蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza 作:観測者と語り部
クラインフィールドが飽和しかけていたプリンス・オブ・ウェールズ。
その前方に超高速で、接近し割って入った重巡コーンウォールは、自らの演算能力を分担させ、同時に船体から発生するクラインフィールドを前面に集中することで、ウェールズの負担を大幅に軽減させる事に成功した。
同じく超高速で追いついて、大戦艦の隣に船体を並べたのは重巡ドーセットシャー。
コーンウォールと準姉妹艦の少女は、幼い
ウェールズの
そんな彼女たちの周囲を囲み、守るように布陣したのは四隻の駆逐艦だ。
エレクトラ、エクスプレス、テネドス、ジュピターの四隻。
彼女たちはウェールズを援護する布陣を整え、迫りくる砲弾とミサイルを、持ち前の主砲と対空火器で迎撃していく。
迎撃ミサイルは底を尽きかけているのか、撃ち出される数と頻度は少ない。
それでも一隻よりも遥かに効率の良い迎撃は、ウェールズの負担を大幅に減らしている。
駆逐艦なんてクラインフィールドの演算を維持するだけでも辛いだろうに。
現にハリマから水平射された副砲が貫通して、船体を掠めている。
彼らの
その献身がウェールズの心を揺さぶる。
命令違反に対する怒りと、部下を心配する心がない交ぜになった感情が湧いてくる。
「貴様らっ、命令違反だ! 艦隊旗艦は私だぞ! 命令に従え!!」
「ウェールズさまの任務は~~、レパルス達がちゃんと~~、遂行してま~~す!」
「屁理屈を述べるなドーセットシャー! 私はちゃんと、各艦は、と言ったぞ! この莫迦者がっ!!」
「艦隊旗艦を見捨てて逃げ出すなど僚艦の恥ですので」
「コーンウォール、貴様も貴様っ……」
「じゃあ、コーンウォール~~。後はよろしくね~~?」
「はい」
叫ぶウェールズの言葉を遮って、無視したコーンウォールと駆逐艦たち。
彼女たちは瞬く間に増速すると、ウェールズを置いて散開。
船体の
その後、すぐに連続した轟雷が響き、重い風切り音と共に、ハリマの主砲が連続して着弾した。
巨大な水柱が一瞬、ウェールズの視界を遮る。
ウェールズは唖然とするしかない。
命令違反ですら業腹なのに、この期に及んで何をするつもりなのか。
艦隊旗艦である筈なのに分からない。
分からないがコアの感情シミュレーターは不安という二文字を算出している。
そんな彼女の疑問に、静かに答えたのはコーンウォールだった。
「何も、アレを相手に無事で逃げ遂せるとは思っていません。近づけば艦隊旗艦共々、全滅する可能性が高いのも承知の上です」
何の感慨も抱いていないような静かな声。
だけど、覚悟を決めたかのように、その声は淡々としている。
「ッ、何故だ……」
「英国艦隊の誇りにかけて、一矢報いるのでしょう? ならば、それを手助けするのも僚艦の務め」
つまり、それは囮になるという事か。
ウェールズが艦隊を逃がそうと殿を務めたように。
彼女たちは最後の一手を届ける手助けになろうとしている。
それはウェールズの今までの行為を無駄にする献身に他ならないと云うのに。
大戦艦よりも遥かに速い船速を誇る駆逐隊は、それぞれが独自の機動を取りつつ、ハリマに急接近する。
無数の対艦
そして、相手の四方を囲むように展開して、超兵器の迎撃能力を分散させることも忘れない。
自分たちの本命はあくまでも、信頼する大戦艦の主砲を届けることに他ならないのだから。
敬愛するウェールズの助けを無下にしたからこそ、自分たちは最後までに役に立たなければ。
違う、彼女の役に立ってみせる。
絶対に役に立つ。超兵器の隙を作り出す。
それが、相反する想いを抱いた、部下たちの本心だった。
駆逐艦テネドスに対する対艦多弾頭ミサイルの一撃を、後から接近していた重巡ドーセットシャーの主砲が撃ち落とす。
