蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza   作:観測者と語り部

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○航海日記2 遭遇

「これで良いだろう。着心地はどうだ。403」

「問題なし。動作良好。コアの処理能力に若干の負荷を確認」

「そこは我慢しろ。これも人間の戦術とやらを理解する一環らしいからな」

「了解。402」

 

 甲板の上で、生成された自身の服装を興味深そうに眺めている403の躯体(メンタルモデル)

 それを見つめながら、402は苦労した甲斐があったと肩の力を抜いた。

 

 イ号402のセイルから見える403の服装は、薄い黄色に染められ、所々に紫陽花が装飾された着物である。

 桃色チャイナドレスの400、青いセーラー服の401、端から見ればポンチョにしか見えない402のドレスとも違う格好。

 

 これは端から見れば一卵双生児にしか見えないイ号姉妹の個性を出そうと、402が特徴的な服装を選択した結果であった。

 

 着物と一言で言っても日本列島を巡洋する艦隊旗艦のひとつ。ナガトと呼ばれる大戦艦のメンタルモデル程立派なものではない。

 

 下半身における裾の部分を、際どい位置まで切り詰めているのだから。

 見えそうで見えないとは、まさにこの事を表するのだろう。

 もちろん風が吹けばパンチラである。履いているかどうかは想像にお任せしたい。

 

 頭には一輪の花簪。

 これもお団子頭の400、もみあげリボンの402と区別するためのトレードマークである。

 

 霧があらゆる物質を構成するために使う、ナノマテリアルで構築された着物は着心地も悪くない。

 何よりもメンタルモデルを護る最後の防壁としての強力な防御性能を403は気に入っていた。

 

 人間の思考のひとつを理解出来て、戦術の獲得に一歩近づける。しかも、機能性は悪くない。

 一石二鳥のような合理性に、まだ機械的な判断しか出来ない403を納得させるには充分だろう。

 

 もっとも、その思考のひとつである402が語った羞恥が何なのか、403にはさっぱり理解できないのであるが……経験はまだまだ不足しているようだ。

 

「ふぅ、これで一安心だな」

 

 それらしいことを言って、妹の403を丸め込めた402は安堵の溜息を吐く。

 これから総旗艦艦隊における旗艦にして、霧の頂点に君臨する『ヤマト』の所へと403を連れて行かねばならないのだ。

 直属の上司に当たる彼女に対して、403を全裸で謁見させるなど正気を疑われるだろう。

 少なくとも姉の400から小言のひとつが飛んでくるのは間違いなかった。

 

 まあ、誰よりも人間らしい大和のメンタルモデルの片割れ、コトノと呼ばれている彼女なら、ここぞとばかりに403を着せ替え人形にするかもしれない。

 有り得そうな光景に苦笑いを隠せない402だった。

 

「402。思考に若干の乱れがある」

「ただの気苦労だ。気にするな。それよりも、このまま潜航して総旗艦艦隊の元へと向かう。

 そこでコアの検査と総旗艦への挨拶。ついでに任務の指示を貰うから、ちゃんとついて来い」

「了解。402。これより急速潜航準備に入る」

 

 403は人間を遥かに凌駕する身体能力を駆使して、自身の船体であるイ号403のセイルの上に跳躍する。

 そう、跳躍である。何の装備もなしに、人間には不可能な芸当を当たり前ようにやってのける。

 それこそが彼女を人間ではない、人を超越した存在であると証明する何よりの証だった。

 

 メンタルモデルの内側に隠されたコアは常に演算を行い、艦の制御を怠ることはない。

 ハッチを素手で掴むまでもなく、遠隔操作で開いたあと、制御に集中するための艦橋へと駆け抜けて、部屋の中央目掛けてひとっ跳びだ。

 そこには寸分の狂いも、無駄もない。機械ならではの合理性があった。

 流石に艦橋まで一瞬で転移するなどの無茶は出来ないが。

 

 そうして全身に黄色く発光する紋章光(イデア・クレスト)を浮かび上がらせ、艦を制御するための演算能力をフル稼働させていく。

 システムオールグリーン。動作チェック終了。艦の制御に問題なし。

 そして先に潜航していく402の後を追うように、403も重力子バラストの浮力を下げて潜航していく。

 

「重力子機関正常に稼働。速力に問題なし。以降402に追従する為、速力、浮力を一定に保つ」

 

