思い出し振り返る。そこには巫女の2人が刀を抜いてカナエの両隣に立っていた。だがそれでも決して白叡に動揺は見られず落ち着いている。

 

「……………」

「ふっ………安心したよ。問答無用でかかってきたら、本当にあの子を斬らなくちゃならなかった」

 

微動だにしない白叡を見て暁妃はフッと笑うと白叡は顔を不愉快そうに顰める。さっきまでと違い明らかに暁妃を斬りかかりそうな雰囲気だ。

 

「………」

「身の安全を保証する………と言っても信じて貰えないだろうな」

「当然だ。その言葉を信じて死んだ隊士も大勢いる」

「でもあたしから殺意を感じないのも事実だろう?だからボウヤは迷っているんだね」

「…………目的が分からない。困惑しているのも事実だ。だからと言ってこの刀を納めるわけにはいかない」

「当然だな。ならばこうしよう」

 

互いに会話は平行線のまま続き、一種の膠着状態となる。暁妃は一時戦闘を辞めることを自身の戦意が無いことを告げる。しかし17歳という若輩とは言え、戦場をいくつも経験し死の瀬戸際すら垣間見た鬼殺隊の誇る柱として、彼女の提案を素直に応じる訳にはいかなかった。すると暁妃はあっけらかんと白叡の日輪刀を放り捨てる。日輪刀は床に突き刺さり暁妃の手元から完全に離れた。これには暁妃以外の誰もが多少なりとも驚いた。巫女の2人に至ってはギョッとするような表情だ。

もちろん最初に冷静になったのは白叡だった。しかし切りかかる素振りも見せずじっと暁妃の方を見ている。

 

「白叡さん…………」

 

カナエは無意識に白叡の名を口にすると、白叡はカナエの日輪刀を床にそっと置いた。暁妃はそれに満足気に笑みを浮かべ、白叡は済ました表情でいる。

 

「ありがとう。と言えばいいかな?」

「別に……、あのまま斬りかかってもどうせあんたの脱刀術って奴で奪われるだけだからな」

「なるほど……まあこれで話が進むわけだ。出夢、理澄……お嬢ちゃんを離しておやり」

「「はい」」

 

暁妃が命令すれば2人はカナエから離れる。それを見て白叡はカナエに日輪刀を返し、自分の日輪刀を拾って納める。それを見た暁妃は改めて口を開く。

 

「さて、じゃあ話をしようか」

 

 

―――――

 

 

白叡が止むを得ず話し合いに応じたことにより一度2人は部屋から出て、案内された小さな小屋にて白叡はカナエに手当をされていた。カナエが手当をすると言い最初は白叡は断ったのだが、ほぼ強引に左手を掴まれ大人しく手当されている。

 

「どうして暁妃さんを一目見ただけで鬼だと気づけたんですか?」

 

カナエは白叡の腕に包帯を巻きつつ尋ねる。白叡は「う〜ん」とやや難しい顔をして唸れば勘だと短く答えた。カナエはドン引いた顔で白叡を見て柱はこんな人ばかりなのだろうかと思う。

 

「今まで沢山鬼を切ってきたからだいたい気配とかで分かる。返り討ちにあったのは予想外だったけど」

「そ、そうですか。へぇー…………(何なのかしらこの人。ちょっと……と言うかかなり関わり辛いのだけれど!)」

 

カナエの方を見ることも無くまるで独り言のように話す白叡に、カナエは内心文句を吐きながら溜息をつく。顔を合わせてから約半日間このようにずっと望洋とした、まるで1人でいるかのように行動する白叡に少しばかり文句を言ってやりたい気分だ。ただそれは今日何度目かの溜め息として空虚に舞う。

 

「すまなかった」

「え?」

「あの鬼に刀を奪われた時、咄嗟にお前の刀を奪って危険に晒した」

 

唐突な謝罪と理由の説明にカナエは、ポカーンとした表情で「この人謝れるんだ」なんて失礼過ぎることを思う。それに対して白叡は目敏く反応し流し目でカナエを見ながら小言を零す。

 

「今、謝れるんだって思ったよね」

「えっ!?いや……」

「まあ別にいいけど……。耀哉………御館様とかにも昔言われた気がするし」

「ああ、言われたことあるんですね……」

「まぁ…………」

 

