幻想郷一般男子の日常   作:Jr.

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10月21日

 妖怪の山の紅葉が見頃なので、紅葉狩りに来ませんか、というお誘いの電話が、3日前に、早苗さんから掛かってきた。山の紅葉は、毎年、人里から眺めているが、今回は、早苗さんが、山の中を案内してくれるらしい。色づいた木々を間近に見ながらの、秋の山歩きは、さぞかし気分の良いものだろうし、普通の人間なら立ち入ることも難しい妖怪の山を見学できるというのも、心惹かれるものがある。しかし、薬売りの仕事があるし、さて、どうしたものだろう、と、夕食のときに、師匠にこの話をしてみたところ、

 「行ってみたい!」

 目を輝かせながら、姫様が大きな声でそうおっしゃったので、全ての仕事はお休みにして、永遠亭総出で、秋の妖怪の山見学ツアーに出かけることになった。正確に言えば、てゐさんだけは「あたしが留守番をしておくから、みんなで楽しんでおいで」と言ったのだが、

 「てゐを一人きりで残しておいたら、何をしでかすかわかったものじゃないから、一緒に来なさい」

 そう師匠に言われたのは、まあ、日ごろの行いというものだ。

 大勢で押し掛けるのは、早苗さんに迷惑かな、とも思ったが、電話してみると、

 「賑やかで楽しそうですね!大歓迎です!」

 意外に乗り気だった。俺と鈴仙さん以外は、早苗さんたちとは初対面のような気がするが、あの早苗さんに限って、人見知りするようなこともないだろうし、特に心配しなくてもいいか。当日、天気が悪いようだったら、そのときは電話する、と言ったら、

 「絶対にいいお天気にしてみせますから、大丈夫です!」

 早苗さんは自信満々だった。いわく、守矢神社の風祝には、天候を自在に操る力があるのだとか。どれほどのものなのか、それでは、お手並み拝見といこうか。

 

 そして今日21日。見上げる空は、素晴らしく晴れ渡っている。なるほど、風祝とは、大したものだ。心の中で、感謝の祈りを捧げておこう。早苗さん、ありがとうございます。

 守矢神社に出かけるに際して、永遠亭の他の4人は、全員空を飛べるので、もちろん今回も飛んでいくことになる。飛ぶ術を持たない一般人である俺はどうなるのかといえば、

 「涼平、しっかりつかまっているのよ?」

 どうやら、輝夜姫様に抱えられて、妖怪の山まで運ばれていくらしい。膝と背中の下に腕を通されて、横向きに抱えられる、いわゆる「お姫様抱っこ」という形だ。

 「貴族の若様や、時の帝でさえ、触れることすらかなわなかった輝夜姫様の腕に、あなたは今抱かれているのよ。

 感謝しなさい、涼平君」

 冗談めかして師匠は言うが、確かに、歴史的に見て、すごいことになってるんだな、俺。       

 しかし、どう見ても、俺の方が、姫様よりもはるかに体重はあるはずで、加えて、弁当その他の荷物も俺は抱えているというのに、触れれば折れてしまいそうなほど華奢な見た目の輝夜姫様は、軽々と腕に抱え上げて、汗一つかいていない。見た目によらず力持ちだ、と、以前に霊夢に聞いたことはあるけれど、本当にどうなっているんだ、このお姫様は。

 

 姫様に抱きかかえられて、幻想郷の空を、妖怪の山に向かって飛んでいく。この前、霊夢の陰陽玉に乗った時に比べると、格段に安心感があるので、周囲の風景を眺める余裕もある。雲一つない青空、眩しい秋の日差しに照らされて、眼下に広がる人里の光景は、素晴らしく美しい。スマホで撮影しておきたいところだが、なにしろ空を飛んでいる最中だ、万一落としたりしたら大変なことになるので、視覚にとどめるだけにしておこう。

 両腕に抱えられている状態なので、輝夜姫様のご尊顔を、どうしても間近に見ることになってしまうが、しかし、本当に美しいなこのお方は。綺麗を通り越して、もはや神々しいというか。「竹取物語」で、都中の若者の心を奪ったと言われるのも、あながち誇張ではなさそうだ。

 「…?涼平、どうかした?」

 姫様、あなたの美しさに見とれていました、などと言えるわけもないので、「何でもありません」と答えておく。師匠も鈴仙さんも、なんでこちらを見ながら笑っているんですか、まったく。

 

 妖怪の山の頂上、守矢神社の境内には、やはり紅葉を楽しむために来たのだろう、参拝客の姿がちらほら見えた。空から望む妖怪の山は、赤に黄色に緑に、色とりどりに染まって、見事なものだったが、境内から見下ろす幻想郷の姿も、また趣が変わって、広々と雄大で、美しい。

