蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza   作:観測者と語り部

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航海日記35 反撃の狼煙

 大戦艦サウスダコタは待っていた。

 

 戦況は霧の艦隊側が有利な状況だったが、南洋諸島殴り込み艦隊の前に新手が現れたことで、状況は変化する。

 

 それは大和型戦艦に酷似した戦艦と、どこか米戦艦の面影を映す新鋭戦艦だけで構成された大艦隊であり、規模も霧の米国・豪州連合艦隊に匹敵。しかも、微弱ながら超兵器反応を有する相手だ。一筋縄ではいかないだろう。

 

 だから、ティモール海を奪回した霧の仏国欧州艦隊を主力とする東洋艦隊は、ティモール海の封鎖に当たらせている。ノイズ交じりの通信だったが、大戦艦ウォースパイト率いる少数精鋭の艦隊も、マラッカ海峡の封鎖に入っているらしい。

 

 霧の太平洋艦隊と勢力を二分する霧の東洋方面艦隊は、南洋諸島の北部を封鎖。残存艦隊の掃討にあたっている。懸念されていた南シナ海に展開する異邦艦隊も、噂の人間が率いる霧の潜水艦たちが何とかするらしい。

 

 ならば、バンダ海とアラフラ海を挟んで展開する異邦艦隊と、霧の南洋諸島殴り込み艦隊による決戦によって、大海戦の行く末が決まるだろう。サウスダコタはそう考える。

 

 互いに規模も同等だが、圧倒的な物量を誇る異邦艦隊と、オーバースペックによる性能差で数の差を覆す霧の艦隊。負ければ不利に陥るのは霧の艦隊だ。再び元の艦隊に再建するまで、多少の時間を要するし、備蓄しているナノマテリアルの数だって無限ではない。一方で、向こうは転移によって侵略してくる艦隊。その数は無限に等しく底が知れない。

 

 プリンス・オブ・ウェールズが敗北してから、何日もかけて艦隊の動きを調整し、同時多発的に仕掛けた艦隊決戦。人間とは違い休みなしに動ける霧の艦隊だからこそ、連戦に耐えられるだけの作戦行動を行えている。

 

 特に大戦艦アイオワ率いる太平洋艦隊から派遣された、この南洋諸島殴り込み艦隊は、数日かけて数千kmもの距離を全速力で突破してきている。時には旗艦装備の一つである転移装置で中継ぎして距離を短縮。さらに大規模な補給を何度も行いながら、敵艦隊と泊地や飛行場といった拠点を潰しまくってきた。当然、艦隊の規模も他とは桁違いである。

 

 遥か後方の珊瑚海にも予備の艦隊は控えているが、ここで負けると、後の作戦行動に支障を来すのは確実だった。

 

 だからこそ、敵の異邦艦隊も各個撃破を行わずに、万全の態勢で待ち構えていたのだろう。態勢の整わない内に、他の海域に存在する霧の艦隊を追撃しても、悠々と逃げられる。時間を稼がれる。異邦艦隊は速度性能で劣っている以上、向かってくる相手を叩き潰すしかない。

 

 霧の艦隊も援軍を待ちたいところだが、向こうは何らかの方法で戦力を増強している。手に負えなくなる前に元凶を潰さなければ、物量差で押しつぶされる。時間は異邦艦隊に味方している。

 

 だから、サウスダコタは油断なく補給と簡易整備を行い、艦隊の準備が整え終わるのを待っていたのだ。ついでにジャミングは解除させた。既に超兵器のモノと思われるノイズは急速に低下してきており、これ以上自分たちの首を絞める真似をする必要もなかった。

 

 敵艦隊との距離は、ヤムデナ島とアルー諸島を挟んで約500km。全速で突撃すれば約三時間で、互いの射程圏内に入り、艦隊決戦が否応なしに始まる。

 

"サーゴより艦隊旗艦へ。敵打撃艦隊に動きあり。繰り返す敵打撃艦隊に動きあり"

「うむ、よくやった。貴様はすぐに下がって、艦隊に合流しろ」

"了解"

 

 本当なら黒の艦隊や蒼き鋼の率いる遊撃艦隊の到着を待ちたかったが、どうやらそれも終わりのようだ。

 

 哨戒に出していた潜水艦を下がらせたサウスダコタは、閉じていた瞼を開くと、己の躯体を通して周辺の景色を見渡す。もうすぐ夜明けとなり、太陽が大海原を照らすだろう。

 

 これから鋼鉄(くろがね)を溶かし、粉砕し、蒼海を火で染め上げるというのに、なんとも乙なものだと思う。とても争いが起きるとは思えない穏やかな海だけに。

 

「インディアナ。艦隊の状況は」

「途中で脱落した駆逐艦や軽巡洋艦を除けば、戦力は80%程度ってところ。もちろん、補給と整備も済んでるから各種兵装、機関出力共に問題なし。強制波動装甲も真新しいナノマテリアルに再構成済み。いつでもいけるよ。サウスダコタ姉さん」

