蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza   作:観測者と語り部

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航海日記23 ウェールズの決意

 超兵器ハリマは生きていた。

 巨大な双胴船体を殆ど熔解させ、装甲の構造材を重力効果(ブラックホール)によって滅茶苦茶にされながらも、原型を留めている。甲板上に展開する艦橋は飴細工のように溶けて一部が捻じ曲がり、大艦巨砲主義の権化ともいえる数多の巨大主砲は溶解してスライムのようにドロドロだ。

 

 それでも原型を保ったまま、未だ海上に浮かんでいる姿は霧の躯体(メンタルモデル)を驚愕させるには充分すぎた。

 

 超重力砲は一撃必殺。その言葉に嘘偽りはない。例え重巡洋艦クラスの超重力砲だとしても、霧の大戦艦級のクラインフィールドを飽和させ、強制波動装甲を臨界手前まで持って行くほどの威力だ。当たり所が悪ければ一撃轟沈もありうる。

 

 奴はそれを耐えて見せた。

 一発だけでなく、大戦艦クラス二隻と重巡洋艦クラス二隻を合わせた最大火力だ。普通なら直撃を受けた時点で耐えられない筈。

 

 しかも、ただ海上に浮かんでいる訳ではない。意思を持つかのように、ウェールズ艦隊の所まで進んで来ている。全速とは行かないまでも、巡航速度は維持しているようだ。

 

 亡霊。そんな言葉が霧の艦隊の頭をよぎるった。

 

「ッ……怯むな、撃て! 主砲のビームさえ直撃すれば奴は落ちるっ!」

「ウェールズ。でも、相手は超重力砲に耐えたのよ? なら、もう一度最大火力を……」

「嫌な予感がするのだレパルス! 奴に時間を与えるな、撃て! 撃てぇぇぇっ!!」

 

 英国艦隊の優雅さ、冷静さを失ったかのようなウェールズの叫び。

 同じように動揺しているレパルスの言葉も耳に届かず、それでも止めを刺さんと、艦隊各艦の主砲の光線、光弾。ミサイルから侵蝕誘導弾、侵蝕魚雷まで。超重力砲以外の大火力がハリマに向けられる。

 

 それをハリマは防いだ。

 巨大な船体に着弾する前に、何らかの力場が空間を歪め、砲弾の数々を直前で誘爆させた。

 

 その現象を東洋分遣艦隊は知っている。

 総旗艦ヤマトから与えられていた情報が答えを導き出す。

 

 防御重力場という実体弾を防ぐ防壁。

 クラインフィールドと同種の壁が奴への攻撃を許さない。

 いくつか貫通した攻撃も、超兵器の装甲の表面を削るだけで、重要防御区画(バイタルパート)をぶち抜くには至っていない。

 

 水平線から近づいてくる山のような巨体は、既に艦の形状がはっきりと見えるほど近くなっている。その威圧感たるや凄まじいものだ。こうして見ると、この兵器の馬鹿げた大きさがはっきり分かってしまう。理解してしまう。

 

 その大質量で追突されただけでも危険だ。その巨体の前では、霧の戦艦など駆逐艦。いや、海に浮かぶ小舟のようものでしかないだろう。

 

 東洋分遣艦隊は後退しつつも、出せるだけの全火力を持って、ハリマに攻撃を加え続けた。

 

 そうしてハリマの艦橋は火を噴きながら倒壊した。

 しかし、撃沈には至らない。霧の艦隊の集中砲火に耐えている。

 甲板上では火災が発生し、誘爆すらしているというのに、表面だけしかボロボロにならない。

 溶けた装甲の下から無傷の船体が覗く。

 

「沈めっ! 沈めっ! 沈めぇぇぇっ!」

「くたばりやがれーー!! この化け物め!!」

「しつこい野郎は嫌われますのよ!!」

 

 いつも誇り高いウェールズも。ほんわかしていた口調のドーセットシャーも。いつも涼しげな顔をしているはずのコーンウォールも。

 誰も彼もが、この現実を認めたくないと言わんばかりに叫び、猛攻撃を加えている。ヴァンパイアを除いた駆逐隊も、海域強襲制圧艦のハーミーズさえも。

 こんな英国艦隊の様子は初めてだと、レパルスとヴァンパイアは唖然としていた。

 

