幻想郷一般男子の日常   作:Jr.

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10月25日

 「25日なら都合がいいから、お昼ごろに来てくれ」という電話が、先日、魔理沙から掛かってきた。薬の定期訪問に行こうとして、しばらく前から電話していたのだが、都合が悪い、とのことで、今まで延期になっていた。魔法の研究に取り組んでいて、ようやく一段落した、とか、たぶんそういう感じなんだろう。「お昼ご飯をご馳走する」とのことなので、そちらにも期待しておこう。

 

 夏から秋になって、魔法の森も、ずいぶん歩きやすくなったが、あくまでもそれは「比較的」ということで、じめじめして薄暗いことに変わりはない。樹木の葉も色づいたりはしているのだが、鮮やかな紅葉、というよりも、何か禍々しさを感じたりしてしまうのは、まあ、場所柄というものだろう。よほど物好きな人間でも、紅葉見物に魔法の森を訪れたりは、たぶんしないと思う。

 霧雨魔法店に到着。家の中は、この前訪問した時と同様、綺麗に片付いている。事前連絡の大切さが、よくわかるな。

 居間に通された時に、テーブルにアリスさんの姿があったので、ちょっと驚いた。

 「涼平は、まだ会ったことがないって言ってたよな。『七色の人形遣い』、私と同じ魔法使いの、アリス・マーガトロイドだ」

 「あなたが涼平君なのね。初めまして。あなたのことは、魔理沙からよく聞いているわ」

 …ああ、この前アリスさんと会ったことは、魔理沙には内緒にしておくんだった。「初めまして。子供の頃、寺子屋で人形劇を楽しみにしていました」などと挨拶してみる。我ながら、ぎこちない言い方になってしまったと思うが、魔理沙は、別に、不審がる様子もないようだ。

 「『嘘は言わない人だ』って、魔理沙が言っていたけれど、本当みたいね」

 アリスさんは楽しそうに言うが、褒められているのか、からかわれているのか、どっちなんだろう。

 ちょっと待っててくれな、と言って、魔理沙はキッチンへと歩いていった。俺は、その間に、薬箱の中身を見せてもらう。傷薬が減っているのは相変わらずだが、栄養剤がそのままだな。別に、やせ細っている風でもないから、ちゃんと食事を取っているということなんだろう。良い傾向だ。

 「今日は、珍しく、魔理沙にお招きいただいたの。どんな出来栄えのお料理が出てくるのか、すごく楽しみだわ」

 アリスさんは、本当に楽しそうだ。人形のような外見も手伝って、無邪気な子供のようで、見ていて、とても可愛らしい。

 「アリスさんは、魔理沙の作った料理は、食べたことはあるんですか」

 「料理、ねえ…。香ばしくて、歯ごたえのあるクッキーなら、あるけど」

 「ああ…でも、美味しかったでしょう、あれ」

 「そうなのよね。私が教えてあげたレシピで、どうやったら、ああいう風になっちゃうのか、本当に不思議なんだけど。たぶん魔理沙も、『もう一回、あの、焦げて硬いクッキーを食べたい』って言われても、再現できないんじゃないかしら。

 上手くできるコツを教えておいたから、この次に食べるクッキーは、期待していいと思うわ」

 やっぱり、魔理沙風にアレンジされたものが出てくるんじゃないかという気がするが、とりあえず楽しみにしておこう。

 湯気立つ鍋を両手で持って、魔理沙が戻ってきた。

 「お待たせ。キノコのクリームシチューだ」

 …おおう、予想もしないものが出てきたので、正直びっくりだ。サンドイッチが上手にできた、と、この前喜んでいたから、今日も、何かそういったものだと思っていたのに――フレンチトーストとか、ホットサンドとか――、いきなりレベルアップしすぎじゃないのか。魔理沙、本当に頑張ったなあ。