重巡クラスの主砲によるビームは、跡形もなくミサイルを消し飛ばし、誘爆すらも許さない。
しかし、合間を結って放たれた超怪力線照射装置の一撃が、テネドスの船体を真正面から撃ち貫いた。
「テネドスっ!!」
ウェールズが叫ぶが、テネドスから応答はない。
テネドスは、艦首から艦尾にかけて船体構造を溶解させられ、甲板の構造物による自重を支えきれずに船体は拉げる、次いで爆散。
武装や艦橋、船体の一部がバラバラになって周囲の海面に飛び散り、ゆっくりと銀砂になって霧散する。
あまりにも呆気なさすぎる最後に、ウェールズは言葉を失うが、部下たちは動じない。皆が覚悟の上だったから。
コアの無事は……確認できなかった。
最後まで戦った僚艦の仇を討とうと、三隻になった水雷戦隊はハリマに肉薄する。
船体側面に展開された魚雷発射管と装填された侵蝕魚雷が超兵器を睨み付ける。
エレクトラ、エクスプレスがハリマの左舷を、ジュピターがハリマの右舷を駆け抜け、同時に侵蝕魚雷を射出。海中に飛び込んで、必殺の槍が突き進んだ。
そして、左右で重力効果を発生させ、分厚い船体装甲を侵蝕していく。ウェールズの狙い通り、至近距離では防御重力場は効果を著しく低下させる。侵蝕魚雷を完全に防ぐことはできなかったのだ。
しかし、代償として離脱する駆逐隊に凶行が迫る。
何かが装填される重い重低音の響き。
信じられないような速度で旋回する主砲塔。
絶対に逃がさないと言わんばかりに、仰角を下げた砲身。
至近距離ならば適当に撃っても当たる。
砲弾をばらけさせるつもりで放つ水平射撃。
人間どころか霧の
ありったけの炸薬が砲身から火を噴き、空を焼き払い、海を染め上げ、そして。
海空を衝撃波が揺らした。
次いで視界を染め上げる閃光。
大気を打ち砕くような衝撃音は轟雷に匹敵する。
衝撃波が海面を叩き散らした。
「エレクトラ……エクスプレス……」
一瞬だった。
ハリマが回頭して、船体を斜めに向けたかと思うと、ありったけの主砲が放たれていた。
勿論、エレクトラとエクスプレスの二隻は、回避運動を取った。しかし、広範囲を薙ぎ払った巨大な主砲弾の数々が、それを上回り。結果として効果範囲内にいたエレクトラは跡形もなく消し飛んだ。
そして、無数の砲弾はエレクトラの船体を粉砕し、粉々に砕いたばかりか、庇われる形となったエクスプレスすら吹っ飛ばして見せた。
文字通り、吹っ飛んだのだ。
何千トンもの船体がバラバラに離散しながら。
駆逐艦のクラインフィールドと強制波動装甲を物ともしない。
恐るべき威力だった。
「何故だ……艦隊、旗艦は……私なのに……」
「貴女が艦隊旗艦だからです。だから私たちは、此処にいる」
あのように無残に轟沈させないためにも、艦隊旗艦として部下に離脱するよう命令を下した筈だった。
既に、重巡コーンウォールのクラインフィールドは、飽和率が50パーセントを切っていた。
重巡ドーセットシャーの援護を受け、何とか離脱した駆逐艦ジュピターは、ハリマの副砲による狙撃をジグザグに動いて回避する。
一撃一撃が、超弩級戦艦並みの威力を持った副砲だ。
クラインフィールドで防ぐことはできるが、集中砲火を受ければあっという間に飽和する。
砲弾やミサイルの弾頭に使われている炸薬の威力は、こちらの人類が使っていたものよりも遥かに高性能なようだった。
だが、怖気づいて逃げるわけではない。
それは、再度の攻撃を行うための準備段階に過ぎない。
「……いくよ、ジュピター」
"了解、ドーセットシャー"
ハリマの巨大な双胴の船体。
その左舷には、綺麗に抉られ、崩れ落ちた装甲部分が二か所存在する。
そこに、今度はドーセットシャーと共に追撃を仕掛ける。
悲鳴を上げる重力子機関を出力全開にする。
