蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza   作:観測者と語り部

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航海日記16 間宮

 給糧艦"間宮"。

 第二次世界大戦が勃発する前に建造されていた大日本帝国海軍の食糧補給艦。元は給油艦として建造される予定だったものを変更して進水した彼女は、18000人分もの食料3週間分を艦隊に提供できる能力を持っていた。

 

 しかも、間宮から供給される食糧は殆どが新鮮なものであり、肉、魚、野菜、パンなどの穀物といった一般的な食糧だけでは終わらなかった。アイスクリーム、ラムネ、最中、饅頭などの趣向品。更にはこんにゃく、豆腐、油揚げ、()といった日本固有の食品まで艦内で加工生産できたという。

 

 中でも羊羹(ようかん)は"間宮の羊羹(ようかん)"と称されるほどの出来栄えで、その筋の老舗を唸らせるほどの美味しさであった。そして、あまりの大きさから間宮の洗濯板の異名を持ち、質と量を備えた素晴らしい甘味であったそうな。

 

 そんな船が人類と敵対する霧の手によって蘇り、衰退の一途を辿って失われつつある日本の食糧文化を保存しているというのも皮肉な話である。

 

 総旗艦"大和"のメンタルモデル。

 その片割れであるコトノが来るべき人類との同盟の懸け橋として選んだのは、霧と共にある千早群像や人間よって生み出された被造物である刑部蒔絵だけではない。

 

 ズイカクやショウカクを始めとした"退屈"によって人間と接触を持ったメンタルモデル。同じく音楽という文化に興味をもって人間に接触しているマヤ。

 

 彼女たちを通して広がった一部の人間たちと、一部のメンタルモデルの友好的な関係。それは今では海上封鎖によって採れなくなった海産物や、海面上昇によって沈んだ遺物をサルベージした物品から成り立ったのだ。

 

 そして、それを拡大解釈した存在が"間宮"という艦だった。

 

 各方面の職人を始めとする人材を集め、材料となる素材を生産し、間宮という職場で加工する。

 しかも、職場環境は快適すぎるほどに整えられている。今では失われつつあるインフラが艦内で完全に自己完結しているのだ。

 

 相手が憎き霧といっても、ここまでされれば歓迎しない人間の方が珍しい。

 まして、多くの自国民を切り捨てた政府の対応に不満を持っている者も少なからずいる。

 慣れてしまえば職人たちはは自然と間宮を霧と意識しなくなった。

 

 そして間宮で生産された食料品を陸に住む人間たちに提供するのだ。

 

 もちろん、表立っての寄港がまずいことは霧も承知している。そこは、揚陸艇を使い、販売を担当する人間と物資を密かに上陸させることで対応した。

 

 北管区と云われる北海道のみ、こうした活動が細々と行われているだけだが、成果は上々であり、今では港に間宮の職人が寄港することを心待ちにしている人々がいる程だ。

 

 間宮が人間を怯えさせないように、霧の船特有の発光する文様を浮かべなかったのも、原因の一つであろう。

 人類が海上に進出できなくなって、霧の姿を本当に目にした者が少ないのも大きい。

 陸に住む人間は間宮を霧と結びつけることは難しいのだ。主砲や対空火器を撤去した船体は、遠目から見ればタンカーの類に見えなくもない。

 

 

 政府もその存在を認識してはいたが、何分現状と照らし合わせても半信半疑だった。

 海上封鎖され、洋上を航海する船は問答無用で撃沈される中で、堂々と北海道付近を航行する船がいるだろうか。

 

 ましてや、それが霧の船だと結びつけるには難しい。人類と敵対する存在がどういう意図をもって、そんな不確かな行為を行っているのか。

 

 今さら友好的な態度を取る理由はなんなのか。疑問は尽きなかっただろう。

 

 排水量が並みの重巡を超えるマミヤは、その船体を維持する演算力も大きく、当然ながら躯体(メンタルモデル)実装艦であった。

 長い黒髪を後ろで纏め、割烹着姿で過ごしている彼女は温和で優しげな表情をしている。

 それも、これも人間との接触において、必要以上に不安を煽らないための処置であり、彼女自身も霧としては類を見ないほどの優しい船であった。

 

 そんな訳で、間宮は今日も意気揚々と洋上を航海しているのである。

 

◇ ◇ ◇

 

 北海道と本州のちょうど境にある海域。その洋上にて間宮を挟む形で横付けする船が二隻。

 霧の潜水艦でも最大級の大きさを誇るイ400とイ403の二隻である。

 

 そこから幾分か離れた地点では霧の駆逐艦が間宮を護衛するように航行している。

 普段は潜航して間宮についてくる彼女たちだが、今回は総旗艦直属の潜水艦隊が来るとあって警備も厳重にしていた。

 