 いつも規律にうるさく、頑固で頭が固いけれど、決して誇りは見失わず。そして、常に冷静であろうとする。

 

 でも、(メンタル)のどこかで熱血漢な部分を持つ連中。

 そんな彼女たちが気圧されている。

 

 だからこそ、それを圧倒し、畏怖させるような。そんな敵の超兵器がレパルスとヴァンパイアは恐ろしかった。

 

 レパルスの躯体(メンタルモデル)が無意識のうちに震え始め、ヴァンパイアのユニオンコアが怯えて、微かな悲鳴を上げている。早くこの海域から逃げ出したいと思ってしまう。自分たちはアドミラリティ・コードの勅令を受けた徒だと言うのに。この東南アジアの海域を封鎖し、占有を維持し続けねばならないというのに。

 

 早くこの化け物の脅威から逃げ出したいと思ってしまった。そんな自分たちが悔しかった。

 

 そして。

 

 そんな、彼らを嘲笑うかのように。お前たちの抵抗など無意味だと告げるかのように。

 超兵器ハリマはその船体を急速に再生させていった。

 むしろ、再構成していると言った方が良いのだろうか。

 とにかく奴は再生を始めた。

 

「ばっ、馬鹿な……奴らは我々のナノマテリアルと同じように、船体を自由に構成できるとでもいうのか!? なんという事だ。我々の優勢が……あり得ない! あり得てはならない!!」

 

 プリンス・オブ・ウェールズの。艦隊旗艦の悲鳴のような叫びを誰が咎められようか。

 

 何故なら、霧の東洋分遣艦隊の誰もが同じように思い、言葉を失っていたのだから。気丈に叫んだウェールズのほうが、抵抗の意思を失っていないだけ、まだマシだ。

 

 ついには霧の艦隊の攻撃は、一時的とはいえ完全に停止した。後進する力さえ、徐々に失われていく。

 

 心を、個人の意思を持ってしまったが故の弊害だった。

 驚愕と動揺という感情が、彼らの艦としての行動を妨げている。

 

 そして、それを盛り返すかのように、周囲の敵艦隊の攻撃が再開されていく。

 次は自分たちの番だと告げるかのように。

 

「クソっ……クソが……我らは、我らは霧の東洋艦隊。偉大なるアドミラリティ・コードの使途。

そして優美にして流麗なフッドの忠実なる騎士。そんな、我らが負けるなど遭ってはならないんだぞ……」

 

 ウェールズの躯体(メンタルモデル)が、膝から崩れ落ちて、頭を抱えた。

 それでも、かろうじてクラインフィールドを演算させ、数多の雑魚にも等しい攻撃を防いでいく。

 完全に戦意を失っていた巡洋戦艦(レパルス)駆逐艦(ヴァンパイア)の一隻すら、自らの防護範囲を拡大して無効化する。コアの演算負荷が上がるが気にしない。

 戦意を失ってしまった彼女たちをどうして咎められようか。旗艦である自分ですらこの様なのだ。

 

 この場における最大火力が通じず、その傷すらも修復し、回復し、元通りの機能を取り戻していく。自分たちよりも巨大な船体を持った化け物。超兵器と呼ばれる存在にどうやって勝てと言うのだ。

 

 ユニオンコアの演算予測が決して勝てない結果を導き出し、より深い絶望を彼らに与えている。

 

 初めての経験だった。性能で圧倒され、戦術で圧倒され、数の優勢すらも覆され、何もさせてもらえない状況に陥ろうとしている。

 無残な敗北。連戦に連勝を重ねてきた彼女ら霧の東洋艦隊の無残な敗北。

 

 その、敗北の二文字が躯体(メンタルモデル)の脳裏に刻まれていく。

 

 ありえないと否定したい。この現実を認めたくない。

 しかし、敵から降り注ぐ攻撃がそれを許さず。徐々に膨れ上がっていく超兵器の影が現実を突きつけるかのように迫ってくる。

 兵器としてあってはならない。抱いてはならない恐怖という感情を霧は脹れあがらせていく。

 

