幻想郷一般男子の日常   作:Jr.

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11月21日

 昨日の夜に、魔理沙から電話が掛かってきた、というのから話を始めるのがいいんじゃないかと思う。電話の内容は、久しぶりに異変解決に行ってきた、ということだった。

 「それで、霊夢のところで、異変解決後の打ち上げをやろうと思うんだけど、涼平も来るよな?」

 「…なんで?」

 「なんで、って、お前、冷たい反応だなあ」

 「いや、だって、俺は、異変解決に、何もしてないし…」

 「涼平も誘おう、って言ったら、霊夢のやつ、すごい喜んでたんだけどなあ」

 「……」

 「涼平に断られた、って言ったら、霊夢、がっかりするだろうな。もしかしたら、泣いちゃうかもなあ」

 「…何時ごろに、博麗神社に伺えばよろしいのでしょうか」

 「話が速くて助かるぜ」

 …まあ、霊夢や魔理沙と一緒に夕飯を食べるというのは、考えてみれば、別に断るようなことでもないか。霊夢と魔理沙の他に、今回は、魂魄妖夢さんも来るらしい。

 

 ということで、本日、21日の夕方、一通りお客さんを回り終わって、俺は今、博麗神社の石段を上っている。言われていた時刻よりも少し早いが、料理の手伝いでもすればいいだろう。

 社務所の裏手、霊夢の住まいの方に回って、声を掛けると、割烹着姿の霊夢が姿を見せた。

 「いらっしゃい。来てくれて嬉しいわ」

 「来なかったら、霊夢が泣くぞ、って、魔理沙に脅迫されたからね」

 「ああ…うん、泣くかも」

 そうそう、霊夢はそうやって楽しそうに笑っているのが一番だ。

 お邪魔します、と、家の中に入る。霊夢の話だと、魔理沙と妖夢さんも、もう来ているらしい。その割には、二人の姿が見えないが、

 「お料理ができるまで、まだ少しかかるから、先にお風呂に入っていらっしゃい、って言ったのよ」

 なるほど、二人とも入浴中か。

 博麗神社の奥には、2年ほど前に突然湧き出した、広々とした天然の露天風呂がある。季節もだいぶ寒くなってきた中、宴会の前にちょっと温泉へ、なんていうのは、最高の贅沢と言うべきだな。

 「涼平も、先にお風呂に入ってきたら?お仕事の後で、疲れてるでしょ?」

 …あのな…。お心遣いは大変ありがたいとは思うが。現在、魔理沙と妖夢さんが入浴中だ、と、たった今霊夢が自分で言ったと思うんだが、気のせいかな?そりゃまあ、広さで言ったら、3人で入浴したって、全然大丈夫ではあるだろうが。

 「それよりも、料理を手伝うよ。まだやることがあるんだろう?」

 「うん。それじゃ、お願いしようかしら」

 霊夢と一緒に台所に入る。本日のメニューは、どうやら鍋料理らしい。大きな土鍋の中に、野菜や豆腐が入っていて、まな板の上には、大きな魚の半身が乗っている。

 「霊夢、その魚は…?」

 「鮭の半身ね。紫が持ってきてくれたのよ。異変を解決したご褒美のつもりなのかしらね。脂の乗った鮭は、とっても美味しいのよ」

 鮭というのは、確か、海にいる魚の名前だったかな。幻想郷には、川や湖はあっても海はないので、これは珍味と言うべきだろう。どんな味なのか、大変楽しみだ。

 珍しい海の幸をもたらしてくれた、八雲紫(やくもゆかり)さんというのは、霊夢の言葉で言うなら、「胡散臭い妖怪の賢者」ということになる。博麗大結界で外の世界との間を遮断して、妖怪と人間の共存する現在の幻想郷を作り上げたのは、ほぼ紫さんの力によるものだという話だ。幻想郷の創造主ともいうべき存在であり、歴代の「博麗の巫女」の、後見人というか相談相手というか、そういう立場でもあるらしい。俺は、まだ紫さんと面識はないと思うが、霊夢によれば、向こうでは、俺のことを知っているそうだ。どういう風に思われているのか、ちょっと気になる。紫さんは、幻想郷と外の世界の間を自由に行き来できるそうで(スキマ、とかいうものを使うらしい)、今日の鮭も、たぶん外の世界から手に入れたのだと思う。

 霊夢は、鮭を食べやすいように小さく切って、鍋に入れていく。俺は、切り身にした鮭に塩を振って焼く係だ。焼き網に切り身を乗せると、すぐに表面に油が浮いて、大量の白い煙が立ち上る。なるほど、これは美味しそうだ。

