蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza 作:観測者と語り部
「報告。総旗艦艦隊直属・潜水艦隊四番艦。イ号403。第一巡航艦隊に一時着任」
金剛型戦艦一番艦。大戦艦『金剛』の右舷に隣接した潜水艦イ号403。
その甲板の上で艦隊指揮官である自分を見上げながら、淡々と着任の挨拶を述べる403の姿に問題はないとコンゴウは判断した。
そう、一見すれば問題はない。
イ号姉妹に共通する見開かれた瞳。
人形のように無表情な顔。淡々と告げられる声。
その全ての動作において、彼女に問題はない。403は己のハイスペックな性能を駆使して任務を遂行できる筈なのだ。
「北極海からの長旅、ご苦労だった403。別命あるまで現状を維持し、お前の広大な探知能力を駆使して海域の監視に当たれ」
「命令を承諾。特別対象が発見されるまで、第一巡洋艦隊の補助に回る」
少なくともその筈だとコンゴウは思いたい。
大戦艦『金剛』から距離を遠ざかり、イ号潜水艦独自の装備を展開して情報収集・海域監視にあたる403。
空に浮かんだ二対のレーダーが薄い膜のようなパラボナアンテナを広げ、数々の霧の艦の中でも最高の探知能力を発揮し始める。
こうして見ているだけでも信じられないと思う。
端から見れば完璧に仕事をこなす少女が蟹の群れを追いかけて迷子になるなど。
あまつさえ、ナガトの分遣艦隊の戦闘に巻き込まれるなど。
そんな娘が自分と同じ霧だと思うと頭痛がするコンゴウだった。
「面倒くさい……」
金剛の艦橋の頂上に座り込み、独特な黒いドレスを風にはためかせながら、コンゴウは静かに呟いた。
何せ自分の指揮する第一巡洋艦隊は、いわゆるイロモノが多すぎるのだ。
重巡タカオは無駄にプライドが高いし、同じくマヤは暇があれば艦隊に音楽と歌を聞かせる。
同じ金剛型のヒエイは生徒会という形式に拘り、ハルナは人間の言葉集めが趣味で、外套がなければすぐへたれる。
大戦艦キリシマと重巡アシガラに至っては戦闘狂の気があるときた。
冷静に見て、まともな霧の艦がいないのである。
しかも半数が元・第二艦隊の指揮下にあった船だ。
あの霧の中でも特異だった性格を持つ大戦艦『日向』の部下たち。
そこに迷子歴のある潜水艦が加われば、コンゴウが頭痛を覚えるのも仕方ないだろう。
コンゴウの面倒くさいは、部下の管理に対する言葉だった。
下手すれば全員好き勝手にやる連中だ。
それを真面目な方向に統率、更生するなど骨が折れる。
結論として問題がなければ放置がデフォに達していた。潔く諦めたとも言う。
今更、巡航潜水艦風情を一隻更生させたところで、他の連中がまともに戻る訳でもないし、部下が任務を忠実に遂行できるならば問題ない。
「対象。大戦艦。コンゴウ。分析中。合理的かつ冷静。任務に実直と思われる。結論。姉妹艦と同じく任務を着実に遂行する存在。尊敬に値する」
そして自分が面倒な対象だと思われていることを霞も知らず。
403は艦隊旗艦に対して趣味の観察を行っていた。
失礼な態度かも知れないが、情報収集は諜報を主任務とする潜水艦隊の基本である。
そんな潜水艦隊の中でも、彼女のソレは癖のようなモノであり、外界に対して好奇心旺盛な彼女の本能とも呼べる行動だった。
「おっ、新しい子だ。潜水艦隊の子だね。何してるの?」
そんな彼女に話し掛けるのはイロモノと評された一人である重巡マヤだ。
高雄型重巡洋艦の三番艦である彼女の特徴として第二主砲の上に、立派な装飾が施されたグランドピアノが置いてある事だろう。
その間違った鍵盤の配置は今のところ誰にも突っ込まれていない。
というよりも、他のメンタルモデルは、まだ、そこまでの成長を見いだせていなかった。
突っ込めるとしたら、それはピアノを知っている人間か、総旗艦『大和』のメンタルモデル・コトノくらいのものであろう。
「尚、愛称は海鳥の人に決定」
「それってコンゴウのこと? ぷっ、くすくす! 確かにコンゴウはいつも海鳥と戯れてるからね~~♪」
そこでようやくマヤの視線に気が付いたのか、403は無機質な瞳でジッと彼女を観察し始めた。
