蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza   作:観測者と語り部

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航海日記6 援護

 人類に残された数少ない海洋戦力である護衛艦。

 『あまつかぜ』と『たちかぜ』の名を与えられた二隻の船は、敵の砲撃を受けて回避する間もなく轟沈した。

 現有する人類の水上戦闘艦では回避できない速度で放たれた光弾のような砲撃。

 それが船体を撃ち貫いたのだ。操艦している人間は退避する間もなく死んでしまっただろう。

 

「水上から破砕音。あまつかぜ、たちかぜが轟沈!」

「ッ……間に合わなかったか」

 

 ソナー員の報告を聞いて、イ号401の艦長である千早群像は歯噛みを隠さず、悔しそうにする。

 そして重要な積み荷の打ち上げを護る為に、最後まで逃げずに戦い続けた船員たちに敬意を表するとともに、彼らの想いを無駄にしない為にも作戦は何が何でも成功させると決意を新たに群像たちは戦場を行く。

 

 蒼き鋼、霧を裏切り人類側に組するイ400型潜水艦の二番艦。通称イ401と、それに搭乗する千早群像を初めとした五人の船員たち。

 そしてイ401のメンタルモデルである、イオナと呼ばれる少女。

 彼らは佐賀県鹿島市に建設された打ち上げ施設の防衛を依頼され、佐世保にある拠点から急行してきたのだが、どうやら戦闘は既に始まっているらしい。

 副長の織部僧が小型の無人戦闘機からの映像を受信して、モニターに状況を映しだしているが、人類側の劣勢としか言いようがない。

 

 相手は第二次世界大戦に見られた旧式の軽巡洋艦一隻。

 しかし、只の相手ではなかった。

 それは霧の艦隊と呼ばれる艦船の一隻であり、人類の技術で打ち破れない絶対防御と圧倒的攻撃力を持つ戦闘艦である。

 

 モニターに映る霧の軽巡洋艦は湾岸防衛隊が放つ攻撃を全て無力化していた。

 打ち上げ施設付近に展開した戦闘車両から放たれる対艦ミサイルも、沿岸に設置された砲台から放たれる連装砲も、行く手を阻む為に併設された機雷すらも物ともしない。

 その尽くが絶対防御の前に阻まれて、決定打となりえないのだ。

 故に霧の軽巡洋艦は速度を緩めず、湾内をさらに突き進む。

 

 その先には宇宙センターの打ち上げ施設があり、敵が打ち上げ準備に入ったSSTOを狙っているのは一目瞭然。

 今は辛うじて放たれた対地ミサイルを、防衛隊の迎撃ミサイルが撃ち落としているが、それもいつまで持つか分からない。

 遠からず霧の軽巡洋艦に装備された連装砲の射程に入るだろう。

 そうなればSSTOも無事では済まない。確実に破壊されてしまう。

 

「イオナ、相手のデータは分かるか」

「分かる。データを表示する」

 

 群像の命を受け、イオナは肌に発光する水色の紋様を受べて、モニターにナガラのデータを表示した。

 

「長良級ナガラ。軽巡洋艦。排水量6010t。強制波動装甲装備。12.3センチ連装アクティブターレット3基6門で各種弾頭や光学兵器を発射可能。艦艇部に魚雷発射管12門。船体の側面にも連装魚雷発射装置複数。その他レーザー高角砲が三門。高角砲は浮遊させて射角を変えられる。ミサイル発射管及び近接攻撃・迎撃システムが多数。」

 

 イオナはそれを淡々と機械的に、感情の籠もらない声で読み上げていくと、群像はナガラのデータを正確に頭に叩き込んでいく。

 イ401とナガラの戦闘力を比較し、相手に対してどのような戦術を取るべきなのか対策しているのだろう。

 

「最大速力60ノット。潜水能力は無し。標準的な霧の軽巡洋艦」

「イオナの潜水時の速力は最大80ノット以上。機動力はこちらの方が上か」

「ん、付け加えるなら軽巡洋艦クラスは常時強制波動装甲を展開する演算の能力がない。攻撃に集中してる今が狙い目」

「相手が此方に気づいた様子はありませんが、あまり猶予はありません。防衛対象に被害が及ぶ前に奇襲攻撃を仕掛けるのを提案します」

 

