「今日は、人里まで送っていってあげるわ」
博麗神社で、薬箱の中身を確認していると、霊夢がそんなことを言い出した。
「ああ、ありがとう…しかし、珍しいね、霊夢がそんなこと言うなんて」
「空を飛んで送っていってあげたら、美味しいものをご馳走してくれるんでしょう?魔理沙が言ってたわ」
この前、魔理沙に送ってもらった時のアレか。あの時は、ひどい暑さの中を、だいぶ涼しい思いをさせてもらったお礼、というのがあったし、今日はあの時と違って、ずいぶん気候も秋めいて、むしろゆっくりと人里を歩いて回りたい気分なのだが、
「私、お汁粉が食べたい」
…まあ、霊夢と一緒に人里に出かける、なんていうのも、久しぶりな気もするし、別にいいか。
霊夢も空を飛ぶことができるが、魔理沙のように箒にまたがってというわけではなく、そのまま身一つで、宙に浮き上がって、ふわふわと、漂うように飛んでいく。そして俺は、ごく普通の人間なので、もちろん空を飛ぶことなんてできない。そんな状態で、さて、霊夢が「空を飛んで送っていってあげる」と言った場合にどうなるかというと、
「えいっ!」
掛け声とともに、霊夢が大幣を一振り。するとそこには、白と赤に塗り分けられた、大人が抱えるのにちょうどいいぐらいの大きさの球体が、宙に浮かんでいる。「陰陽玉(おんみょうだま)」と霊夢が呼んでいるものだ。霊力の塊のようなもので、霊夢が異変解決に出かける時には、この陰陽玉を使って戦うらしい。それはさておき。この陰陽玉に乗って、俺は霊夢と一緒に空を飛んでいくわけだ。これに乗るのも、ずいぶん久しぶりだな。どっこいしょ。
乗っていく、とは言っても、なにしろ球体なので、普通に座っていたのでは、つかまるところもないし、不安定極まりない。なので、陰陽玉に腹這いでまたがって、両手両足で、しっかりと抱え込むようにする。傍から見たら不格好だろうが、どうにも仕様がない。
「それじゃあ、いくわね」
霊夢と一緒に、空を飛んでいく。速度は、魔理沙の時の半分ぐらいだろうか。活発な魔理沙と、のんびり屋の霊夢、という性格の違いが、空を飛ぶ速さにも表れているようで、なんだか可笑しい。秋の風が心地良い。眼下には、普段はなかなか見ることのできない、人里のパノラマが広がっている、のだろうけれど、実は、陰陽玉につかまっているのに必死で、景色に目を向けている余裕がない。「この時期は、本当に眺めが良いわね」と霊夢が言っているから、たぶんその通りなんだろう。
考えてみれば、こうやって、霊夢と一緒に人里上空を飛ぶのは、たぶん初めてだ。子供の頃、よく霊夢の陰陽玉に乗せてもらって、宙に浮かんで遊んでいたが、あれは神社の境内に限られていた。あの頃は、まだ霊夢もほんの子供で、神社の先代の巫女さん(博麗のおばさん、と俺は呼んでいた)も、よく俺達と一緒に遊んでくれたものだ。思い出すと、なんだか懐かしいな。
人里に着いた。今日回る予定のお客さんが何件かまだ残っているので、甘味処に行くのはその後だ。
最初のお客さんの所から出てくると、霊夢が誰かと立ち話をしていた。博麗の巫女さんは、どこへ行っても人気者だ。人里に行くということで、霊夢は巫女装束から普段着に着替えていて、そんなには目立たないと思うのだけれど、わかる人にはわかるようだ。次のお客さんの所へ行く間にも、何人か霊夢に挨拶する人がいた。
「霊夢、仕事が終わったら電話するから、先に甘味処に行って待ってたら?」
「どうして?」
「いや、俺がお客さんを回るのについてきても、別に面白くないだろう?」
「楽しいわよ?」
「…そうなの?」
「涼平、私と一緒にいるのが迷惑だったりする?」
いや、別に、そんなことはないけれど…。まあいいや、あともう少しだし、一緒に行こうか。
お客さんを回り終わって、甘味処に腰を落ち着ける。仕事を終わった後のお茶は、また格別だ。
「お疲れさまでした。たくさん歩き回って、大変だったわね」
