蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza   作:観測者と語り部

10 / 46
航海日記9 潜入?

 浮上した黄色い船体の上で、403は遥か遠くに存在する城塞のような"壁"を眺めていた。

 昔から軍港として使われている横須賀港。港に寄り添うように広がる街並み。

 船外に浮遊型の大型レーダーを展開して、アンテナを広げてみれば、分かるのは過去のデータよりも人口密度や商店が増えていること。

 そして、それを護るかのように広がる横須賀防壁には、湾内に侵入する為の穴がないという事か。

 

 少なくとも潜水艦が入れるような通り道はない。

 水上も水中も完全に壁が阻んでしまっている。

 通り抜けるのなら空を飛んでいくしかないだろうが、全長 122メートルの巨体を浮かせる方法など皆無。

 あの壁の向こう側に消えた401を、船体に乗ったまま追いかけるには、横須賀防壁を破壊するしかないようだ。

 

「困った。非常に困った」

「どうかしたの、お姉ちゃん?」

 

 ぼうっと突っ立ったまま、微動だにせず考え込んでいる403。

 そんな彼女に声を掛けるのはセイルのハッチから飛び出した501だ。

 大きすぎる服のサイズも修正されたのか、黒い水兵服は幼い少女の身体にフィットしている。

 

「501。あの壁を超える方法は考案可能?」

「う~ん、ちょっと考えてみます」

 

 隣まで寄ってきた501に、立ちはだかる壁を見据えながら問いかける403。

 しかし、501にもすぐには考えが浮かばないようで、義姉妹揃ってうんうんと悩む光景が続く。

 潮風が吹き、薄黄色に輝く銀髪と黒交じりの金髪が流れ、時間が過ぎていくなか。

 何かを思いついたのか、瞬きすらしなかった403がひとつ手を打って、何かに納得した様子を見せた。

 

「提案。船体を隠したあと、あの壁まで泳いで行って、そのまま登り超える」

 

 403の考えは至って単純。

 潜水艦ごと追いかけるのが無理ならば、人間と同じ大きさの躯体(メンタルモデル)で壁を直接よじ登るというもの。

 人間と同じような身体にも馴染みやすいよう、艦の中枢であるコアを躯体(メンタルモデル)の中に収めているとあって、その身体能力は化け物染みている。

 せいぜい百数十メートル程度の壁を乗り越えるなど造作もない。

 あとはそのまま壁を飛び降りて、壁の向こう側にある海を泳ぎ切り、地下ドックへの入り口である港湾施設を通り過ぎ、横須賀の町に潜入するだけだ。

 

「……無理だと思うよ? あの壁の上で人間が見張ってるもん」

「却下?」

「うん、お勧めできないです」

 

 でも、そんな単純明快な作戦を501は却下した。

 人間で云う視覚から映される光学映像を拡大して、壁の上を観察してみれば、人間たちが望遠鏡という道具を使って海を監視している。

 風雨や海風を凌ぐための監視施設に固定するほどの望遠鏡だ。

 その監視範囲の広さは、陸に近づく船が在ろうものなら、すぐに察知できるくらい広い。

 そんなのが壁の頂上に均等に設置され、かなりの数が沖合の海を監視している。

 しかも、風雨を凌ぐ監視施設をわざわざ建設している程だから、恐らく24時間体制の監視網。

 相手の隙を縫って壁を乗り越えるのは、失敗に終わる可能性が高い。

 

「次案。躯体(メンタルモデル)を空の弾頭に搭載。向こう側の浅瀬に向けて射出する」

 

 ならばと、次に403が提案した作戦は、壁の内側に広がる沿岸部に向けて自身を搭載したミサイルを撃ち出す作戦。

 甲板から弾道ミサイルのように上空に打ち上げ、そのまま着弾地点を修正して、壁の向こうにある浅瀬に着水するというもの。

 これならアドミラリティ・コードによる禁止項目のひとつ。陸に住む人類に対しての攻撃に抵触しない。

 

「あのね、お姉ちゃん。それじゃあ潜入にならないよ? 人間さんも驚くと思うし」

「? 人類における記録には空から女の子が降ってきた事例が存在。一度、起きた事象は驚愕には値しない筈」

「それは架空の物語の話だと思う。それに、不審な物体が人間の領空に侵入したら、迎撃ミサイルで撃ち落とされちゃうよ?」

「次案も却下?」

「うん、お勧めできないです」

 

