蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza   作:観測者と語り部

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殴り合いましょう。


航海日記22 夕日を背に

 ウェールズ率いる東洋分遣艦隊は危機に瀕していた。

 先ほど全滅させたはずの異邦艦隊が再び現れ、ウェールズ艦隊を殲滅せんと再包囲を展開しているからだ。

 

 やはり、おかしいとウェールズは歯噛みする。転移の際に生じるエネルギー反応はなかった。

 だというのに敵艦隊は初めから海域に潜んでいたかのように存在する。しかも、こちらを包囲できるほどの大艦隊だ。

 

 霧を凌駕できる程の戦闘力はないので、有象無象に変わりはない。

 

 だが、包囲している艦隊に近づけば凄まじい集中砲火を受け、クラインフィールドに少なくない負荷を掛けられる。

 主砲が、副砲が、ミサイルが、魚雷が、航空爆弾が、ありとあらゆる火器がウェールズ達を轟沈せんと襲い掛かる。

 それらを嫌って包囲の中心で戦い続ければ、徐々に近づいてきているハリマの主砲が、凄まじい威力を持って火を噴くのだ。

 

 こちらを包囲網の中に閉じ込め、退路を断って殲滅しようとしているのは明らかであった。

 

 残りの弾薬も少なく、侵蝕魚雷やミサイルを初めとした弾薬は、そろそろ欠乏しそうな勢いだ。

 持久戦になればこちらの不利は免れない。かといって、ついに現れた超兵器を初めとする艦隊を放置して置くわけにもいかない。

 

 ノイズの発生源を辿れば、どの海域に超兵器が潜んでいるのか容易に分かる。

 しかし、海域における詳細な位置情報はノイズのおかげで判断できない。

 

 何らかの手段で姿を消したり、我ら霧の艦隊と同じように潜水による移動が可能であれば、再補足は困難になる。

 転移による出現と離脱を可能とするなら、他の艦隊に奇襲を許してしまうだろう。この東洋分遣艦隊と同じように。それだけは誇り高き霧の英国艦隊として、何としても避けなけらばならない。何もせずに逃げ出したとあっては、欧州艦隊の笑いものとなろう。

 そうなればウェールズの敬愛する大戦艦フッドに申し訳が立たない。それだけは何としても避けねば。

 

 ウェールズは考える。

 躯体(メンタルモデル)を得たことで可能となった。"思考"という概念を通して、この状況を打破する方法を。

 

 艦隊の継戦能力はそろそろ限界だ。ミサイルを初めとする攻撃や迎撃用の弾薬が尽きれば、あとは動力炉から抽出するエネルギーを用いた主砲や副砲。対空火器を初めとした光学兵器のみとなってしまう。

 

 そうなれば艦隊の攻撃力と迎撃力は著しく激減し、飽和攻撃によってあっという間にクラインフィールドを飽和させるだろう。

 後に待っているのは強制波動装甲の崩壊という結末のみである。それは船体の死に他らなず、ユニオンコアやデルタコアが無力化される事実に等しい。そうなったら何も出来なくなる。

 

 ならば、短期決戦を挑むしかない。

 敵の中心は恐らく、接近してきている超巨大双胴戦艦。無数の主砲と火器を持つ超兵器ハリマ。

 あれさえ撃沈できれば、この海域における優勢は決まったも同然になる。

 

 後は艦隊の連絡員を抽出して、交代要員を他の艦隊から派遣してもらい。その間にアッドゥ湾礁に存在する秘密基地で補給と整備を受ければ、ウェールズの艦隊は再び戦闘行動が可能となるだろう。

 

「超重力砲であのデカブツを一気に叩く。レパルス、ドーセットシャー、コーンウォールは私に続け! 駆逐隊は我らを中心に輪形陣を展開し、防御円陣を組め。無防備となり、隙をさらした我らに対する不埒な攻撃を一切通すな!!」

 

 一秒も経たないうちに結論を下したウェールズに対し、了解と応答する声が多数。

 

