蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza   作:観測者と語り部

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航海日記33 機関一杯ぶん回す

"セイラン航空隊による奇襲成功。"

「ん、そのまま攻撃を継続。航空隊のコントロールを501に委譲」

"Ja(了解)、攻撃継続。コントロールを受諾"

「浮上航行しつつ機関全速。敵艦隊をかく乱。401を援護」

"Feuerschutz(援護)"

 

 群像率いる401とデュアルクレイターが戦闘する海域に、急速接近する船の正体はイ403であった。

 

  いくら異邦艦隊の空母が、他の戦線に全力で航空攻撃を仕掛けているとはいえ、デュアルクレイター周辺が完全にがら空きになるような事態は存在しない。場合によっては対潜哨戒機による攻撃が行われる事も想定済み。それに対抗するイ401の対空攻撃力が不足していることも群像は理解している。

 

 ならば、あらかじめ対策を練っておくのは当然のこと。

 戦線を観測し、逐一状況を把握して、デュアルクレイターの展開する周辺海域に潜んでいた403は、401が攻撃を開始すると同時に浮上し、島影からセイランを順次発艦。同時にデュアルクレイターに向けて全速で向かう。

 そして、セイランによる制空権の制圧を行いながら、401と合流して二隻による連携攻撃で、敵の超兵器を仕留めるつもりだった。403が敵艦隊の攻撃を引き受け、攪乱しつつ、その隙に401が超重力砲で止めを刺す。

 

 最初の奇襲が効果的でなければ、一度艦隊を引き上げて、他の戦線と合流した後に、数の暴力で超兵器を沈める。艦隊の速力は圧倒的に霧の艦隊が上回っているので、追いつかれる心配もない。

 

 予想外だったのは対潜攻撃に使われた爆雷の威力の高さ。だが、403が現れた以上、デュアルクレイターと、その護衛艦隊は彼女を無視することができない。デュアルクレイターは未だに、401から受けた攻撃から立ち直れてはいない。船体の傾斜は何とか復元したが、装甲の再生には時間がかかる。ハリマの演算を補助しているのなら尚更。

 

"セイラン隊に攻撃指示。目標、対潜哨戒機"

 

 ナノマテリアルによって構成されたセイランは大幅な改装を受けており、フロートからジェット推進行い、重力子エンジンの制御で機動を行う。フロート機という航空力学上、不利な機体形状を性能で覆し、無人機ならではの超機動で敵機を翻弄。何世代も先の異邦航空機隊と互角以上に戦い、巴戦や一撃離脱を繰り広げられる性能を持つ。

 

 機首には、この作戦で必要だからと小型レーザー照射器が取り付けられ、敵機の薄い装甲を紙屑のようにボロボロにしていく。

 

 奇襲を受けたヴィンディッヒ航空隊は、散り散りになり、離脱しようにもセイラン航空隊が食い付いて離さない。既にイ401を爆撃する事は叶わなくなっていた。

 

 だが、セイラン航空隊も無事では済まず、多方向から集結した迎撃機に群がられては、一機、また一機と損失していく。

 

 F18やら、トーネードやら、果てはF22やSu37の姿をした戦闘機が襲い掛かり、残りのセイランがUFO機動で回避機動を行う。それでも撃墜されるのは時間の問題だろう。

 

 霧の航空隊といっても、クラインフィールドを展開することができず、装甲も並の航空機程度しかない。多方向から攻撃を受ければ、回避できずに撃墜されるのは目に見えている。しかし、イ401が離脱する時間を稼いだのは大きい。

 

 だが、ここで終わるような403ではない。

 

「機関出力最大。船体を全力でぶん回す」

"Ja Schwester(了解。お姉ちゃん)。ぶん回す"

 

 浮上航行しながら、さらに急加速。

 甲板に展開している対空兵装から光の粒をばらまき、空を埋め尽くす航空機を叩き落とす。

 ミサイル発射管から飛び出した対艦ミサイルが、護衛艦隊を吹っ飛ばし、行動不能に追い込む。

 そのまま舵を切って、ドリフトターンしながら、デュアルクレイターの周囲を旋回し、超兵器を侵蝕魚雷で牽制する。

 この一連の行動は、敵からすれば非常に鬱陶しいこと、この上ない。

 

 とにかく必要最低限の攻撃をクラインフィールドで防ぎ、致命打を近接防御火器で迎撃し、砲撃の合間を縫って華麗に避けるのだ。

 業を煮やした異邦艦隊の攻撃が、403に集中するのも無理はなかった。

 

 イ401の初撃から未だ立ち直れていないデュアルクレイターも、403の侵蝕魚雷を警戒して、必死に迎撃行動をとる。

 回避しようにも巨大な船体を動かすことすら儘ならない。とにかく向かってくる攻撃を撃ち落とすしかない。

 

「クラインフィールド飽和率82%。許容範囲内」

"敵、攻撃の弾道を再計算"

 

 姉のイオナが、概念伝達で無理をしないでと哀願してくるが、403は問題ないと返した。

 船体を覆う強制波動装甲(クラインフィールド)の飽和率が、99%に達したとしても余裕がある。

 そして、飽和率は90%。まだ大丈夫。

 

 ぎりぎりまで時間を稼ぎ、敵からすれば不穏な動きをする401に、再度攻撃しようとしたヴィンディッヒを撃ち落し、急速潜航して攻撃から身を逃れる。

 これ幸いにと対潜攻撃をしようとする異邦艦隊に、牽制として音響魚雷で海中を掻き乱すことも忘れない。

 潜航時に、艦尾発射管からばら撒かれるノイズメーカーのおまけ付き。

 貴重なアクティヴデコイの残りも射出形成。

 