 峯風型駆逐艦"太刀風"。神風型駆逐艦"神風"や睦月型駆逐艦"如月"、"皐月"などの旧式艦。

 しかし、その性能は人類に対して一戦級の能力を誇る。例え日本が総力を挙げたとしても撃沈するのは容易ではないだろう。

 

 海上に出ているのは五~六隻の駆逐艦のみ。しかし、周辺をソナーで探れば多数の駆逐艦が潜航待機しているのが分かる

 

 峯風型、神風型、睦月型からなる駆逐艦隊とそれを総べる天龍型軽巡洋艦の二隻に、夕張型軽巡洋艦の一隻。

 

 合計で36隻からなる艦隊が間宮の護衛に付いていた。

 

「すっげい……」

 

 403に連れ去られる形で間宮まで招聘された蒔絵の最初の反応は驚きだった

 彼女が驚くのも無理はない。間宮は一見すると何もないような船なのだが、内部はまるで巨大な工場のようだと勘違いしそうな"台所"だったのだ。

 

 野菜や果物を維持するための温室。

 巨大な肉を吊るして加工する食肉センターのような施設。

 魚介類を冷凍保存し、マグロ解体ショーが行われていたお魚センター。

 常識では考えられないでっかい冷蔵庫は、もはや冷凍施設と呼んだ方がいいかも知れない。

 

 菓子製造の職人は小豆を煮込んで餡子を作っているのだが、桁違いに大きい鍋のせいで猛暑のような環境を生み出している。

 その隣の施設では、出来立ての餡を使って大福や饅頭などの和菓子を別の職人が作り続けていた。

 もちろん大戦中で有名な"間宮の洗濯板"も木箱に保存され、積み上げられていく。

 

「わあぁぁぁ――可愛いなぁ」

 

 中には配給制となって滅多に見られなくなった上菓子も見られ、桜や梅の花を模った物から、兎などの可愛らしい動物まである。

 屋敷の自部屋に多数のぬいぐるみを飾っていた蒔絵にとって、それらは魅かれるものであったらしい。視線が釘付けになっていて、それに気が付いた職人の一人が子供の微笑ましい姿に小さく手を振っていた。

 間宮に努めている職人たちも、船内に子供が来るのは珍しくて仕方がないのだろう。多くの人が蒔絵に目を止めている。

 

「蒔絵様。当艦はお気に召して頂けましたでしょうか?」

「うん。わたし、こんなの初めて見たからびっくりした。お菓子ってあんな風に作るのね」

「それは良かったです」

 

 そんな彼女に、にこやかに話しかける女性は給糧艦"間宮"のメンタルモデル"マミヤ"。

 霧にとっても重要人物である蒔絵に艦内を案内するべく前を歩いていたが、彼女が職人たちの作業光景に見とれて足を止めたため、マミヤも同じように立ち止まってくれている。

 半分くらい違う身長差から、蒔絵がマミヤを見上ながら会話してしまわないよう、少しばかり屈んで応対するあたり実に子供相手に手馴れている。

 度重なる港湾施設への入港で子供を相手にする経験値が、他のメンタルモデルと比べて高いのだろう。

 

「すまない、マミヤ。忙しいのに案内させてしまって」

「いえいえ、お気になさらず、大戦艦ハルナ。私の仕事は職場の環境を整えることと、船を動かすことだけ。むしろ頑張っているのは職人たちの方で、未熟な私は彼らから学ぶばかりです」

「そうか」

 

 蒔絵とマミヤの傍らに立つのは大戦艦ハルナ。彼女は船体を失ったため、蒔絵の護衛として傍に付き、寂しがらないように話し相手も引き受けている。

 さらに、その腕の中には、淡い桃色に、ふかふかな感触を備えたクマのぬいぐるみがが抱えられていた。

 

(くっそう、なんでアタシがこんな事に。この大戦艦たるキリシマがなんて様だ)

 

 金剛型大戦艦の四番艦キリシマである。

 彼女は千早群像との決戦において船体を失ったばかりか、暴走した重力子エネルギーに巻き込まれて躯体(メンタルモデル)すら失ってしまっていた。

 後に501の帽子の中に仕舞われてしまった訳だが、403が刑部藤十郎の身柄を回収して船内に帰還したタイミングで、ナノマテリアルを融通できないかと403に交渉したのである。

 しかし、結果としては無残なもので、キリシマならぬキリクマと化してしまった。

 

 理由は簡単で、いくら世界最大の船体を持つ潜水艦といえど、艦を構成するナノマテリアルを無駄に割きたくなかったこと。

 そして、霧に誘拐されたのがきっかけとはいえ、住処を失い寂しそうにしていた蒔絵を喜ばせる為である。

 403が何を思ったのか、一番好きなぬいぐるみはなんなのかと聞くと、クマのヨタロウ! と元気な返事が返ってきたので、キリシマには動くぬいぐるみのコアになってもらった。

