蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza   作:観測者と語り部

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航海日記18 激変

 ご覧ください。歴史的快挙です。

 本日横須賀に、霧の大艦隊の総旗艦である大和の姿を模した艦艇が入港し、各分散首都(とし)における政府首脳との会談が行われた件ですが。

 人類と霧の間で一時的ではありますが、不可侵条約と停戦協定が結ばれることが決定いたしました!

 

 残念ながら海上封鎖を解くことは何らかの理由により、為し得ることは出来ませんでした。

 しかし、霧の艦隊総旗艦は海上封鎖の範囲を一時的に緩和すると宣言。

 列島近海における海域の漁業活動と海上輸送のみ黙認される形になるとのことです。

 これにより困窮していた国民の皆様の食生活が改善され、国内における海上からの物資輸送で、流通の活性化が期待されます。

 

 それ以外目的となる海上進出。

 要約すれば、国内の演習を目的とした軍事行動や、各国の国交における海上渡航、領海を超える横断飛行は禁ずるとの事です。

 

 繰り返します。国内における漁業活動と物資輸送のみ黙認されます。

 それ以外の活動については、残念ながら今まで通り武力による介入を宣言しており、問答無用で攻撃される恐れがあります。

 国民の皆様の安全のためにも、政府から公表されている海域の外に出ないよう、くれぐれも注意してください。

 

 また、同様の条約はイギリス、フランス、アメリカ合衆国、イタリア半島などの海域に面している国家を中心に行われており、ヨーロッパで勃発する内戦にも、何らかの動きがあると見られております。

 

 しかし、各国を海上封鎖する霧の艦隊が何故、今頃になって条約を結ぶ気になったのか?

 これについては、政府は回答をせず、黙秘したままとなっております。

 

 専門家の間では様々な論議が繰り広げられており、政府内での霧との密約や、霧の艦隊内部で何らかの懸念が発生したとの噂が囁かれていますが、真実は定かではありません。

 一説によると、記憶に新しい横須賀基地襲撃事件において、霧側は戦艦クラスの艦艇二隻を失うほどの深手を負い、戦力回復の時間を稼ぐ為、一時的な停戦に合意したとも見られております。

 

 近年、霧の海上封鎖による影響で、世界各国は衰退の一途を辿っており、現状維持をすることしかできない状況でした。

 日本では先の襲撃事件も相まって、霧に対する国民感情の悪化は相当なものだと思われ、中には、この停戦条約に反対する市民団体が抗議活動を行っている地域もあります。

 しかし、17年前の大海戦以来、敗北を重ね、追い詰められていた各国が、敵対していた霧と手を取り合えたという事実は、先も述べました通り、歴史的快挙でもあります。

 

 この映像をご覧ください。

 横須賀に入港した霧のもう一隻の艦船。非武装の給糧艦"間宮"です。

 人々の間で噂されていた北海道で活動を行う、港に入港しては新鮮な加工食品や貴重な甘味を分け与えてくれる職人の存在。

 彼らは封鎖されて久しい海を渡っているらしく、霧が人類に対して何らかのアプローチをとっているとも、政府が極秘で霧に発見されない航行技術を使い、厳しい寒気で困窮する北海道市民を支援しているとも考えられておりました。

 答えは前者であったようですが、霧の中にも人類に手を差し伸べようとする勢力が存在しているのでしょうか?

 

 マミヤと名乗る霧の船から現れた女性は、我々人類に対して友好的な態度を取っています。

 彼女は入港の際に、積極的に人々に手を振り、笑顔を見せるなどの姿勢を見せていました。

 こちらが、入港の際の映像になります。昭和時代を思わせるような割烹着を着た女性ですね。

 

 最初は戸惑い、間宮に乗艦する職人の人々を、人類の裏切り者だと罵り、憎悪、嫌悪していた横須賀の人々ですが。

 分け与えられた暖かで美味な食事と、間宮と横須賀における子供たちが、笑い合いながら手を取り合ったことで、徐々に両者の間で友好的な交流を見せ始めております。

 これは17年前の大海戦以来、霧を見たものが少なく、また日本政府の非情な判断よって切り捨てられた国民も多いため、霧に対する憎悪と政府に対する憎悪が半々だったことによる影響だと思われます。

 

 真っ先に子供たちを率いて、食糧供給を受け入れた少年の名は大和武くん。

 貧民街に住む子供たちの頼れるリーダー的存在であり、港で魚を釣っては横須賀の人々に分け与えていたと評判の少年です。

 

 また、間宮側から現れた、人々が手を取り合うきっかけを作った少女の名は刑部蒔絵ちゃん。

 なんと一昨日の早朝に発生した横須賀テロ事件の犠牲者と思われていた刑部家の生き残りだそうで、彼女は霧によって保護されたのだと思われます。

 

 両者による交流は、霧と人々を繋ぐ懸け橋となっております。

 それはこれからの未来を暗示する、一つの可能性とも受け取れるでしょう。

 

