蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza 作:観測者と語り部
コトノは交渉に向かう群像を見送ったあと、これからの行く末を考えていた。
人類に対して霧から人道支援を行っているものの、まだまだ人類の霧に対する遺恨は深いのだ。一部の協力的な国や政治的派閥、軍閥などには秘密裏に抑制システムを組み込んだうえで、扱いやすい異邦艦隊と同等の兵器や戦力の提供を行っている。しかし、人類と霧が手を取り合って戦うには、まだまだ時間が掛かりそうだった。
こちらには時間があまり残されていないというのに。
南洋諸島や南太平洋で起こった戦いは、あくまでも牽制にすぎないのだ。相手からすればこちらの戦闘能力の観察。現状における霧の戦力の偵察を目的としていたに過ぎない。それが終わった以上。本格的な侵攻が、もうすぐはじまるのだと霧の各艦隊は結論付けている。
(……拙いわね)
現状は単純に戦力が足りなかった。
向こうは無限大の戦力を保有してるのに、こっちは有限の戦力だ。一度に出せる艦船の数も決まっていて、それも徐々に消耗しつつある。武器弾薬は問題ないが、それを搭載する艦船をコントロールするコアが足りない。メンタルモデルも、意志を持つユニオンコアも、何もかもが足りない。
しかも、戦力を抽出するには海域を封鎖するために艦隊を増派するという建前が必要で、戦力を自由に動かすことができないのだ。配置する必要のない場所にまで、封鎖のために戦力を奪われている。
南洋諸島作戦で東洋艦隊の一部を、南太平洋での作戦で太平洋艦隊の主力のひとつを失ったのが痛すぎた。大戦艦クラスが一度に五隻だ。再建には大きな時間を要するだろう。
少なくとも戦線に復帰する頃には後半戦に移行している。それくらい異邦艦隊の出方が早い。相手が出現する兆候が世界中で強まっている。
長期戦に移行すれば、移行するほど不利なのだ。元より短期決戦しかないのかもしれないが、それには大きなリスクを伴う。一度に全てを失いかねないほどの博打だ。失敗すれば世界が滅ぶ。
だが、それしかないのであれば、コトノは迷わず選ぶだろう。ヤマトも、翔像も、ムサシも同じく選ぶ。
例外処理を用いた一時的な海域封鎖の解除と、限定的な全戦力の投入という大博打を。
その為にもがら空きになった国を守るための人類の戦力が必要だった。自分の国を自分で守るための軍隊。霧によって滅ぼされ、霧を打ち滅ぼすための人類戦力の全てを防衛に費やしてもらわなければならないのだ。その為にも、一時的でも構わないから霧と人類の信頼関係が大いに必要とされている。
勝機はある。向こうが転移してくるための穴。"ゲート"を塞いでやればいい。その場所も既に分かっている。あとは準備だけ。
(あとは、あの子の目覚めを待つだけね)
人類との交渉は少しずつ進展していっている。この際、利用しあう関係でも構わないから、彼らには立ち上がってもらうとしよう。
◇ ◇ ◇
霧と人類との停戦が合意されてから、その関係性は激変していた。少なくとも民間において、霧の艦隊に対する感情は変わりつつある。
食う物にも困る生活。人が"物"として廃棄されるかもしれない恐怖。明日にでも、恐るべき敵が襲撃してくるかもしれない怯え。
それらから解放されつつある民衆は、安定し始めた生活に少なからず安堵の気持ちを覚えていた。メディアによるイメージアップ放送も大きい。
特に日本を初めとする海洋国家は、給糧艦や強襲海域制圧艦による膨大な海洋資源の輸送によって、食料と燃料問題を一時的に解決しつつある。長距離輸送が必要な陸路を使わずに港から直接搬入できるので、国民に対する分配も早い。食卓が魚介類ばかりになるという問題はあるが、些末である。
腹が満たされれば人々は自然と笑う。身寄りのない子供が炊き出しを受け取って、笑っているのがいい証拠だ。
霧という災害に対する怯えと恐怖はあるが、台風のように直撃しなければ怖くない。それよりも身近な人間のほうが恐ろしい。
欧州の内戦がいい証拠だ。小健状態だが、一度火がつけば再び凄惨な殺し合いに発展するだろうから。
