蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza 作:観測者と語り部
重力波によって崩壊したストレインジデルタの内部から出現した超兵器。大陸を焼き払うと云われる超巨大戦艦ヴォルケンクラッツァー。ヤマト、コトノから受け取ったデータが確かなら、まともに戦えば勝ち目はない。
何故なら超重力砲に匹敵する波動砲という兵器を艦首に備えており、その威力は大戦艦級の超重力砲を軽く凌駕する。超兵器クラスの巨大さも相まって、最大出力で放てば日本列島程度など南北に分断できるほど。
つまり通常出力であっても、射線上のターゲットは消滅する。そしてクラインフィールドでは防げない。防ぐには
波動砲は艦首正面にしか撃てなそうだが、そんなもの気休めにもならない。それは近接戦闘による至近での砲撃戦を展開した場合のみだからだ。大抵はヴォルケンクラッツァーが水平線の向こう側から波動砲を撃つだけで事足りる。しかも、発射までのエネルギー充填時間は数秒。使用制限は存在せず、砲身耐久は無限に等しいオーバーテクノロジー。
つまり、
海に潜る潜水艦は対象外かもしれないが、霧の艦隊のように水中に波動砲を撃てないとも限らない。あるいは、その威力の余波だけで沈められる可能性もある。損傷した403が離脱を判断するのも当然といえた。
だが、異邦より現れた船は違った。
"お姉ちゃん。ドリル戦艦が……"
答える余裕が余りないほど消耗した403は、501の声に反応し、残された観測用の潜水艇を通して、ドリル戦艦の姿を見つめた。
半壊したドリル戦艦は403の離脱を援護するように、究極超兵器の前に立ちふさがっていた。通信装置にアクセスしてみても応答はなく、そもそも人が乗っているのかどうかさえ怪しい。生体反応がないのだ。それでもドリル戦艦は超兵器と戦う意思を捨てない。ただ、艦橋周りの探照灯が逃げろとでもいうように、403に向けて発光信号を送り続けていた。
艤装や兵装の半分は粉砕されているのが、ストレインジデルタとの衝突と迎撃の凄まじさを物語っている。実弾、エネルギー兵器の殆どを無効化する防御重力場と電磁防壁を展開してなお、あれほどの損傷を受けている。ただ、艦首の巨大なドリルだけが無傷だ。
ドリル戦艦は速力を急速に上昇させると、荒くなってきた波をかき分けて超兵器に急速接近。波動砲の脅威を知っているのか、超兵器の背後に回り込むように移動。そのまま残った小型砲塔レールガンや超怪力線を発射する。その凄まじい連射速度は相変わらず。
それを受け止めるヴォルケンクラッツァーは動き出す気配すらなかった。それどころか向かってくる56cmクラスのレールガン弾頭を弾き、超怪力線をあらぬ方向に捻じ曲げてしまう。それだけで展開している防壁が、桁違いだということを認識させられる。ストレインジデルタの出力を軽く超えている。
そして超兵器の艦首甲板に備えられた隔壁が左右に開くと、格納されていた戦艦並みの巨大さを誇る長身の砲が迫り上る。あれが、波動……
「――ッ」
"ああっ!"
その瞬間の光景を403と501は忘れないだろう。人間だったら何が起きたのか分からなくて唖然したかもしれない。
"島が一つ消えていた"
ヴォルケンクラッツァーの艦首砲から黒い紫電が迸ったかと思うと、次の瞬間には目の前にあった島が、真っ黒に広がる球に飲み込まれて消えていた。黒い闇とでも称すべきそれは、触れたものを消し飛ばしたというより、呑み込んだとでも言うべきだろうか。
無意識にそれを分析する403のコアは観測したデータによって、ほんの一瞬、大気の変動と海流の変化を感知。それが意味するべきことは。
"超、重力砲……?"