カナエは図星を突かれドキリとするが白叡は別段咎めるわけでもなく、寧ろ自虐的に言う。

その後数十分が経った頃、運ばれてきた夕食を食べ終えた2人の元に2人を案内していた出夢と理澄の2人が現れる。どうやら暁妃との話し合いの準備が整ったようだ。2人は少し和んでいた空気を引き締め、各々日輪刀を携えて2人の案内で暁妃()の元へ向かう。

 

 

―――――

 

 

満月の夜。三途神社にて2人の鬼狩りと一体の鬼が互いに腰を落ち着けて対談を開始した。カナエはやや緊張気味なのか、若干落ち着きのないように座っている。反面、白叡と暁妃は落ち着いた様子でどっしりと座っているが、しかし互いに互いの攻撃に対応できる程度に警戒心を持っている。

 

「待たせてしまってすまないな」

 

暁妃はそう言って部屋に入れば、白叡とカナエの方を一瞥して2人の正面に座りると、なぜ自分がこの神社の主となり住み着いているかの経緯等を語り出した。

 

「まず私の話をする上での大前提として、私は人間の頃の記憶を持っている鬼ということだ」

 

白叡は変わらず静かに話を聞いているがカナエは静かに驚いた表情を浮かべる。浮かべるだけで咄嗟に声を上げそうになったのを必死に我慢したカナエは、1度小さく息を吐いて暁妃の話を聞く。

 

「もう30年以上前のことだろうか……。私はあの日鬼になった。そうだな、あの日もこんな満月の夜だった」

 

暁妃は開かれた襖から見える満月を見上げながら無表情に、だが何処か被虐的で懺悔でもするような声色で話す。それにつられるようにして、2人もまた満月へと目をやった。

 

「ああ、でもあの夜の満月は真っ赤だったか…………」

 

月を見つめる瞳に温度はなく、されど睨めつけている。それは一体どんな感情の現れなのか、白叡には到底理解できなかった。

少しの沈黙の後、暁妃は我に帰るようにしてぽつりぽつりと話し始める。

 

「……・私は千刀流道場の道場主でもあった父親の一人娘として誕生した。私は女だったが剣術を学び剣士として育った。まあ、最初言い出した時に父は猛反対をしたがな。私の剣才を知るや否や、渋々といった様子で稽古をつけてくれた」

 

当時10歳にも満たない少女は白叡と同じく剣の才能を持っていた。しかし世は幕末。彼女はその大戦に巻き込まれることで戦争孤児となった。家も金も家族も失った彼女に残ったのは、千刀流とそれを扱う才能だけであった。それ故に彼女は人の手ではなく刀を手に取ってしまった。

 

「その後は生計を立てるために観光客を襲ってはその日その日を生きてきた。気付けば山賊の頭目なんて呼ばれるようになっていた」

 

そして思い出されるあの日、三途神社を襲撃した日の記憶はいつも業火の中。血の匂いと鼓膜に響く阿鼻叫喚、地獄を顕現させたかのようなその様子を暁妃は、ただ冷徹な眼差しでそれを見ていた。そして奥の、丁度白叡らがいる部屋にその人はいた。

 

「巴暁妃……。この名はかつてこの神社を管理していた神主の名だよ。便宜上、あたしはそれを名乗っているだけだよ。前の名は何だったか……忘れたね。山賊に名前はいらないから」

 

燃える業火の中、本物の巴暁妃は泣いていた。それは死に対しての恐怖ではなく目の前の自分自身を殺しに来た少女の瞳を見て、「ごめんね」と謝罪をしながら名も無き少女を包み込むようにして抱き留めた。

 

「ここは昔から身寄りのない子供や迫害を受けたもの達を保護して、そして神官として働かせたりしていたそうだよ。それを知ったあたしは酷く憤ったのを覚えている」

 

何故自分を見つけてくれなかったのか。何故自分を救ってくれなかったのか。何故あたしだけが剣を取る運命を選ばざるを得なかったのか。その想いをぶつけても気が晴れることは無かった。ただ先代の巴暁妃は血を吐きながらもこう言った。「貴女を助けられなくてごめんなさい」と。