半円を描くように急速旋回するジュピターがドッセートシャーの隣に並ぶと、タイミングを見計らっていたドーセットシャーも追従するように突撃。
当然、それを許すはずもなく。
主砲の狙いを定めながら、静かに装填を待つハリマ。
無数の兵装による迎撃が迫り来る二隻を襲う。
副砲群の連続射撃。
降り注ぐ対艦
上空に打ち出され、全方位から迫りくる多弾頭対艦ミサイル。
ドーセットシャーがクラインフィールドで、エネルギーを逸らさなければ、霧の駆逐艦を容易に貫通する超怪力線照射装置。
分散することも出来ない砲火は、あっという間にドーセットシャーとジュピターの
いくら船体を破壊するエネルギーを、クラインフィールドで任意の方向に受け流しても、それ以上のエネルギーが襲い掛かってくるのだ。
強制波動装甲で受け止め、溜め込んだエネルギーを排出しても、それを上回る勢い。このまま攻撃を受け続ければ、船体を維持できず、
あるいは装填を終えた超兵器主砲の一撃でバラバラになるかもしれない。
いくら重巡洋艦でも至近距離で直撃すれば、散って行った駆逐隊と同じ末路を辿ってしまう。
そうなる前に、敵の装甲に大打撃を与え、続くプリンス・オブ・ウェールズの一撃に繋がなくては。
そう考える二隻の思惑を嘲笑うかのように。
ハリマの主砲が装填を終えた金属の重低音を響かせ。
それを撃ち砕くかのように、緑色の閃光がハリマの甲板上を貫いた。
兵装が誘爆して、ハリマの甲板が燃え盛る炎に包まれたが、流石に
それどころか、包囲する異邦艦を犠牲に再び再生を始めている。
「準同型艦とはいえ、姉妹艦をやらせる訳ないでしょう?」
防御を捨て、捨て身の攻撃に出たコーンウォールによる超重力砲の一撃。
ハリマの左舷甲板上に存在する兵装を一直線に貫いた正体。
しかし、代償として完全にクラインフィールドを崩壊させた彼女の船体は無防備となる。
ウェールズがすかさずフォローに入っているが、大戦艦の超重力砲を放つ際は、再び危険に晒されるだろう。
超重力砲は強力だが、フィールドの前面部分を捨てなければならない諸刃の剣だからだ。
「さすが~~、頼れる相棒って奴だね~~」
にやけるドーセットシャーの
だが、大火力と重装甲を得た代償に速度を捨てた超兵器。
大戦艦ですら高速性を誇る霧の前では、遅すぎると言わざるを得ない。
左舷に回り込む。
ハリマの再生された一部の兵装と、無事な右舷主砲、副砲が襲い掛かるが、無難に回避。
「
塞がろうとしていた装甲をこじ開けるように、重巡洋艦と駆逐艦の二隻はありったけの攻撃をお見舞いする。
防御もあまり意味をなさない至近距離による集中砲火。
主砲のビームが装甲を焼き、ミサイルと魚雷が装甲を砕き、侵蝕兵器が装甲を崩壊させて抉り取る。
ついには
ダメ押しとばかりに被害箇所から浸水が発生し、ハリマの巨体がゆっくりと傾斜した。
それを補うかのように注水傾斜復元されたが、初めて本格的なダメージが入ったのだ。
このまま押し切れば、さすがのコイツでも水底に沈むしかないだろう。
そこまで考えたとき、ドーセットシャーの目の前で、駆逐艦ジュピターが沈黙した。
「えっ……ジュピター?」
一瞬だった。
いつの間にかジュピターの船体には大穴が開いていた。かろうじて繋がっているような状態だった。
すぐに転覆しながら、真っ二つに折れて、深い海の底に消えていく。
コーンウォールは唖然とした。
そもそも攻撃を捕捉できなかった。
それが致命的な隙となって、彼女自身が代償を支払うことになる。
「ぐっ、……船体、損傷、りつ……76パーセント………?」
飽和しかけていたクラインフィールドを完全に崩壊させ、ドーセットシャーの船体前部と後部を側面から貫通する一撃。
見れば再構成されたハリマの主砲が、見慣れぬ形に変化している。
その砲身にエネルギーが充填され、紫電が迸ったかと思うと、主砲の先端から何かが撃ち出されたんだろう。