 神社では、早苗さんと、洩矢諏訪子さんが出迎えてくれた。

 「やあやあ、永遠亭の皆様、守矢神社へようこそ。

 そこの薬屋さんの彼は、今日こそは早苗の婿に」

 「なりません」

 しっかりしていていいねえ、と笑う諏訪子さんは、神奈子さんと並ぶ、守矢神社の主祭神で、祟り神だ、というのは、以前に説明した。見た目は無邪気な子供のようだが、はるか神代の昔から生きていて、早苗さんの遠い先祖にあたるのだとか。神奈子さんは、今日は社務所で、参拝客の相手をしているらしい。

 今日はよろしくお願いします、と、早苗さんに挨拶する。

 「よろしくお願いします!

 今日は涼平さんとデートですね!楽しみです!」

 いや、別に、デートとかそういう…

 「早苗、お招きいただいたお礼に、今日は一日涼平君を貸してあげるから、あとで利息を付けて返してね」

 「涼平君、頑張ってくるのよ」

 鈴仙さん、利息って何ですか。師匠、何をどう頑張れば良いのでしょうか…

 

 今日は、早苗さんが山を案内してくれるのかと思っていたら、どうやら違うようだ。

 「白狼天狗の、犬走椛(いぬばしりもみじ)と申します。本日は、皆さまをご案内させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」

 腰に剣を帯びた、折り目正しい武人、といった感じの小柄な女性が、そう言って、深々とお辞儀をした。白狼天狗、というだけあって、髪も尻尾も、見事な白色をしている。

 「最初は、私がご案内しようと思ったんですけどね。神奈子様と諏訪子様が、山の皆さんにお話したら、椛さんがお手伝いしてくれることになりました」

 「私たちの住処を、他人に勝手に歩き回られては困ります。私がご案内いたしますので、離れてどこかに行ったりしないようにお願いします」

 言われてみれば、なるほど、もっともだ。風景の美しさに誘われて、横道にそれたりしないように気を付けないとな。聞いていますか、てゐさん。

 

 犬走さんを先頭に、みんなで山道を歩いていく。空を飛べば楽なのだろうが、さすがにそれでは趣がない、ということだ。歩き疲れたり、よほどの難所にぶつかったりしたら、その時は飛んでいくことになるのだろうけれど。

 山歩きということで、皆さん普段とは違って、歩きやすい恰好をしている。姫様も鈴仙さんも、邪魔にならないように、長い髪をまとめていて、よくお似合いなのだが、いつもとはずいぶん印象が違う。これは、あとでぜひ写真に収めておこう。貴重な1枚になるはずだ。

 俺は、今日一日貸し出されている身なので、早苗さんと並んで歩くことになる。

 「そういえば、電話で言っていた通り、本当にいい天気になったね。ありがとう、早苗さん」

 「すごいでしょう?これが風祝の力です!雨風を操るから『風祝』って言うんですよ!」

 天候を操るために、どんな儀式を執り行うのか、ちょっと興味が湧くところだ。拝殿で、恭しく首を垂れて、祝詞をあげたりするんだろうか。

 「別に、何もしませんよ?ただ、『いいお天気になりますように』って、心の中でお祈りするだけです!」

 へえ…。霊夢や魔理沙が保証しているから、俺は、早苗さんの力を疑いはしないけれど、何も知らない人が相手だったら、それだと、ちょっと説得力がないかもしれないな。

 「干ばつに見舞われた時の雨乞いとかだと、本格的な儀式が必要になるらしいですけど。でも、今のところは、私は、そういうのは教わっていないですね。

 大勢の命にかかわるような、よほど重大な時でもないと、大きく天候を動かすような儀式は、行ってはいけないんだそうです。自然の摂理を勝手に変更するようなことは、たとえそれがごく限られた地域のことだったとしても、世界全体に及ぼす影響が大きすぎるから。日照りや大雨が続いて、農作物に大きな被害が出るようなことがあっても、軽々しく巫女の力を使ってはならない、って、神奈子様がおっしゃっていました。できるだけ、自然のなすがままに任せるべき、なんだそうです。

 必要な時が来たら、神奈子様諏訪子様に教えていただいて、私が、三日三晩、お堂にこもって、不眠不休で呪文を唱え続けるようなことも、あるかもしれませんね」

 そんな日が来ないことを祈っておこう。ちょっと見てみたい気もするけれど。

 

