蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza   作:観測者と語り部

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航海日記10 墓地

 横須賀。

 人間の街は面白い所だと403は感じていた。

 出会い、すれ違う人間の全てがメンタルモデルにはない感情を実装しているから。

 今日の配給は良かった。美味しいものが食べられると喜ぶ親子。

 自家用バッテリーに充電される電気が少ないと不満を露わにする中年男性。

 いつ攻めて来るか分からない霧に対する不安を口にする士官候補生。

 鬼ごっこをしているのか、街を駆けまわって楽しそうにする子供達。

 

 喜怒哀楽。

 自分たちが確かなものとして実装できていない感情が此処にはある。

 それだけでもコアに蓄積される経験は貴重なものであり。

 いずれ人間とまったく変わらない感情を露わにすれば、霧も戦術を獲得できるのかと期待せずにいられない。

 そんな変化を403は心の奥底で"楽しんで"いた。

 

「機嫌良さそうだね。お姉ちゃん」

「ん、人間の活動は見ていて飽きない。新鮮」

「そうかな。501には良く分かんないよ?」

「人類における該当データを検索。個体によって生じる感じ方の違いを、人それぞれと云うらしい」

「人それぞれ?」

「そう、人それぞれ」

 

 何処か微笑ましい姉妹のように街中を歩く403と501。

 互いに黒のセーラー服と水兵服であり、黄色っぽい銀髪と黒の混じった金髪は、姉妹に見えなくもない。

 501が仲良さげに403の腕を組んで歩いているので尚更だ。

 余りにも完成され過ぎた顔の造形と相まって、女性も男性も一度は視線を釘づけにしていた。

 爺様婆様は微笑ましそうに見守っていたが。

 

 ここまで来たら"買い食い"なるモノや"ウインドウショッピング"とやらも経験してみたい403。

 しかし、生憎と金銭の類や交換できそうな物品をサルベージして来ていない。

 ウインドウショッピングにしても、対象であるデパート?とやらが見当たらないので楽しめそうになかった。

 ちょっと残念に思う。

 

 そうして街中を歩いていると、ふと顔を泣き腫らしている夫人の姿が目に入った。

 その尋常ではない泣き方に403は思わず首を傾げてしまう。

 何かあったのだろうか。

 着ている服どころか、靴下や下着の類まで黒一色の格好に疑問を感じずにはいられない。

 

「人類における該当データを検索。喪服。葬儀や法事の際に着用する衣服。誰かが亡くなった?」

「それはのう。17年前の大海戦で愛する夫を失ったのじゃよ」

 

 そんな403の疑問に答えたのは、店の入り口の前で掃き掃除をしていた老人だった。

 403が振り返れば、目に映るのは時計屋の看板と古着にエプロンを着込んだ初老の男性。

 老眼鏡の奥には長年生きた知性を感じさせる、落ち着いた雰囲気が漂う。

 

「あなたはだれ?」

「なに、古時計の修理を営んでいる只の爺じゃ。

 それよりもお前さん。年の頃は14か13といった所かの。それじゃ昔の大戦も知らんじゃろ」

「……こくん」

 

 本当は17年前の大海戦に於ける当事者だ、何て言わない。

 403もその時の海戦に参加したのか、記憶が定かでないので分からないが、大戦を起こした同じ霧である事に変わりはない。

 501も何も言わなかった。

 

「霧の船とやらが海にのさばっておるのは知っていると思うがの。

17年前に世界中の海軍が集まって、その霧を対峙するために決戦を挑んだんじゃ。

じゃが、人々は為す術もなくやられてしまい、多くの軍人が帰らぬ人となったのじゃ。

あそこで泣いておる娘も、旦那が立派な海軍の士官での。

妻や国を護る為に戦って死んでしもうた。

それからあの娘はずっと墓参りの日々じゃて」

 

 老人が寂しげに語る昔話を聞きながら、403に新たな好奇心が生まれる。

 

「墓参り。死者を想うこと。生きている人間が現実と折り合いを付ける場所」

 

 それは死者が永遠の安息に付いている場所に対する興味。

 死者の眠る場所に、彼らを想う事に一体どんな意味があるというのか?

