幻想郷一般男子の日常   作:Jr.

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12月24日

 「12月24日はクリスマスイブなんですよ!」

 薬の巡回で、守矢神社に行った時に、早苗さんにそう言われた。19日の出来事だ。

 「うん、そうらしいね」

 「外の世界では、恋人同士で、レストランで食事をしたり、プレゼントを贈ったりする日なんです!」

 「うん」

 「だから、涼平さん、24日、私とデートしましょう!」

 まあ、今年も言われるような気はしていた。確か、去年も同じことを言われて、断ったと思うんだけど、あの時は、なんと言って断ったんだったかな、と、思い出そうとしていると、

 「…あの…子供の時から、漫画とかドラマでそういうのを見て、ずっと憧れていたんですけど…デートとか恋人とか、そういうのはいいので、その、お食事だけでも、ダメですか…?」

 …なんというか、上目遣いで、自信なさげに小さな声で、そういうことを言われると、大変断りづらくなってしまうのだが。

 「…何時ごろに待ち合わせがいいかな」

 「いいんですか?!ありがとうございます!!」

 まあ、予定も特にないし、元々嫌だったってわけでもないしな。早苗さんが喜ぶのなら、別にいいか。

 

 そして、今日、24日だ。風祝の力なのかどうなのか、大変良いお天気に恵まれて、普通だったら朝から薬の販売に歩くところだが、今日ばかりは予定を変更して、夕方まで、永遠亭で調剤作業。外の世界では、今日は「恋人とデートする日」だそうだから、いつものように薬箱を背負っていったのでは、さすがに早苗さんに気の毒だ。約束の時間に間に合うように出掛ける。

 待ち合わせ場所の本屋に着いたら、すでに早苗さんの姿があった。

 「ごめん、待たせちゃったかな?」

 「あ、涼平さん!大丈夫です、全然待ってないですよ!

私、とっても楽しみで。浮かれすぎちゃって、ちょっと早く着いちゃいました!」

 「それならいいけど…」

 「…本当に来てくれるかどうか、ずっと不安でした」

 「約束したんだから、ちゃんと来るよ」

 「いえ、もちろん、そのことは疑っていませんけど。そうじゃなくて、待ち合わせの場所や時間を間違えていないか、とか、いろいろ考えちゃって…とにかく、来てくれて嬉しいです!」

 眩しいほどの笑顔を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。うん、来て良かったな。

 早苗さんと一緒に本屋を出る。夕食を予約した時間にはまだ少し早いが、適当に買い物でもしていけばいいだろう。

 「早苗さんは、どこか寄って行きたいところはある?」

 「私は、特にはないです。涼平さんは、どこか行きたいところはありますか?」

 「花屋に寄ってもらってもいいかな。買い物を頼まれているんだ」

 「花屋さんですね。いいですよ!」

 二人で、夕暮れの大通りを歩く。どの店も、そろそろ店じまいの支度を始めるころだ。

 「幻想郷って、本当に、クリスマスを祝う習慣って、全然ないんですね」

 通りを見回しながら、早苗さんが言う。今日がクリスマスイブ、明日がクリスマスらしいが、だからといって、何か特別なことをしている店は、どこにもない。いたって普通の夕暮れ時の風景だ。

 「外の世界は、12月に入ると、クリスマスの準備で、とっても賑やかになるんですよ!商店街では、クリスマスソングが流れたり、お店はどこも綺麗に飾り付けをしたり…買い物をしなくても、通りを歩くだけで、すっごく楽しい気分になれるんです!」

 お祭りのときみたいなものか。そういうのと比べると、この人里の様子は、だいぶ物足りないかもしれないな。もう少ししたら、正月の準備で、このあたりもずいぶん賑やかになるんだけど。

 

 クリスマスだからといって、幻想郷が盛り上がったりしないのは、キリスト教が全く根付いていないというのが大きいのだと思う。俺の知り合いでキリスト教徒は一人もいないし、教会も、たぶん、幻想郷には1つもないはずだ。全く馴染みがない宗教の行事を祝おうとする人も、そりゃまあ、いないだろう。

 幻想郷で宗教と言ったら、まず第一に博麗神社で、最近だと、これに守矢神社が加わる。お祓いを受けることで、確実に魔除けの効果がある、というのは、幻想郷に暮らす人間にとっては、何よりも重要だ。他に、仏教や道教なども、近頃では布教に努めているようだが、こちらも、人知を超越した力を確実に所持している人たちが布教しているからこそ、信仰する人間もいるわけで、もし幻想郷にキリスト教が広まるとしたら、何か派手な魔法でも使ってみせるか、守矢神社のように、神様を実際に人間たちの前に出現させるか、どちらか必要になるんじゃないだろうか。まあ要するに、今現在もこれから先も、幻想郷は、クリスマスとかいう行事とは無縁のままだろうということだ。たぶん。

 

 というか、考えてみると、守矢神社の巫女である早苗さんが、キリスト教の行事であるクリスマスを祝うというのは、何か宗教上問題があったりしないのだろうか。

 「私が小さい頃から、クリスマスは、普通にお祝いしてましたよ?