 

 それはもう、大層不満げなキリシマであった。名だたる大戦艦にして、艦隊旗艦としての資格すら持つ自身が、ぬいぐるみに身をやつすなど耐えがたい屈辱である。

 このままでは断固として抗議を続ける。徹底抗戦である。そんな構えすら辞さないキリシマであった。

 

 しかし、有無を言わせないような403の視線(ぼうっとしていただけ)。

 蒔絵の機嫌を取るためだと冷静に分析するハルナの言葉。

 すっげい! と超ご機嫌になってしまった蒔絵の姿。

 動くぬいぐるみが可愛いと自らのメンタルの琴線に触れてしまって、キリクマをすっかり気に入った501の態度。

 

 これらが重なった結果、しばらくの間はキリクマでいるしかない状況に陥ってしまった。

 彼女は戦闘狂ではあるが、同時に身内に対して情が深くもある。

 仲間や子供の喜ぶ姿に対して断りを入れるのは辛いのかもしれない。

 

(こうなったら艦隊旗艦を頼るしかない。403は総旗艦の所に合流するらしいし、その時こそ私の船体と身体を取り戻せるチャンス。それまでの辛抱だ。我慢するんだ私)

 

 故に抱きしめられるたびに、赤ちゃんを慰める玩具のような音を出しているが、気にしたら負けである。

 気にしたら負けである。

 

「それにしても、おいしそうだね」

 

 そうとは知らず、蒔絵はキリクマを胸に抱いたまま、お菓子に釘付けであった。

 霧の艦隊によって世界が海上封鎖されている現在。

 あのような天然品の甘味などは、もはや貴重品であり、場合によっては貴金属と同等の価値を持っている。

 

「よければ試作品も含めて、お食べなさいますか?」

「ほんとに!? いいの!?」

「はい、こちらとしても子供の素直な感想は、食品加工の際に大変参考になりますので。もし、よろしければですが」

「やったぁ! ありがと~~!」

 

 毎日の食事にはありつけても、嗜好品をあまり知らない蒔絵。

 マミヤの言葉はそんな彼女を虜にするには充分すぎるほどであった。

 

◇ ◇ ◇

 

 蒔絵たちが間宮の艦内を案内されている間。

 間宮の艦外では、二隻のイ400型潜水艦が間宮に寄り添うように横付けしていた。

 

 そのイ400型潜水艦の内の一隻。淡い黄色の船体を持つ403の甲板の上にて、二人のメンタルモデルと一人の男が神妙な雰囲気で話し合っていた。

 

 髪の色、髪留め、そして船体と同じ色をしたチャイナ服に裾を短く切り詰めた和服。

 そららの違う点を除けばまったく同じ顔。同じ無表情を浮かべている400型の姉妹艦たち。

 400型のメンタルモデル。400と403。

 

 そして、どこか悔やむように、悩むように話しているのは蒔絵と長い時間を過ごしてきた男。

 執事であるローレンス・バレンタインとして身分や経歴を偽りながら、愛娘ともいえる存在の傍に居続けた、デザインチャイルドの生みの親。

 刑部藤十郎。

 

 三人は蒔絵が傍にいることもあって、藤十郎のことを執事のローレンスとして扱っていた。

 だが、現在は蒔絵が間宮を艦内旅行していることもあって、今後の事を話し合っていたのである。

 

「君たちの事情は理解したよ。私と蒔絵を誘拐した理由も」

「理解が早くて助かります。刑部藤十郎」

「だが、私が藤十郎だと。蒔絵の生みの親だと明かすのは、まだ……納得できそうにない」

 

 もっとも、403は藤十郎との会話に参加することもなく、甲板の上で無表情に佇むだけだった。

 別に藤十郎に対して興味がないわけではない。

 ただ、話をややこしくしない様、400に黙っていてくださいと言いつけられたので、大好きな姉の言うことに大人しく従っているだけである。

 あまり瞬きせず、翡翠の瞳で藤十郎を見つめる姿は不気味であるが。

 

「ですが、私たちに身柄を確保された以上、刑部蒔絵は長い時間を間宮の中で過ごす事になります。 そのような環境で、刑部蒔絵がいつ、記憶の中の刑部藤十郎を求めるかわかりません。

 異邦艦との戦争を間近に控えている中で、刑部蒔絵のメンタルケアを図っている余裕はありませんし、私たち霧としては、貴方に正体を明かしてもらった方が手っ取り早いのです。

 人間の心を理解できていない私たちでは、合理的にしか物事を判断できないのですから」

「それは、分かっているが」

 