ヴォルケンクラッツァーの艦首砲は重力兵器であるということだ。
501の呟き。それを肯定するかのように403も頷いて同意。しかも、霧の艦隊の重力兵器よりよほど性質が悪く凶悪な兵器だった。
そもそも霧の重力兵器である侵蝕魚雷や超重力砲は、対象に向けて重力波をぶつける事で、周辺の空間を侵蝕し、物質の構成因子の活動を停止・崩壊させるのみ。しかし、超兵器側の重力兵器は、明らかに周辺物質をまとめて吸収しながら消滅させており、もはやブラックホールといっても過言ではない。
あんなものが至近距離で着弾すれば海水や大気もろとも船体が吸い込まれて、物理的に消滅させられてしまうだろう。クラインフィールドで防ぐなど考えてもいけない。戦艦だろうが、潜水艦だろうが、文字通り消し飛ぶ。
超兵器の重力兵器は、それ程までに威力が桁違いだった。
ヴォルケンクラッツァーは相変わらず微動だにしない。そもそも、こちらを狙ったかどうかさえ怪しい。ただ主砲の試射を何となく済ませたようにも感じる。本格稼働すれば、どのようになるのか想像したくもない。
それでもドリル戦艦の背中に後退の二文字は存在しなかった。
全速力でヴォルケンクラッツァーの側面を駆け抜けると、両舷で高速回転するデュアルソーが超兵器の右側に傷を残す。本来なら装甲を切り裂いて、浸水させるほどの一撃。しかし、超兵器の巨大さの前では、かすり傷程度でしかない。
そのままヴォルケンクラッツァーの背後に回り込んだドリル戦艦は、勢いをそのままに急速回頭すると、艦首ドリルで超兵器の艦尾側に追突。機関出力を最大まで上昇させて、超兵器の外郭に風穴開けんと、ひたすらに突き進む。至近距離でCIWSを含めた全火力を浴びせることも忘れない。
放たれた砲弾が、今度は逸れることもなく後部甲板や塔のような艦橋で爆発。超怪力線も超兵器の装甲を焼く。しかし、それだけだ。展開される防壁をすり抜けて直撃しているのに、ヴォルケンクラッツァーはびくともしない。
ただ、ドリルだけが超兵器の装甲を穿ち、砕き、粉砕していく。徐々に貫通していくドリル。
そして、ドリル戦艦にできたのはそこまでだった。
突如、艦橋を挟んで、前部甲板と後部甲板に供えられた光学兵器が緑の光を帯びた。かと思うと、そこから十六条の光が伸び、ドリル戦艦に向けてねじ曲がる。次々と着弾する十六条の光を、ドリル戦艦は電磁防壁で拡散しきれない。幾つかの破壊の光が船体を貫通していく。
追い打ちで、ヴォルケンクラッツァーの艦橋周囲に展開する巨大な主砲が火を噴き至近距離で着弾。ドリル戦艦は防御重力場でいくつか逸らすが、直撃した砲弾は凄まじい爆発力で船体を粉砕する。
止めといわんばかりに、後部の光学兵器が青いエネルギーを収束させたかと思うと、同じ色の閃光がドリル戦艦の船体を飲み込んでいた。電磁防壁を無効化し、貫通するεレーザーによる一撃だった。
それがドリル戦艦に耐えられた最後の攻撃であり、全体が見るも無残に溶解し、各所で火を噴きあげた船体が、爆発しながら沈んでいく。デュアルソーは溶けて金属の液体を海にたらし、折れ曲がった艦首のドリルが回転することは二度とない。
それでも艦首の二連装80cm主砲だけは、最後まで超兵器を睨み続けていた。船体は鳴き声のような破砕音と悲鳴を上げながら沈んでいく。そして超兵器を睨み続けながら、ドリル戦艦は海の底に姿を消した。艦内の空気とともに浮かび上がる油や残骸が、空しさを感じさせる。
"お姉ちゃん……"
「………」
意気消沈する501の声に、403は答えない。答えるだけの余裕がないのもそうだが、この状況では何もできないというのが正解だった。ストレインジデルタとの戦闘で、主兵装の侵蝕魚雷は残弾ゼロ。各所の損傷は船体の機能低下を引き起こし、索敵能力を著しく低下させている。
そんな潜水艦など居ても邪魔なだけだった。
ドリル戦艦は最後まで戦った。403を逃がすため、超兵器に立ち向かうため。その雄姿を403は決して忘れはしない。
「……っ」
何故か無性に悲しくかった。悔しかった。何もできない自分もそうだが、目の前で味方が沈められるのは、彼女の
403の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。彼女はそれに気づかない。
今は逃げ続けるしかない。そもそも逃げ切れるんだろうか。403の速力は依然として80kt以上だが、そんなものヴォルケンクラッツァーの重力砲の前では、無意味に等しい。どれだけ距離を稼いでも、あれが放たれれば、その瞬間に403の運命は決まる。
それでも、ここで沈むわけにはいかないのだ。この身には"彼女たち"の……
"お姉ちゃん。超兵器が動き出した!"
501の言う通り、パッシヴソナーを通して超兵器の機関音が艦内に響き渡る。徐々に唸りをあげて稼働するヴォルケンクラッツァーのエンジン。その出力が上昇し、観測用の潜水艇が超兵器に搭載された光り輝く光学兵器の稼働を映像で知らせてくる。艦橋周りの主砲が動作チェックを行い、ミサイルを格納するVLSのハッチが開いて発射準備を完了する。最後に船体全域に何らかの力場が展開されるのを、各種映像分析で確認する。
そして再び稼働し始める重力砲を見て、403は嫌な予感を感じ――
「
501の必死な叫び声と、自身の躯体が誰かに引っ張られる感覚を感じて、403の意識はそこで途切れた。
ストレインジデルタは内部で再建造された超兵器を解き放った。
なんと、ヴォルケンクラッツァー1が現れた。
ヴォルケンクラッツァー1はあくびをしている。
なんと、島が消し飛んでしまった。
ドリル戦艦タイマンの攻撃。ヴォルケンクラッツァー1に9999の継続ダメージ。
ヴォルケンクラッツァーは眠いので目を擦っている。
ヴォルケンクラッツァー1の寝言。99999のダメージ。ドリル戦艦は沈んでしまった。
ヴォルケンクラッツァー1はすっきりとした目覚めを迎えた。
ヴォルケンクラッツァー1は背筋を伸ばした。イ号403に対する攻撃の正体が掴めない。
イ号403は気絶してしまった。