永遠亭について説明しておこうと思う。
人里離れた「迷いの竹林」、その中ほどにある大きなお屋敷が「永遠亭」だ。
とまあ、言葉で表せばたったこれだけのことだが、しかし、人里の人間で永遠亭の存在を知っている者は、おそらくほぼいないだろう。竹林の中にある、と言ったところで、普通の人間にはまずたどり着けないからだ。永遠亭を取り巻いている竹林は、「迷いの竹林」というだけあって、竹の成長が早く、常に林内部の様相を変えてしまうため、何かわかりやすい目印でも用意しておかなければ、とても歩けたものではない。加えて、永遠亭の主人である蓬莱山輝夜(ほうらいさんかぐや)様と八意永琳(やごころえいりん)様がかつて仕掛けた術のおかげで、普通の人間にはどうやっても永遠亭にたどり着くことはできず、竹林の中をさまよい歩くことになる。最悪の場合は、迷ったまま人里への帰り道もわからなくなってしまい、遭難することだってあり得る(実際、以前は不幸な村人の死体がたまに見つかったそうだ)。俺は永遠亭と人里を普通に行き来しているが、これは、八意師匠から、竹林で迷わない特別な方法を教えてもらっているからだ。
永遠亭は、元々は文字通りの「隠れ家」だった。輝夜姫様と八意師匠が、外部から隠れ住むために「迷いの竹林」の中に住居を定め、その上に、絶対に人目につかないように厳重に目くらましの術をかけたのだ。そうして長い時間が過ぎたのだが、およそ3年前、ちょっとした誤解から幻想郷全体を巻き込んでの異変が起こった。「永夜異変」と呼ばれるもので、簡単に言えば、いつまでも夜が明けなかった、という事件だ。この原因となったのが、輝夜姫様や八意師匠といった永遠亭に住む人々で、この異変は、結局、霊夢や魔理沙たちの手で解決されることになった。その際のやり取りで、もう隠れ住む理由はないのだ、ということが明らかになり、永遠亭と人里との交流が少しずつだが始まって、現在に至る、ということになる。
ちなみに、「永夜異変」があった、というのは、普通の人たちは全く知らない。「なんだか夜がいつもよりも長い気がするな」と感じていた人もいるかな、その程度の話だ。俺にしても、永遠亭に弟子入りしてから、異変については初めて知った。それにしたところで、簡単な概略を教えてもらったというだけで、詳しい事情については今もってまったくわからない。まあ、霊夢にしろ八意師匠にしろ、積極的に話したがらないものを無理に聞き出そうとも思わない。知らない方がいい、という事柄も、世の中には多分あるのだ。
その永遠亭で、俺は住み込みで薬師の修行をしている。
俺が永遠亭に入門することになったのは、およそ3年前、「永夜異変」が終わって少し経った頃のことだ。
「すごく優秀らしい薬師の先生がいるんだけど、涼平、弟子入りしてみない?」
霊夢にそう言われて、八意師匠に紹介してもらったのだ。
俺の家は代々続く薬売りで、俺も父親に付いて、子供の頃から薬については勉強してきた。霊夢と知り合ったのも、父親が博麗神社に薬の行商に行くのにくっついて行っているうちに、自然と仲良くなったのだ。
そんなわけで、父親と二人、八意師匠と話してみたのだが、弟子入りを決意するのに時間はかからなかった。少し話をしてみただけでも、八意師匠の薬学知識が桁外れであることが理解できたからだ。師匠と輝夜姫様はもともと月の人間で、理由あって幻想郷に移り住んだということらしいが、月の文明は幻想郷よりもはるかに進歩しているのだそうで、その中でも八意師匠は「月の頭脳」と称せられるほどに、優れた知力の持ち主なのだ――とまあ、これは一緒に生活するうちに知ったことだが。ともかくも、師匠の薬学についての造詣の深さに、当初弟子入りについて消極的だった父親も、がぜん乗り気になり、俺自身の気持ちは言うまでもなく、無事住み込みの弟子入りとあいなったというわけだ。
以来3年、つくづくと八意師匠の偉大さを痛感する日々が続いている。一生かかったところで追いつくことなど到底出来そうもないが、それでもできる限りのことはやろうとは思っている。文字通り「微力を尽くす」といったところだ。
永遠亭に住んでいるのは、俺以外には、輝夜姫様、八意師匠、鈴仙さん、てゐさん、以上の4人だ。