人間から見れば403の瞳と表情は不気味だろう。
勿論、マヤが動じることはなく、興味深そうにニコニコしながら403を見つめ返していた。
霧で噂になっている。人間と接触を果たしたメンタルモデル。
それは403と同型の潜水艦のメンタルモデルらしい。
なら、基本性能から外形まで同じ能力を持つイ号403に興味が向くのは当然と言える。
もっとも、マヤの場合は単純に、潜水艦のメンタルモデルが珍しいというのもあるだろうが。
「対象。重巡マヤ。分析中。性格は気まぐれ。好奇心旺盛。音楽が好き。愛称は音楽の人」
「ふふふ~~、そうなんだよ♪ マヤは音楽が好きなんだ。よければ一曲どうかな~って」
「人類史における該当物を検索。音楽。人間が組織づけた音。音のもつ様々な性質を利用して感情や思考を表現したもの。肯定。一曲拝聴」
「よ~し、重巡マヤ。張り切って歌っちゃいますっ!!」
そんな発展途上の潜水艦と、音楽好きの重巡洋艦という珍しい組み合わせは、以外にも相性抜群だったらしい。
単に性格の異なる二人が組み合わさっただけかもしれないが、ここに客と歌い手の二つが誕生した瞬間である。
マヤは気合充分に歌いだそうとし始め、403は監視を継続したまま未知の経験に興味津々で、初めて聞く歌に聞き入ろうとする。
そんな事態の推移に、海鳥と戯れていたコンゴウも、何とか403を生徒会入り出来ないかと画策していたヒエイも、おい、やめろと、止めることも出来なかった。
「曲名は森の○まさんだよ~~♪」
言葉と共に始まるピアノの主旋律と伴奏。
日本人なら誰もが聞いた事がありそうなフレーズ。
そして続くマヤの歌。
それは絶唱だった。
別に音痴という訳でなく、声が残念という訳でもない。
むしろ普通に上手いと思える歌。
はっきりと耳に届く発音は心地よさすら残る。それが大音声でなければ。
スピーカーの音量を間違って最大にしたんじゃないかと疑うくらいの歌声。
それは、もはや叫び声に近いのかもしれない。
絶叫、絶叫、鼓膜を叩き潰す絶叫という名の絶唱。
まともに聞いては、耳がキーンと唸って仕方がない。これはノイズに等しい騒音だ。
「五月蠅いぞ。マヤ――」
「艦隊旗艦。恐れながら聞こえてないかと――」
「おい、ハルナ! なんとかしろよ――」
「現状で私がマヤの歌を止める手段は皆無に等しい――」
誰かに聞いてもらいたくて堪らないマヤの歌は、海鳥を驚かせ。
第一巡洋艦隊のメンタルモデルの全員の耳を塞がせるには充分だった。
金剛四姉妹が苦言を呈すなか、静かに耳を傾けているのは403だけである。
『ああ、もうっ! 何なのよ、この煩わしい歌は! 誰かさっさと止めないなさいよ!!』
そして被害は名古屋沖に早期警戒艦として配備されている重巡タカオにまで及んでいた。
あろうことかマヤは概念伝達を駆使して、第一巡航艦隊に所属する全員に、強制的に歌を聞かせているらしい。はた迷惑な生放送である。
ここまでくると一種の音響兵器だ。
「そして少女は○まさんと和解する~~♪ これが三番……」
「五月蠅いと言っている」
故に上位存在である旗艦コンゴウに介入用のキーコードを使って強制停止させられるのは必然である。
マヤはメンタルモデルを停止させ、再生を止めたビデオのように固まった。
ピアノを弾いた姿のまま微動だにしない。それくらい固まっている。
「403。余計な事を――」
そうして、マヤの歌を止めたコンゴウが苦言を漏らそうと403に話し掛けたのだが、直後に信じられない言葉を聞いてしまう。
「んっ、感想。素晴らしい演奏と歌だった」
「……本気で言っているのか」
唐突に止まったマヤの歌。
艦隊の誰もが溜息を吐き、ようやく止まったと安堵する最中。
403が漏らした感想は驚愕に値する一言だった。
これにはコンゴウもビックリである。何せ驚愕というものを始めて知ったのだから。
それくらいの驚きが403の言動には含まれていた。
マヤの歌は人間の感性でいえば確かに悪くないだろう。
しかし、その声は騒音以外の何ものでもなかった筈だ。