 樹々の間の、ごく細い山道を、列を作って進んでいく。山に住む妖怪たちが、長い間行き来するうちに、自然とできた道だ、と、犬走さんが教えてくれた。慣れない人間でも大丈夫なように、比較的歩きやすい道を選んでくれているのだと思う。それなりに険しく起伏もあるが、特に問題もなく進んでいける。俺と鈴仙さんは、薬の行商で、日常的に人里を歩き回っているから大丈夫として、山道を歩いたことなんておそらくないだろう、輝夜姫様が特に心配だったのだが、今のところは平気なようで、きょろきょろ辺りを見回しては、師匠やてゐさん、鈴仙さんと楽しそうに話をしている。あんなにはしゃいでいる姫様を見るのは、初めてだな。

 「早苗さんも、別に、疲れたりはしてないみたいだね」

 「はい、まだまだ大丈夫です!

 外の世界では、周りを山に囲まれたところで生活していたので、子供の頃から、山道は普通に歩いていました。これぐらいなら、全然平気です!」

 頼もしい言葉だ。意外に、俺の方が、早苗さんより先に音を上げたりするのかもしれないな。

 色鮮やかな紅葉にばかり目を奪われがちだが、秋の山らしく、様々な花も咲いている。

 「涼平さん涼平さん!見てくださいあの花、面白い形してますよ!紫色の花って、私、大好きなんです。すごく綺麗ですよね!」

 面白い形だし、綺麗な色だが、早苗さん、あの花はトリカブトだ。薬の材料にもなるが、毒があるから、うかつに近づかない方がいい。

 道中ざっと見ただけだが、薬草もいろいろ生えているな。さっきはセンブリがたくさん咲いていた。少し採集していきたいところだが、犬走さんに怒られそうだし、やめておいた方がいいか。

 「さすが薬屋さんですね!私、木とか花を見ても、名前や種類なんて、全然わからないです。涼平さん、すごいです!」

 別に、そんなに言われるようなことでもないと思う…まあ、褒められて、悪い気はしないけれども。

 

 途中一度の休憩を挟んで、1時間半ほど歩いたところで、急に開けたところに出た。大小様々な大きさの石が無数に転がる河原で、山肌からは大きな滝が流れ落ち、幅の広い流れとなって、ずっと先の方へと続いている。最終的には、霧の湖まで注いでいくらしい。

 「ここで、昼食休憩にしたいと思います。

 この川の水は、そのまま飲めますので、よろしかったらお試しください」

 犬走さんに言われて、背負っていた荷物を下ろすと、急に体が軽くなった。川の水を飲んでみると、なるほど、冷たくて、とてもおいしい。姫様たちも、水をすくっては、歓声を上げている。

 背負っていた荷物の中から、弁当を取り出す。全員の分を俺が背負ってきたので、帰りはずいぶん背中が軽くなるはずだ。みんなで一緒にお昼を食べようと思ったら、

 「涼平君は、早苗と二人で、あっちに行ってなさい」

 鈴仙さんに追い払われてしまった。少々寂しい。早苗さんはニコニコしているが。

 一人離れて、河原に腰掛けている犬走さんに、弁当を持っていく。

 「ありがとうございます。ですが、私は、自分の分を持参していますので、お気持ちだけで結構です」

 「そうおっしゃらずに、お一つだけでもいかがですか。タケノコご飯のおにぎりなんですけど」

 「…では、お言葉に甘えさせていただきます」

 俺は、早苗さんと二人で、大きな岩の上にシートを広げて、昼食をとることにする。

 「タケノコご飯って、春の食べ物だと思っていたんですけど、今頃でも食べられるんですね」

 「竹の中でも、秋に伸びてくる『寒竹(かんちく)』っていう種類があってね。竹林に生えているのを、昨日、師匠が掘ってきてくれたんだ。春先のタケノコよりも、俺は、こっちの方が好きなんだけど、早苗さん、味はどう?」

 「とっても美味しいです!」

 気に入っていただけたようでなによりだ。山道を歩いて、程よくお腹が空いているのと、美しい景色に囲まれているのとで、今日のお昼は特に美味しく感じる。

 「妖怪の山が、こんなに綺麗なものだとは、知らなかったよ。早苗さん、誘ってくれて、本当にありがとう」

 「…涼平さん、お願いがあるんですけど」

 「うん?何?」

 「ご褒美に、頭をなでなでしてもらえませんか?」

 …?別にいいけど?