 

「そうじゃ。近くに海軍の共同墓地がある。良かったら故郷に住む人を護る為に戦った彼等に祈ってやっておくれ。残された儂らにはそれぐらいしか出来んのじゃから」

 

 403はそれを実感するために静かに墓地へと向かった。

 

◇ ◇ ◇

 

 千早群像とイオナは海岸線が見渡せる丘の道路を歩いていた。

 群像の手には小さな花束が握られており、白、黄色、水色といった色の花びらが風に揺れていた。

 向かう場所は海軍の墓地である。

 

 既に振動弾頭の輸送をを推し進める上陰次官との会談は済ませており。

 海軍戦術技術局の局長を務める浦上中将と第四施設焼失事件の慰霊碑に献花も済ませてきた。

 残るは多くの英霊が眠る地である海軍の共同墓地に花を添えるだけだ。

 

「付き合わせてしまって済まないな。イオナ」

「ううん、私は群像の命に従い。群像を護る為に存在している。傍に居るのは当然のこと」

「ありがとう。次で墓参りは最後になる。そしたら一度地下ドッグに戻ろう」

「分かった……あっ、群像。誰かいる」

 

 その時、イオナが急に立ち止まって前方を指差すので、群像もそちらに顔を向けた。

 目の前に広がるのは黒い石碑が立ち並ぶ墓地であり、その最奥には天使の彫像が掘られた慰霊碑。

 そして、その入り口の前で木に寄りかかる一人の幼い少女が佇んでいた。

 黒の混じった金髪に、黒を基準とした水兵服。頭には立派な軍帽がかぶせられた女の子。

 

「あの子がどうかしたのか?」

「あの子、人間じゃない。たぶん……メンタルモデル……」

「――なんだって」

「だけど、どうして……?」

 

 いつもは艦長として冷静で、どこか余裕の雰囲気を漂わせている群像が驚くのも無理はないだろう。

 世界中のあらゆる海路を封鎖する霧の艦隊。常に海に居る筈のメンタルモデルが陸に上がってきているのだから。

 けれど、それとは対照的にイオナは困惑したような様子で軍服の少女を見つめていた。

 軍服の少女がこちらに気付く。そして。

 

「あ~~~っ!! クソッタレな千早群像がいる!?」

 

 千早群像は幼い少女のメンタルモデルに罵声を浴びせられ、悪態を吐かれていた。

 

「……はぁっ?」

「クソッタレ。忌々しい出来事や相手を罵倒する時に使う言葉?」

 

 思わず呆気に取られる群像である。

 表情はポカンとしか言いようがなく、眉は驚いたようにあげられていた。

 イオナの言葉にも反応すら入れられない様子。

 初対面の、それも人間ではないメンタルモデルに罵られるなんて、想像できなかったらしい。

 

Scheisse!(クソッタレ) Scheisse!(クソッタレ) また、わたしをやっつけに来たんだな!」

「ちょっと待ってくれ! 君は一体……」

「でも、お前だけならわたしだって負けないもん! コテンパンにやっつけて……」

 

 まるで聞く耳を持たない幼い少女が、群像に躍りかかろうと手を振り上げたとき。

 そっと群像の前に身を乗り出した少女が一人いた。

 千早群像に付き従い、霧を裏切って人類に付いた霧のメンタルモデル・イオナ。

 

「イ、401……?」

 

 501の震えた呟き。

 その小さな背中は見かけによらない頼もしさを秘めていて。

 自身の背中に居る群像には一歩も手を出させないと、黙って態度で告げていた。

 

「イオナ、待ってくれ!」

「群像、でも」

「いいから。彼女と話がしてみたいんだ」

 

 だが、それに対して群像は制止の声を掛けて、イオナの行動を押し留めた。

 彼には当然とも言うべき疑問が浮かんでいた。

 

 何故、霧のメンタルモデルが陸に上がってきているのか?