 イオナの報告を聞き終えた群像に、副長である織部僧(おりべそう)が先制攻撃を提案してくる。

 彼の役目は艦長のサポートをする事であり、最終的な判断は艦長が下すにしても、いくつかの作戦を提案をしてくれる良き参謀だ。

 ついでに群像に次いで成績が良かった同級生であり、幼馴染でもある。

 群像はひとつ頷くと命令の為に声を張り上げた。

 

「よし、杏平。一番、二番にアクティブデコイを装填。三番、四番に音響魚雷。五番に浸食魚雷を装填」

「了解! 各種魚雷装填完了!」

 

 火器管制席でモニターをタッチペンで操作する男は橿原杏平(かしはらきょうへい)

 横須賀の海洋技術総合学院で砲術と水雷の成績が必ず10位以内という砲雷戦のエキスパートだ

 日焼けした褐色の肌に、特徴的なオレンジ色のゴーグルとドレッドヘアーを持つ彼は、群像の命令を速やかにこなした。

 普段は艦内のムードメーカーだがやる時は徹底的に仕事をこなす人間だ。

 群像とは学院時代からの同級生であり、頼れるクルーの一人である。

 

「いおり、機関最大。いけるか?」

『この前交換した人類製の超伝導ケーブルがアヤシイけど、何とか持たせるよ』

 

 続いて群像は手元の端末を操作して、ブリッジにはいないクルー。四月一日(わたぬき)いおりに内線を繋ぐ。

 機関室で艦の生命線とも言えるエンジン制御や整備を一手に引き受ける彼女は、ハッキリと機関の現状を報告してくれた。

 

「頼んだ」

『全力は数分保証するけど、あまり負担は掛けないでね~~』

 

 ちびイオナのサポートがあるとはいえ、基本的に独りで孤軍奮闘する彼女もまた、群像と同じ学院を過ごした同級生だ。

 

「静、そのまま監視を続行。相手の動きに注意してくれ」

「分かりました」

 

 ソナー・センサー担当の八月一日静(ほづみしずか)

 台湾出身の女性であり、大人しそうな外見に反して白兵戦のエキスパート。

 その耳の良さと判断能力を買われて、群像たちのクルーに仲間入りしたが、詳しい経歴は謎が多い。

 

「イオナ、最大戦速! 敵の横腹に風穴を開けるぞ!」

「了解、全力で側面をぶん殴る」

 

 群像の号令と共にイ401は加速した。

 艦尾に備えられてジェットエンジンが唸りを上げ、海水を進水させて突き進む。

 その前方には対艦ミサイルを迎撃しながら突き進むナガラがいる。

 近接兵装による弾幕を展開しながら、沿岸部に向かって突き進む"彼女は"401の存在に気が付いていないように見えた。

 このまま前進すればちょうど401に、その脇腹を晒すように魚雷の射線が交差する。

 その時がナガラの終わりの瞬間。

 

「五番、浸食魚雷発射!」

「了解、浸食魚雷発射!」

 

 群像の命を受け、恭平が手元のキーボードを叩く。

 イ401の五番発射管が開いて浸食魚雷を射出、恐るべき加速力でナガラ目掛けて推進していく。

 

「着水音及び高速推進音! 数2、敵の魚雷です!」

「杏平、アクティブデコイを盾にしろ! イオナ、機関停止、急速潜航!」

「了解、一番、二番アクティブデコイ射出!」

「きゅうそくせんこ~~」

 

 だが、ナガラも黙ってはいなかった。

 ようやくイ401の接近に気が付いたナガラは、甲板側面に設置された魚雷発射管から魚雷を射出。

 401の機関音を弾頭に諸元入力された魚雷は、水中に潜む敵を沈めんと戦闘機も真っ青の機動で接近してくる。

 

 それを防がんと401の発射管から射出されたデコイが膨れ上がり、401とまったく同じ形状の船が表れた。

 それは401と同じ機関音を海中に響かせて、まんまと騙されたナガラの魚雷が偽物に喰らい尽く。

 バブルパルス現象によって船体をズタズタに破壊されたデコイは、無残な海の藻屑となって散っていくが、深度を下げた401本体は無傷だ。

 