某リサイタル並みに煩い音の塊。それを素晴らしいと評する403は何処かずれている。
少なくともメンタルモデルの中の誰もが嫌そうにしていたのだ。
なら、同じメンタルモデルの少女が抱く感想はおかしいと判断するには充分だろう。
審査員の誰もが競技の点数で最低点を叩き出すなか、一人だけ最高点数を出した者がいるくらい。
それくらい不自然なのである。
「人類史における音楽の情報を検索」
だが、少なくとも403の感性を刺激したことは確かで。
「歌の拝聴結果を分析。蓄積されたデータを解析」
そんな彼女が音楽に興味を抱くのは当然の帰結だった。
「挑戦。歌を実行する」
「――おい、やめ」
「総員対ショック姿勢! 繰り返す対ショック姿勢!」
コンゴウが初めて驚愕を知り、咄嗟に動けない中で。
ハルナとキリシマが制止の声や注意をあげるも、時すでに遅し。
二度目の森のく○さんが海域を揺らした。
結論から言えば世界は残酷だった。
この世に神はいないんじゃないかと形容できるし、或いは天は二物を与えずといった所なんだろう。
403の声はお伽噺の人魚姫のように、数多の船を海に引きずり込んだローレライのように美しい歌声だ。
この世の美を追求した果てにある美声で、鈴の音のように優しく、高く響き渡る音色は耳に心地よい。
だというのに彼女の歌は。
「ハルナ。この歌は聞くに堪えんぞっ!」
「ああ、そうだなキリシマ。美しいシステムである言葉が、此処まで酷い劣化物になるとは」
「マヤの歌は意外と上手だったのだな」
上からキリシマ、ハルナ、コンゴウの順。
403は彼女達が口を揃えて評する程の、想像を絶する音痴だった。
◇ ◇ ◇
夜の天上に輝く星々。月明かりに照らされた暗い海の姿。揺ら揺らと絶え間なく動く波。押し寄せる潮風。静かに揺れ動く船の巨体。
「システムチェック……自身のバイタリティに、問題なし……」
そんな潜水艦の甲板の上でイ403は頭から煙を噴いて倒れていた。ちょっとした欺瞞用エフェクトの応用である。
別に、なんてことはない。ただ、コンゴウからちょっとした制裁を受けて、ユニオン・コアに過剰な負荷が掛けられただけだ。
人間が悪いことをした時に延々と書く反省文のように、艦隊行動においての規律や模範といったデータを延々と、コアに直接流し込まれただけだ。
だからどうという事はない。
「ワタシハ模範トナルメンタルモデルヲ目指シマス。ワタシハ……」
それは重巡マヤにおいても同様の処置であり、彼女の場合はそれに加えてメンタルモデルに直接干渉されたばかりか、一種のループ処理まで施されてしまった。
おかげで大好きなピアノに触れることもできず、監視任務を遂行しながら、虚ろな瞳でうわ言のように同じ言葉を繰り返している。
時折、ぶっ壊れたかのように「カーニバルだよ!!」と呟きながら、クルミ割り人形のように踊りだすので、ぶっちゃけ不気味である。
それでも監視任務を継続し続けるのは、それがアドミラリティ・コードより与えられた勅令の基本方針であり、彼女達が絶対的に従う命令だからだ。
マヤは上空と日本列島に住む人類の様子を。
403は周辺海域における所属不明の艦船がないか、こんな状況に追いやられても探っていた。
いや、自業自得と言えば自業自得なのだが。
その時である。情報収集艦として広域探知に優れた403が何か情報を捉えた。
同様に重巡マヤも同じ情報を受信する。
それは味方艦が送信してきた報告の様だった。
定例報告 №68484……
発:東洋方面艦隊第一巡航艦隊所属早期警戒艦
長良型軽巡洋艦一番艦・ナガラ
宛:東洋方面艦隊第一巡航艦隊旗艦
大戦艦コンゴウ及び所属する霧の艦艇全て
対象:人類における新兵器の輸送計画
当該対象に関する中間報告を致します。
これまで三度に渡る輸送計画を人類側は実行し、該当兵器をアメリカ合衆国の存在する大陸へと輸送しようと動いていました。
海上輸送計画、航空輸送計画、潜水艦による極秘裏の輸送計画。そのいずれも総旗艦『大和』による危険という判断で積極的な阻止行動を行いました。