 501は次の作戦も両腕によるバツ印で反対した。

 403の任務の詳細を501は知らないが、401の監視という事は知っている。

 監視というものは相手にばれないことが前提というケースが多い。

 そんな目立ちすぎる侵入方法を使えば、人間側は迎撃行動を繰り出すだろうし、401も含めて警戒態勢に入るだろう。

 潜入しながらの監視になる以上は、目立つ行動は厳禁だ。

 

「強行突破する?」

「論外すぎるよ、お姉ちゃん。却下」

「壁の一部に穴を開ける?」

「進入路の形跡が出来るからダメだと思う」

「難民に扮して接近?」

「人間さんが、私たち霧の海上封鎖を抜けられる訳ないよ? 却下」

「海に漂流している所を人間に救われる?」

Ablehnung(却下)

 

 その後も、403のずれた提案は続く事になるが。

 結局、別の海岸地点から潜入し、陸路から横須賀の町を目指し、偽造した身分証明書を使って、堂々と街に潜入する方法に決まった。

 

◇ ◇ ◇

 

「それで、貴女はこんな所で何をやっていたのですか。403?」

「潜入ミッション」

「私にはコンビニで雑誌の立ち読みをしていたような気がするのです」

「潜入ミ~~~ッ……」

 

 そうして陸路から潜入と決まって、無事に横須賀の町に入り込んだ403だったが、何故か見知らぬ少女に一軒のボロアパートの一室に連れ込まれていた。

 そこから、403の行動に付いて、丁寧だが何処か人形のように淡々と。それでいて何処か咎めるような口調で問い掛けてくる少女の名は400。

 イオナや403と瓜二つの姿を持ち、桃色の髪が特徴的な彼女は、正座させている403の頬を両手でつねって引っ張ると、言い聞かせるように呟いた。

 

「知っていますか403。人間の兄弟や姉妹というものは、じゃれ合う時に頬をつねることがあるそうです。」

「ん~~ッじゃれ、あ、いぃぃぃぃ~~???」

「ええ、じゃれ合いです。決して体罰やお仕置きなどではありませんので、勘違いなしないで下さい」

 

 そう言いながらも403の頬をつねる事を止めない400。

 荒れた畳、その茶の間のテーブルに用意されたろ過水を飲みながら、端から見ている501は絶対に嘘だと思った。

 あれは遠回しに"私の手を煩わせるとは何事ですか? 貴女は本当にお馬鹿さんですね"と言っているに違いない。

 だが、姉の言う事を真に受けた403はう~う~言いながらも抵抗はしなかった。

 

 事の始まりは単純である。

 下半身が見えそうで見えない着物姿じゃ目立つからと、どうにか403を説得して黒のセーラー服に着替えさせた501は、さっそく彼女と共に横須賀に潜入した。

 身分証の偽造も完璧であり、街に引っ越してきたのは海洋技術総合学院に入学する予定だと、それらしい理由もでっち上げた。

 要は二人そろって学生という事になっている。

 

 そこまでは良かったのだが、さて401の監視をしようと粋がっていた403に、立ち塞がった存在がいた。

 それは付近を出歩く彼女を怪しんだ海洋技術学院の関係者でもなく、警備が厳重すぎて入れそうもない海軍の港湾施設でもなければ、二人を人間なのかと疑った勘の鋭い軍人でもない。

 403の足を止めたのは何処にでもありそうな小売店。

 いわゆる世間ではコンビニと呼ばれる施設だった。

 

 海洋交通を寸断され、食糧の自給も儘ならない日本では配給制度の実施が行われている。

 しかし、日用品、雑貨、本や海水をろ過した飲料水などを販売する施設は少ないながらも残っている。

 横須賀は軍の関係者が集まり、横須賀防壁の存在によって安心感を得た人々も疎開から帰って来ていて、日本でも珍しく活気に溢れた街だ。

 こうしてコンビニのような施設が、学院に通う学生を客に商売していることも珍しくはなかった。

 

 要するに、403はコンビニで雑誌を立ち読みしている学生が目に留まり、好奇心から首を傾げてしまったのである。

 港湾施設の内部に寄港した401が動かないこともあって、行動に自由の余地が生まれた403を止められる筈もなく。

 制止する501を引きずってでも店内に入店した403は、そのまま学院の学生と同じように立ち読みを始めた。

 そこを同じく横須賀の街に潜入していた400が、近付いてきた同類の反応に気づき、任務そっちのけで何かやってる403を発見して今に至る。

 

 イ号400の系譜はメンタルモデルが双子のようにそっくりだと聞いていたが、正直こうして実際に会って見ても、見分けが付かないと501は思う。

 400は白い半袖シャッツに黒のタイトスカートを着こなして現れた時は、いきなり403が格好を変えたのかと驚いたものだ。

 昔は全員が銀髪だったが、見分けが付かないから400は髪の色を桃色にしているらしい。

 それに加えて総旗艦『大和』の片割れであるコトノにトレードマークのお団子を加えられたのだとか。

 今は髪の後ろに刺している403の簪もそうして加えられたんだろうか?

