蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza 作:観測者と語り部
インド洋と太平洋を結ぶ東南アジアの海域。
それらの玄関口ともいえるマラッカ海峡近海で激戦が続いていた。
そいつ等は突如として現れた。
レーダー圏内であれば外洋を航海する艦船から、海中を泳ぐ小魚まで細かく分類、解析して反応する霧のセンサー。
そのどれにも反応は全くなく。本当に突如として現れたとしか言いようがなかった。
「第一主砲、目標。右舷の戦艦クラス! 撃て!」
「続いて第二主砲、目標は左舷後方の駆逐艦二隻。重力子ビーム照射!」
「怯むな! 我ら東洋艦隊の、欧州派遣艦隊としての意地を見せつけろ!」
プリンス・オブ・ウェールズは忌々しげに表情を歪めながらも、無限に湧き続ける敵艦に対し、攻撃の手を緩めない。
指揮下にある艦艇を鼓舞しつつ、自らも主砲やミサイルを放ち、出現する敵艦を次から次へと撃ち砕く。相手を文字通り消滅させる。
内部の重力子機関が唸りを挙げて主砲にエネルギーを回し、四つもある砲身から次々と荷電粒子砲が発射される。
すると、ドイッチュランド級と思われる敵戦艦の上部構造物が消し飛んだ。
代わりに飛んできた28cmの徹甲弾はクラインフィールドで弾く。演算率は0.01%も使ってない。煩わしい。
最大速力60kt以上を誇る機関出力を巡航速度に維持したまま取り舵。後方から迫る酸素魚雷を回避。
放った元凶である吹雪型と陽炎型と思われる敵の船体を、荷電粒子砲で文字通り消す。
忍び寄っていたUボートは対潜ミサイルに搭載された魚雷が爆沈させた。
「各艦、対空レーザーオンライン!」
"艦隊旗艦に追従する"
"煩わしい蠅を撃ち落せ"
上空から急降下爆撃を図る流星改とヘルダイバー。
海面すれすれを飛んで肉薄、雷撃を試みる陸攻。そしてソードフィッシュ、ミホークの群れが追従。
対艦ミサイルを放つラファール。J型改修仕様のスホーイ。
ハエやトンボのようなふざけた外見をしながら、恐ろしい性能を見せる未確認飛行物体。
それらをすべて叩き落とす。
迫りくる攻撃は必要な分だけ迎撃する。
護衛を買って出た二隻の駆逐艦。エレクトラとテネドスが輪形陣で旗艦への行く手を阻む。
艦橋や船体側面に設置された照射機が発光するたびに、色とりどりの輝きが溢れ、光の塊が空中で爆発すれば無数の光線を空にばら撒いた。
敵機の装甲を瞬時に融解。
翼をもぎ、エンジンを焼き、ばらばらにして海面に落とす。
正体不明機が生き物のように海面で蠢いていても気にしない。むしろミサイルで追撃して消す。
サメだと思ったら金属反応が検出されたので、それも破壊。そいつから放たれた魚雷は避ける。
此方に傷一つすらなく。戦況は圧倒的ですらあった。
「ウェールズ。敵の母艦を始末した」
「よし、そのまま残敵を掃討しろ。味方とのセンサーは常にリンクしておけ」
「了解」
強襲海域制圧艦ハーミーズがミサイルの飽和攻撃で敵の空母群を撃沈し、プリンス・オブ・ウェールズは次の命令を下す。
鬱陶しいことに各方面艦隊との連絡はジャミングによって封鎖されていた。ノイズと言い換えてもいい。
おかげで霧の艦艇のセンサーにまで障害が出ていて、全力を発揮するのに労力を必要とする。といっても戦闘に支障がない程度の障害だが。
本当に厄介なのは、欧州の本国艦隊や日本の東洋方面艦隊との連絡が取れないことだ。
地球の反対側で戦っている大西洋艦隊は言わずもなが。
概念伝達を通じて増援要請を出すには、ノイズに覆われている海域を突破する必要があった。
このような事態は、初めてのことだったのでウェールズは少しばかり動揺している。
無論それを表に出すことはしていない。
自らに従っている部下たちの前で無様な姿を晒す訳にはいかなかった。
指揮艦たるもの常に冷静でなければならないとは、誰の言葉だったろうか。
それでも、いつの間にか敵に周囲を囲まれ、連戦に次ぐ連戦を強いられているとあっては、苛立ちも一押しである。
相手は霧の駆逐艦クラスですら撃沈できないほど貧弱で、17年前の大海戦時に戦ったニンゲンの方が、まだ強いと感じるくらい。