ドーセットシャーはそれを解析することもできずに大破、轟沈してしまった。
船体が爆散して、ジュピターと同じように水底に沈んでいく。
「………ッ」
ウェールズはもはや、何も言えなかった。
部下たちが目の前で沈んでいくなか、超重力砲を発射するための準備で、援護すらままならない。
そんな自分が腹立たしかった。
それでも気を引き締める。
既に先の一撃は解析できていた。
先程よりも小さく再構成された主砲に、充填されるエネルギー。見慣れぬ砲身に、音速を超える射出速度。
そして熱量ではなく、物理な力によって破壊されたジュピターとドーセットシャーの船体。
それはレールガンと呼ばれる、砲弾を超高速で射出する兵器だった。
このままでは不利だと悟ったハリマが、破壊力よりも命中精度と弾速を最優先にして、再構成した兵器だ。
近距離のクロスレンジによる殴り合いを展開していた二隻は、回避不能な距離から直撃を受けた。
同時に崩壊寸前だったクラインフィールドでは、膨大な貫通エネルギーを逸らすことができなかったのだ。
いくら重巡より防御に秀でているといっても、超重力砲の発射シークエンス中は、大戦艦も無防備となる。
撃たれたら、主砲のビームで迎撃する暇なく、確実に命中する攻撃を防ぐ手段は少ない。
ハリマの兵装を薙ぎ払ってもいいが、それには超重力砲の一撃が必要となる。
コーンウォールは既に援護で使ってしまったので、超重力砲の再チャージに時間を要する。
そしてウェールズの超重力砲は、ハリマの
おいそれと使うわけにはいかない。
かといって主砲のビームで兵装を破壊するのも難しい。超兵器の船体を守る防壁を貫通できる程の出力はない。
奴の構成素材を崩壊させるには、侵蝕兵器による一撃が、どうしても必要だった。
そして、ミサイルに搭載された侵蝕兵器では確実に迎撃される。
もう少しで、超重力砲によって、超兵器の巨大な船体を貫通できる予測有効射程の範囲内だというのに。
ウェールズの予測では、チャージ中に攻撃を受けて撃沈される確率が、9割を超えていた。
確実に一撃を決める、あと一歩が足りない。
その為には……
「……コーンウォール」
「自らが艦隊旗艦と仰ぎ見た者を守るのが、艦隊直衛艦の役目です」
どうしても、コーンウォールの犠牲が必要だった……
「艦隊旗艦は、コーンウォールがお守りする」
それを承知の上でコーンウォールはプリンス・オブ・ウェールズの前に出る。
超重力砲の発射シークエンス中は、艦首方向のクラインフィールドを解除しなくてはならない。
ならば、無防備となる前面の防御は、重巡洋艦であるコーンウォールがすべて引き受ける。
主砲、副砲、対空レーザー機銃から近接防御システムまで総稼働させる。
同時に、侵蝕兵器も含めたミサイルや魚雷をすべて迎撃に回し、ウェールズに対して襲い来るハリマの集中砲火を迎撃していく。
そこにコーンウォール自身の安全は含まれていなかった。
対艦
そして、襲い掛かるエネルギーの方向を置換できる能力が減衰したとき、貫通力の高いレールガンの主砲が、コーンウォールを襲った。
「ぐっ、まだです……」
もはや砲弾や爆発を受け止める力は、コーンウォールのクラインフィールドに残っていない。
咄嗟に前部甲板の武装を潰し、ナノマテリアルを再構成して、全てを強制波動装甲に置換。
直撃する主砲弾を、厚い装甲その物と化した艦首部分で受け止めた。
受け止めた代償に装甲が波打ち、罅割れ、船体が歪む。
もはや余分なデッドウェイトと化した船体の構成部分を放棄したとき、既にコーンウォールの姿は満身創痍。
それでも後部甲板上に残った武装で応戦することをやめない。
「コーンウォール! よくやった、早く転進して離脱しろ!」
「みんな、貴女の事が好きでした。そして、貴女の事を慕っていました。
欧州英国艦隊の一員として、常に堂々と振る舞う貴女の姿に憧れていた」