 

「402から聞いてはいましたが、403は本当に好奇心が旺盛ですね」

「501、400から褒められた」

 

 それ、褒めてないよ。馬鹿にされてるんだよ。と501は言えなかった。

 頬っぺたつねられながらも、姉妹艦と触れあっている彼女の顔は、何処となく嬉しそうだったから。

 とりあえず、湯飲みに注がれたろ過水をすすりながらも、笑顔で頷いておく。

 

 正直、総旗艦直属の潜水艦隊400シリーズのネームシップにして、長女でもある400の雰囲気が501は苦手かもしれない。

 なんか無表情なのに怒っている様な、それでいて声に含まれた感情は優しいような。

 はっきりと分かるのは絶対に怒らせたらおっかないタイプだということ。

 しかも、恨みは絶対に忘れなさそうな感じがする。

 だから、あまり彼女を刺激しないよう、501は空気と化していた。

 

「疑問。400。どうしてここに?」

『総旗艦より命じられて、振動弾頭と、その開発者の探索を』

 

 403の疑問に概念伝達を通して応える400。

 それは万が一にも誰かに聞かれたくないという事を示していて。

 403もそれに合わせて概念伝達に切り替える。

 

『探索? これは、その為の潜入?』

『そうです。霧の魚雷艇に対して振動弾頭の効果が発揮されてから、この街に溶け込んで居ます』

『疑問。現在の状況は?』

『開発された振動弾頭は五本。うち四本は破壊しました。最後の一本は、横須賀基地の地下ドックにあると分かっています』

『開発者の行方が不明?』

『それも手掛かりはあります。開発者の一人である刑部蒔絵の所在地も判明しました。ですが、もう一人の刑部博士の情報に不明な点があるのです』

 

 400は403に現在の状況と情報を伝えた。

 同じ諜報艦型の潜水艦。

 任務を遂行するにあたって情報を共有化することは必要なこと。

 

 概念伝達を通して与えられた情報は。

 刑部蒔絵が近隣の屋敷に住んで居ること。

 人類のデータ上に存在する刑部博士は老齢の科学者だが、そのような人物は存在しない可能性が高いこと。

 振動弾頭がイ401に積載され、アメリカ大陸に運搬する予定であること。

 人間とのコミュニケーションを行うさいに使う、テンプレートな会話集。

 場合によっては流通している通貨よりも、海底よりサルベージした物品の方が買い物し易いこと。

 

『手伝う?』

『いいえ。今のところは必要ないのです。ですが、近いうちに刑部蒔絵を誘拐する予定です。その時は協力を』

『分かった。待ってる』

 

 情報の共有化が終わった403は概念伝達を解く。

 向こうにも此方の任務が401の監視である事は伝えてあるし、概念伝達に距離も遮蔽も関係ない。

 そのうち400から行動を起こすと連絡が来るだろう。

 

「403はこれからどうするのですか?」

「散策。街を見て回る。人間に対する興味。無限大」

「大人しくしろ。と言っても総旗艦から自由が許可されている以上、貴女を止める術はありません。くれぐれも目立たないように。いいですね?」

「ん、善処する」

 

 403は501に視線で合図を送ると、ボロアパートから去っていく。

 その際に403から頬をつねられた400だったが、気にしてはいない。

 お返し、というよりは姉妹におけるスキンシップだと勘違いしているのだろう。

 だが400はそんな些細な事よりも懸念することがあった。

 

「何故でしょう。403の行動パターンをどう予測しても厄介な事案が発生するのです」

 

 自分でもよく分からないが、400は胸騒ぎのようなものを感じていた。

 別に最悪な事態が発生する訳でも、敵に狙われている訳でもない。

 だけど、無事平穏には終わらないと、400のコアが演算予測している。

 

「これが“不安”という感情ですか。総旗艦?」

 

 彼女の呟きは誰に聞かれることもなく、寂れた部屋に木霊して消えた。

 


 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。