 無様に叫びだしたい。自分もレパルスと同じように抵抗をやめたい。逃げ出したい。この感情から逃れたい。

 嗚呼、ああ……我らは無力だ。我らは愚かだ。我らは決して無敵などではなかった。

 

 総旗艦ヤマトの、いずれ人類は霧の技術を超え、戦術で凌駕するという言葉がよみがえる。

 ウェールズが侮った。愚かで、脆弱で、矮小な存在だと断じていた存在。ニンゲンに真摯に向き合っていた彼女の言葉が今ならわかる。

 あのお方はこの未来を予測し、直視しておられたのだと……

 

 深い絶望に沈もうとしていたウェールズ。

 そしてそれに伴い抵抗をやめかけていた旗下の従属艦隊。

 

 果たしてそれを止めたのは何だったろうか。

 

 ふと、浮かび上がったのは、敬愛する上司の言葉。

 コアの深層に刻み込み、大切にしていた。いつも優雅で美しい欧州英国艦隊の頂点に君臨するお方の言葉。

 いつも微笑みを絶やさない。最愛の船の躯体(メンタルモデル)の姿。

 

"ウェールズ。どんな時も決して諦めてはいけませんよ? 諦めた時こそ我ら英国艦隊の誇りが失われる時なのです"

 

 だから、どんなに無様な姿を晒しても最後まで戦い続けな続けなさい。それこそが貴方の誇りを護る結果に繋がるのですから。

 

「大戦艦フッド。私は……」

「艦隊旗艦……?」

 

 重巡コーンウォールの躯体(メンタルモデル)が、艦隊旗艦に呼びかけるが、返事はない。

 

 しかし、ウェールズの躯体(メンタルモデル)の様子は明らかに違っていた。冷静さを取り戻していた。敵を見据えて稼働する瞳からは理知が。躯体(メンタルモデル)の全身に浮かび上がる紋章光(イデア・クレスト)からは戦意が見えるようだ。

 

 東洋分遣艦隊の面々は艦隊旗艦が、彼の超兵器に戦いを挑もうとしているのだと理解した。薄々感じとっていた。

 

 今更、戦っても勝つことは不可能な戦い。抵抗しても、せいぜい海域の支配を遅らせる程度の時間稼ぎにしかならない。霧にとっては何の意味もない。そんな戦いに挑もうとしているのだと。

 

 現に全員のユニオンコアが出した演算予測は、勝率0%だと訴えている。まさか、感情シュミレーターが狂って自暴自棄にでもなっているのだろうか?

 

 だとすれば、止めなくてはならない。

 副官であるレパルスはそう感じ、コーンウォールとドーセットシャーの躯体(メンタルモデル)も理解したように頷いた。

 無駄に戦力を散らすようであれば、指揮権を剥奪してでも、止めるしかない。

 

「ウェールズ、今の状態で戦っても私たちに勝ち目は……」

「理解しているさ、レパルス。だから、私は勝てる戦いを挑むことにした」

 

 艦隊旗艦の言葉に、それはどういうことだと。誰もが首をかしげて疑問を抱く。

 

「各艦は転身して、東洋方面艦隊の領海まで離脱せよ。私はこれより超兵器に対し、突撃を敢行する」

 

 何かを決意した様子で、そう宣言したウェールズの躯体(メンタルモデル)の言葉に、東洋分遣艦隊の誰もが絶句した。

 それはマラッカ海峡から南シナ海における領域を放棄するのと同義。そして、旗下の艦隊を逃すために、艦隊旗艦は殿となって敵の追跡を食い止めると宣言した。

 生還は絶望的な戦いだ。それは自らの死を受け入れたに等しい。

 

「……それならば~~、ウェールズさまも一緒に~~」

「奴の主砲の砲撃は正確だ。何らかの要因で艦隊の足が止まったら、誰かが轟沈する」

「なら、私たち重巡洋艦が囮になります。何も艦隊旗艦が囮にならなくても……」

「近距離での撃ち合いは回避も困難な殴り合いになる。貴様ら重巡洋艦では足止めにもならん。これは最大の防御力を持つ、大戦艦たる私が成すべきことなのだ」

 