 パンとサラダもテーブルに並んで、それでは、ありがたくいただくことにしよう。見た目も香りも、実に美味しそうだ。

 「…どうだ?美味いか?」

 「…少し、しょっぱすぎるわね。塩を入れすぎたんじゃない?それに、ちょっとこってりしすぎかも」

 「でも、美味しいよ、これ」

 アリスさんの、厳しめの評価を聞いて、曇っていた魔理沙の顔が、俺の言葉を聞いた途端に、パッと輝いた。本当に、わかりやすい性格をしていると思う。

 「美味いか?!本当だな?!」

 「うん、本当。ですよね、アリスさん?」

 「…ええ、まあ、そうね…魔理沙の作ったものって、どうしてこうなっちゃうのかしら、もう」

 確かに、アリスさんの言うとおり、シチューの味付けは、少々塩辛いし、濃いめではある。でも、パンやサラダと一緒に食べるとなれば、このぐらいでも、全然問題ない。むしろ、シチューの濃い味付けと、さっぱりしたパンやサラダの取り合わせが良い感じで、食欲が増す。食べ物の組み合わせって、面白いなあ。

 「まあでも、次に作るときは、塩気をもう少し控えめにした方が良いかもしれないね」

 「うん、そうする。さあさあ、見ての通り、シチューはまだたくさんあるから、好きなだけ食べてくれよな?!」

 喜んで、お言葉に甘えさせていただくことにしよう。しかし、さっきから魔理沙は、俺達が食べるのを見ているだけだが、

 「魔理沙は、食べないの?」

 「あ、ああ…実はな…」

 苦笑しながら、魔理沙が語ったところによると、焦がしたり、味付けに失敗したりと、様々にシチュー作りの試行錯誤を重ねた結果として、どうやら、ここのところ毎日、シチューばかり食べ続けることになってしまったらしい。

 「だから、今日は、ちょっと、な。まあ、美味しいって言ってもらえて、良かったよ」

 「一人で悩んでいないで、相談しなさいよ。効率が悪いわね、全く」

 アリスさんは、少々呆れ気味だ。俺も、その意見に同意だが、一方で、素直に感心もしてしまう。何回も、作っては捨て、失敗してはやり直し、よくまあ根気が続くなあ。

 「いやあ、意外と、料理って、面白いんだよ、これが。

 アリスのレシピの通りに作って、上手くいかなくて、失敗するだろう?で、どこがまずかったかを、よく考えて、もう一回挑戦する。それで成功すればよし、失敗したら、また、改善点を見直して、やり直し。そうやって、少しずつ、納得のいくようなものができあがっていくのが、面白いんだよなあ」

 …うん?なんだか、同じような話を聞いたことがあるぞ?と思って、記憶をたどってみれば、なるほど、そのはずで、魔理沙が、魔法を研究するときの話と、全く一緒だ。何度も実験を繰り返しては、魔法を完成に近づけていく、という話を聞いて、努力家としての魔理沙の一面を再認識した記憶があるが、魔理沙にとっては、料理も、魔法の研究も、同じような感覚なのか。だとすると、魔法の研究と同様に、そのうち、何かインスピレーションを得て、想像もつかないような、まるっきり新しい料理を作り上げてしまうかもしれず、なんだか楽しみなような、怖いような、何とも言えない気分になる。とりあえず、この次ごちそうになる機会があるなら、普通のシチューが出てくることを、祈っておこう。

 アリスさんと魔理沙は、上手なシチューの作り方について話している。熱心にアリスさんに質問してメモを取る魔理沙の姿は、まさに「師匠と弟子」だ。子供の頃の魔理沙と魅魔も、こんな風だったのかな、と、想像してみるのも、なかなか面白い。

 「…?どうしたの、涼平君?」

 「アリスさんと魅魔さんって、似てるのかな、と思いながら見てました」

 ああ、ちょっと似てるかも、と、魔理沙に言われて、アリスさんは、何とも言えない表情になった。この前、喫茶店で話した時にも思ったことだが、アリスさんと魅魔の関係って、一体どうなってるんだろうな。

