蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza   作:観測者と語り部

19 / 46
短編1 釣りと音楽

 ヤマトとコトノが日本政府と交渉する数日前。

 天気は晴れで、波が穏やか、太陽が照りつけるような暑さだけが港を覆う。

 そんな横須賀の沖合に停泊している一隻の潜水艦に、重巡洋艦から一人の少女が飛び乗った。

 

「やっほ~~、403。久しぶりだね。元気してた?」

「肯定。重巡マヤ。第一巡航艦隊以来と認識」

 

 自らの船体である潜水艦。その薄黄色い甲板の上で、趣味という概念を獲得する為に試行錯誤していた403は、声を掛けてきたマヤに挨拶を返す。しかし、振り向くような真似はしない。傍から見れば彼女は真剣な表情で海面を見つめている。だが、内心は何も考えていない。きっと。

 

「何をしてるの?」

「返答。釣りという行動。竿から釣り針を垂らして、海にいる魚を捕える行為。マヤもやる?」

「やるやる~~!」

 

 竿を持ったまま、もう片方の手で釣竿を差し出す403。

 見れば彼女の傍に何本もの釣竿が置いてあり、まるで誰かと釣りをするのを待っていたかのようだ。

 しかし、そんな事を気にしないマヤは、笑顔で竿を受け取ると見よう見まねで釣り針を垂らす。そうして時間だけが過ぎていく。

 

「なるほど~~、魚が食いついたら、リールを回して吊り上げるのか。でも、これって無駄に手間が掛かるだけだよね。餌ついてないし」

「ん、単なる暇つぶし。海に潜って、素手で捕まえたほうが簡単」

「だよね~~」

 

 甲板を椅子代わりして腰を落ち着け、足を宙に浮かせる二人。真下は穏やかな海だが、小魚が船体に反応して跳ねることもあった。

 並んで座る彼女たちは、一人の人間にしか見えない。だが、その正体は一隻の軍艦を操る兵器。メンタルモデルだ。

 

 そんな彼女たちでも、何もしなければ退屈なのである。なので、こうして何かしら暇を潰していることが多い。

 

 重巡マヤの場合であれば歌を歌ったり、楽器を弾いたりする。同じ重巡のチョウカイであれば、油絵をひたすらに描いていることが多い。そして、403の場合は釣りを行う事だったようだ。

 

 もっとも、彼女のメンタルモデルは、まだまだ発展途上。釣り針に餌がついてなかったり、そもそも餌を用意していないなど、どこか抜けた一面があるのも仕方ないことだった。

 

「で、どうして釣りをしようと思ったの?」

「返答。疑問? 何となくしてみたくなった?」

「ふ~ん、惹かれあうってやつかな。マヤもピアノを見たときからそんな感じだったし」

「惹かれあう。人類のネットワークから該当事項を検索。ビビッときた?」

「そう、ビビッときた。マヤとピアノの出会いは運命だったんだね~~」

 

 身動ぎしない403とは対照的に、マヤは足をばたつかせて落ち着きがない。

 会話もマヤから話しかけるほど一方的だ。それでも、403は気分を害した様子もなくマヤに付き合っていた。

 そして一通り話しかけた後で、マヤは本題を切り出した。彼女が躯体(メンタルモデル)を持ってから、ずっと疑問に思っていたことを。

 

「403はさ。メンタルモデルについて疑問に思ったことはない?」

「返答。質問に対する適切な回答を持ち合わせていない。疑問の余地なし?」

「そっか。でも、不思議だよね。私達がこうなった時から、私達は"私達"だったんだもの」

「私達は私達だった?」

 

 403も興味をもったように、マヤの方に振り向いた。

 

「そう、生まれた時からマヤは"マヤ"のメンタルモデルを持っていたんだよ。

 この容姿も、性格も、マヤとしての心も最初から持っていた。

 

 音楽に興味を持ったとき、コンゴウやヒエイはアドミラリティコードに従う我々に不要な概念は必要ないってよく言うけどさ。そう思うこと自体が個性や感情なんだよね。

 

 だって最初から何もなかったら、みんな同じ姿をしていて、同じ性格や感情を持っているはずだもの。でも、現実はそうじゃなかったんだなぁ」

 

「………」

「ねぇ、私たちって何なんだろうね? そんなマヤの疑問なのでした」

 

 マヤの問い掛けに403は応えない。

 ただ、感じ入るものがあったのか、彼女なりに考えている様子。無表情だが、その首は横に傾げられている。

 

「まあ、難しく考える必要はないと思う。そういうのはコンゴウやヒエイに任せておけばいいんだよ」

「ん、一時保留? そうする?」

「そうそう、今は歌でも歌って、のんびりしてればいいんだよ!」

「肯定。マヤの歌は好き」

「そっか、じゃあこの前思いついた歌を聞かせてあげるね」

 

 そうして釣りをしながら、海上にメンタルモデルの歌声が響き渡る。

 トレモロ、トレモロ、こんにちわ。アレグロ、アレグロと彼女の陽気さが加速する。

 悲しい気持ちも、寂しい気持ちも吹き飛ばすような、そんな明るい歌。

 

 重巡マヤの船体でチビマヤが動き出し、主旋律と伴奏を奏でる。マヤ自身もいつのまにか取り出した小さなピアノを奏でる。

 

 それを403はメトロノームのように躯体を揺らしながら聞き入っていた。足が自然とリズムを取る。気分がいいのか、鼻歌が聞こえてきそうな雰囲気である。もっとも顔は人形のように無表情のままだったが。

 

 釣りをする一人のメンタルモデル、403。歌を歌いピアノを奏でる一人のメンタルモデル、重巡マヤ。

 

 そんな彼女たちは、今日を境にさらに仲良くなり、周囲をドタバタ劇に巻き込んでいくが、それはまた別のお話。

 

 

 


 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。