 重巡洋艦であるドーセットシャー、コーンウォールの説得をウェールズは受け入れない。

 彼女の決意は揺るがなかった。

 

「ウェールズはそこまでして、何故戦おうとするのですか?」

「レパルス。諦めた時こそが、英国艦隊の誇りが失われるとき。大戦艦フッドは、かつて私にそうおっしゃったからだ」

「諦めた時が……」

「英国艦隊の誇りが失われるとき……」

 

 レパルスの問いかけに、ウェールズははっきりと答え。重巡洋艦二隻は彼女の言葉を反芻するかのように呟いている。だが、レパルスは引き下がらなかった。

 

「そんなの、馬鹿げています! 勝算のない戦いを挑むなど。ましてや誇りの為に戦うなどと、霧として不適切です!! 私はそんなの認めるわけには……」

「言うなレパルス。私にとっては、とても大事なことなのだ」

 

 しかし、レパルスの躯体(メンタルモデル)が叫んで、訴えても、ウェールズの決意は揺らがなかった。

 いつもなら侮辱に等しい言葉に対して噛みついてくるのに。怒鳴って、反論して、説教じみた言葉を投げかけてくるのに。ウェールズはそれをしようとしない。

 ウェールズの躯体(メンタルモデル)はただ、穏やかな笑みを浮かべるだけ。

 もはや、何を言っても引き下がらないのだと、だれもが理解した。

 

「レパルスよ。思えば貴様は私にとって、掛け替えのない副官であった。

私には勿体無いくらい優秀で、頑固で視野の狭い私に良く意見してくれた。

今まで、よく私を支えてくれたな。貴様なら、後のことは任せられる」

 

「ウェールズ……」

 

「ドーセットシャー。貴様はいつもマイペースだった。

私の手を焼かせる悩ましい存在だと思っていた。

 だが、今なら分かる。私と部下の隔たりがないよう、配慮してくれていたのだろう? 厳しいことばかり言ってすまなかったな」

 

「ウェールズ様……」

 

「コーンウォール。貴様のティータイムなどという概念は私にとって煩わしいだけだった。だが、そのおかげで大戦艦フッドとお茶会を楽しむことができた。

 あれは、大戦艦フッドと私が気軽に接することが出来るようにと、貴様がしてくれた気遣いだったのだな。思えば貴様の淹れる紅茶は美味かった」

 

「艦隊旗艦……」

 

「ハーミーズ。配属されたばかりの貴様を、このような目に合わせたのは、私の怠慢によるところが大きい。

 他の奴ならもっと上手く出来ただろう。海域の維持するために無茶させてすまなかったな。インドミタブルによろしく言っといてくれ」

 

「旗艦殿が気にすることではないよ。私は私の務めを果たしただけだ」

 

「エレクトラ、エクスプレス、テネドス、ジュピター、ヴァンパイア。貴様らも私によく尽くしてくれた。

 不甲斐ない私のもとに配属されて、不満も言わずに従い続けてくれたこと。感謝する。

これからは、レパルスの奴を支えてやってくれ。奴は優秀だが、どこか抜けているところもあるからな」

 

"艦隊旗艦……!"

"我々は……"

 

 ウェールズの今際のような言葉に、ハーミーズ以外は何と言って良いのか分からなかった。

 返す言葉に何を選べばいいのか。この感情をどう言語化すればいいのか。コアの経験値が足りなくて分からない。

 そして、そんな自分たちがどうしようもなく感じた。悔しいのか、情けないのか、それすらもよく分からない。判断できない。

 

「こういう時、なんて言うのだったか……そうだな、人類の言葉を借りるのなら。貴艦の航海と無事を祈る、だったか?」

 

「無事にノイズに覆われた海域を抜けろよ。そうすれば他の連中と通信も取れる筈だ。そしたら大戦艦フッドや、あのヤマトから超兵器に対して助言を貰える。そして、援軍を引き連れて、この海域を取り戻してくれ」

 

「だから、後のことは頼んだぞ」

 

 ただ、別れを告げ、敬礼の仕草をしたウェールズの躯体(メンタルモデル)は、美しかった。

 

 

 


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