 藤十郎の悩み。

 それは、蒔絵に自身の正体を明かすべきか、否かというもの。

 

 蒔絵はデザインチャイルドとして人為的に生み出された、いわば人造人間のような存在。

 蒔絵の場合。先端工学に有利な肉体が与えられ、趣味趣向もそちらに向くような精神を植え付けられ、調整されている。

 すべては霧に対する切り札。振動弾頭を開発するための最終手段。それが蒔絵という存在だった。

 

 そんな、心身ともに急激な成長を促進させられた彼女の精神。それが不安定になり崩壊しない様に、偽りの家系を作り上げ、精神的安定として与えてあるのだ。

 そして、家系図の頂点にあり、数人作られたデザインチャイルドのよりどころが祖父としての"刑部藤十郎"なのである。

 

 蒔絵が真実を知れば、彼女はどんな表情をするだろう?

 偽りの記憶を植え付けられて、無条件に慕っていた存在が、身近にいたことに驚愕するだろうか?

 それとも、身勝手に自分の人生を定めた存在を憎むだろうか。

 或いは、慕っていた藤十郎お爺様がいないことを知って、絶望するだろうか。

 

 当初はデザインチャイルドを手掛けることに無邪気だった刑部藤十郎。

 だが、命を作り、育て、失う事を繰り返して。命を消費して、その重みを知るたびに。

 彼の表情はやつれ、黒かった髪の毛は白く染まり切ってしまった。

 

 実に109もの命を作り上げ、最終的に成長した子供は7人。

 そう、彼は102人もの赤子や幼子の命が失われるのを、目の前で見てきたのだ。

 病気や何らかの発作で失われていく、自らの子供ともいえる存在。

 それを見届けるたびに彼はどれほどの悲しみや苦痛を感じ、自らの犯した過ちに対する重責は、どれ程のものだったのだろうか。

 

 そんな彼が蒔絵に真実を明かすことに、底知れぬ後悔や恐れを抱くのは無理もない事であった。

 

「大丈夫だと思う」

 

 苦悩する藤十郎に対して声を掛けたのは、今まで二人を見守っていた403だった。

 彼女はそれまでとは一変するような雰囲気を纏っていた。

 人形のように無表情だった顔に、僅かながらの微笑みを浮かべて、その無機質な瞳は心さえ宿したかのように。

 403は、まるで"人間"のような雰囲気を持って、俯く藤十郎の手を握った。

 それは、子供のように怯える彼を安心させようとしているかのようだ。

 

「403、何をするのです? 今は私と彼が」

 

 そんな只ならぬ403の気配に、姉の400は無意識に"驚愕"という感情を浮かべながらも、声を掛ける。

 その瞳は驚きを表すかのように、僅かながら見開かれていた。

 

「お姉ちゃんはちょっと黙っててもらえる? 大丈夫、ここは"わたし"に任せてくれて良いから、ね?」

「え、ええ。そう、ですか?」

 

 だが、403があまりにも人間臭すぎる表情を浮かべて語りかけてくるものだから。

 400はそのまま彼女の言葉に圧倒されてしまって、状況を見守っている事しか出来なくなった。

 長女の思考は既に混乱の極みに達していたのだから。一体、末っ子はどうしてしまったのだろうか。

 

「君は、403だったか? 何故そう思う……?」

 

 そんな彼女に、迷いの表情を浮かべた藤十郎が声を掛けた。

 その姿は、まるで進むべき道を見失なった幼子のようでもあった。

 だから、403は藤十郎の目を覗き込むように語りかける。幼い子供の面倒を見るお姉ちゃんのように。

 

「蒔絵は貴方が思っているよりも、ずっと強い子だから。それに、自分よりも他人の身を案じるとても優しい子。だから、あの子は真実を知っても耐えられる」

「だが、私は蒔絵を始めとしたデザインチャイルドを生み出し、彼らの命を弄んだのだ……そんな男を蒔絵が許すと思うのか?」

「それは、わたしには分からない。でも、貴方はローレンス・バレンタインとして実の父親のように、彼女を見守ってきたんだよね? そんな貴方を蒔絵はとても慕っていたよ? 刑部邸が襲撃されたときに、真っ先に貴方の身を案じていたのだから」

「蒔絵が……私を?」

「うん、だからきっと、だいじょうぶ」

 

 その後、刑部藤十郎は長い時間を思い悩んで過ごす事になる。

 しかし、さらなる後にメンタルモデルたちは蒔絵と藤十郎が、ぎこちなく手を繋いでいるところを目撃している。

 少しは二人の関係に進展があったのだろうか?

 それは定かではないが、手を繋いでいる二人の表情はとても穏やかで、まるで本当の親子のように見えたという。

 

 


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