 空間モニターに浮かぶ情報を急速に処理しながら、艦の全制御に集中する403。

 その行動に支障はない。

 

 海を見通せる訳でもないのに、艦橋から横目で後方を観察する402は、顔の位置を前に向け直した。この分なら問題はなさそうだと。

 

 しかし、それは甘い考えだと直ぐに思い知らされることになった。

 様々な言動や行動で402を振り回していた403が大人しくする訳がないのだから。

 

「艦の真下に動体反応有り。重力子反応なし。パッシブソナーの集音結果からダイオウイカと推測される。観察を開始」

「監視しなくていい。それは無視して先に行くぞ」

「了解」

 

 ある時は世にも珍しいダイオウイカが、深海を優雅に泳いでいる姿をキャッチし、観察しようとする。

 

「艦付近を急速に動く動体反応有り。魚群探知機の結果から小魚の群れと推測される。群れの行動は大型魚類からの逃走と予測。これより援護に入る。目標、マグロらしき大型魚類の殲滅。攻撃準備……」

「っ――そんなものは放って置け。あれは人類史でいう自然の摂理。兵器である我々が命令もなしに関与する必要もない」

「了解。艦を戦闘モードから通常モードに移行する」

 

 ある時は餌を追い求めて、イワシなどの小魚を追いかけるマグロを殲滅しようとしたり。

 

「パッシブソナーに反応有り。解析される音響の種類からクジラの超音波であると推測される。これより返答の為、クジラに影響のない微弱な出力でアクティブ・ソナーを使用する」

「使用しなくていいっ! だいたい潜水艦がアクティブ・ソナーを使ったら位置がばれるだろうがっ!!」

「了解。返答を中断。交信を終了する」

 

 ある時はクジラの群れが発したエコーロケーションを傍受して返答しようとするなど、好奇心が旺盛すぎるのだった。

 まるで初めてお出かけをした子供のような仕草に、さすがの402も黙っている訳にはいかなくなる。

 

「総旗艦艦隊に合流するまで大人しくしていろ。403」

「402。それは命令?」

「――命令だ」

「了解。命令を受諾。以降の航海における観察は、402の指揮下にあるかぎり……永久的に停止する」

 

 だから、淡々と少しだけ強い口調で命令すると、403は大人しく従った。

 好奇心旺盛とはいえ彼女も霧の戦闘艦。

 上位存在からの命令に逆らう真似はしないのだろう。

 

 恐らく任務や命令には忠実に従うタイプだ。

 たとえば姉妹艦の撃沈を命じられたら、彼女はそれを実行に移すに違いない。

 ただ、任務中に余裕があれば余計なことに気を回してしまうだけなのであろう。

 

「ん、この反応は?」

「前方、距離3000にて微速で航行する艦船の反応有り。反応は二隻。重力子反応なし。機関音解析。人類側の戦力には登録されていない所属不明艦。解析の結果、駆逐艦クラスの戦闘艦と思われる。詳細不明。生体反応なし。無人艦と予測される」

 

 そうして航海を続けるうちに、402と403は水上を航行する艦船の反応を捉えた。

 霧に所属しない戦闘艦。だが、本来それはありえない事だった。

 

 2039年における大海戦に於いて、霧の艦隊はアドミラリティ・コードと呼ばれる勅令に従い、霧以外の勢力を海上から殲滅。

 海洋を占有して、人類から海という場所を奪い取った。

 

 その後も大陸や列島の海上を封鎖して、沖合に船が出ようものならば発見次第撃沈してきたのだ。

 故に霧以外の艦船が、こうして洋上を堂々と航海できるわけがないのである。

 それは異例の事態。霧の艦船以外の存在はアドミラリティ・コードの命令に抵触する。

 だからこそ402は403に命令を下した。

 

「なるほど、こんな海域にまで奴らの末端が及んでいるのか。403。遠慮はいらない。奴らを沈めろ。私はサポートに回る」

「了解。イ号403は戦闘態勢に移行する。重力子機関出力上昇。魚雷発射管に順次装填。一番、二番、ウェーキホーミング。通常弾頭。三番、四番パッシブホーミング。通常弾頭。弾頭に敵の機関音を入力。五番、六番セミ・アクティブホーミング。通常弾頭。七番、八番、浸食弾頭魚雷を装填」

