蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza 作:観測者と語り部
403は困惑していた。
タカオが武装をロックされて外洋へ退避させられたのち、401は無理に大戦艦級の超重力砲を使った影響なのか、付近の海底で修理に勤しんだ。
問題なのは、401が修理を終えて横須賀港に向かった後だ。
403は演算の過負荷による熱を冷まし、システムの最適化を済ませて、超重力砲の直撃から助けた501のコアを探していた。
そこで探索に手間取ったという訳ではない。
霧の潜水艦隊は元々諜報を主任務とする故に、情報処理に特化した艦が多い。
潜水艦の中でも最高クラスの性能を持ち、メンタルモデルを持つに至ったイ400型の潜水艦ともなれば、広大な海域であっても探索するのは容易。
人間の手のひら程しかないユニオンコア。海からすれば微小な探索物であるそれを見つけるなど造作もなかった。
401の索敵範囲外から艦装を展開し、海底地形の情報から海流の流れ、海中の温度、生息する海洋生物の種類から数まで微細に分別して探知する403。
501のコアはすぐに見つかった。
超重力砲の余波でナノマテリアルで生成した外郭が剥がれていたが、コアは傷一つなく無事だったのだ。
403は海底の砂に埋もれていた501のコアを、船外アームを使ってすぐに船内に収容した。
ここまでは良かった。
そこから機能停止していた501のコアを再起動させようとした時。
突然、膨大な演算処理が発生し、403に搭載されたコアの原因不明な暴走を起こした。
そうして気が付けば目の前に見知らぬメンタルモデルがいたのだ。
身長や体格は幼く、403よりも頭二つ分小さいくらいの
高校生用のサイズなのか大きさの合っていない真っ黒な水兵服(セーラー服?)はダボダボで、両腕は長そでの半分くらいしか通せてない。
その様は、まるでワンピースでも着込んでいるかのようだった。そして裾が足りないのか、スパッツが少しだけチラ見している。
顔つきは欧州人に似ていて、蒼玉のような瞳に、黒交じりの金髪を肩のあたりまで伸ばしているようだ。
頭の上にはトレードマークなのか黒い軍帽。
それはパッと見、ドイツの潜水艦隊が着こんでいた軍服に見えなくもない。
袖越しに握られたその手には、大きさの合わない黒のズボンが握られていて。
足元にも大きさの合わない軍靴が、ブーツが置かれていた。
いや、とりあえず目前にいる小さな女の子が、501のメンタルモデルだというのは分かる。
分かるのだが、重巡以上の処理能力を持たない潜航型観測艦の501が、どうして
「……おはよう?」
とりあえず、403は疑問符を浮かべながら挨拶してみた。
「あっ、
そしたら可愛らしい元気な声で挨拶を返された。しかもドイツ語で。
さらに、403はいつの間にか501のお姉ちゃんらしい。
「疑問。姉妹艦じゃない貴女が、どうして私の妹になるのか?」
「
詳しく理由を聞いてみると。
401との戦闘において撃沈されそうになり、思考が停止するかのような恐怖を味わったこと。
そこから慕っていたタカオのお姉ちゃんと引き離され、急に暗い海の底に放り出されて、動く事も儘ならないまま独りぼっちで取り残されたこと。
もうこのまま、ずっと独りなのかと不安になっていた所を、助けに現れた救世主のような潜水艦が現れて。
それがイ号403の事らしい。
501は喋り慣れてないのか、ちょっと舌っ足らずな日本語で説明してくれた。
薄いの黄色の船体と相まって、403が登場した時は希望の光そのものに見えたらしく。
しかも、相手は自分のような矮小な潜水艦よりも立派な400型の巡航潜水艦である。
もう憧れと尊敬と感謝の気持ちで感極まって、403を姉と呼び慕う事にしたらしい。
「だからね、403は501のお姉ちゃんです!