 

 どこかふざけた様な態度が抜けたサウスダコタの様子に、姉妹艦のインディアナが真面目に答える。

 いつも茶々をいれる筈の大戦艦ワシントンも大人しい。誰もが、この一戦に激戦の予感を感じている様子だった。

 モンタナタイプと大和タイプの二つに分けられる、量産型と思われる超兵器戦艦群。その数は、合わせて50隻以上。二つの島の向こう側で、まだ増え続けている反応も見せている。

 

 こうして待ち構えている状況から判断して、相手の性能は、こちらよりも下回っている可能性が高いと思われるが、油断は禁物だった。

 

 乱戦になれば真っ先に脱落するのは駆逐艦連中である。いくらクラインフィールドが無敵に近い防御性能を持つといっても、無効化できるエネルギーには限りがある。ほんの些細な演算ミスが撃沈につながるのだ。それどころか、コアの損失まで達したら、艦隊を預かったサウスダコタは、己の総旗艦であるアイオワに合わせる顔がなくなってしまう。

 

 あのメンタルモデルはコアの損失を極端に嫌う。演算力の源であり、霧の艦隊の本体ともいえるコアを失うことは、人間にとっての死と同義だ。たとえ人格を含めたプログラムを再構築しても、それは同じ姿をした別人なのだから。

 

「いくぞ、各艦戦闘配備。これより我が艦隊は、全戦力を持って異邦艦隊に決戦を挑む! 諸君らの活躍に期待する! 我らに勝利を!!」

「「「「「我らに勝利を!!」」」」」

 

 最初に仕掛けたのは霧の艦隊側だった。

 

 まず、クラインフィールドの性能が高い大戦艦や重巡洋艦を正面に展開。敵の艦隊に対する防御力を高めると同時に、艦首超重力砲による火力を最大限に発揮する。これが第一艦隊である。

 

 陣形や戦略を学んで日が浅い南洋諸島殴り込み艦隊だが、超重力砲を使う戦艦や重巡洋艦は自然と単横陣を組む形となり、その遥か後方に強襲海域制圧艦による援護艦隊が控えている。これが第二艦隊であり、要請が有り次第、後方から侵蝕ミサイルを雨霰のように降らせるだろう。

 

 さらに強襲海域制圧艦は火力支援を届かせるために、広域な索敵範囲を持ち、取得できる情報精度も密度が高い。したがって精密な誘導による火力投射を可能とする。場合によっては艦隊のミサイル管制を一手に引き受けることも可能だ。

 

 それ故に主砲を初めとした近距離での殴り合いは苦手とする。ミサイルの全力火力投射と、着弾までの精密誘導中は特に隙だらけになるし。演算能力を攻撃に充てれば、当然索敵能力も下がってしまうからだ。駆逐艦や軽巡洋艦による補助は必須だった。

 

 今回は戦艦主体の打撃群が相手になることもあって、補助艦艇は全て第二艦隊に回されている。下手に正面に展開させると、撃ち合いで轟沈しかねない。ならば、強襲海域制圧艦の管制に入って、ミサイルによる援護射撃をさせたほうが良いとサウスダコタは判断した。

 

 ついでにレキシントンも下がらせた。さすがに戦艦同士の殴り合いに、空母である強襲海域制圧艦を参加させる訳にはいかない。

 

 第二艦隊の総指揮をとるのはレキシントン級の二番艦サラトガ。物静かで、冷静沈着な彼女なら適任だろう。他の連中はどいつも、こいつも濃い連中だから仕方がない。特に戦艦に未練があるレキシントンの手綱を完璧に握れるのはサラトガだけだ。

 

 他に潜水艦隊で構成された第三艦隊が存在するが数は少ない。潜水艦隊連中の大半が、太平洋と大西洋の警戒任務に就いているからだ。数隻では50隻近い量産型超兵器戦艦群の足止めにもならない。

 

 よって第三艦隊は味方の救出や斥候などの偵察任務が限界だった。下手に手を出すと、大量の対潜攻撃で返り討ちにされる。

 

「シスター・サラから報告。敵の艦影をレーダーが捉えたそうです。距離は約300km」

「よし、第二艦隊に攻撃命令を出せ。先制攻撃と飽和攻撃で一気に片を付ける。それで駄目なら接近して超重力砲で薙ぎ払う」

 

 僚艦からの報告に、サウスダコタは命令を下す。

 

 これまで南洋殴り込み艦隊に勝利を与えてきた基本戦術だ。常に遠距離から一方的に攻撃し、残存艦艇を超重力砲で薙ぎ払い。それでも残った艦隊は輪形陣による分厚い防御を展開しながら数の暴力で捻り潰す。単純にして強力な殲滅攻撃。

 

 概念伝達を通して第二艦隊から侵蝕ミサイルの発射報告が行われる。この程度の距離なら、電波妨害でもさして影響はない。

 