 

 402は敵の正体に関して知っているような素振りを見せるが、403には関係のない事だった。

 命令を受けた以上、兵器として任務を遂行するのが霧の存在意義。

 ならば、同じ霧の例にもれず、彼女も任務を遂行するだけである。

 そこに疑問の余地はまったくない。

 

 イ号403の船体艦首に装備された魚雷発射管に各種魚雷を装填し、敵を確実に破壊するための準備を整えていく。

 その間に敵の行動を観測することも忘れず、どのような動きがあったとしても淡々と対処するための準備を怠らない。

 

「艦の仰角を修正。発射管に注水開始。発射準備完了」

 

 そして敵を撃沈する為の準備が整った。

 

「発射管解放。一番、二番。ウェーキホーミング魚雷。発射」

 

 ただ淡々と呟きながら、403は攻撃を実行に移す。

 大気に触れている時とは違う、独特な水中発射音と共に射出された魚雷。

 それは急速に加速しながら目標を爆砕しようと海上を目指して突き進んでいく。

 

 そして、発射されたウェーキホーミング魚雷は、水上を航行する艦の航跡を感知して、捉えられた哀れな駆逐艦二隻の艦尾から突き上げた。

 

 途端、水中に響き渡る爆砕音。

 近くに潜水艦がいると知らず、探知も出来ていなかったであろう駆逐艦は、船体を海上から浮き上がらせるほどの衝撃を受け破壊された。

 恐らく船体の真ん中に直撃していれば真っ二つに叩き割られていただろう。

 

「敵艦の破砕音を確認。敵の機関音感知できず。周辺海域に敵対する艦影なし。戦闘態勢解除。艦の機能を通常モードに移行」

 

 船体に穿たれた巨大な風穴から、様々な部品を垂れ流して沈んでいく駆逐艦。

 そこから水中に伝播する音を感知して様子を探っていた403は、付近に脅威となる敵がいないことを確認すると、戦闘の終了を宣言した。

 索敵と観測の補助に回っていた402も同様の結論で、何も言わずに通常航海に戻っていく。

 

「三番から八番までの発射管を排水。装填された魚雷を脱着。以降、さらなる戦闘が発生した場合に、適切な弾頭魚雷を再装填する」

 

 403は戦闘後の処理を行いながら、イ号402の船体を後ろから追いかける。

 空間モニターに表示された目標となる海域はまだまだ遠い。

 402が先導しながら、航路となる海域のデータ、適切な深度や速度の計算結果を送ってくれるので航海自体は難なく進む。

 だから、403は務めて周辺に敵がいないかを確認しようと、あらゆるセンサーを使って索敵し始めた。

 

 もちろんアクティブ・ソナーを使って自ら発見される愚は犯さない。

 403のデータの中で制圧が完了したと思われる海域。

 その周辺に敵となる艦影が一度でも現れている以上、好奇心を押し殺すのは当然である。

 それに、402に命令されたというのもあるが、彼女にとっては姉妹艦が危機に陥る方が問題だった。

 

『403。聞こえているか』

『オーライ、403。感度良好』

 

 そんな時に頭の中に響く402の声。

 403は特に驚くこともなく問題ないと返事をした。

 

 二人が行っているのは、概念伝達と呼ばれる霧の艦艇同士が行う通信手段。

 距離を問わず、遮蔽も障害にならない通信法であり、盗み聞きされる心配もない。

 しかも瞬時に大量の情報を交換し合うことが出来る優れた機能だ。

 それは人間で云う量子通信に近いのかもしれない。

 

『これから先の敵性勢力に関するデータを送る。如何なる状況であれ、先のような無人戦闘艦と対峙した場合。即座に撃沈しろ。これは各艦隊の総旗艦から下された重要事項だ』

『了解。データを受信。該当する敵性勢力に遭遇した場合、即座に破壊。撃沈する』

 

 イ402はずっと妹の様子を観察していた。

 航行している時も、戦闘している時も、余すことなく403の挙動を見ていたのである。

 その中で先の敵に対する反応が鈍かったことを推測し、403には幾つかのデータが欠けていると気が付いたのだ。

 

