「どうした涼平?言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」
楽しそうに、魔理沙が言う。…そうだな、言いたいことはいろいろあるが、まずは、
「とても美味しそうな料理だ。ずいぶん頑張ったみたいだね、魔理沙」
「うん、ありがとう。他には?」
「思ってたのと違う」
「だろうな」
悪戯が成功した時の子供は、きっとこういう表情になるんだと思う。見事に引っかかった側の人間としては、さて、どういう反応をするのが正解なんだろうか。
薬の巡回のついでにお昼をご馳走する、という電話が、数日前に魔理沙から掛かってきた。すっかり寒くなったし、温かいシチューを楽しみに、霧雨魔法店へとやってきたのだが、
「…肉じゃが、だよね、これ」
「うん」
テーブルに並んでいるのは、ご飯に、味噌汁に、肉じゃがだ。美味しそうに湯気が立ち上って、冷たい森の中を歩いてきた身には、大変ありがたい光景なのだが、クリームシチューにパンといったメニューを想像してきたので、うーん…
「…どうしてこうなったの?」
「いやあ、この前涼平は『今度の料理もシチューでいい』って言ってくれたけどさ。さすがに、同じ物ばかり作るのは、飽きてきたんだよな。それで、何かもっと工夫できないか、いろいろ試してるうちに、『考えてみたら、シチューの材料って、肉じゃがとほとんど同じだな』って思って。で、作ってみた」
自由な発想と、「思い立ったら試してみる」という行動力が、いかにも魔理沙らしい。
「さあさあ、せっかく作ったんだから、冷めちゃう前に食べてくれよな!」
それではまあ、いただいてみることにしようか。しかし、魔理沙と和食という取り合わせは、なんか意外だな。まあ、魔理沙が料理をする、ということ自体が、いまだに多少の違和感があったりするわけだが。
「…うん、美味しい」
「だろう?
永琳の作る肉じゃがと比べると、どうだ?」
「料理は、他の人と比べるようなものじゃないと思うけど…でも、そうだね、師匠のと同じぐらい美味しい、かな。
肉じゃがは、初めて作ったんだよね?本当に、料理がうまくなったなあ、魔理沙。ご飯も味噌汁も、とても美味しい」
そうだろうそうだろう、と、魔理沙はご満悦だ。よく考えると、肉じゃがはもちろんのこと、ご飯や味噌汁を作るのも、魔理沙は初めてなんじゃないかという気がするのだけれど、今回もやっぱりアリスさんに教わったんだろうか。
「アリスは、たぶん、和食とか中華なんかには、そんなに詳しくないんじゃないかな。聞いてみたことはないけど。
実は、永琳に教わったんだ」
味噌汁を吹き出しそうになった。なんだって?
「師匠に教わったって…いつ?師匠がここに来て、魔理沙に教えていったの?」
「いや、私が永遠亭に行って、指導してもらったんだ。先月と今月、合わせて三回出掛けたかな?
永琳は料理が上手いって、前に涼平が言ってたし、永遠亭の料理は和食が多いって話だったしな。永琳に電話してみたら、気軽にOKしてくれた」
「そんなことがあったんだ…俺は、全然知らなかったけど」
「涼平には内緒にしてくれって言っておいたからな。
後でびっくりさせてやろうと思って。どうやらうまくいったみたいだな」
なんだか今日は、魔理沙に驚かされてばかりだ。言われてみれば、味噌汁も肉じゃがも、永遠亭で食べているものに近い味のような気がする。
「『筋がいい』って、永琳に褒められたんだぜ」
嬉しそうに魔理沙が言う。「師匠の肉じゃがと比べてどうか」とか尋ねてきたのは、そういうわけか。
「肉じゃがは、そんなに苦労しなかったんだけど、ごはんを炊くのが意外と難しかった。水加減とか火加減とか、けっこう面倒なんだな。水が足りないと芯が残るし、ちょっと火が強いとすぐ焦げるし。
永琳って、教えるのが上手いよな。筋道立てて、わかりやすく教えてくれる。永琳が医者じゃなくて、魔法使いだったらよかったのになあ。わからないところを、いろいろ質問できるのに」
それだと俺が困る。アリスさんの話だと、魔法でわからないことがあったら、紅魔館のパチュリーさんに聞きに行っているということだったけれど。
「パチュリーはなあ、うーん…。申し訳ないんだけど、正直、教えるのはあんまり上手くないと思う。
持っている知識がすごいのは間違いないんだけど、それを言葉にして他人に伝える技術が足りないんだな、きっと。本ばかり読んで、長年一人で魔法を研究し続けてきた結果なんだと思うけど。『他人に教える』ってことが、最初から想定されてないんじゃないかって気がする。質問すれば教えてくれるのは、本当にありがたいんだけどさ。結局、話を聞いてもよくわからなくて、本を読んで自分で調べることになっちゃうんだよ」
会ったこともないパチュリーさんが、「山のような本だけを友として、孤独に研究を続ける大学者」といったイメージになりつつあるのだけれど、果たして合ってるんだろうか。
「『知りたいことがあったら、いつでもいらっしゃい』って永琳に言われたし、これからも、ちょくちょく料理を教えてもらいに行こうと思うんだ。
そういうわけだから、私も永琳の弟子なんだぜ。よろしくな、兄弟子!」
…ああ、なるほど、言われてみれば。思いがけないところで妹弟子ができた。魔理沙、こちらこそよろしく。
食事の後は、魔理沙お手製のクッキーをごちそうになった。以前に食べた時は、ちょっと変わった出来栄えだったけれど、今回のは、文句なしに美味しい。バターの風味が効いていて、歯触りもさっくりとして、形も整っているし、お世辞抜きに、店で売っていてもおかしくないんじゃないかな。正直にそう感想を言うと、魔理沙はとても嬉しそうだったが、
「…ああ、なるほど、そうか」
そう呟いて、突然笑い出した。いったいどうしたんだろうと思って見ていると、
「ちょっと不思議だったんだよ。なんで涼平といるとこんなに楽しいんだろうって。やっとわかった。魅魔様に似てるんだ、涼平は」
「…俺が、魅魔さんに?」
「そう。見た目じゃなくて、中身が、って話な。
私の話を何でもよく聞いてくれて、良い点があったら褒めてくれるけど、ああしろとかこうしろとか、うるさいことは全然言わないだろう?…そうだ、もし私が、何かとんでもない間違いをやらかしそうだったら、涼平ならどうする?」
「その時になってみないと何とも言えないけれど、うーん…たぶん、頑張って止めようとするんじゃないかな」
「だろう?うん、やっぱり魅魔様にそっくりだ」
そうなのか。なんだか褒められている気がするが、普通はそういう時は止めようとするんじゃないか…いや、面倒事を嫌って、注意するだけして、放っておくような場合も、案外多いのかな?