 やがて、サウスダコタを中心とした第一艦隊の頭上を大量のミサイルが突き抜けていく。ある程度の管制誘導を受けたミサイルは、敵の一定範囲内に近づくと独自の機動プログラムに従って動き出すだろう。人類との大海戦によって、近接防御兵装による迎撃を受けた経験から、ミサイルの制御プログラムは徐々に改良されている。

 

 もちろん異邦艦隊の超兵器を中心とした迎撃網に、ある程度は撃ち落とされるだろう。しかし、相手の出鼻を挫くという意味では、これ以上ないほどに有効な攻撃手段の一つだった。

 

「着弾かくっ――転移反応!」

「なにっ!? こんな時にか!?」

 

 これまでは。

 

 大戦艦を中心とする第一艦隊の目の前で、空間が揺らぎ始めたかと思うと、中から超兵器反応を有する戦艦が飛び出してくる。

 大和級とモンタナ級を模した超戦艦級の化け物。それが全速力で何隻も向ってくるのだ。前面の第一、第二主砲が火を噴き、空を焼き尽くすような爆炎が噴射される。46cm主砲と16インチ主砲の砲弾が霧の艦隊に降り注ぐ。

 

「狼狽えるな! 敵は我々よりも格下の相手。恐れずに反撃し、防御に徹しろ! 被害を最小限に食い止めるのだ!」

「でも、サウスダコタ姉さん。このままじゃ……」

 

 サウスダコタが即座に号令を下し、艦隊は敵に対する防御に努めるも、急な事態に対する混乱は必須だった。何せ遠く離れた敵艦隊が、いきなり懐に飛び込んで来るなど想定外にも程がある。アウトレンジと密集陣形による火力と防御力の集中は、乱戦に持ち込まれたことで無効化されたのだ。

 

 歪んだ空間から次々と転移してきてはこちらに突撃を加える量産型超兵器戦艦の群れ。たとえ一隻が主砲の荷電粒子砲や侵蝕魚雷による集中砲火で轟沈しても、別の一隻が残骸を乗り越えるように突き進んでくる。それどころか仲間を盾にして攻撃を防ぐのだから性質が悪い。

 

 しかも、主砲射撃サイクルが異常に早い。何十秒も掛かる装填速度を数秒で済まし、何度も何度もクラインフィールドに撃ち付けて確実に飽和させてくる。連続して無数に降り注ぐ大小様々な砲弾。この近距離で避けることは難しい。迎撃しようにも、こうも混乱が続いては効率的な防御など不可能だった。

 

 相手は既に目と鼻の先どころか、懐に飛び込んで来ているのだ。どこを見渡しても、攻撃を受けて燃え盛る超戦艦の群れだ。こちらに向けて火を噴く敵の主砲。沈めても次の敵が向かってくる。

 

 敵の異邦艦隊と距離を詰めるために、艦隊速度を出していたのも拙かった。互いの相対速度が速すぎて、離脱する間もなく接敵する。下手に転舵しようものなら、敵味方で衝突事故を起こしかねない。

 

『サウスダコタ。いったい何があったのですか!? 急に敵性反応がそちらに……っ』

「サラトガ! 急ぎ艦隊を纏めて、後方の支援艦隊まで離脱しろ! 我々に構うな!!」

『でもっ――』

「サウスダコタ姉さん! 重巡キャンベラとアストリアが持たない!!」

「くっ……おのれ」

 

 すでに状況は最悪に近い。第二艦隊が支援を行う旨を伝えてくるが、急ぎ離脱させる。第一艦隊と第二艦隊の距離は、水平線の向こうまで離れているが、敵がどの程度まで転移してくるのか分からない。第一艦隊と同じように乱戦に持ち込まれれば、空母を主体とする第二艦隊は甚大な被害を被ってしまう。

 

(どうする……どうするべきなんだ……?)

 

 初めて経験する苦戦、突発的な事態。追い詰められていく艦隊。それらの状況がサウスダコタの思考を追い詰める。そこに、さらなる追い討ちが掛かろうとしていた。

 

「前方から熱源反応接近! 転移空間越しからミサイル攻撃!?」

「ッ……サウスダコタ!!」

 

 部下からの報告にハッとして迎撃を開始するサウスダコタ。彼女を庇うように前に進み出るワシントン。必死に迎撃の指揮を執るインディアナ。味方の後退を支援するノースカロライナ。それぞれの大戦艦たちの奮闘を焼き尽くすかのように、空が極大の閃光と熱線で染め上げられ。

 

 その日、突撃した異邦艦隊ごと第一艦隊は壊滅した。

 




Q目の前にいきなり特殊弾頭ミサイルVLS2(港湾都市が一発で吹っ飛ぶ戦術核レベルの威力)が数百発も現れて起爆したらどうなりますか?

A為す術なく死にます。作戦…失敗……みたいな?

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