その後、旗艦コンゴウ及び旗艦ナガトからの命令で我々は人類の海上進出を警戒すると同時に、例の新兵器に関する監視を実行。二十四時間体制による監視を行い続けた結果。当艦であるナガラの監視範囲に該当する新兵器を輸送する動きがありましたので報告いたします。
場所は佐賀県鹿島市における宇宙センター沖。
そこで我々に妨害されぬSSTOを用いた輸送を計画しているらしく、現在該当宇宙センターの打ち上げ施設にて人間の出入りや、物資の頻繁な搬出が行われている状況です。また、分析の結果、該当兵器を収めたコンテナが運び込まれたのを確認しています。
計算の結果。打ち上げ予想時刻は本日の早朝。夜明けと同時に行われると推測されます。
しかし、該当兵器が我々の封鎖地域である海上ではなく、人類が生息する陸の上に存在しており、アドミラリティ・コードによる攻撃範囲に含まれておりません。
対象兵器は総旗艦『大和』によって破壊対象であると決定されていますが、当艦だけではアドミラリティ・コードに抵触する可能性がある陸への攻撃は判断できかねます。よって、早急に所属する艦隊旗艦への報告を行い。指示があるまで現状を維持。鹿島付近の沖合にて監視体制を続行している次第です。
現状に関して対象の警備体制は厳重ではありますが、霧に対抗しうる兵器の存在は認められておりません。
襲撃は容易であると推測されますが、当艦を相手に防衛に徹した場合は打ち上げまでの時間を充分に稼げる可能性があるとコアの演算結果は予測しています。
また、該当海域は佐世保を中心に活動するイ号401巡航潜水艦の活動域であり、人類に組みする彼女がどういった行動に出るのか未知数です。
早急な判断による指示を求めます。
艦体の旗艦であるコンゴウと所属する味方艦隊に送られた報告書。
それは、霧に対抗しうる兵器のサンプルを輸送しようという動きを知らせたものだった。
この兵器のサンプル。中身を固有振動を用いた破壊兵器なのだが、既に霧に対しては有効であると実証されている。
霧に所属する小型の魚雷艇に対して使用され、それまで人類が傷一つ負わせることのできなかった魚雷艇を見事に粉砕している。
絶対の防御である強制波動装甲こそ貫けるかは疑問だが、直撃すれば危険なことに変わりはない。
コトノの思惑は別にして、東洋方面艦隊の総旗艦としての『大和』はそう判断した。
だから、東洋方面艦隊に所属する他の霧も人類の新兵器を破壊する方向で動く。
今のところはそういう決まりだった。
「ん、内容を把握完了。状況を確認しつつコンゴウの判断を待つ」
一秒と掛からず内容は即座に理解した。
倒れ伏したまま、肌に発光する黄色い文様を浮かび上がらせた403は、既に戦闘態勢に移行している。
ここでの艦隊指揮官はコンゴウだ。一時的とはいえ第一巡航艦隊に所属しているイ号403も指示に従う義務がある。
『ヒエイ、ハルナ、キリシマ、準備しろ。大陸間弾道弾を撃ち落とす要領で、人類のSSTOを破壊する。ナガラの襲撃が成功するに越したことはないが念のためだ。マヤ、アタゴ、ミョウコウ、ナチ、アシガラ、ハグロ。お前たちは駆逐艦を率いて周辺警戒。万が一、異邦艦が転移してきた場合は迎撃に当たれ』
概念伝達を使って瞬時に各艦に命令が伝達され、コンゴウはそこで一端言葉を止めた。
心なしかメンタルモデル・コンゴウの視線が403を捉えたような気がして、403は遠く見えないのにコンゴウのいる方向を眺める。
『403。お前は襲撃を仕掛けるナガラの援護に回れ』
『了解。コンゴウ』
『先の報告にある通り、人類側に組する401が襲撃を仕掛けてくるかもしれん。早期に発見できるとしたら同じ潜水艦のお前だけだろう。だが、大戦艦ヒュウガを沈めた奴の戦闘力は未知数だ。最悪、目標の破壊を諦め、ナガラと共に帰還しろ。こんな事で貴重な戦力を失いたくない。いいな?』
『肯定。命令を受諾。403は長良級軽巡洋艦ナガラを援護する』
霧の第一巡航艦隊がコンゴウの命令によって戦闘態勢に移行していく。
「それじゃあ、403。気を付けてね」
「ん、音楽の人も気を付ける」
403もコンゴウを護る為に移動していく重巡マヤを見送りながら、彼女はその船体の速度を急速に上げていくのだった。