まあ、性格は似ているのかもしれないが、俺はごく当たり前の人間で、魅魔さんみたいに特別な力は持っていないから、魔理沙が暴走したら、どう頑張っても止められないと思うけど。というか、今の言い方だと、実際に、何かとんでもない間違いをやらかしたことがあるのか。
「魅魔様の弟子になった最初の頃に、いろいろと、な。好奇心旺盛な子供が、魔法なんか使えるようになったら、ついはしゃぎすぎて、加減が分からなくなる、っていうのは、なんとなくわかるだろう?
あの頃に比べたら、今はだいぶ落ち着いたと思うから、別に心配しなくても大丈夫だと思うぜ。
そういえば、永琳に聞いたけど、涼平、永遠亭を追い出されるんだって?」
さらっととんでもないことを言われたような気がする。だいぶ情報が混線しているようだが、一体どうやったらそういう伝わり方をするんだろうか。
「…本当に師匠がそう言ったの?」
「うん、三月いっぱいで、涼平が永遠亭からいなくなるって言ってたけど」
「その通りだけど、追い出されるんじゃなくて、独立するんだよ。魔理沙が、魅魔さんから離れて、一人立ちしたみたいに」
「ああ、そうか。別に、何かやらかしたわけじゃないんだな。ちょっと心配したんだけど…」
いったい何をしでかしたと思ったんだ。師匠に事情を聞いてみようとは思わなかったんだろうか。
「いやあ、なんだか、尋ねちゃまずいような気がしてさ。永琳も、詳しいことは何も言わないし。それでまあ、なんとなく聞きそびれた。
それで、独立したとして、四月からも、涼平は、私の所に来てくれるんだよな?」
「そうだね、今まで通りに、薬の定期訪問で寄らせてもらうと思う」
「だったらいいけど。もし涼平が来てくれなくなったら、料理も掃除もしなくなっちゃうと思うからさ」
「…そうなの?」
「うん、たぶん。魅魔様がいなくなっても、魔法の研究はずっと続けてるけど、料理に関しては、ちょっと自信がないなあ。料理も面白いとは思うけれど、何よりもまず、涼平が『美味しい』って言ってくれるのが嬉しくて作ってるんだし」
「食べてくれる人が欲しいんだったら、霊夢とかアリスさんでも…」
「いや、涼平じゃないとダメなんだよ。だって、『ちゃんと料理して、きちんとしたものを食べなさい』って、アリスに何度も言われたけど、全然やらなかったんだぜ?
まあ、ちょっと前まで、料理も掃除も全然しないような生活をしてたんだから、そういう暮らしに戻っても、全然かまわないようなものだけどさ。せっかく料理の面白さが分かってきたのに、もったいないじゃないか。
そういうわけだから、これからも、私の作る料理を食べて、『美味しい』って言ってほしい…ああ、もちろん、出来が悪かったら、そう言ってくれてかまわないんだけど。涼平、いいだろう?」
「手料理を食べてくれ」とお願いされる、というのは、なんだか変な感じだ。普通は逆じゃないかと思うのだけれど。まあ、つまりは、今まで通りということだよな?だったら、別に断る理由もないか。
「…それじゃ、これからもご馳走になります」
「うん、ご馳走してやる!」
元気いっぱいな声だ。これからは、永遠亭で魔理沙を見かけることもあるのかもしれないな。まあ、もうすぐ俺は永遠亭からいなくなるんだけども。
「中華料理っていうのも面白そうだよな。紅魔館に行ったときに、美鈴に聞いてみるか。
…そうだ!四月から、涼平は実家に戻るんだよな?涼平の家って、確かお父さんと二人暮らしだったよな?私が、時々食事を作りに行ってやろうか?!」
いやいやいやいや、さすがにそれは…そんなに身を乗り出して、目を輝かせながら言われても…えーと、ごめん、ちょっと考えさせて…
その後も少し話をして、午後の仕事に戻る。
「また来いよ涼平!待ってるからなー!」
店の入り口で、魔理沙が大きな声で言いながら、ぶんぶんと手を振って見送ってくれた。本当に元気だな。
次に来るのは、たぶん四月か五月あたりになるのかな…