 

「そしてあの人はあたしを抱き締めたまま命が尽きた。その瞬間あたしを襲ったのはとてつもない虚しさだった。人の手を取るのを諦め、剣を取ったのは自分自身の選択ではないか。人間落ちる所まで堕ちればね、理屈も感情もなくただただ無になるのだと初めて知った」

 

そして彼女はソレと出会う。名は鬼舞辻無惨と言う人ならざる者()に。炎の中突如として現れたソレ。しかしその時の彼女にはどうでもよかった。本能がその存在から死を感じさせたが気力が身体を動かすことは無かった。その存在は悪行を積み重ねた自身を地獄へと誘う鬼に見えた。

死を予感し目を閉じ、命を差し出すように首を垂れる。

 

『ほぉ……強い人間を探していたがこれ程とは』

 

そのものはただ無機質な瞳で見下ろして来るばかりで殺しにくる素振りを見せなかった。ただそれを彼女は早くしてくれと待っている。

 

『女、鬼となれ。私は強い鬼が欲しいのだ』

『…………鬼』

 

彼女にとってどうでもよかった。生きることも死ぬことも、人間であることも鬼になることも。

 

『拒否したところで、お前が鬼になることは変わらないがな』

 

男は返答を待つことなく、淡々とした口調で言えば腕を触手のように伸ばし彼女に突き刺す。身体が焼けるように熱くなって、どんどんと異物によって身体が作り替えられていくような感覚。息苦しく、悲鳴もあげられないほど全身の神経が痛覚を訴えてくる。

 

『ガッアァアアアァアアッ!!』

 

まさに苦痛、どれほどその苦痛を受けたのか分からないがそれからの記憶がない。苦痛の直後にきた急激な飢えが襲いかかってきた所までは覚えている。そこからの記憶がなく、気付けば自分は配下の山賊達の死体の上に座していた。口元が嫌にねっとりとしたものが滴っておりそれを不愉快に拭うと、拭った腕にはべっとりと血が拭き取られた。

 

(ああ、そうか…………あたしが食ったのか)

 

それに気づいた自分は酷く冷静で不快感は押し寄せてこなかった。そんな自分を嘲笑するように『自分は化け物になったのか』と嗤う。

ふと、人間であった時の最後の記憶に映ったあの部屋へ足がむく。ただ何となく、ここを去る前にそのヒトを見ておかなければと思ったのだ。

死んでから数時間経った巴暁妃の死体は、肌は青白く、血が流れですぎたせいだろうか身体は妙に細く見えた。片膝をつき、そっと死体の耳に着いた飾りを引きちぎると黙ってそれを懐にしまう。

 

『…………』

 

これが名も無き山賊が鬼となった経緯。それから数十年の時を経て彼女は異形の鬼へと成り、人間だった時の記憶を頼りに再びこの神社に戻ってきたのだった。あの日燃えた建物達は再建されていたが、全くの人の気配を感じない伽藍堂としていた。それからは彼女は名を巴暁妃とし、この三途神社で心に傷を負った女を受け入れるようになった。

 

「これがあたしのしたかった話だ。過去に多くのものを奪い罪を重ねたあたしは、人の身を辞めて贖罪としてこの神社で生きている。滑稽な話だろう」

「…………」

「そ、そんなこと……」

「ないって言いきれるかい?まぁ見てたわかるよ……君は優しいからね。人にも鬼にも、だけどね、あたしはきっと償いきれないほどの罪を重ねたんだよ」

 

自嘲して言う暁妃にカナエは堪らず言い返そうとするが、暁妃にさらにそれを遮られる。どこが乾いた表情でぼーっと天井を見上げる。ロウソクの明かりでゆらゆらと揺れる影は、自分の影だと言うのに暁妃には得体の知れない化け物のように見える。それから目を逸らすように目を正面に向ければ、一つ決心した表情で白叡を見る。

 

「あたしは待っていたのかもしれないな。あたしのような化け物を……悪を滅ぼ存在である君達に出会うのを……。鉢特摩白叡……君に申し込む。明日の夜、あたしと一対一の勝負をしよう」

 

 

 

 

 

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