蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza 作:観測者と語り部
ウェールズは去っていく艦隊を見ながら思う。
以前の自分なら、このような撤退を。
旗艦である自らを残して味方の撤退支援などという行為をしただろうかと。
恐らく、しなかっただろう。
部下に突撃を命じ、自らも不死身ともいえる超兵器ハリマに立ち向かい。
そして、玉砕していっただろう。
それが結果的に自己満足以外の何物でもなく。
戦略的に考えれば、戦力の無駄な消費であり、領海の占有を奪われるという愚行だということを。
そんな結果を考えもしなかっただろう。
己のプライドよって、部下を無駄死にさせる。そんな結果に終わっていたに違いない。
誇りを抱くことは大切だが、誇りを守ることに固執して、本末転倒に至ってはならないということ。
それをウェールズは思い至っていた。
切っ掛けを与えてくれたのは、
彼女が何者で、どこから来たのかウェールズには分からない。
霧の
だが、そんなことはどうでもよかった。
今だけは彼女たちに感謝しよう。
おかげでウェールズ自身は誇りを違えることなく戦える。
霧の欧州英国艦隊の一員としてふさわしい、自分の最後を飾ることができる。
敬愛する大戦艦フッドの信頼に応えることができる。
それが、たまらなく嬉しかった。
我ながら現金な奴だな、と苦笑する。
ウェールズの役目。それは敵の情報を持ち帰ること。
謎のノイズで概念伝達を通した長距離通信は遮断されているが、一定の距離まで近づけばノイズの影響範囲内でも通信は可能だ。
ならば、撤退する味方と通信できなくなる最後の瞬間まで戦闘データを送信し、後の艦隊における戦闘の役に立つこと。
少しでも敵の超兵器の弱点を探り、味方にデータを送り届けること。
それがウェールズの思いついた事だった。
勝てないならば、勝てる戦いに繋げれば良いのだ。
その為にも撤退する部下たちを、無事に東洋方面まで逃がさなければならない。
彼女たちに情報を持って帰ってもらわなければ、何の意味もない。ウェールズの無駄死にとなってしまう。
東南アジア一帯は敵の手に落ちるだろうが、豪州近海と日本列島近海には、強力な霧の艦隊が布陣している。
そう易々と突破されることはないし、攻撃するのも難しい要所だ。防御に徹した彼らを殲滅するのは容易ではないだろう。
そんな彼らが守護する領海内に逃げてしまえば、撤退戦はウェールズが勝ったも同然になる。
その為にも超々射程を持ち、正確な砲撃能力。
そして霧をも撃沈してみせる攻撃力を持ったハリマの注意を引く必要がある。
それに、何もウェールズは考えなしに東洋方面への撤退を決めたわけではなかった。
ハリマが、その巨体を再構成する際に気が付いたことがいくつかあるのだ。
奴が再生するとき、銀砂のようなナノマテリアルと同じように、黒い粒子が奴に収束していくのが見えた。
それに伴って、周囲を包囲していた敵艦隊の数が明らかに減じている。
つまり奴の再生能力は決して無限ではなく、何らかの代償を必要とするということ。
この場合における代償とは、異邦艦を構成する物質だと予測できる。
そして、そのおかげで東洋方面への封鎖が薄くなってしまったと考えられた。
ならば、そこに向かって味方を突破させるのは道理。
そして、恐らくだが敵の超兵器はマラッカ海峡の封鎖と、東南アジア方面における諸島群の獲得を目的としているのだろう事も、東洋方面への撤退を促した要因となっている。現にハリマの向こう側には、他にも無数の敵艦隊の影が見えるのだから。
しかも、現在位置である南シナ海の海域から、インドネシア方面に向かって進出する影まであった。
正確な数はレーダーを使っても、ノイズの影響で判別できない。
しかし、それだけの数を投入してでも、こちらの増援による連携を断ちたいのだろうという思惑は読み取れる。
南洋諸島に補給基地や飛行場を建設されれば厄介な事態になるだろう。
敵は異世界から転移してくるだけで、この世界に拠点を持っているわけではないのだから。
その思惑を阻止できず、東南アジアの封鎖海域を護れなかったのは遺憾だが、それでも最後に一矢報いさせてもらおう。
「掛かってこい。超兵器! このプリンス・オブ・ウェールズが相手してやる!!」
そして艦隊が去っていく姿を見送り終えると、ウェールズは自らを奮い立たせるように叫んだ。
戦うべき敵を見据え、決して自分の背後には通さんと言わんばかりに、相手を睨みつける。
部下たちと語り合ううちに相手は船体の再構成を終えたようで、対峙した時と同じ無傷の姿を晒している。
その砲火がウェールズを沈めんと轟を挙げ、彼女の挑戦状に対する応答のようでもあった。
東洋分遣艦隊旗艦の決して勝てない戦いが始まる。
もちろん何の対策も無しに挑むわけではない。
試してない戦術はまだあるし、超重力砲を防ぐには何らかの理由が必ずある筈。
それを探らなくてはいけない。
ウェールズの
同時に、船体後部を変形させ、補助推進装置まで展開させると、推力を全開にしてハリマに突撃。接近を開始する。
あれほどの巨体と、それに伴う火力および防御力は脅威だが、主砲の回頭速度はどうだろう?