感情シュミレーターが感極まっているのか、403の手を握って感謝の気持ちをストレートにぶつけてくる501。
その瞳はキラキラと輝いていて、心なしか潤んでいるようにも見える。
無表情、無感情な400型と違って感受性豊かな子のようだ。
「ん、気にしなくていい。わたしが501を助けたいと思っただけ」
だが、403は一度は任務の為に501を切り捨てようかと考えたこともあるし、そんなに感謝される資格はない。
そんな風に考えて、どこか淡々と。お前を助けたのは只の気まぐれだと告げてやる。
403は501が思っている程、尊敬に値する存在でもないのだから、これで少しは距離が取れるだろうと期待しての発言。
「
「ぐえっ!?」
と思ったのが、さらに感極まった501が、手にしたズボンを放り投げて抱き付いて来た。
おまけに幼い子供がするように頭から突っ込んでくるものだから、403の鳩尾。コアが収まっている部分に直撃である。
ちょっと痛い……けれど、しがみ付く501に好きにさせる。
「ん……まあ、仕方ない」
「えへへ~~♪」
よしよしと、背中をあやしてやれば、本当に幼い子供のように嬉しそうにする501。
403も姉妹にこうして甘えてみたい願望はあるし、501の行動が分からないでもない。
とりあえず、一通り落ち着いたらこれからの予定を立てることにした。
でも、その前に。
「お姉ちゃん? 首をかしげてどうしたの?」
「疑問。服のサイズが合っていない」
「これ? タカオのお姉ちゃんをイメージして真似てみたんだけど、演算力が足りなかったんだ」
「納得。だけど、これ以上の演算補助は任務における弊害が発生。我慢を501」
「
「ん、さらなる疑問。その格好は?」
「これはね、人類におけるドイツっていう国の水兵服を……」
いろいろと疑問に思ったことを解消しておく403だった。
◇ ◇ ◇
さて、501のメンタルモデルが形成されたわけだが、ここで問題が一つある。
すなわちどうやって演算能力の足らない501が
答えは簡単で、いつの間にか403の演算リソースの一割から四割近くまでが、501に振り分けられていた。
どうやら403が気絶した時に、演算力を振り分けていたらしく。今では艦の性能の一部が下がっている。
おまけに501は
戦線に復帰するなら、メンタルモデルを棄てて、コアだけの姿に戻る必要があるだろう。
もっとも、あらゆる性能が上の巡航潜水艦に、潜航観測艦がいても戦力的に意味はないから現状維持しかないが。
とりあえず戦闘になったら、コアの姿に戻って貰って、403のサポートに回って貰う事になった。
ギブ&テイクだ。
「これからどうするの、お姉ちゃん?」
「返答。当面は401の監視。だから横須賀港に向かう」
「
艦橋に新しく形成された椅子の上に座りながら、403は淡々と答えた。
その膝の上には403よりも小さな501がちょこんと座りこんで居た。
かなり懐いているのか、片時も403の側を離れようとしない。
ちなみに椅子の形成は501の提案である。
座っていた方が立っている時よりも、
何やらタカオと一緒に早期警戒艦として人類の動きを監視していた彼女は、人間の文化に多大な興味があるらしい。
椅子に座ると人間さんは楽そうな顔をするの。とは幼い501の言葉である。
「機関始動。出力を巡航速度まで上昇。重力子フロートを反転。浮上を開始する」
「
いつもの平穏な海だよ。お姉ちゃん」
「了解。一定深度まで浮上後。巡航速度を維持。進路を横須賀湾内に設定」
互いに艦の操作を協力し合って船体を動かす403と501。
操艦などのメインは403が担当するが、ソナーなどの索敵は501が受け持っている。
様々な反応や音紋の解析くらいなら演算ギリギリの501でも可能らしい。
だから、せっかくなので仕事をして貰うことにしたようだ。
暗い海の底で黄色の船体が浮かび上がり、艦尾に備えられた二基のエンジンから強大な推力が生まれる。
400型巡航潜水艦の潜航時における推力は、最大で80kt以上を叩き出す高速性を持つから、そう長くない内に横須賀港にたどり着けるだろう。
当面は401の監視になるが、横須賀では別のお使いもある。
少しばかり忙しくなるだろう。