 もちろん、社殿に盛大に飾り付けをしたりはしないんですけど。ケーキを食べて、お父さんからプレゼントをもらって。毎年、クリスマスが来るのが楽しみでした。去年も、諏訪子様神奈子様と一緒にお祝いしましたし」

 割とそのあたりは寛容なんだな。まあ、あの二柱らしいという気もする。宗教行事というよりも、単純に催し物の一種ととらえているのかもしれないな。

 

 話をしながら歩いているうちに、花屋に着いた。辺りはもうだいぶ暗くなって、店には明かりが灯っている。

 さて、どんな花を買えばいいんだろう。薬草ならともかく、観賞用の花には、俺はあんまり詳しくないからなあ…

 「外の世界だと、クリスマスの花といったら、シクラメンかポインセチアが多かったと思います」

 早苗さんが教えてくれた花を見てみる。なるほど、シクラメンもポインセチアも、どちらも色鮮やかで、なかなか良い花だな。ふうん。

 「早苗さんが好きな花は?」

 「そうですね、あのピンク色の椿とか…あとは、やっぱり女の子ですから、真っ赤な薔薇には憧れちゃいますね」

 赤い薔薇というと…、ああ、あそこにあるあれか。けっこう高いんだな…まあいいや、

 「すみません、あの赤い薔薇を、そこにあるだけ、全部ください」

 「…?涼平さん、いいんですか、それで…?永遠亭に飾るなら、和室に合いそうな、あの辺の花とか…」

 「ああ、いいんだ、別に、永遠亭に飾るわけじゃないから…はい、早苗さん、これ」

 「…え…?」

 俺が差し出した薔薇の花束を見て、早苗さんはきょとんとしている。

 「クリスマスプレゼント。メリークリスマス、って言うんだっけ、こういう時?」

 「え…でも、涼平さん、さっき、『買い物を頼まれてる』って…」

 「うん、『クリスマスには、プレゼントを贈る』って、この前、早苗さんが言ってたよね?だから、何か買わなくちゃと思ってて。せっかく贈るなら、早苗さんが好きなものがいいかな、と思ったんだけど、どうかな?」

 「……ありがとう、ございます……嬉しいです……すごく、嬉しいです……」

 喜んでもらえたのは良かったが、泣くほどだとは予想外だ。何をプレゼントしたらいいのか、全然思いつかず、花だったらまあ無難かな、と思った結果なんだけど。泣かないで早苗さん。可愛い顔が台無しだ。ほら、ハンカチを貸してあげるから…

 ようやく泣き止んだ早苗さんは、

 「…お食事をご一緒してもらえるだけで、もう十分嬉しかったのに、プレゼントまでもらえるなんて、思っていませんでした。涼平さん、ありがとうございます。私、今、最高に幸せです!!」

 うん、やっぱり早苗さんには、笑顔と元気な声が良く似合う。

 

 花屋を出て少し歩いて、ちょうどいいぐらいの時間に洋食店に着く。この前、姫様と鈴仙さんと一緒に食事をした店だ。早苗さんの話だと、「クリスマスには、おしゃれなレストランで食事をする」そうだが、そんなものはたぶん幻想郷にはないと思うので、申し訳ないが、このあたりで妥協してもらおう。

 「素敵なお店ですね。私、初めて来ました。こんなところがあったんですね」

 案外、早苗さんには好評だったようだ。

 「鈴仙さんや妖夢さんは、たまに来るらしいよ。ケーキが美味しいんだって」

 「そうなんですね!今度、私も一緒に誘ってほしいです!」

 鈴仙さん・妖夢さんと早苗さんが、3人でケーキとお茶を前に、楽しそうにおしゃべりしているのを想像すると、なんだか自然に頬が緩む。外の世界だと、「女子会」とかいうんだっけ。帰ったら、鈴仙さんに話をしてみようか。

 外の世界のレストランだと、この時期には、クリスマス用の特別なメニューが用意されていたりするらしいが、残念ながら、今日のメニューもいつもと同じだ。早苗さん、何を食べたい?

 「私は、涼平さんと一緒のもので…このお店のお料理だと、何が美味しいんですか?」

 「この前、姫様たちと来た時には、三人でピザとスパゲティとハンバーグを頼んだんだけど、どれも美味しそうだったよ」

 姫様たちと来た時の話をすると、早苗さんは、とても楽しそうに聞いてくれた。二人でいろいろ検討した結果、ハンバーグ定食を注文する。クリスマスにはケーキを食べるそうだから、デザートにそれも頼んでおこう。

 「早苗さんの所だと、晩御飯は、だいたい早苗さんが作るの?」

 「当番制ですね。私が作ることもありますし、神奈子様や諏訪子様の時もあります」

 「作るのは三人分?神様も、食事は普通にするんだ?」

 「そうですね。外の世界にいた頃は、お二方は、何か食べたりということはなかったんですけど、幻想郷に来てからは、私と一緒に、普通にお食事なさっています。別に、食べなくても問題はないそうですけど。食欲も、私たちと同じようにあるそうですよ」