 

 それも人類の港湾施設や主要施設に対する偵察、破壊工作の類でもなく。

 こんな霧にとって何の意味もないような、死者を安置しているだけの墓地に何の用があるというのか。

 

 しかし、これはチャンスでもある。

 

 以前、クルーの一人である橿原杏兵(かしはらきょうへい)に、人を模した躯体(メンタルモデル)を持ち始めた霧とコミュニケーションを取る事で、この世界の閉ざされた状況に変化をもたらせるかも知れないと語った群像。

 

 これはその為のチャンスかもしれないと彼は考えているのである。

 

 人と人で分かり合えない人類が、霧と分かり合う事など無理なのかもしれない。

 彼女達と手を取り合い、共に歩むことは出来ないかもしれない。

 それでも、その為のきっかけを掴むことが出来るのなら。彼女達の考えの一端を垣間見ることが出来れば。

 この世界の海が封鎖された状況。それに変化をもたらす為の一端に成り得るのなら。

 群像は新たな一歩を踏み出すことに何の躊躇いもなかった。

 

「っ……!!」

「あっ、待ってくれ!」

 

 だが、群像がまともな会話を試みる前に、幼い躯体(メンタルモデル)の少女は墓地の奥に走り去ってしまった。

 群像が呼び止めても、彼女は聞いてすらいないようで、まるで何かから逃げるように必死に走り去り、その後ろ姿がどんどん遠ざかって行く。

 

 彼女が最後に見せた表情。

 それは明らかな怯えの表情であり、"恐怖"の感情を浮かび上がらせていた。

 

 慈悲も感情も持たない筈の兵器である霧が、ここ最近で変わろうとしている。

 何らかの目的の為に人間の姿を模し、感情を学ぼうとしている?

 

 それが何なのか、具体的には分からなかったが、彼女は明らかに変化した霧の一人であり、世界に変化をもたらせる鍵のひとつに違いない。

 群像はそう考えて追いかけようとしたが、それを止めたのは群像のスーツの裾を掴んだイオナだった。

 

「待って、群像」

「イオナ?」

「あの子はたぶん501。イ501」

「501……この前の名古屋沖の戦闘で撃沈した船か?」

「そう」

 

 501、それなら群像に対して罵声を浴びせるのも、群像やイオナに対して怯えるのも無理はないだろう。

 何せ、彼女は群像たちの手によって直接沈められている。

 それならば先の"恐怖"の感情を獲得したのも頷ける話だった。

 

「でも、おかしい。彼女は巡航潜水艦よりも小型の潜水艦。重巡以上の処理能力を持たない501は躯体(メンタルモデル)を実装できない筈」

「そうか――なら、他の艦が躯体(メンタルモデル)を維持する処理能力を肩代わりすることは可能か?」

「試してみなければ分からない。でも、大戦艦級くらいでないと処理能力がオーバーフローする可能性がある。超戦艦級なら造作もないけど」

「つまり、この近くに501以外のメンタルモデルがいると考えていも良いかもしれないな」

「そうなると、この状況では不利。二対一になったら群像を庇いきれる可能性が極端に下がる。それでも群像は追いかけるの?」

「まだ、戦うと決まった訳じゃない。それに向こうがどうこうしようなら、とっくにそうしていたさ。

 501は何か別の理由があって陸に居る可能性が高い。それに、このまま放って置くわけにもいかないだろう?」

「了解。私は群像の命令に従うだけだから。でも、危なくなったら全力で逃げて」

「ああ、心配してくれてありがとう。イオナ」

 

 もしかすると、敵の罠かもしれない。

 それでも陸に、人間の住む街に入り込んだ霧のメンタルモデルを放って置くわけにはいかないと。

 群像とイオナはそろって墓地を敷地を駆け抜けた。

 

 そして。

 

 墓地の奥に501のメンタルモデルは居た。

 横須賀防壁と一帯の海域を見渡せるような場所。天使の彫像が模られた慰霊碑の後ろに隠れて見えない場所にいた。

 黒交じりの金髪を海風になびかせながら、怯えたようにある少女の胸の中に抱かれている。

 

 だが、群像は声を掛けることが出来なかった。

 イオナも珍しく困惑している。

 

 501が怯えている様子を気の毒に思った訳ではない。

 501を抱き締めている存在があまりにも似すぎていたから。

 そして、"彼女"があまりにも儚い表情で……

 

「イオナに、似ている……?」

「恐らく私の知らない姉妹艦。だけど、どうして?」

 

 その翡翠の瞳から涙を零していたのだから。

 


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