 「…こうしてもらうのが、夢だったんです」

 「頭をなでてもらうのが?」

 「というか、ですね。ずっとお兄さんが欲しかったんです。私、一人っ子ですから。年上のお兄さんに、思いっきり甘えたり、褒められたりっていうのに、すごく憧れてたんです。

 今日は、夢が一つかなった気分です。私、今、とっても幸せです!」

 なるほど。俺も一人っ子だから、気持ちはよくわかる。可愛い妹がいたらいいな、と、たまに思ったりしたものだが、もしいたとしたら、今の早苗さんみたいなのかもしれないな。

 早苗さんは、本当に幸せそうな顔で、俺に頭をなでられていた。猫みたいで可愛いな、と思っていたら、急に横になって、俺の足の上に頭を乗せてきた。いわゆる、膝枕、というやつだ。なんだか、本当に、猫みたいだ。普段と違って、ずいぶん静かだな、と思っていると、そのうち、安らかな寝息が聞こえてきた。まいったな、身動きできない。シートを敷いているとはいえ、岩の上だから、足は痛くなってくるし、背中も張ってくるし…早苗さんの、幸せそうな寝顔を間近に見られるのは、眼福というものだが、できれば、早く目覚めていただけないだろうか…

 しばらくして、早苗さんが眠りから覚めた時には、俺は、体中の筋肉が、変な感じに固まってしまっていた。

 

 滝の前で、全員の集合写真を、犬走さんに撮ってもらってから、帰りの道中に出発する。ここまでは、山の頂上から下ってきたので、帰りは、上り道が多くなるはずだ。

 「頑張りましょうね、涼平さん!」

 休息充分の早苗さんは、元気いっぱいだ。俺はといえば、まだちょっと足腰が痛い。まあ、歩いているうちに、治るだろう。

 

 途中2回ほど休憩を挟み、2時間ほどかけて、守矢神社に到着した。いい汗をかいた、という感じで、程よい疲れが体を満たしている。ざっと見たところ、師匠たちも、皆元気なようだ。心配だった姫様も、全く疲れた様子も見せず、相変わらず楽しげにはしゃぎ回っている。来るときに俺を抱えて飛んできたことといい、月の人間と地球人とでは、そもそも体の構造が違ったりするんだろうか。興味深い問題だ。

 私はこれで失礼します、と言う犬走さんに、忘れずにお礼を言っておこう。

 「ありがとうございました。おかげで、とても楽しい一日になりました」

 「私は、命じられた仕事をしたまでで、お礼を言われるようなことではありません。楽しんでいただけたのなら、何よりです」

 「妖怪の山というのは、とても美しいところですね」

 犬走さんの顔に、少しだけ笑みが浮かんだ。

 「…自分の住んでいる場所を、他の方から褒めていただけるというのは、嬉しいものですね。

 よろしかったら、別の季節に、また皆さんでいらっしゃってください。今日とはまた違った山の姿を、ご案内させていただきます。

 美味しいタケノコご飯を、ありがとうございました。それでは」

 武人らしい見た目通りに、犬走さんは、口数は少ないけれど、良い人だと思う。ぜひまた別の機会にお会いしたいものだ。

 早苗さんたちにもお礼を言って、永遠亭へと向かう。帰りももちろん飛んでいくのだが、姫様の希望で、麓まではロープウェーで降りることになる。

 「皆さん、今日は本当にありがとうございました!とっても楽しかったです!」

 早苗さんに見送られながら、ロープウェーに乗り込む。座席に腰を下ろすと、一気に疲れを感じた。長時間の歩行は、薬の行商で慣れているとはいえ、山道というのは、普段とはまた違った歩き方のコツが必要になるのだと思う。

 「なに?これぐらいで、足腰が悲鳴を上げてるの?鍛え方が足りないわよ」

 鈴仙さんは、いたって元気そうだ。やっぱり、月の人たちは、俺達とは、体のつくりが、決定的に違うんじゃないかという気がする。

 「涼平君、いいものを見せてあげましょうか?」

 鈴仙さんが、スマホを見せてくれた。なんだろう、と、覗いてみると、

 「うわあ…」

 見事にだらしない顔をした男が表示されていた。言うまでもなく、俺の写真だ。早苗さんに膝枕をさせられているときのだな、これは。

 「よく撮れてると思わない?」

 「やめてください…」

 鈴仙さんに、事情を説明する。

 「お兄さんが欲しかった、ねえ。ふうん…」

 「俺も、早苗さんと同じ、一人っ子ですからね。なんとなく、気持ちはわかります」

 「…涼平君」

 「なんですか?」

 「膝枕してあげようか?」

 「……」

 「お姉さんに甘えたくなったら、いつでも言ってね?」

 考えておきます、鈴仙さん…

 

 麓に到着。来る時と同じく、姫様に抱きかかえられて、永遠亭まで飛んでいく。自分の部屋に戻ったら、安心したのか、途端に眠くなってきた。畳に横になって、次に目を開けた時には、辺りはもうすっかり暗くなっていた。

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