 人々が霧に対する憎悪を忘れずに徹底抗戦を貫くのか、それとも互いに手を取り合い和解し合うのか。

 今後の政府の方針と人類の行く末が試されていると言えるでしょう。

 

 引き続き取材を行い、特に人類に友好的なマミヤと、彼女と交流する人々の様子をカメラに捉えようと思います。

 以上。分散首都(とし)のひとつ、東京の放送局から、現地の横須賀で状況をお伝えしました。

 

◇ ◇ ◇

 

 千早群像率いる蒼き鋼が整備、補給を行うために開発した硫黄島の港湾施設。

 港には多数の入港ドッグが備えられており、蒼を基準とした船体を持つ潜水艦イ号401と、緋色を基準とした船体を持つ重巡洋艦タカオの二隻が停泊していた。

 

 タカオは硫黄島に港が建造されていることを察知して群像たちを先回りする形で接近。

 もちろん島の管理人から、対艦ビームやミサイルで手厚く歓迎されたが、無事に入港している。

 

 そして、イオナことイ号401は鹿島湾、名古屋沖、横須賀湾での連戦で、傷ついた船体の修理、弾薬の補給、機関を始めた各種設備の整備・点検のために一旦寄港していた。

 

 これは戦闘能力を回復する意味もあるが、日本政府から依頼された振動弾頭を、アメリカのサンディエゴ基地に輸送する為に、大規模な準備を必要としていたからだ。

 極秘情報で、振動弾頭の開発者が行方不明。最悪、霧に奪取された情報を聞いて、日本政府からは一刻の猶予もなく、迅速にアメリカへ渡って貰いたいと頭も下げられている。

 よって硫黄島の管理人こと、401に沈められた大戦艦ヒュウガを始めとして、蒼き鋼のクルーたちは船の整備に余念がなかったのだが……問題が起きていた。

 

 突如として霧の艦隊が横須賀に入港した情報を捉えたのだ。

 その上で先ほどの番組放送も見たことで、一旦整備行動を保留。

 

 今後どうすべきなのか検討する段階に陥ったうえ、畳み掛けるように別の霧の船が硫黄島に接近。

 入港許可と話し合いの余地を求めてきたので、彼女たちを迎え入れ、群像やクルーたちは入港した一隻の船を見守っていた。

 彼女は淡い蒼色の船体を持つイ号401と同じ形をした姉妹艦、イ号403であった。

 

「タカオのお姉ちゃーん!!」

「はっ? ちょっと、なんでアンタがこんなところに、うわっ!?」

 

 そんな島の内部に隠されるようにして作られた秘密ドックの一区画で、元第一巡洋艦隊所属のタカオは、軍帽を振り落としながら、頭から突っ込んできた幼い少女の存在に、驚きの声をあげる。

 思わず反射的に抱き止めた少女の名前はイ501。

 自らの作戦ミスと、回避行動の遅延によって、イ401の放った超重力砲の直撃を受け、轟沈した筈の部下であった。

 

 501は躯体(メンタルモデル)を構築できないタイプ(それを維持するほどの演算力が足りない)であり、初めて姿を捉えたタカオであったが、その内部に収納されたコアの形式番号は永久不変の数字である。

 ひとつのユニオンコアが、どのような姿を形作り、またそれを改変したとしても、個体を認識するための形式番号によって間違えることは絶対にない。

 故に、タカオは501をスキャニングした瞬間、彼女の正体を判別して驚愕しているのである。

 

Schwester(おねえちゃん)Ich liebe dich!(大好き) Ich liebe dich!(大好き) また会えてうれしいよ!」

「どうしてアンタが此処に。というか、アンタ生きてたのね?」

「うん! 403のお姉ちゃんが連れてきてくれた」

「403……」

 

 タカオは足を絡めて抱き付いている501の黒交じりな金髪を優しく撫でて、指で梳いてやりながら、地下にある港湾施設の周囲を見回す。

 そこにはいつの間にやらイ401と重巡タカオの船体に交じって、黄色のイ号403巡洋潜水艦の船体が停泊していた。

 戦術ネットワークに参照できるデータの中で、最近になって知った東洋方面艦隊、総旗艦隊に新たに加わった潜水艦。

 403の船体は何をするでもなく、ドッグの固定用アームに成されるがままにされている。

 

「よかった……」

「むぅ~~、痛いよ、タカオのお姉ちゃん。えへへへ」

 

 だが、そんなことよりも。失った部下が、こうして存在してくれている事の方がタカオにとっては嬉しかった。

 いかに霧の船とも超重力砲の直撃を受ければ消滅必須。頑丈なユニオンコアといえども無事で済まなかっただろう。

 ピケット艦としての任務で暇なときは、互いに言葉を交わし、戦術を磨いてきた仲である。

 残念ながら新戦術は群像率いる蒼き鋼に敗れたが、データを共有し合った二隻の間で生まれた絆は、それなりに深い。501のセンスもタカオの影響が殆どである。

 