砲塔が巨大であればあるほど、回転する速度は遅くなるのが常識だ。
超兵器を前に常識は通用せず、可能性は無いに等しい。
だが、そうなのであれば接近戦においてこちらが有利になる事は間違いない。
ならば、ハリマとの最大のアドバンテージである速力を持って、敵の射程外ではなく範囲外に逃れる。
そして、主砲の火力を事実上無効化できれば、戦闘において大きなメリットになる。
霧の水雷戦隊を肉壁させれば、侵蝕魚雷による雷撃で持って、撃沈も可能となるかもしれない。
彼我の距離はまだ遠い。
とはいえ、超長射程を持つ両者にとっては、すでに射程の範囲内だ。
その化け物みたいに巨大な双胴船体に風穴を開けるためにも、ウェールズは前部主砲塔を展開する。
戦艦の中でも異様と言われる四連装の砲身が四つに割れ、緑色をした紫電を纏うと、艦首から連続して光が瞬いた。
重力子機関の膨大なエネルギーを抽出したビームの威力は、人類が持つ頑丈な隔壁だろうと、いとも簡単に粉砕できる。
さらに、強制波動装甲によってエネルギーを分散・吸収できる霧でも、大戦艦クラスの主砲による直撃は避けたい。
それほどの威力を持っている。
だが、やはりというべきか。
緑色の閃光はハリマの装甲に着弾する直前で、見えない障壁のようなモノに干渉され、威力を減衰。効果を霧散させた。
障壁の反応によって、巨大双胴戦艦の周辺に、エネルギーの塊のような紫電が瞬いたが、それだけだ。
ウェールズも予測していたことだ。
先の超重力砲による斉射を防がれた時と比べれば、動揺などまったくない。
しかし、手強い相手であることは間違いない。
そうしている内に、ハリマの主砲が火を噴いた。
海面を抉るほどの衝撃と、大気を揺らすほどの衝撃が響き渡り、轟音が
「ちっ、
ウェールズの舌打ちと共に、反射的に言語化されたプログラムの実行。
眼前を通して伝わる光学映像が、コアによって演算処理され、超高速で迫る超巨大主砲の弾頭を捉えている。
瞬時に、自らの船体を射軸からずらし、砲弾の隅間を縫って回避。
人間であれば吹っ飛びそうな加速度に耐え、通り抜けた砲弾の衝撃はクラインフィールドで吸収・分散する。
背後で響いた着水音と、吹き上がる水柱は間欠泉を通り越して、火山の噴火でも起きたかのよう。
人類の艦船があんなものを受けたら、掠っただけで船体がめくれて、バラバラになりそうだ。
彼我の距離が半分を切る。
ウェールズはさらに
侵蝕兵器を搭載したミサイルが駆動音をあげ、発射体制に移行する。
遠距離から打ち込んでも、複雑な回避機動を弾頭にプログラムしても、距離がある限り迎撃される。
ならば、有効射程まで近づいて、迎撃の時間を与えずに着弾させる。
さらに艦首や船体側面に設置された魚雷発射管から、侵蝕魚雷を斉射することで上空と水面からの上下同時攻撃を狙う。
侵蝕兵器も、効果は限定的だが
超重力砲から照射される重力波ほどではないにせよ、連続で食らえば、いかに頑丈な構造体でも崩壊は免れない。
「一斉射!」
掛け声とともに、ミサイルが白い尾を引いて上空へと打ち出され、魚雷は海を突っ切って海中を走る。
牽制に主砲と副砲による交互射撃。緑色の閃光が再び海域の空を染め上げる。
ハリマはそれを甲板上の至る所に設置された無数のCIWSで迎撃。
凄まじい速度で連続した発射音と閃光が響き、巨大な船体の周辺に厚い弾幕が形成される。
念には念をと小さな副砲から対空榴弾が発射され、空中で爆発する。何度も繰り返される光景。
流れ弾が周囲の海面を叩き、無数の針山のような着水弾が、船体から遠くに向けて生み出される。