 一方で401の放った魚雷は迎撃されることもなく、ナガラ目掛けて急速に突き進んでいる。

 

「ナガラ、強制波動装甲を展開。急速回頭して回避運動に移り……高速推進音4! 魚雷です。ナガラのものではありません!」

「なにっ!?」

 

 だが、その牙が突き立てられることはなかった。

 ナガラを護るかのように放たれた横やりが、第三者から放たれた魚雷が直撃コースだった浸食魚雷を迎撃したのだ。

 

 群像が驚愕するのも無理はないだろう。

 鹿島付近の海域の到達する前に、他の敵艦以外が存在しないか徹底的に洗い出したのだ。

 そしてナガラ以外の霧の戦闘艦は探知できなかった。

 それでも存在していたという事は、401の探知網を掻い潜って事前に潜んでいたという事になる。

 401の探知の外から魚雷で攻撃することは、霧の魚雷でも航続距離が足りないからだ。

 

「ソナー感度低下、クラインフィールド展開」

「音響魚雷です。海中をかき乱されて、周囲の状況が観測できません」

 

 しかも迎撃するのに使われた魚雷は音響魚雷のようで。

 潜水艦の目と耳を一時的に潰された401は無防備を晒しているの等しい。

 イオナが即座に強制波動装甲を展開してくれたが、この一瞬に攻撃を受ければひとたまりもない。

 相手が401の場所を正確に特定しているか見当もつかないが、群像は念のために防御に徹することにした。

 

「総員、衝撃に備えろ! 静、先の魚雷の発射点は特定できるか!?」

「もう終わってます。予測地点モニターに出します!」

「京平、パッシヴデコイを展開! 一番、二番に通常弾頭魚雷を再装填しておけ!」

「了解、パッシヴデコイを射出。各種魚雷を再装填」

 

 防御用のデコイを艦尾から射出し、敵のソナーやレーダー波をかき乱す。

 これで魚雷や対潜弾のいくつかは逸らせるだろうが、万が一にも直撃する可能性だってあるだろう。

 相手の誘導を妨害するのだって確実ではないのだから。

 

 しかし、予測していた衝撃や敵の追撃は来なかった。

 新たな魚雷や対潜弾が発射される様子もなく、低周波でかき乱された海中に静寂が訪れる。

 

(何故、攻撃してこない……? ナガラと共に追撃を仕掛けるには絶好のチャンスだった筈)

「艦長――」

「どうした静?」

 

 群像が敵の行動に疑念を抱いているなか、戸惑いがちに声を掛けたのはソナー員の静だ。

 彼女はソナー席から401が捉えている各種データを解析しつつ、外の状況を音で把握する。

 そんな彼女がソナーを通して得た状況は。

 

「ナガラが急速に速力を上げて、どうやら海域を離脱しようとしているようです。それと、新たな敵艦を確認しました。音紋からイ号400型潜水艦と同じものと思われます」

 

 新たな敵が401の前に立ち塞がったというものだった。

 401の解析結果から、敵の400型潜水艦はナガラを庇うように、401とナガラの間に位置している。

 すなわち401の真正面であり、同深度。まるで、これ以上はやらせないと言わんばかりの位置取りだった。

 

「同型艦、ナガラの危機を見て援護しに来たのか」

「群像……」

 

 さて、群像が敵潜水艦に対して、どう対処するべきかと戦術を思案。

 最悪撃沈できなくとも、SSTO発射までの時間をどう稼ごうかと考えるなか。

 

 不安げに声を発したのは401のメンタルモデルであるイオナだった。

 

「どうした。イオナ?」

「相手は私と同じ姉妹艦。だけど、私はあの子の事を知らない」

 

 元、霧の艦隊所属である潜水艦イ号401イオナ。

 霧の艦隊が目覚めて今日に至るまでの勢力を知り、艦隊の構成や艦種をデータとして知り得ている古参でもある。

 そんな彼女が同型艦とはいえ、相手の事を知らないという。

 今尚、霧の艦隊について、霧が使う概念伝達ネットワークから最新の情報を引き出せるイオナが把握していない艦。

 それは霧によって新たに建造された船であり、同時に最新鋭の装備、能力を有するかもしれない未知の敵だという事だ。

 事態を把握した401のクルーに緊張が走る。

 