「霊夢の方こそ、だいぶ疲れたんじゃない?」
「うん、少しだけ。でも、楽しかったから」
「このあたりに来るのは、久しぶりだった?」
「うん、それもあるんだけどね。久しぶりに涼平と一緒に人里を歩いたのが、とっても楽しかったの。
涼平が先に歩いていって、私がその後からついていくでしょう?ずっと前にもこういうことがあったな、って思って。なんだか懐かしくなっちゃった」
霊夢と歩くときは、だいたいそうなるな。俺が先に歩いて、霊夢が遅れてついてくる。霊夢は歩くのが遅いから。振り向いたら、霊夢がずいぶん後ろの方にいた、なんていうことも、割とよくあった。
「一緒に人里を歩いたのって、いつ以来かな」
「忘れちゃったわ。それぐらい昔」
俺が永遠亭に弟子入りしてからだと、ひょっとしたら、今日が初めてかもしれない。ちょっと驚きだ。薬の巡回とかで、割とよく霊夢とは顔を合わせていたからなあ。
霊夢が注文したお汁粉と、俺の分の団子セットが運ばれてきた。団子セットは、あん団子とみたらしが2本ずつ。焼き目がついて、弾力があって、とてもおいしい。
「お団子、美味しそうね」
「うん。疲れてると、甘いものは、本当に美味しい」
「一口ちょうだい?」
…そういえば、こういうこともよくあったな。お汁粉を食べた上に、団子も食べるのか。夕飯が入らなくなるぞ…まあ、いいけどさ。みたらし団子を1本、霊夢に手渡す。
「お汁粉はどう?」
「うん、とっても美味しいわ。ありがとう、涼平」
霊夢は幸せそうだ。この笑顔を見られるなら、お汁粉の1杯ぐらいは安いもんだな。
お茶を飲みながら、いろいろと話をする。八意診療所は少しずつ来院者が増えているが、どうも、師匠目当ての若い男性患者が多いらしい、という話をしたら、霊夢は楽しそうに笑っていた。割と笑い事じゃないんだけどな。この前の鈴仙さんみたいに、今度は師匠が求婚されたりしなければいいんだけど。
「涼平は、お医者さんとしては、順調なの?」
「うん、まあ、どうにか。まだ始まったばかりだから、何とも言えないけど。
鈴仙さんが本当の医者で、俺は見習いって感じかな、今のところ。いろいろ教えてもらいながら、なんとかやってるよ。勉強してきたことを、実際に活かすというのは、やっぱり大変だ」
「今度、涼平が当番の日に、診察してもらいに行ってみようかしら」
「霊夢は健康だろう?」
「病気になれるように、頑張ってみる」
いや、頑張らなくていいから…
霊夢の方はといえば、最近は異変も起こらないので、いたって平和な毎日を送っているらしい。
「幻想郷も、ずっとこんな風に、静かなままだといいのにね」
穏やかに霊夢は笑っている。のんきな博麗の巫女にとっては、何事も起こらずに、暖かい縁側でうたた寝でもできれば、それでけっこう一生を幸せに過ごせるのかもしれないな。
「『退屈なので、早く誰か異変を起こしてほしいです!』って、この前、電話で、早苗さんが言ってたよ」
「早苗らしいわね。
あんまり平和が続くようだと、そのうち、あの子が自分で異変を起こしちゃうかも」
霊夢は笑っているが、なんだか冗談に聞こえないのは、どうしてなんだろうな…
霊夢との会話は、割と途切れがちなのだが、それでも別に気まずくなったりしないのは、付き合いが長いせいだろう。穏やかな気分で、向かい合って、黙ってお茶を飲んでいられる、こういう関係は、よく考えてみると、貴重なものなのかもしれないな。
適当なところで、甘味処を出て、帰途に就く。やっぱり俺が先に歩いて、霊夢が遅れて付いてくる感じだ。意識してみると、確かに、なんか懐かしいな、うん。
永遠亭への分かれ道で、「またね、楽しかったわ」と霊夢が手を振った。ここから博麗神社までは、歩いてもそんなに遠くはない距離だが、うーん…
「霊夢、神社まで送るよ」
「…ありがとう」
神社の石段のところまで霊夢を送って、永遠亭へと帰る頃には、辺りはもうずいぶん暗くなっていた。