迎撃を受ける囮のミサイルが空を彩り、爆音を響かせる。
何度も連続して、時には同時に空を爆発で染め上げた。
一瞬で散っていく光の光景は、さながら花火のようですらあった。
本命の侵蝕弾頭もいくつか迎撃され、周辺空間に重力効果を発生させては霧散する。
魚雷も同様に迎撃され、水柱や重力効果を海面にもたらしていた。
だが、巨大な超兵器の全域をカバーすることは難しい。
飽和攻撃にも等しい霧の大戦艦による一斉射を迎撃しきれず、無数の侵蝕弾頭が着弾。
……する目前で空間を歪めた重力防御場に防がれた。
弾頭に強力な重力負荷を掛けられたミサイルや魚雷は、圧力に反応して全てが誘爆する。
外から見れば、まるで見えない壁にでもぶつかったかのようだ。
戦闘データを逐一更新。
離脱しているであろう艦隊に向けて送信する。
中・遠距離からの攻撃は、無敵ともいえる防壁で無効化される。
だが、迎撃を行ったということは、防げる攻撃の許容量や許容範囲に限界があるのかもしれない。
或いは一定の距離でなければ効果を発揮できない可能性もある。
主砲、ミサイル、魚雷のすべての攻撃において、防壁は一定の距離で正確に作動している。
ならば、あの防壁で防いでも、効果が及ぶ近距離で攻撃を行ってはどうか。
ウェールズのコアが提案を導き出し、それを実行に移すための演算に移行。
ハリマを中心に稼働している防壁範囲の予測を演算結果で導き出す。
その間にも、彼我の距離はさらに近くなり、ハリマからおびただしい数の対艦
さらに、いつの間にか発射されたミサイルから、無数のミサイルが分離・発射される。
多弾頭ミサイル、その一つ一つが対艦ミサイルに匹敵する大きさ。
これで超兵器にとっては小弾なのだから笑えない話だ。
搭載兵器。すくなくとも実弾の威力と弾数は向こうのほうが上と見える。
「近接防御システム稼働。対空迎撃スタンバイ!」
ウェールズの叫びに反応して、13.3cm連装高角砲と4cm8連装ポンポン砲を模した対空火器が稼働する。
場合によっては空中に分離・独立した迎撃も行えるシステムだが、高速推進中は船体と一体化させたままのほうが効率がいい。
艦橋側面に搭載されている照射器も展開し、無数の光学兵器が向かってくるミサイルとロケットを待ち受ける。
タカオも使っていた拡散型対空レーザーであり、霧の標準装備ともいえる近接防御火器だ。
人に向かって使えば立派な対人兵器にもなりうるし、現に大海戦で使ったこともある。
そして、プリンス・オブ・ウェールズの周囲に、ハリマとは違う色鮮やかな弾幕が形成された。
兵器の稼働する音だけが響き、炸薬と火薬によって空気を震わせる音は無いに等しい。
それでも威力は折り紙つきで、雨さえ降っていなければ、向かってくる弾頭を容易に融解させる威力を持つ。
光の雨だ。一粒一粒が空間を彩り、ウェールズの船体を中心に散らばっていく。
今度はウェールズの周囲で花火が咲いた。
海面を叩き付ける弾幕はなく、熱量によって水を蒸発させる音のみが響き渡る。
もう少しだ。もう少しで、防壁の有効範囲を突破して、内側に潜り込むことができる。
ウェールズの演算処理は複雑化し、同時に船体の細かな制御を行っていく。
霧のキングジョーシ五世級として出せる最大限の速力を発揮しつつ、急加速減装置の起動準備を完了。
こちらに向いているハリマの巨大な主砲塔。その発射タイミングを見計らって緊急回避。急制動をかけながら
そして、艦首で展開準備を始めている超重力砲を至近距離かつ最速で叩き込む。