永遠亭の主人である蓬莱山輝夜様は、なんと、昔話のあの「かぐや姫」その人だ。光る竹から生まれた絶世の美女で、時の帝から求婚されるも拒絶し、月の都へ帰って行った、…はずなのだが、実際はなぜか地上に残って、永遠亭で俺達と一緒に暮らしている。伝えられる通り、輝くばかりの美しさを持った女性で、言葉遣いや挙措もおっとりと、まさに「お姫様」といった感じだ。俺はこういった方とは話したことなどまるでなかったので、永遠亭に来て最初に会った時には、戸惑いと緊張とで大変だったのを覚えているが、輝夜姫様の方ではまるで屈託なく、いたって普通に話しかけてくれたので、いくらもかからずに自然にふるまえるようになった。
姫様は、普段は暇を持て余している風で、筆をふるって書や絵を描いたり、笛や琴を奏でてみたり、時には邸内を隅々まで掃除してみたり、様々にその日その日を過ごしている。
八意永琳様は、医学薬学においては俺の師匠で、また永遠亭を実質的に運営している。日頃は薬の研究をしていることが多いが、これもまあ輝夜姫様と同様、ほとんど趣味というか暇つぶしのようなものなのだろう。前にも書いたが、医学薬学についての師匠の知識は、驚嘆すべきほどに広く、また深い。俺にとっては、遥かに仰ぎ見る巨大な山、といった存在だ。
鈴仙(れいせん)・優曇華院(うどんげいん)・イナバさんは、俺と同じく八意師匠の弟子で、俺にとっては姉弟子にあたる。
元は月に住む兎で、軍隊に所属する兵士だったが、ある時「地球軍が月に攻めてくる」という噂を聞いて(誤報だったらしいが)、脱走して幻想郷にやってきたのだという。そして、迷いの竹林でうろうろしているところを、運良くてゐさんに出会って、永遠亭に連れてきてもらった。これが今から数十年前。以来今まで、ずっと師匠のそばで生活してきた。なので、医学薬学については俺よりも相当詳しく、実際のところは、俺は、八意師匠よりも鈴仙さんから教えてもらうことの方が多かったりする。
性格は明るく、しっかり者で、若干おっちょこちょい。俺にとっては、頼りになるお姉さん、といった感じだ。
ちなみに、元・月のウサギ、とはいうものの、特徴的な長い兎耳が生えていることを除けば、鈴仙さんの外見はほとんど人間と変わらない。月のウサギは、皆鈴仙さんのような人間に近い姿をしているのだ、と、八意師匠が言っていた。ウサギがそうだとすると、他の動物、たとえば犬や猫なども、月では人間のような姿で服を着て二本足で歩いているのだろうか、とその時質問したら、師匠と鈴仙さんに変な目で見られてしまった。「変なこと考えるのねえ」と言われたのだが、果たしてそうだろうか。
鈴仙さんは月のウサギだが、因幡(いなば)てゐさんは、地球生まれの化け兎だ。もともと普通のウサギだったのが、長生きできるよう健康に気を使っているうちに、あまりに長生きしすぎたためいつしか妖怪化した、と、以前自分で言っていた。どのぐらい長生きかと言えば、それこそ神代の昔から生きているそうで、神話の「大国主命(おおくにぬしのみこと)と因幡の白兎」に登場する「因幡の白兎」とは、すなわちてゐさんのことであるらしい。そこまでいくと、もはや「長生き」で済ませていいようなものではない気がする。鈴仙さんと同じく、てゐさんも、「化け兎」とは言いながら、兎耳と尻尾があること以外は普通の人間と見た目は変わらない。
こうした人たちに囲まれて、俺は永遠亭で内弟子生活を送っている。
内弟子、とは言っても、待遇としてはかなり恵まれている。炊事洗濯や掃除といった雑用を課されることもなく(とはいえ、甘えすぎるのも気が引けるので、自分から申し出て手伝わせてもらっている)、医学薬学の勉強にしても、強制されることは全くない。ただし、師匠や鈴仙さんの方から教えてくれるということもないので、知りたいことがあれば自分から積極的に尋ねなければならない。質問すれば、師匠も鈴仙さんも懇切丁寧に教えてくれる。天気がいい日に俺がやっている、人里のお客さん回りは、師匠から命じられたものだが、これにしても、「将来独立した時に、自分のお客を確保できるように」という、師匠の気遣いのたまものだ。師匠、姫様、てゐさん、鈴仙さん、皆さん親切にしてくれて、本当に感謝しかない。
入門してから3年、まだまだ学ぶことは多い。