 「今頃の季節は、サンマも美味しいのよね。幻想郷は、海のお魚が食べられないのだけが、残念ね」

 魚なら、川や湖で取れるから、俺なんかは特に不便は感じないが、外の世界からやってきた霊夢や早苗さんは、当然また違った感想になるんだろうな。

 焼き上がった鮭を居間に運んでいくと、魔理沙と妖夢さんの姿があった。

 「よう、涼平。ちゃんと逃げずに来るとは、あっぱれだぜ」

 言いながら、魔理沙は、濡れた髪をタオルで拭っている。湯上りで上気した顔に、うっすらと汗が浮かんで、いつもとずいぶん違う感じで、なんだか、目のやり場に困る。

 「妖夢さんも、お久しぶりです」

 「ご無沙汰しています。涼平君は、近頃は、お医者さんとして、頑張っているそうですね。鈴仙から、よく話を聞かされています」

 「鈴仙さん、俺のことを、どんな風に話してるんですか」

 「教えてあげません。鈴仙に口止めされているので」

 妖夢さんは、楽しそうに笑う。そういう風に言われると、なんだか気になってしまうんだけどな。

 魂魄妖夢さんは、冥界にある「白玉楼」というお屋敷で、庭師、そして剣術指南役として仕えている、半人半妖の女性だ。冥界というのは、死んだ人間の魂が、閻魔様に裁きを受けるまでの間、留まることになる世界の事らしい。普通の人間が冥界に行くことはできないが、冥界の住人が現世に来ることは自由のようで、妖夢さんも、たまに人里にやってきては、お茶を飲んだり、買い物をしたりしているという話だ。鈴仙さんと仲が良く、時々永遠亭に来たりもするので、俺も一応顔見知りになっている。

 土鍋や取り皿、お酒やお猪口と、いろいろと運ぶものがあるので、居間と台所を何度も往復することになる。おや、霊夢が今手に持っているのは…、ワイングラスなんて、あったんだ。

 「この前、レミリアが来た時に、ワインと一緒に、グラスとかコルク抜きなんかも、一揃い持ってきてくれたの。いい機会だから、今日、みんなで飲んでみようと思って」

 レミリアさんというのは、霧の湖のほとりにある「紅魔館」というお屋敷の当主の名前だったかな。確か吸血鬼だと聞いているが、そういう種族とも普通に付き合えてしまうのが、さすがは博麗の巫女といったところだ。隙を見せたら血を吸われるんじゃないか、と、あまり事情に詳しくない俺などは思ってしまうが、霊夢や魔理沙は普通に紅魔館に出入りしたりしているようなので、まあ、大丈夫なんだろう。

 ワインとグラスを居間に運んで、これでとりあえず全部揃ったはずだ。4つのグラスにワインを注いで、それでは乾杯。

 「お疲れ様でしたー!!」

 まあ、俺だけ、異変解決には何もしていないけれど。霊夢、魔理沙、妖夢さん、本当にお疲れさまでした。

 ワインを、とりあえず一口飲んでみる。生まれて初めて飲むワインだが、さて、味は、

 「……」

 「なあ、これって美味いのか?」

 俺が思っていたことを、魔理沙が口にしてくれた。霊夢と妖夢さんも、ちょっと考え込んでいる。どうやらこの場には、ワインに詳しい人間は誰もいないらしい。

 「『最高のワインを持ってきてあげたから、感謝しなさい』って、レミリアは言っていたけれど…」

 「だったら、いいワインなんだろうな…しかし、想像していたのと、ずいぶん違うな。ブドウから作った酒だっていうから、ジュースみたいなのかと思ってたら、ずいぶん渋いんだな。

 いいワインなのかもしれないけど、正直、味は、私にはよくわからないぜ。やっぱり、飲むなら、いつもの日本酒の方がいいな」

 このワインについては、魔理沙と意見がよく合うな。どういう銘柄なのか、ちょっと気になったので、ラベルを見てみる。「Romanee Conti」…ロマネー・コンティ、で合ってるんだろうか。上のラベルには「MONOPOLE 1945」と記してある。1945年産ということなのかな。ラベルがずいぶんボロボロで読みにくい、と思ったら、相当な年代物みたいだ。

 どうも評判が芳しくないので、レミリアさんの言う「最高のワイン」は、残念ながら、早々にお役御免ということになってしまった。まだボトルに半分ぐらい残っているが、コルクで栓をして、部屋の片隅へと追い払われる。アリスさんなら、ワインに詳しいかもしれないので、あとで魔理沙が持って行ってみるそうだ。

 飲み物を日本酒に変えて、焼き魚と鍋料理を食べながら、異変解決の話などを聞く。今回の異変はどういうものだったのかというと、

 「ヤクザの組長に頼まれて、神様を倒しに行ってきたんだ」

 …???なんだか、今一つよくわからないが、霊夢も妖夢さんも、魔理沙の言葉にうなずいているから、たぶんその通りなんだろうな。動物霊に憑依されて、体の自由があまりきかなかったとか。そんな状態で戦うのは、ずいぶん大変だっただろう。

 「いや、なかなか面白い体験だったぜ。たまにはああいうのもいいな」

 「私は、ああいうのは、もういいです。自分が自分じゃないみたいで…」

 魔理沙と妖夢さんの感想は正反対だ。霊夢はどうだったのかといえば、

 「うーん、確かに、面白い体験だったし、大変でもあったけれど、でも、悪いことをしている相手を懲らしめるのは、いつも一緒だから」

 あまり気にしていなかったらしい。落ち着いているというか、のんきそのものというか。まあ、霊夢らしい答えではある。

 