 400型の潜水艦は情報処理や探査能力に優れた探知型の艦であり、海中に潜伏した状態でも高度な探知能力は有している。

 大戦艦ヒュウガを沈め、その鹵獲品を使って攻撃型の潜水艦に身を変えた401は、相手よりも索敵範囲に劣っていると言って良い。

 一度、此方の目を潰され、敵の400型潜水艦が身を潜めれば発見は困難だろう。

 そして向こうが探知能力に優れているのなら、隠れた状態でも確実に401を探知して奇襲を仕掛けてくる。

 

 未だ単純な戦術しか使えない霧とはいえ、そういった一撃離脱の戦法を取らないとも限らない。

 互いが睨みあう状況の中、小細工を仕掛けられる前に先手を打とうかと群像が悩んでいると、敵の潜水艦が先に動き出した。

 

「敵、400型潜水艦が急速回頭中。こちらに背を向けて、デコイを放出しながら離脱していきます」

「群像、どうする? 追撃する?」

「いや、此方の作戦目標はSSTOの打ち上げを成功させることだ。浸食魚雷の数も心許ないし、無駄な戦闘は避けたい。今は撃退できればそれで良い」

「分かった」

「総員、敵の増援が無いとも限らない。敵の動きを監視しつつ、SSTOの打ち上げまで警戒態勢を怠るな」

 

 群像はイオナや静に指示を出しつつ、思案する。

 敵は401と戦って、勝てぬと見たのか戦術的撤退を行った。

 しかし、それにしては、やけに引き際があっさりしている気がするのだ。

 

 向こうの標的がSSTOの破壊なら、ナガラか400級の片方を囮にして、もう片方がSSTOを直接狙えば作戦の成功率も高かった筈。

 それに、普段は海洋を封鎖するだけで、陸に住む人類に対して積極的な行動を見せない霧の艦隊が、珍しい事に攻勢に出た。

 つまり、SSTOの中身は霧の艦隊にとって見過ごせない何かが搭載されているかもしれないのだ。

 そんな重要な何かを簡単に諦めるものだろうか?

 

 群像の疑念は正しく、その日に打ち上げられたSSTOはハワイ上空で撃墜される事になる。

 

◇ ◇ ◇

 

「任務完了。ナガラ、お疲れ様」

 

 ナノマテリアルの色彩変化によって、黄色に染められた自身の甲板に身を乗り出した403。

 彼女は隣で並走する疲弊したナガラの状態をチェックしつつ、ふと快晴の広がる青空を見上げ、首を傾げた。

 空の上では戦闘などなかったかのように海鳥たちがミャーミャーと、猫のような鳴き声を上げている。

 そして徐々に離れていく九州の南部からは、人類のSSTOが無事に打ち上げられるのが見えた。

 

 最低限の命令は達成したが、任務は失敗だ。

 SSTOの破壊を受けたナガラと403は目標を達成できなかった。

 しかし、相手はあのイ号401であり、人間を乗せた特異な船。奇襲とはいえ大戦艦『日向』を沈めた強敵である。

 軽巡洋艦と経験の浅い巡航潜水艦風情がニ対一になった所で、勝てるかどうかは怪しい所だった。

 

 同じ400型よりも少しだけ速い処理能力を駆使し、401が到着する前に事前に海域に潜んでいた403だったが、あの時に完全な不意打ちをしたとしても、その後に対処されてしまうような『予感』がしていた。

 

 403は自らの手のひらを見る。その手は、僅かばかり震えていた。

 

「ナガラ、帰還する。今は無事に帰れることを喜ぶべき」

 

 任務に失敗して落ち込むナガラを慰めながらも、403は第一巡洋艦隊と合流すべく進路を修正していく。

 潜んでいた401を発見した以上、403がコンゴウ艦隊に合流する必要もないが、世話になった礼くらいはするべきだろう。

 その後に総旗艦に頼まれたお使いを済ませよう。そう判断する403だった。

 


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