コーンウォールの艦橋の上に堂々と立ち続ける
ウェールズに振り向いた少女の姿は既に霞んで、正六角形の構成体が露出していた。
躯体を維持する演算力すら残されていない証明だった。
もはやコーンウォールは海の上に浮かぶ只の鉄屑と化していた。
クラインフィールドなんてとっくに飽和して、後は強制波動装甲で受けるしかない。
その装甲も度重なる被弾で、直に受けすぎて崩壊寸前だ。
それでも、コーンウォールは伝えなくてはならない。
どこか不器用だったけど、立派な艦隊旗艦として務めようとした大戦艦に。
最後に残った部下として自分たちの想いを。
「だから、私たちは配属されたとき、貴女を最後まで支えようと誓いました。
最後まで、この方と共にあろうと。それが僚艦としての務めだと」
「もう、いいコーンウォール! 早くそこをどけ! でなければ貴様は……」
「だから……だから……私たちは……命令にそむ…イテ……デ、モ………」
貴女をお守りしたかった。
そんなコーンウォールの言葉は呟かれることなく。
彼女の
「コーンウォール、ドーセットシャー、テネドス、エレクトラ、エクスプレス、ジュピター……お前たちの敵は必ず」
もはやウェールズは何も言わなかった。
展開した船体の超重力砲が海を割り、強力なロックビームがハリマを捉えて離さない。
打ち出されたミサイルやロケットを演算の傍らに迎撃し、レールガンも放たれる前に牽制して撃たせない。
何かがウェールズのコアの中で湧き上がってきていた。
その衝動に身を任せて、彼女の演算速度は今や極限にまで達し、限界を超えた演算能力を叩き出している。
唸りを上げる重力子機関は紫電を撒き散らす。
回転機構が膨大な熱エネルギーで赤熱化する。
安全装置が空間モニターを通してウェールズに警告を伝えてくるが、超重力砲の発射に必要な部分以外は切り捨てる。
捻りあげるように、抽出したエネルギーは膨大で、超重力砲を発射すればウェールズの船体も崩壊しそうな勢いだった。
だが、それでいい。
奴はこの場で確実に倒す。
極限まで演算力を駆使するウェールズに応えるように、
「欧州方面英国派遣艦隊。東洋分遣艦隊旗艦、プリンス・オブ・ウェールズの名に懸けて!!」
そう、どんな事になっても、散って行った部下たちの敵は必ず取るのだから。
「超兵器ハリマ! 貴様を跡形もなく消し去ってやる!!」
海を二つに割った空間の中で、すべてを押し潰し崩壊させる光が、海域を貫いた。
先の超重力砲による斉射に匹敵する勢い。それを凌駕しかねない一撃。
ハリマの右舷装甲が徐々に崩壊し、武装が消し飛んで分子単位まで侵蝕・分解される。
どうやら発射前に溜め込んだエネルギーのせいで、射撃システムに異常が発生していたらしい。
忌々しい双胴船体のど真ん中をぶち抜いてやるつもりが、左に照準がずれてしまった。
だが、そんなものは修正すれば云い話だ。
片方のメインスラスターを全開にして、発射装置と化したウェールズの船体を右にずらしていく。
徐々に削り取られていくハリマの船体。崩壊し跡形もなくなる構成素材。
限界を超えた超重力砲の反動は凄まじく、思うように船体をコントロールできない。
代償に重力波を照射し続けるウェールズの超重力砲発射装置が、徐々に崩壊していく。
膨大なエネルギーによる負荷がパーツを破損させ、回転機構によって離散した金属部品の一部が吹き飛んでいく。
重力子機関が過剰な負荷で暴発を起こし、小さな爆発を繰り返す。
同時に空間モニターに叩き出されるエラーの数々。
超重力砲発射システム破損。使用不可。
重力子機関損傷。出力が30パーセントまで低下。
航行システムに異常発生。
第二、第三主砲発射不能。
後部甲板ミサイル発射管使用不可。
etc、etc、etc。
もはや戦闘続行は不可能と言っていいくらいの損壊だった。