 そういえば、すっかり忘れていたけれど、魔理沙にお土産を持ってきたんだった。

 「おお、ありがとう…涼平、これは何だ?」

 「芋ようかん。昨日、作ってみたんだ。ごちそうになってばかりじゃ、悪いと思って。よかったら、食べてみてよ」

 「へえ…」

 早速、魔理沙が切り分けてくれたので、一つ取って食べてみる。うん、我ながら、なかなかいい出来だ。魔理沙とアリスさんの評価はどうだろう。

 「…なんというか、ただの芋だな。美味いけど」

 「そうね、でも、何かこう、風味というか、コクのようなものが…涼平君、これ、どうやって作っているの?」

 「ふかしたサツマイモに、砂糖を加えたものを、潰してペースト状にして、形を整えただけです。普通の砂糖じゃなくて、黒砂糖を使うと、風味が増すんですよ。簡単に作れて美味しいから、たまに作ったりするんです。永遠亭の人たちにも、けっこう評判がいいんですよ」

 「黒砂糖を使うのね、なるほど…」

 アリスさんは、小さくうなずいている。アリスさんみたいに、料理やお菓子作りに詳しい人だと、こういった簡単なおやつは、逆に、あまり知らないのかもしれないな。魔理沙は、芋ようかんの詳しい作り方を質問してきた。気に入ってくれたようで、何よりだ。

 芋ようかんと一緒に、お茶を飲みながら、俺と魔理沙が話すのは、いつもと同じ、薬と魔法の話題だ。この前来た時に、試供品で置いていった栄養ドリンクは、魔理沙には好評だったようだ。まあ、「何本か買ってみる?」と言ったら、「いらない」と断られてしまったが。魔理沙は、現在、新しい魔法に取り組んでいる最中だそうで、明日あたりに、またパチュリーさんに質問するために、紅魔館に出かける予定だという。

 気付けば、アリスさんが、変な顔をしてこちらを見ている。

 「…あなたたちって、いつもそういう話をしているの?」

 「ええ、その通りですけど…?」

 「仲良しなのは、見ていてわかるけれど、なんというか、こう、色気がないわね。思っていたのと、ずいぶん違うわ」

 色気…?と、魔理沙は首をひねっていたが、

 「そうそう、色気で思い出した。聞いてくれよ涼平!今試している魔法でさ、発動するときに、面白い色の光が出るんだよ!あれは、今まで、ちょっと見たことがないな。上手くいったら、どんな色になるのか、今から、すごい楽しみなんだ!」

 無言で魔理沙を見つめるアリスさんの顔は、あれはたぶん、心底呆れてるんだと思う。ご期待に沿えず、すみません、アリスさん、本当に、いつもこんな感じなんです。

 

 午後に回る予定のお客さんが何件かあるので、適当なところでおいとましないといけない。できれば、もう少し話していきたいんだけどな。

 「そうか、それじゃ、またな。

 ああ、そうだ、涼平、今度は、どんな料理が食べたい?」

 「え?シチューでいいんじゃない?」

 「同じものでいいのか?」

 「うん、だんだん寒くなってきたし。これからは、温かいシチューが嬉しい季節だよ。今度は、きっと、美味しいのを食べられるんだろう?」

 「…よし、わかった。びっくりするぐらい美味しいシチューをごちそうしてやるから、楽しみに待ってろよ!」

 魔理沙に見送られて、霧雨魔法店を後にする。魔法の森の入り口まで、アリスさんが送ってくれるらしい。

 「誰かのために頑張る、っていうのは、すごいエネルギーになるものね」

 並んで歩きながら、アリスさんが言う。

 「魔理沙は、試食係が欲しいだけなんじゃないですか」

 「なんにしても、あの魔理沙が、料理に興味を持ってくれたのは、喜ばしいことだわ。このまま一生、キノコや木の実ばかり食べて生きていくんじゃないかって、本気で心配だったもの。

 そのうち、また新しいお料理を魔理沙に教えてみるから、そのときは、ちゃんと協力してあげてね、涼平君?」

 「美味しいシチューが食べられれば、俺は満足ですよ」

 「さっき聞いたわ。でも、シチューの他にもう一品、サイドメニューが増えても、別に困らないでしょう?」

 そういうことを言われると、なんだか期待してしまうんだけどな。俺としても、今度はどんなお菓子を手土産に持っていくか、今から考えておかないといけないかもしれない。

 

 魔法の森を抜け出ると、いつものことだが、世界がやたら明るく感じる。大きく伸びをして、深呼吸して、さて、午後の仕事も頑張るとしようか。

 

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