 向かってくるミサイルを対空レーザーや艦橋側面の照射器による光学散弾兵器で撃ち落とす。主砲の実体弾を、主砲のビームで溶解させる。そして、ハリマによる超々砲撃の雨を掻い潜り、巡洋戦艦と重巡洋艦の三隻がウェールズの元に集った。

 

 エレクトラ、エクスプレス、テネドス、ジュピター、ヴァンパイアの五隻による駆逐隊は、艦隊旗艦である大戦艦ウェールズを中心に防御円陣を展開。回避運動を取りつつ、円を描くように周回して、全方位から向かってくる敵弾を対空火器と迎撃ミサイルで相殺させてゆく。

 

 唯一の空母であるハーミーズはウェールズの背後に展開し、駆逐艦の演算能力をサポートしていた。同時に迎撃の管制指示もこなす。既にハーミーズに残された弾薬は少なく、迎撃にはあまり参加できない。だが、艦隊旗艦に対する最終防衛ラインとしては機能していた。

 

 時を同じくして、瞬く間に超重力砲を搭載した四隻が、船体を変形させる。

 

 重巡洋艦は艦橋と煙突が二つに割れたかと思うと、二つの巨大な重力子レンズが浮かび上がり、船体の真上に展開される。

 

 戦艦クラスは船体が変形し、それ自体を砲身としたかのような形になる。内部の巨大な重力子レンズはさながらリングのようで、駆逐艦すら飲み込むほどの重力波を照射する巨大な装置だ。それが二つもある。

 

 おまけに超重力砲を補助するレンズは、巡洋艦の重力子レンズと同じものを使用。前部艦橋、後部艦橋、煙突の部分と合わせて四つもの重力子レンズが浮かび上がっている。単純だが、重巡洋艦よりも数倍の威力を誇る超重力砲は、空間変異を引き起こし、局所的だが海を二つに割ってしまう能力を持つ。

 

 ウェールズとレパルスの超重力砲によって、モーゼのように海が割れ。ハリマが存在する地点で重なるように、局所変異による力場は展開する。絶対に外さないよう前段階となるロックビームが照射され、捉えられた山のような船体は、その動きを鈍くした。

 

 超巨大双胴戦艦であるハリマは、その巨体を動かすために膨大な機関出力を誇る。しかし、搭載した要塞のような重砲と船体を纏う城壁のような装甲によって、動き自体は鈍い。動きを拘束する力場から逃れることは不可能だった。

 

 それどころか、まっすぐにウェールズ達の艦隊を目指そうと、さらに出力を上げたようだ。船体を構成する金属が恐竜のような唸り声をあげている。

 

「ふっ、逃げるどころか。我らの主砲をものともせずに向かって来ようというのか。この愚か者が!」

「東洋艦隊の威光を前にして~~、無事に逃げられると思うな~~、だとおっしゃってます~~」

「その後は優雅な紅茶タイムですわね。退屈しのぎには丁度良かったですわ」

「人の台詞をとるなドーセットシャー! コーンウォールのアホは気を抜くな、戯けめ! だが、この超重力砲の威力。耐えられると思うな!!」

 

 レパルスの躯体(メンタルモデル)が艦隊旗艦と護衛の重巡二隻による漫才に胃を痛めながらも、各艦の超重力砲は重力子を収束させていく。

 大戦艦は砲身となっている船体の中心に。重巡洋艦は艦橋の真上に展開された二つの浮遊する重力子レンズの中心に。空間を歪ませるほどのエネルギーが収束していく。

 

 もちろん黙ってやられるハリマではない。

 東洋分遣艦隊を囲っている敵艦隊から無数の主砲とミサイルが発射される。

 

"艦隊旗艦はやらせん"

"主力艦を守れずして何が艦隊直衛艦か"

"我らをなめるな。アドミラリティ・コードの勅令を犯す無粋な来訪者どもめ"

 

 そして、それを見過ごす駆逐隊でもない。

 ハーミーズの演算補助を受け、さながらイージスシステムのように脅威度を分析し、危険なコースに乗る攻撃を優先的に排除していく。

 ウェールズの前方で、花火のように爆発が空を彩った。

 