だからこそ、同じ人間は油断ならないと、霧の艦隊を通して会談の場を設けているというのは、なんとも皮肉なものだと上陰次官は薄く笑った。
民衆よりも、軍部のほうが霧という脅威を知っている分、憎しみも大きい。そして、それに属するものも。今や霧に近づく自分も例外ではないのだから。油断すれば霧を憎む人間から謀殺されるかもしれない
目の前には千早群像という少年がいて、一部の者からは霧の艦隊に寝返った裏切り者と噂されている。霧の艦隊に封鎖された世界を、打破しようとした功績よりも、一般ではそちらの認識のほうが大きい。父親の裏切りに等しい行為の影響だろう。
そして陰では反攻作戦や対抗手段の準備を備えつつも、急速に霧に接近して、彼女たちと交渉の場を設けようとする上陰次官の一派も一部では裏切り者扱いされている。
北良寛が反対勢力の筆頭となって、それら過激派を抑えていてはいるものの、きっかけさえあれば派閥争いは激化し、内乱となって爆発するだろう。
それらに対する暗殺への備えから、マミヤ艦上で二人は会談の場を設けている。少なくとも霧の艦の艦上なら狙撃を受ける心配もない。狙撃銃でクラインフィールドは突破できない。爆破も無理。潜入もあらゆるセンサーが阻む。防諜防暗対策にはうってつけというわけだ。
人と交流用の艦といっても、彼女も霧の艦隊で、メンタルモデルを持つ船なのだから。
そして、上陰はそんな場所で、群像から南洋諸島や豪州海域付近での戦闘と、その顛末の報告を受けている真っ最中であった。
「データは見せてもらった。異世界から現れる異邦艦隊の戦闘能力。確かに脅威だろう。霧よりも遥かに攻勢に積極的な分、人類に対する脅威も大きい」
各種データや報告書が記された書類に目を通しながらも、上陰次官の浮かべる表情は明るくない。そこには少なくない疲労の色があった。
「だが、我々の中には、この状況を利用して霧を排除しようという動きもある。奴らの技術を手に入れ、自分たちの手で状況をひっくり返そうとする夢想家たちだ。未だに人類は一丸となれていない。各国でも似たような動きがあるそうだ。日本の派閥だけでも、素直に支援を迎合する者。表向きは協力姿勢でも、裏では策略を巡らしている者。裏から、或いは、表だって対立姿勢を示す者と様々だ」
上陰次官の説明を黙って聞く、群像の顔は真剣そのものだ。彼はずっと未来を見据えている。だから、この状況を聞いても人類に絶望したりいはしない。
人類も霧も、まだ始まったばかりなのだから。
「このマミヤに対する爆弾テロも未然に防げたとはいえ起きかけた。それだけ霧の対する一部の人間の不信感と恐れは強いということ。かく言う私も、水面下で霧が裏切った時の対処方を用意している。それが政治家というものだからな」
問題はまだまだ多い。上陰次官の説明は続く。
「現に南洋諸島を初めとする海域は大荒れだ。重力子兵器による海域の汚染は深刻で、今も続いている。致し方ないとはいえ、インドネシアやマレーシアの連中は、故郷の凄惨たる有様に怒りや不満を隠さないだろう。たとえ海に沈みゆく島だったとしても、彼らにとっては長年続いた故郷なのだから。もちろん、我々の住む日本列島も例外ではない」
おかげで南洋諸島では再び霧を排除しようと、激情に燃えている民衆が多くいるという。
そこで上陰次官は改めて、群像をみた。理想を信じ、現実を見据えて進み続ける青年の目を。
「千早群像。それでもキミは人類と霧との理想を掲げて進み続けるのか? 彼らとともに歩んでいけると?」
そう問いかける上陰次官に対し、群像は一歩も引かなかった。
「人類は追い詰められている。霧の艦隊の脅威だけじゃない。ここ数年から急速に進んでいる地球温暖化。少しずつ水没していく地域。失われていく生活空間。今回の異邦艦隊による南洋海域の侵略。それに対して人類が行った事といえば、物同然の人間の廃棄と互いの殺し合いによる領土の奪い合い。そこに存在する限りある資源を巡って争いは終わらない」
どこかで、誰かが、この状況を切り開く必要がある。その為の鍵を持っているのが霧の艦隊だと彼は言う。
彼らと手を取り合い、そのオーバーテクノロジーを使って、この困難を打開することも夢じゃない、と。