 飲んで、食べて、話をして、いい感じに酔いが回ってきた。コタツに入って、鍋物をつつきながら、日本酒を飲んでいると、もうすぐ冬なんだなという感じだ。

 「今年の冬は、レティが静かにしてくれるといいなあ」

 お猪口を口に運びながら、魔理沙が言う。レティさんというのは、確か雪女の名前だ。レティさんが元気だと、その冬は雪が多くなり、おとなしければ、雪が降らない、ということになるらしい。雪かきが大変なので、できれば俺も、レティさんには静かにしていてもらいたいと思う。守矢神社なんかは、山の上だし、境内も広いし、大雪の時は大変なことになりそうだ。それとも、神様の力で何とかなったりするのかな。

 妖夢さんは、そんなにお酒に強くないらしく、いつの間にか横になって眠ってしまった。一方で、霊夢と魔理沙は平然としている。

 「酒を飲んで、幸せそうに寝ている奴を見てると、寝顔に落書きしたくなるよな」

 妖夢さんを見ながら、魔理沙がひどいことを言っている。いやまあ、気持ちはわからないでもないけれども。

 「そうだ、涼平、傷薬がそろそろなくなりそうなの」

 ああ、そういえば、料理の方に気を取られて、本業のことを忘れるところだった。薬箱を確認させてもらおう…なるほど、傷薬と火傷の薬が減っているな。減った分は補充しておくとして、

 「霊夢、ちょっと腕を見せてくれるかな」

 「え?…そんなに大した怪我はしていないから、大丈夫よ」

 「患者は、医者の言うことには逆らわないの」

 「…はいはい」

 切り傷、打ち身、軽い火傷。腕だけじゃなくて、たぶん、足や体にも同じような怪我をしているんだろう。確かに軽症ではあるが、年頃の女の子の体だというのを考えると、かわいそうになってくる。異変解決の仕事というのも、因果なものだ。気を付けるんだよ、などと、当たり前の事しか言えないのが、魔法も使えず霊力も持たない一般人の悲しさ…どうして霊夢は嬉しそうなんだ。

 「だって、涼平に心配してもらえたから。涼平がお医者さんらしいことをしているのも、初めて見られたし」

 …つくづくのんきな巫女さんだ。

 「本当に、気を付けるんだよ?大怪我した霊夢を手術するのなんて、絶対にごめんだからね?」

 「はいはい」

 「…本当に仲良いなお前ら」

 あきれたように、魔理沙が言った。

 

 いつの間にか、ずいぶん遅い時間になっていた。そろそろ帰らないといけないな。

 「あら、帰るの?泊まっていったらいいのに」

 あのな、だから、霊夢…、18歳の女の子の家に、20歳の男が泊まっていくわけにはいかないだろう?

 「前は、時々泊まっていったのに」

 それは、子供の頃の話だろう…まったく、霊夢の中では、俺はいったいどういう存在だと認識されているんだ。

 「帰るのか。だったら、送っていってやるぜ」

 魔理沙の言葉はありがたいが、この時期に、箒にまたがって空を飛んでいくのは、ちょっと寒すぎる気がしてしまうな。

 「涼平、お前、私が魔法使いだってことを忘れているだろう?」

 いたずらっぽく笑って、魔理沙は、首から下げたペンダントを差し出してみせた。大きな宝石のようなものに鎖が付いているが、魔理沙によると、その宝石には魔力が込められていて、魔理沙が握りしめると、周囲に魔力の障壁が展開されるらしい。そうすることで、例えば、空を飛ぶときなどは、雨や風を気にすることなく飛行できるのだそうだ。魔法って便利だな。

 「まあ、空気も通さないから、あんまり長い間使ってると、息苦しくなったりするんだけどな。永遠亭までだったら、二人で飛んでも、充分大丈夫だぜ」

 それでは、お言葉に甘えさせてもらうとしようか。

 外に出て、魔理沙の箒にまたがる。見送る霊夢に、魔理沙は「すぐ戻るから、熱燗とおつまみの用意をしておいてくれ」と言っている。二人で飲み直すつもりらしい。

 ごちそうさまでした、美味しかった、と、霊夢にお礼を言って、それでは飛行開始だ。なるほど、魔理沙の言うとおり、夜風も寒さも全く感じない。さすがは魔法使いだ。

 「…なあ涼平、私も異変解決に行ってきたんだけどな」

 それだけ言って、魔理沙は黙る。うん?どういう…ああ、そうか、

 「魔理沙も、怪我したりしないように、十分気を付けてくれよ?」

 魔理沙の、楽しそうな笑い声が聞こえた。

 「うん、霊夢の言う通りだな。誰かに心配してもらえるってのは、嬉しいもんだな」

 「…ごめん、気が付かなかった」

 「…?なんで謝るんだ?

 大丈夫、ちゃんと元気で帰ってくるさ。涼平の心配そうな顔は見たくないし、美味いシチューもご馳走してやらないといけないしな!」

 永遠亭の入り口で俺を下ろして、魔理沙は、元気に飛び去って行った。霊夢と魔理沙の二人が、美味しいお酒を飲めますように、二日酔いにならない程度に、と、心の中で祈っておこう。

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