 普通に、家族そろって食事するのと、同じ感覚なわけだ。強力な力を持った神様が、米を研いだり、食器を洗ったりしているのを想像してみると、なんだか面白いな。皿を落として割ってしまったり、魚を焦がしたり、なんてこともあるんだろうか。

 話しているうちに、料理が運ばれてきた。いい感じに焼き目のついたハンバーグから、湯気が立ち上って、実に美味しそうだ。それでは、早苗さんと一緒に「いただきます」。

 「…うん、美味しい」

 「本当ですね!私もハンバーグは作りますけど、こんなに美味しくはできないです。やっぱり、本職の人は違いますね!」

 「永遠亭でも、この前、八意師匠が、初めてハンバーグを作ったよ。さすがにここまでではなかったけど、かなり美味しかった」

 「永遠亭では、永琳さんがお食事を作ってるんですか?」

 「晩御飯はそうだね。朝とお昼は、俺と鈴仙さんとてゐさんのうち、朝早く起きた人が作ることになってる。

 師匠は、料理の腕前もすごいんだよ。ハンバーグの他にも、オムレツとかピラフとか、料理の本を見ながら、初めて作ったはずなんだけど、どれも本当に美味しかった。なんだかもう、あの人に苦手なことなんて、何もないんじゃないかって気がする」

 すごいですね、と、早苗さんは楽しそうだったが、ふと黙り込むと、

 「…私、幻想郷に来て、本当に良かったと思います」

 呟くように言った。

 「毎日、こんなに楽しく過ごせるなんて、外の世界にいた時を思うと、本当に、夢みたいです。

 霊夢さん、魔理沙さん、鈴仙さん、妖夢さん、それに涼平さんも…皆さん、とてもよくしていただいて。私たち、ずいぶん勝手なこともしたと思うのに。

 今日だって、こんなに素敵なクリスマスイブを過ごせるなんて、思いもしませんでした。涼平さん、私のわがままに付き合っていただいて、本当に、ありがとうございました」

 いやまあ、そんなにお礼を言われるようなことでは…ええと、早めにハンカチの用意をしておいた方がいいのかな。

 「大丈夫です、もう泣きません。私、今、とっても幸せですから!

 そうだ、私も、涼平さんにプレゼントを持ってきたんですよ!」

 そう言って、早苗さんは、バッグの中から、ちょっと大きめの箱を取り出した。ずいぶん大きなバッグを持ち歩いているなと思ったら、そんなものが入っていたのか。

 「へえ…俺も、プレゼントなんて、もらえるとは思わなかった。ありがとう早苗さん。開けてみてもいいかな?」

 「はい、ぜひ開けてみてください!」

 リボンと包装紙に包まれた箱を、なるべく丁寧に開けていく。中に入っていたのは、

 「…靴だ。カッコいいね」

 「涼平さん、毎日お仕事でたくさん歩き回って、大変だろうと思ったので。使ってもらえると嬉しいです!」

 そういえば、以前に靴のサイズを聞かれたことがあったような気もする。確かに、歩くのが仕事みたいなものなので、靴は、すぐにすり減ってしまうな。たぶん、一か月に一足ぐらいの割合で、履きつぶしているんじゃないだろうか。

 「ありがとう早苗さん、大事に使わせてもらうよ」

 「はい!!」

 とはいえ、こんなお洒落な靴は、仕事で使いつぶしてしまうには、さすがにもったいない。大事に保管しておいて、プライベートの時にでも使わせてもらおう。

 ケーキとお茶を口にしながら、いろいろと話をする。久しぶりに食べた気がするけど、うん、やっぱり美味しいな、ここのケーキ。早苗さんも気に入ってくれたようだ。

 食事の後、すっかり暗くなった通りを、早苗さんと話しながら歩く。永遠亭への分かれ道のところで、

 「それじゃ涼平さん、今日は本当にありがとうございました。とっても、とっても楽しかったです!」

 早苗さんが手を振った。本当なら、俺が守矢神社まで送っていくべきなのだろうが、幻想郷では、これから先は、普通の人間が出歩くには、少し物騒な時間だ。万一妖怪にでも出くわした場合、俺がいたのでは、早苗さんを守るどころか、かえって足手まといになってしまう。心苦しいが、仕方ない、俺も手を振る。

 「早苗さん、くれぐれも、帰り道に気を付けて」

 「はい、ありがとうございます!大丈夫です、今日の私は、無敵ですから!!

 涼平さん、来年のクリスマスも、またご一緒しましょうね?」

 「きっと、来年のクリスマスまでには、早苗さんには素敵な恋人ができていると思うよ」

 「…もう!涼平さんの意地悪!

 涼平さんも、帰り道に気を付けてくださいね。それじゃ、おやすみなさい!」

 そう言うと、早苗さんは宙へと舞い上がり、ゆっくりと遠ざかっていった。俺も、永遠亭へと歩き出す。片手に抱えているのは、早苗さんからプレゼントしてもらった靴だ。歩きながら、今日一日のことを思い返してみる。…うん、クリスマスというのも、案外悪くないかもしれないな。

 

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