 戦闘艦として敗北した結果と部下の損失を割り切ってはいたものの、こうして再会するとメンタルモデルの感情システムが複雑怪奇に入り乱れ、タカオの心に喜びと安堵をもたらしていた。

 

「良かったな、タカオ」

「群像様、あっ! んん、千早…群像……ッ~~」

「あっ、クソッた…はっ? えっ? ええええぇぇぇ!!」

 

 だから、艦種が違いながらも姉妹艦のように仲が良い501が、自身にとって(にっく)き相手である千早群像を前にしたタカオの反応を。

 恋する乙女のように頬を赤らめ、顔を背けるような仕してから、羞恥を隠そうとして言い直すまでのタカオの反応を見て、501が混乱するのも無理はなかった。

 反射的に出かかった罵倒という言葉、行動を上書きして、全思考能力が混乱という方向にシフトするほどだから、彼女にとってタカオの反応は余程、想定外の事態だったのであろう。

 

 思わずタカオを二度見、そして何度も瞬きして躯体(メンタルモデル)からの視覚情報を更新するも、彼女の表情に変化はない。

 

 「えっ、なんで? どうして?」 そういった疑問を(てい)しながら、501の思考は一時的にオーバーフロー。

 

 彼女の躯体(メンタルモデル)は驚愕したまま固まった。抱き上げているタカオが501の身体を離せば、受け身も取れず床に落下である。

 

「501。戦闘とはいえ貴官を撃沈したこと、お詫びする。済まなかった」

「えっ、あれっ、はい―――はい?」

 

 だから、自らを撃沈した相手である群像のお詫びを受け取り、差し出した握手を反射的に握り返してしまう。

 

 501にとってそんな愚行を犯してしまったあげく、後に自分の行動を思い返して落ち込むのも、そう遠くない未来の話であった。

 

「照合。千早群像を確認。過去のデータを参照。99%の確率で本人と一致」

 

 そんなデレ状態と放心状態に陥った二人のメンタルモデルと群像の間に、ふわりと降り立ったのはイ号403のメンタルモデルの少女。

 自らの船体と同じような黄色の着物をはためかせながら、イ号403のセイルから飛び降りた彼女は、明らかに重力の法則に逆らって、ゆっくりと地下ドッグ内の港に足を付ける。

 相変わらず翡翠の瞳を見開いたまま、不気味な無表情を続ける彼女だが、タカオ達と群像の方を交互に見ているあたり、どちらにも興味津々の様子。

 しかし、一度だけ瞬きした後、任務を優先するかのように群像に向き直った。

 群像も改めて居住まいを正すと、にこやかな笑みを浮かべて、手を差し出す。

 

 歓迎の意を表す握手である。

 

 403はそっとそれを握り返したが、不思議と彼女の手は人肌のように暖かったので、群像は少しばかり驚いた。

 もちろん表情には出さないが。

 

「突然であったが、貴官らの入港、歓迎する」

「了解。歓迎される」

 

 こうして横須賀と同じように、硫黄島でも霧と人類が手を取り合った訳である。

 しかし、続く群像の質問攻めは予想以上に多かった。

 

「さて、貴官の話し合いの件もそうだが、先ほど霧の艦隊が行った世界的な交渉と、内容についてよければ聞かせてくれないか。どうして交渉の余地すら持たなかった君たち霧が、急遽人類と手を取るような真似をしたのか。我々人類と霧は双方ともに歩み寄っていけるのか。横須賀での一件は世界に風穴を開ける切っ掛けになったのか?」

「肯定……? 適切な言語化、不能……偏にコミュニケーション不足だと認識、それに対する回答は困難、ううぅ……」

 

 霧と停戦条約が結ばれるという人類の快挙に、誰もが複雑な感情を抱く。

 それは平穏を迎えた安堵であったり、復讐心に駆られた憎しみであったりと様々だ。

 だが、その内の大半。特に軍事や政治に携わる者は高ぶりを覚えてしょうがなかったのである。

 かく言う群像も、その一人であった。

 

 この質問攻めに403は501と同じく混乱した。

 日々習得する人類を模倣するための情報。その中から漫画の目をぐるぐると回すという表現を使ってしまいかねない勢いだった。

 終いには両手で頭を押さえて蹲る。彼女なり情報処理がオーバーフローしたという外部への表れだ。

 

「きゅ、救援をよーせーする……!!」

「もう、群像くんは、相変わらずなんだから」

 

 だから、イ403の呼びかけで“彼女”が現れたとき、群像は時が止まったのだと錯覚した。

 

「馬鹿な、なぜ君が……」

「そんな、うそ、冗談よね」

「どうなってんだよ、おい!」

「えっと、どちら様?」

 

 そして、それは余りにも予想外すぎる人物で。

 

「ヤマト!? 総旗艦が何故ここに!?」

 

 タカオの口から発せられた言葉は、蒼き鋼のクルーを混乱させるには充分すぎて。

 

「やっほー。久しぶり、群像くん」

「琴乃、なのか……?」

 

 群像は驚愕と動揺。そしてアマハコトノに対する疑心で顔をしかめるしかなかった。

 


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