 何せ、先のような無人艦は即応対象にリストアップされた特A級の危険な勢力である。

 直ぐに撃滅しなければならない要破壊対象。

 それを察知した段階で、戦闘態勢に移行せず、観測するだけに留めている。

 何らかの異常があると判断するには充分すぎた。

 

『403、どこか異常はないか? 何か問題があるなら相談に乗るが』

 

 それまで、一切の私情を挟まず403に接していた402が少しだけ感情を露わにした声で心配した。

 任務中は何かと割り切って、感情を表に乗せず、淡々としている402。

 そんな彼女が珍しく他の艦を気遣ったのだ。

 彼女を知る他のメンタルモデルが見ていたら、驚きを隠さなかっただろう。

 

 だが、これまで散々402の手を煩わせている403である。

 彼女が普通の反応する訳がなかった。

 

『人類史における適切な返答を人類のネットワークから検索。分類。選択。実行――大丈夫だ。問題ない』

『――っ』

 

 馬鹿か貴様は、と叫び出しそうになるのを402は咄嗟に抑え込む。

 

 まず何処から突っ込めばいいのだろうと402は思った。

 人類の技術と隔絶した性能差を誇る霧の艦艇は、アクセスの後も残さず人類のネットワークに侵入するのは容易い。

 だが、さして重要どころか、問題にすらならない受け答えに対し、わざわざ人類のネットワークを使用するのは馬鹿のすることだ。

 リスクの可能性を考えると割りに合わなすぎる。

 

(それとも、単純にアホなだけなんだろうか)

 

 402はこれまでの403の記録を片手間に閲覧する。

 最初に出会ったときは、イルカや海鳥に囲まれて身動きが取れないでいた。

 しかも服を一切来ておらず素っ裸という有り様。

 さらに現状の航海において、取るに足らない周辺の状況にいちいち反応しては、変な行動をするのだ。

 そこに“あとの事を考える”という思考は存在しないようだった。

 

 一応、403も兵器なので演算処理、解析などは当然優れている。

 それは人間で云う所の、頭が良いという事なのだが、いかんせん行動が残念すぎる。

 純粋無垢にしては度が過ぎているのも事実だ。

 

(まるで生まれたての赤子のようだな。だがそれは――)

 

 霧にしてはありえないことだと、402は403の異常を冷静に分析していた。

 

 人類と正面切って戦い、その圧倒的な性能差で人々を陸に封じ込めた霧の艦隊。

 しかし、戦術という面においては、単純に突っ込んで撃ちまくるというお粗末な行動しか取れなかった。

 

 だからこそ人間の戦術を理解しようと、人の姿を模した躯体(メンタルモデル)を形作り、その際に発生する不自由を受け入れた。

 不自由を克服しようとする思考を手に入れ、過去を顧みるようになり、そこから未来を予測するようになる。

 いずれ人類が同等の技術を得て、霧を圧倒してくるその前に、対抗策を手にしようとしたのだ。

 

 当然、そのような考えに及ぶ自我があるのだから、何も知らないというのは有り得ない。

 霧の艦艇は人間と比べて寿命という概念は殆どない。あるのは無限に等しい耐久年数のみ。

 長い時を過ごした意志ある兵器は、様々な経験を積んでいて当然のはずだ。

 

 402も例外ではない。

 メンタルモデルを形成した段階で、ある程度の経験を反映させることが出来ている。

 それは無意識に性格となって表現されてもいるのだ。

 なのに、402と同時期に生まれたであろう403が殆どの経験を無くし、あらゆる事象に対し未知である状態に等しい。

 これを異常と言わずして何と言おうか。

 

(報告では403は何らかの自失状態に陥っていたとある。403の知らない所で何か起きたのか?)

 

 しかし、考えても結論は出る筈もない。確証に至る情報を知らないせいだ。

 これ以上考えても仕方がないと判断した402は、自身が検証したデータを保存すると、海中における航路の割り出しに演算を集中し始めた。

 

 目指すは日本列島の北東。

 北極海の入り口付近に停泊しているであろう総旗艦ヤマトの元である。

 

「402の行動を検証。人類史におけるケースと照合。結論、姉妹の間における思いやり。記録を保存」

 

 そんな中で403は、402に心配されたことが嬉しかったのか。自身の記憶野に先の会話を保存していた。

 彼女の人形みたいに無機質な表情は、その時ばかりはわずかに微笑んでいた。

 

 


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