注意さえしていればクラインフィールドが飽和することもないし、強制波動装甲に溜まったエネルギーは完全に排出されている。撃沈される危険性は皆無といっていい。
だが、絶え間なく出現する敵艦隊と無数の敵機による波状攻撃は、確実にこちらの戦力を削いできている。
いずれ侵蝕弾頭を初めとした弾薬が尽きるのは時間の問題だろう。どこかで補給と整備を整え、反撃に転じる必要がある。
しかし、そもそも元凶はなんなのか。敵の発生源が何処なのかという問題があった。
転移してきたにしては不自然すぎる。数が異常に多いのだ。まるで、この海域に初めから潜んでいたような気さえする。
戦況は圧倒的に有利だが、全方位から攻撃を受けている。それは東洋分遣艦隊が包囲されている事を意味していた。
加えて自分たち霧の艦隊は、アドミラリティ・コードから海域の封鎖という勅令を下されている。
補給の為とはいえ、この海上封鎖における最重要地点の一つ。マラッカ海峡を離れるのはどうも気が進まない。
本当にそうしていいのかどうか戦略的な判断が下せない。
ここを占領されれば、インド洋と太平洋を結ぶ近道は分断され、展開する二つの艦隊による連携が寸断されることを意味しているからだ。
故に東洋分遣艦隊はこうして戦闘を続けている。
せめて欧州艦隊元総旗艦である大戦艦フッドと通信さえできれば、また違ったのだろうが。それも叶わないとあってはどうしようもなかった。
プリンス・オブ・ウェールズの指揮能力が試される時が来ているのだ。
今は戦闘を続けているが、いずれ別の判断を下さねばならなくなるだろう。
徹底抗戦。増援待ち。インド洋に展開する別の分遣艦隊への合流。東洋方面艦隊の所まで脱出。或いは戦力を二分して海域の維持と増援の確保を目指すか。
ウェールズはメンタルモデルを持った自分を後悔した。
考えれば考えるほど感情シュミレーターが『不安』という文字を叩き出す。
身を以て感じる初めての経験。人間でいう心とかいう部分に訴えかけてくる。
鬱陶しいのでカット。感情シュミレーションを切る。
考えや発想というものを捨て、ただ単と冷徹にシュミレーションを実行する戦闘モードに移行。
(忌々しい……)
自らが真の総旗艦と信奉するフッドの命令とはいえ、この身体を持つことをウェールズは未だに理解できない。
感情というものが戦闘行為に障害をもたらすなら、いっそのこと捨ててしまえば良いとさえ思う。
しかし、命令は命令だ。フッドに背くことをウェールズは良しとしない。
彼女が
盲目ともいえる忠誠心。それがウェールズの強さでもあり弱さでもあった。
要するに頭が固いのだ。
「ウェールズさま~~、やっぱり楽勝じゃないですか~~! これなら自分たちだけ充分なのでは~~?」
「うるさい。黙れ。今考えてる」
「は~~い」
自分の部下である重巡ドーセットシャーの
戦闘は一時的な鎮静化を迎えて、少しばかり余裕がある。これからどうするか演算しなければならない。
何事にも能天気で、何考えてるか分からない金髪碧の重巡ロリ体系に構っている余裕はない。
コイツはアホなのだ。放っておいたら紅茶タイムに移行する。しかも戦闘中に。
いつも優雅たれの意味を間違ってるんじゃないかって、突っ込みたくなる衝動を何度抑えたことか。
おまけに相方の重巡コーンウォールはクールで落ち着いているが、コイツも
金髪碧眼の重巡美女体系の
そんなんだからアドミラルヒッパーやリュッツオーに馬鹿にされるのだ。しっかりしてほしい。
思わず綺麗に磨き上げられた親指の爪を噛みそうになってしまうが、ウェールズは思いとどまった。
霧の大戦艦として、霧の艦隊の旗艦として、恥ずべき行為は慎まねばならないと心がける。
彼女の脳裏に理想の上司の姿を思い浮かんだ。
世界で一番美しい大戦艦は、今日もウェールズの中で色褪せない輝きを放っているのだから。
自分もそれに恥じないよう努めなければならない。
純白のドレスに身を包み、
彼女の船体はイギリスの国花である赤と白の薔薇に彩られ、背後にはクイーン・エリザベス級。ロイヤルサブリン級。ネルソン級を従えていた。