この一連の流れを持って、敵の無敵ともいえる超兵器に対し、突破口が開けることを証明する手掛かりとならん。
その代償に自らの船体と
超重力砲を使う以上、クラインフィールドを維持している余裕はない。
コアもデータを損傷し、プリンス・オブ・ウェールズたる人格は恐らく消滅する。
だが、それで良い。
もとより覚悟の上なのだから。
「我が渾身の一撃。手向けと……なんだと、くそっ」
その予測を裏切ったのは何なのか。
答えは予測の遥か上を行く、ハリマの火力の高さ。
近距離戦闘における瞬間火力と投射能力の高さだ。
想像していた以上にウェールズに対する弾幕の層が厚い。
特に人類の護衛艦をいとも簡単に撃沈するであろう対艦
秒間に何発も連射され、驚くほど装填時間も短い。しかも、甲板に展開している数が多い分、凄まじい数のロケット弾が降り注いでくる。
ハリマの主砲や副砲に比べれば、船体を覆う強制波動装甲を崩壊させるには不十分。
しかし、装甲の周囲に展開されているクラインフィールドを飽和させるには十分だった。
ウェールズの針鼠のような対空射撃と弾幕の迎撃範囲を、確実に数で突破してくる。
こちらの近接防御火器も鬼のような連射力と投射力を発揮しているのに。
それを上回る砲火だと、現実が証明している。
ウェールズの
艦の周囲で鳴り響く連続した爆発音は、近づいてくる死神の足音に他ならない。
クラインフィールドが崩壊すると、今度は強制波動装甲がエネルギーを吸収・分散して無効化するが、それも僅かな時間しか持たないだろう。
ハリマの瞬間火力はそれほどまでに異常すぎるのだ。
おまけに大和型と同等の主砲口径を持った副砲が、的確にウェールズの船体を捉え、クラインフィールドを確実に消耗させていく。クラインフィールドを突破し、船体の脇を掠めていく光線。その解析結果は、超怪力線照射装置による攻撃だと判明。実弾のほかにも近距離用の光学兵器を搭載している。それを回避が困難な距離でぶっ放してきた。
遠距離砲撃を得意とするアウトレンジファイターだと思ったら、近距離における殴り合いが得意なインファイターだったとは……
このままでは、一矢報いることもできずに撃沈されてしまう。
ウェールズの
ハリマの巨大主砲が、連装砲塔と、巨大双胴船体に居並ぶ背負い主砲が、こちらを向いていた。
「しまっ……」
いつの間に照準を、いや、回避……0.5秒間に合わない。
コアの演算結果が、主砲の直撃による轟沈という。無残な結果を予測する中で。
ハリマの主砲が轟雷のように轟いて、巨大な砲弾がゆっくりと目の前に迫ってくるのを直視して。
ウェールズはその船体を無残にも散らした。
筈だった。
ハリマの巨体とウェールズの船体を遮るように、敵の主砲弾を狙撃し、見事に消滅させた輝き。
ウェールズと同じような演算光をした超速超威力の光線。
その正体をウェールズは知っている。覚えている。忘れる筈もない。
超重力砲だ。
「あの莫迦者どもが、どうして」
いつの間にかウェールズの背後から急接近する影。
ノイズによって雑音と砂嵐が混じったレーダーに表示される、友軍艦艇の表示反応。
どうして戻ってきた。
そう呟くウェールズの元に駆け付けたのは、離脱したはずの部下たち。
重巡洋艦ドーセットシャーとコーンウォールの二隻。
そして駆逐艦のエレクトラ、エクスプレス、テネドス、ジュピターの四隻。
「ウェールズさま~~、助けに来ましたよ~~!!」
そして、聞こえないはずのドーセットシャーの声がウェールズの耳に届いたのだった。