 ハリマの工場の煙突みたいな砲塔がゆっくりと仰角を取った。

 主砲の装填が完了したらしい。弾道を瞬時に計算し、調整を終えると轟雷が三度轟いた。遥かな距離にいるウェールズたちの所まで振動が響いてくるほどだ。

 主砲の迫力だけは馬鹿みたいにデカいらしい。もちろん、直撃すれば大戦艦といえども船体は真っ二つだろう。

 

 特に超重力砲の発射シークエンス中は、あらゆる事情に対して演算能力を極限まで使用しなければならなくなる。

 そのため最大の攻撃をする時、最大の防御を失うこととなり。重力子のエネルギーを前方に通すために、前面のクラインフィールドは消失してしまう。

 

 側面と背後を抜けてきた攻撃はクラインフィールドが防いだ。

 しかし、弱点を見抜いたかのように正面から無数に飛来する敵弾。

 

 ウェールズ達、主力艦の四隻が甲板から無数の多弾頭迎撃ミサイルを発射し、副砲の光弾が敵弾をぶち抜く。

 それらを縫って、本命であるハリマの巨大な砲弾が上空から降り注がんとする。飛来する風切り音は死を告げるラッパのようだ。

 

 そして、それを見過ごすほどウェールズも甘くはなかった。

 

「護衛の直衛艦隊は、上方にクラインフィールドを集中展開。防御の傘を作り出すのだ」

 

 プリンス・オブ・ウェールズの躯体(メンタルモデル)の叫び声とともに、艦隊の上空で目視できるほどの防壁が展開される。正六角形の形をした光の壁は二重、三重、四重とドーム状の膜を作り上げた。

 

 ハリマの超重と評する巨大な砲弾。そしてクラインの防壁。それらがぶつかり合うたびに気化爆発みたいな現象が繰り返される。向こうも初弾が命中しないと判断して、発射間隔をずらしていた。

 そして、最後の防壁と砲弾がぶつかり合い。クラインフィールドを突破した巨大な主砲弾の残りは、水柱を発生させるに終わる。ハリマの主砲は結果的に外れたのだ。

 

 包囲する敵艦隊の攻撃は、唖然とするかのように完全に止まった。まるで艦船が意思を持っているかのように。動揺しているとでもいうのだろうか。だが、そんな光景に呆気に取られるほど霧も甘くはない。

 

 冷徹に、冷静に、そして高揚感に任せるままに隙を縫って決定的な一撃を決める!

 

「これで終わりだ! 全艦、超重力砲斉射っ!!」

 

 ウェールズの叫びとともに、彼女の躯体(メンタルモデル)は振り上げた手をハリマに向けて振り下ろす。

 空間を歪ませ、収束していた光のエネルギーが一転に収束。周辺の空間を黒色に染め上げたかと思うと、膨大な光の濁流が四つも照射され、収束地点で重なり合うように光の流れは巨大化する。

 それは超巨大双胴戦艦の全てを呑み込めるほどの光だった。

 

 予め発射前に退避していた霧の駆逐艦とは違い、照射線の効果範囲内にいた異邦艦は、船体を構成する物質の活動を停止、崩壊させられる。ついで船体が爆散して水柱を巻き上げる光景が広がる。端から見れば一瞬で爆散しているように見えるだろう。

 

 あらゆる艦船は重力波の前にひとたまりもなく崩壊する。そこに空母や戦艦といった人類のとって要塞のような船すら関係ない。いかに装甲が厚かろうが、船体が巨大だろうが無意味だ。

 

 何せ、千早群像をして撃たせたら終わりだと言わせるほどの必殺兵器である。

 

 その前には霧を凌駕しうる超兵器とて例外ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……筈、だった。

 

「なん……だと……」

"馬鹿な、ありえない……"

"何かの間違いではないのか……"

 

 絶句するウェールズ。比較的冷静な駆逐艦隊の面々でさえ言葉を失っている。

 

 

 

 超巨大双胴戦艦は、ハリマは生きていた。

 


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