新型戦艦である我らがキング・ジョージ五世級の大戦艦も続き、その背後には多くの巡洋艦や駆逐艦。装甲空母、軽空母が順に艦列を組んでいるのが見えた。
もちろん、それら全てがウェールズの中の妄想に過ぎない。
今日も彼女の中では大戦艦フッドが美化され続け、あらゆる艦隊を従え、秩序ある行動が成されている。
合理を求めて、徹底的に効率化された霧の艦隊は美しく、さながら一つの絵画のよう。
全てはアドミラリティ・コードの名のもとに行われる、絶対にして正しき霧のあるべき姿である。
そのためにも各方面の艦隊がバラバラに動くような、無秩序で混沌とした現状は改善しなければならない。
"艦隊旗艦がいつもの発作を起こした"
"口では僚艦を注意しつつも、実は似た者同士"
"本人はそれに気付いていない"
"どいつも、こいつも妄想癖のあるクソッタレやろ……失礼致しました"
そんな彼女の光景に、護衛についている駆逐艦たちは愚痴を零す。
濠洲方面艦隊出身の吸血鬼の名を頂いた駆逐艦などは強烈な毒を漏らしたが、それを咎める艦はここにはいない。というよりも、妄想中の
コアに直接信号を送って、意識を此方に向けさせる必要がある。
もっとも、こんなことで隙を晒すような霧ではないし、脅威と判断すれば即座に要因を排除しにかかる習性がある。
それは現状、敵の異邦艦隊は戦力として評価されていないということ。つまるところ有象無象の虫程度でしかない。
それを覆したのは空から降り注いだ無数の砲弾と、後から響き渡る轟音の塊だった。
巨大な水飛沫を上げる着水音は、それが普通のものではないと裕に物語っている。
「何だ……?」
弾着から吹き上がる水の柱。波紋を通して伝わるエネルギー量。推定される物体の質量などから推測される敵の攻撃データ。コアの演算結果から予測される脅威度は遥かに大きい。直撃すれば大戦艦といえども、ただでは済まないと告げている。クラインフィールドが飽和しかねない。
艦隊の警戒レベルを最大限に引き上げるのには充分。
ここまでコアの演算システムが警告をあげるのは、17年前の人類との大海戦以来のこと。
いや、それ以上に危険かもしれない。
予測される敵砲弾の大きさは、あの大和型の主砲を遥かに超えていると演算結果が訴えている。
そのような主砲を搭載しているとなれば、敵の艦船はいったいどれ程の大きさを誇るというのだろう。
あまりにも馬鹿げた演算結果に、ウェールズは自身の演算能力を疑いたくなるくらいだった。
そうして、ソイツは出現した。
「ウェールズ、あれを……」
「なん、だ。あれは、あのような船が現実に存在するのか……?」
自身の副官でもある巡洋戦艦レパルスの呼びかけに従い、そちらの方向を最大望遠にして観測してみれば、いつの間にか特異な姿をした化け物のような戦艦が出現しているではないか。
いや、違う。ここからでは遠すぎて島影にしか思えなかったのかもしれない。
ノイズで観測機器の反応が鈍いが、霧のレーダーが示す彼我の距離はかなり遠い。普通の艦船であれば水平線の粒として浮かび上がるか、どうかと言ったところ。
なら、水平線の向こうで島影として見える"奴"はどれ程の大きさだというのだ?
下手すれば、こちらの数倍はあるかもしれない。
そんな船に浮力を与え、動かしている事実。そこから予測される機関が生み出すエネルギーは、果てしなく膨大だ。
何よりぴったりと寄り添いあうような二つの船体に、その中心に。
塔のような艦橋がそびえ立っている事実は畏怖さえ覚える。戦艦クラスの船体を立てて、突き刺したかのようではないか。噂に聞く東京タワーか、それともパリのエッフェル塔か判断がつかない。
違う……船体が寄り添っているのではない。
あれは二つで一つの船体なのだ。同じ大きさの船体を繋げるというバカバカしい発想で生まれた兵器。
名づけるなら超巨大双胴戦艦。
その船体に陳列する巨大な連装主砲が、主砲の砲塔が、そびえ立った。
それが主砲の仰角を取っているのだとウェールズが気付いたとき。雷鳴にも勝る轟音が
無数の砲弾がウェールズの艦隊を夾叉した。
同時にヤマトから各艦隊に渡されていたデータが、副長と呼ばれる男の声を告げる。
すなわち『超巨大双胴戦艦ハリマ出現!』と。