 その間に強制波動装甲に溜まった熱を急速に排出。

 クラインフィールドの飽和率を急速に低下させていく。

 

 もちろん黙ってやられる超兵器ではない。

 甲板に展開する爆雷発射機や垂直ミサイル発射管に対潜ミサイルを装填。

 弾頭には、先に使用された量子兵器が搭載されている。

 

 海上で量子兵器を放てば、至近を鬱陶しく航行する403ごと、自身も沈みかねない。

 だが、海中で起爆する分には、量子兵器の巻き添えに耐えられる。

 

 離れて、何やら展開しようとしている401には、もう一度ヴィンデイッヒ航空隊で攻撃。

 403はデュアルクレイター自身の手で沈め、再び超兵器ハリマの支援を継続。

 "アレ"の起動まで時間を稼げば勝利は確定する。

 

 そう思考し、攻撃の準備を整えていたデュアルクレイターの上を、403の黄色い船体が"飛び越えて"いく。

 太陽の照り返しで、薄い黄色に輝きながら、周囲に水飛沫を撒き散らす光景は、いっそ幻想的であった。

 それと同時に、デュアルクレイターの対潜兵装が慌ててロックされ、迎撃しようにも、どうすれば良いのか判断が付かない。

 

 "潜水艦が空を飛ぶ"など誰が考えようというのか。

 

 それと同時に空間変異を引き起こすほどの、401の超重力砲がデュアルクレイターを捉えたのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「なあ、俺は夢でも見てんのか」

「ドルフィンジャンプ。この前、観察したイルカの真似をしてみたって言ってる」

「それにしても、常識外れにも程があんだろっ!?」

 

 イオナの説明を受け、すかさず突っ込む杏平の言葉。

 群像も顔には出さずとも、内心では杏平と同じ意見だった。

 

 401のブリッジでは、空間モニターに表示された、一瞬でも空を飛ぶ403の姿がありありと映しだされている。

 

 人を乗せた有人艦であるイ401には絶対に真似できないし、発想としても思い浮かばない。

 たとえそれが"403の船体を模したダミー"だったとしても。

 

 原理としては単純で、外見だけを似せた403の"特別製"アクティヴデコイを、海中から海面に向けてミサイルのように射出しただけ。

 予め用意していた特別製のアクティヴデコイの機関を超強化し、フルバーストモードと同じ原理を用いて、デュアルクレイターの上を飛び越えるように調整し、実際に操作して実行に移す。

 外見だけは本物と寸分違わぬ形だが、中身はスカスカで、船舶固定用アームの荷重が下がらないくらい軽い。

 

 他にも色々と細工を施しているが、説明すると長くなるので割愛する。

 

 ヤマトと会っていた時、実際に自分の船体で実行して、イルカのように飛べなかったので、妥協案として用意した方法。

 イルカと同じように船体を飛ばしてみたかったという、403の単純な好奇心から生まれた、戦術でも何でもない無駄な動き。

 それを目撃した402に散々叱られたのも良い思い出だろう。

 総旗艦のひとり、コトノには相変わらず爆笑されたが。

 

 そんな奇想天外な行動を実際に目にして、驚愕しながらも超重力砲の制御を怠らないイ401のクルー達。

 霧と戦い始めてから、僅かな隙は一分一秒でも死に繋がると理解しているが故の行動。

 無意識にコマンドを入力し続けるなど造作もないことだった。

 

 本人たちからすれば、人間が機械の正確さに対抗するため、必死に努力し続けただけなのだが。

 在りし日の海洋技術総合学院の生徒が見れば驚愕を隠せなかっただろう。

 それほど、実戦に即した彼らの行動は早い。

 

「だが、敵が隙を晒したのは事実だ。目標、超巨大揚陸型超兵器」

「射軸誤差修正。最大出力」

「ロックビーム出力正常。いつでもいけぜ、艦長!」

『いくら整備したからって、重力子機関はあまり無茶はさせられないからね。早いとこ決めちゃって』

 

 イオナのサポート。杏平の火器管制。いおりの機関出力制御。

 それらを受けて船体艦首を展開し、超重力砲の発射体制に移行した401。

 発射前の前段階として射線上の海を割り、デュアルクレイターを空間固定するロックビームが照射される。

 

「超重力砲、てぇぇぇッ!!!」

 

 そして、群像の合図とともに照射された重力波が、デュアルクレイターという物質そのものを停止、崩壊させ、分子レベルまで分解。未だ侵蝕魚雷による断面を晒す超兵器の、艦尾から艦首にかけて真っ二つに撃ち貫き、ダメ押しの集中砲火が残った残骸を粉々に粉砕。或いは消滅させていく。

 

「対象、敵超兵器。援護を開始する」

"Feuerschutz(援護する)"

 

 さらに、403と501のコンビによる追撃も加わり、蒼い海に凄まじい轟音を響かせながら、デュアルクレイターは為す術なく消滅した。

 超兵器機関を通しての復活や再構成を懸念して、跡形もなく消し飛ばす為には容赦などなく。過剰ともいえる霧の集中砲火を受けて耐えられる船は存在しない。

 お互いが一撃必殺クラスの兵装を持つゆえに、一度態勢を崩してしまうと、決着も呆気ないものである。

 

「機関音完全停止。敵超兵器、デュアルクレイター撃沈です!」

「よし、残存兵力を掃討して、ヒュウガ達の援護に向かう」

 

 デュアルクレイターから強引に発進したヴィンディッヒ航空隊も電池を切らしたかのように、墜落していき、周辺の異邦艦隊も統制を失ったかのように静まり返る。

 そんな艦隊にイ401とイ403が負けるはずもなく、マラッカ海峡周辺を占有していた異邦艦隊は事実上壊滅した。

 


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