だが、膨大な重力エネルギーの奔流となった一撃は、確実にハリマの船体を消滅させていく。
文字通りの消滅だ。端から再生させる暇など与えない。そのまま完全に存在そのものを消し去ってやる。
「ぐっ……」
そうして、ハリマの半分を跡形もなく消し去ったところで、ウェールズの超重力砲は完全に崩壊した。
緊急停止システムが作動し、照射されるエネルギーが一瞬で霧散。可変していた船体部分を元に戻して、収納しようとするが上手くいかない。
仕方なく超重力砲の発射システム自体を潰して、ナノマテリアルに置換。損傷している重力子機関の修復に回す。
それが今の疲弊したウェールズにできる精いっぱいだった。
「はぁ……はぁ……」
膨大なエラーを吐き出し続けるコアの演算処理を何とかしながらも、片膝をついたウェールズ。
ハリマを見やれば綺麗に切断されたような断面図を見せる船体があった。
浸水による沈没を防ぐためだろう。
消滅していない左舷に、さらなる注水を行って、船体を傾け、何とか浮いている状態。
咄嗟にしては恐るべきダメージコントロール能力だった。
しかし、機能は停止しているのか、同じく満身創痍のウェールズに対し、攻撃してくる様子はない。
甲板上の艤装は重力波の余波で綺麗に無くなっているので無理もないが。
「ッ……」
だからといって、攻撃の手を緩めるウェールズではない。
武装が損傷しても、第一主砲はまだ健在。
最大出力は出せないとはいえ、鉄屑と化したハリマを沈めるのに、充分な威力を持つ。
それに、超兵器のノイズのような反応はまだ生きている。
「……終わりだ」
主砲の照準を合わせ、エネルギーを充填する。
ウェールズに出来たのは、そこまでだった。
何が起きたのか分からなかった。
違う、突如飛来した攻撃に、ウェールズの
流れていく景色の片隅に、自身の大戦艦たるプリンス・オブ・ウェールズの船体が轟沈するのが見えた。
咄嗟に攻撃してきた方角を見て、歯を食いしばる。
水平線の向こうにハリマと似たような双胴船体を持つ超兵器の姿があった。
恐らく探知範囲の外から超々射程を持ってウェールズに弾着射撃を当てたのだ。
(ノイズで気づかなかった。ハリマの陰に隠れていたから……もう一隻いたのか)
ウェールズは咄嗟に怨敵の姿を見る。
もう少しだった。もう少しで完全に敵を沈めることができた。
だというのに、あと一歩の所でっ……
「……そういう、こと……だった、のか……!!」
そこで気が付いた。
その不死身ともいえる再生能力の正体を。
切断された船体の中央から露出する部分。恐らく何としても超兵器が守りたかった存在。
そこには稼働し続ける超兵器の機関が存在していた。
そこから徐々に再構成されていくハリマの船体。
切断された船体の断面側からではなく、機関の周囲から構成を修復していく様子。
コアの演算結果から導き出される答え。
恐らく超兵器にとってのコアが、あの超兵器機関なのだ。
あれが霧である我々にとって、ユニオンコアやデルタコアのような役割を果たしている。
だから、船体の表面を融解させようが、船体の半分を消滅させようが関係ない。
超兵器機関がある限り、超兵器は不死身だ。
いつの間にかウェールズの
躯体の構造体が半透明になって、維持できなくなり、徐々に崩れていく。
自分の感覚が無くなっていく。何もできなくなる。何も動かせなくなる。
悔しい。悔しいですフッド。悔しいよ。キングジョージ。私は、負けたくない。こんなところで沈みたくない。沈んでいった仲間の仇を、まだ……
水面の底に沈んでいくウェールズのコア。
徐々に高まる押しつぶされるような水圧の感覚。
冷たい海の底に落ちていく自分自身ともいえるコア。
冷たい。冷たい。冷たい。
それでも……
最後に送った量子通信が、レパルス達に届くことを願って。
ウェールズの認識はそこで消えた。