現にイオウトウやハシラジマではテラフォーミングじみた大改装で、元の地形から随分と様変わりした。霧の艦隊の協力が得られれば、人類は再び安寧を取り戻すことも夢じゃない。飢えに苦しむ人々が、少しずつ救われていったように。
「それに可能性はまだまだ残されている。この海に沈みゆく星でも、可能性に満ち溢れている。俺はその為の扉を、鍵を使ってこじ開けたい。未来はまだまだ、繋がっているのだと示したい。」
群像は語り続ける。己の中の理想を。協力者となっている力を持つ人間の一人に。
「人が世界中の大陸を切り開いて行ったように。限りある土地しかないというのであれば、無限に等しい土地を求めればいい」
「キミは宇宙にでも進出して、人類の生存圏を開拓でもするつもりかね?」
「もちろん、それに沈んだ場所にだって資源はある。残された我々には、まだできることがあります。なら、俺はそれを使って状況を打破し続ける。この命が続く限り」
彼の理想は、まだまだ続いていく。道はヒュウガが示してくれた。背中はコトノが後押ししてくれた。ならば、自分はそれをつないでいくだけだ。
群像の構想する戦後のテラフォーミング計画。霧と人とが結ばれた世界で、新たに示される人類の可能性のひとつだった。
戦時だけでなく、戦後を見据えた行動のための会議と交渉。相談。既にイタリアでは大半の人間と霧が友好的な関係を築きつつあり、それに伴って大幅な戦力の提供を受けているともいる。二度と超兵器の侵略を受けないように、沿岸部を徹底的に固めているそうだ。
日本も比較的に霧に近い立場を取り始めている。イ号401と行動を共にした翔像や、蒼き鋼である群像率いるチームという。霧と共に歩んだものが、比較的傍にいる影響が大きい故だ。
それに焦ったアメリカやロシア、中国などの大国。他の欧州各国なども、徐々に霧に接近しつつあるが、進捗は少しよろしくない。特に欧州は霧の海上封鎖で内戦に発展した経緯を持つ国々が多い。霧に対する感情も様々で、意志統一に時間がかかるのだろう。そして、それが普通だった。
あまりにも霧に友好的過ぎるイタリアと地中海封鎖艦隊の関係がおかしいだけである。
だが、もしも、霧と人が結ばれれば、互いにとって大きな飛躍になるのかもしれない。
群像はそんな未来のためにも、人と霧を結ぶ人間の代表として動き続けた。時には首相を通して、各国に呼びかけたこともあった。
それらが身を結ぶのはもう少し後のことである。
◇ ◇ ◇
目の前を慌ただしく人間たちが動いていく。
大切な大切な、自分がお父様と呼び慕う人の部下たちは、ムサシの艦橋で続くであろう戦闘に備えて、準備と訓練を進めている。
彼らは優秀で、霧にはない"経験"で、自分よりも"自分"の能力を上手く使う。そこから導き出される戦果は圧倒的といっていい。スペックで勝っているのなら、人類に負けはない。それが、同じ人類あれ、霧の艦隊であれ。
真っ白な雪色の船体の上で、純白を周囲に散らしながら、白のムサシは静かに自分の艦隊を、海を、世界を見据えている。
「"あの子"はどちらにつくのかしら。お父様が率いるわたしか。もう一人の"ヤマト"が率いるお姉様か」
彼女は弾道ミサイルの終末誘導を引き受けられる程の403の処理能力を見て、彼女の正体を確信した。彼女がどちらに付くかで、今後の展望は変わっていくのだと。できれば一度二人っきりで話してみたいと思う。
"ゲート"が開くまでの間は、休戦協定を結んでいる。だから、仲良くもする。それが終われば……世界は変わる。
千早翔像とムサシが変える。
ゾルダンたちのような人間が二度と生まれないような理想の世界に変えてみせる。
だから、その前に話してみたい。
「ふふ、会えるのを楽しみにしているわ。ねぇ、……?」
小さく彼女の本当の名前を呼ぶ。それは誰にも聞かれなかったようだが、気にすることはない。
もうすぐ大切なお父様と、これからの相談の時間だ。無粋な超兵器群には消えてもらおう。道を阻むものは誰であろうと許さない。
ムサシは既に未来を見据え、その行く末を決めているのだから。
14巻のおかげでモチベーションが上昇中。