幻想郷一般男子の日常   作:Jr.

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1月20日

 1月1日に姫様たちと初詣から帰ってきた、その後のことを書いておこうと思う。

 姫様がおっしゃっていた通り、翌日2日から、鈴仙さんに着せるための着物探しが始まった。広大な永遠亭のあちらこちらにしまってある荷物を引っ張り出してきては開けてみるのだが、

 「…ああ、どこにしまったのかと思ったら、こんなところにあったのね!うわあ、懐かしい…」

 荷物を一つ紐解いてみるごとに、姫様はそんなことをおっしゃって、久しぶりに再会した品物にまつわる物語を話し始めるので、作業は遅々として進まない。いろいろと興味深いお話ばかりなので、俺たちもつい聞き入ってしまう。無造作に重ねられた紙束の中から、帝が姫様に宛てたお手紙、なんてものまで出てきたのだから驚きだ。保存状態も極めて良好だし、慧音先生あたりに見せてあげたら、きっと喜ばれるんじゃないかな…まあそんな感じで、着物探しで正月三が日は終わってしまった。

 ちなみに、探していた姫様の昔のお召し物は、3日の夕方ごろに見つかった。早速鈴仙さんに着てもらったが、それはもう、大変よくお似合いだった。皮肉屋のてゐさんが「…うん、まあ、悪くないね」と言っていたというあたりで、どのようなものだったか察していただければと思う。俺はスマホで何枚か写真に撮らせてもらったが、お見せできないのが残念だ。

 さて、正月が終わってまた日常が始まったわけだが、姫様は、昔の荷物を探してみるのがすっかり楽しくなってしまったようで、今日はこの部屋、明日はその隣、といった具合に、永遠亭の中を毎日家探ししていたようだ。掛け軸や置物などが、見慣れない物に時々置き換わっていたりしたのは、きっとその成果だったのだと思う。「今日はこんなものを見つけたのよ」と、夕食の時にお話を聞かせていただくのも楽しかった。まあそんな感じの毎日だったので、

 「ところで涼平、初詣にはいつ連れて行ってくれるの?」

 姫様にそう言われるまで、その件についてはすっかり失念していた。気付けばもう1月も半ばを過ぎて、「初詣」と言うには、だいぶ時機を逸してしまっている。慌てて霊夢に電話して、20日に出かけることになった。実を言うと、その日だと、鈴仙さんがどうしても回らなければいけないお客さんがいるとのことで、それならまた別の日にしようかとも思ったのだが、

 「博麗神社に行くだけなら、お供は涼平君だけでも大丈夫よ、きっと」

 そう師匠が言ったので、今回は、俺と姫様の二人だけということになった。まあ大丈夫だろう、と、俺も軽く考えていたのだが、

 「涼平君、姫様を頼んだわよ?」

 真剣な顔で鈴仙さんに言われてみると、急に心細くなってきた。以前人里に出かけたときに、姫様の姿が見えなくなって、鈴仙さんが大慌てしていたのが思い出される。あの時と違い、今回は鈴仙さんがいないわけで、つまり何かあったら、すべて俺の責任になる、ということだ。博麗神社に出かけるだけでそんなトラブルが起こるとも思えないし、いざとなれば霊夢に協力も頼めそうではあるが、なにしろ全く世慣れていない姫様のことではあるし…。お願いですから何事もありませんように、と、心の中で祈らずにはいられない。

 

 そういうわけで、本日、1月20日の午後、俺は姫様のお供をして、博麗神社への階段を上っている。

 「お正月はあれだけ混雑していたのに、今日はこんなに静かなのね。とても不思議だわ」

 輝夜姫様は、しきりに辺りを見回している。博麗神社が閑散としているのは、俺には見慣れた光景なのだが、姫様にとっては、正月との対比で、きっと新鮮に感じられるのだと思う。

 「5月には、博麗神社の例大祭があるので、その時にはまた賑やかになりますよ。みんなで笛や太鼓を鳴らして、お神輿なんかも出るんです」

 「そうなのね。楽しみだわ!」

 まあ、その頃には、俺はもう永遠亭にはいないのだけれど…

 社務所で声をかけると、霊夢が姿を見せた。

 「こんにちは、涼平。お姫様も、お久しぶりね」

 「お久しぶりにお目にかかります、その節は、大変お騒がせいたしました…できれば、『お姫様』ではなくて、名前で呼んでもらえると嬉しいわ」

 「それじゃあ…輝夜さん?輝夜様、がいいかしら?」

 「ただの輝夜がいいわ。これからは、私も、幻想郷で皆さんと一緒に暮らしていくんだもの。涼平に『姫様』と呼ばれるのは仕方ないけれど。私も、『霊夢』と呼び捨てにさせてもらっても良いかしら?」

 「ええ、もちろん。これからよろしくね、輝夜」

 姫様はとても嬉しそうだ。霊夢が、人里で初めてできた友達、ということになるのかな。

 拝殿で、姫様と一緒に、霊夢にお祓いをしてもらう。俺は、去年の夏頃に一度お祓いを受けているので、別に今回はいいのだけれど、まあ、ついでというか。年に一度お祓いを受ければ良いとはいうものの、穢れというのは目に見えない物ではあるし、普通に生活しているつもりでも、知らないうちに体内が汚濁に満ちていた、というようなこともないとは言えないので、なるべくこまめに祓ってもらった方が安心ではある。

 「…これでおしまいなの?」

 不思議そうに、姫様がおっしゃった。目に見える形で何か効果が表れるわけでもないし、儀式としては、ただ霊夢が大幣を一振りするだけのあっさりしたものだし、ちょっと物足りないかもしれないな。

 「妖怪に狙われないように、人の心の穢れを祓い清めよう、というのが目的の儀式だから。輝夜みたいな月の人たちは、地上の人間よりもずっと、身も心も清らかということだし、お祓いなんて、きっと必要がないんじゃないかしら。

 地上の人間にはこんな風習があるんだ、という程度に、珍しがってもらえると良いと思うわ」

 霊夢の説明を聞いて、姫様は小さくうなずいていた。まあ、妖怪よりも非力な人間だからこそお祓いが必要になるわけで、姫様や師匠なら、妖怪に襲われたとしても、問題なく撃退できそうではある。

 

 「少し、神社の中を一人で見て回っても良いかしら?」

 お祓いを受けた後で、姫様がそうおっしゃった。いつも誰か付き人が一緒というのでは、姫様も窮屈だろうし、博麗神社の境内であれば、お一人で散策されても、特に問題はないと思う。霊夢も了承してくれたので、姫様は一人、境内へと歩いていった。何かあったら、必ず電話してください、と、一応念を押しておく。たぶん大丈夫だとは思うけれど。

 俺たちは、霊夢の家で姫様を待つことにする。誰か参拝客が来るかもしれないし、社務所の方がいいんじゃないか、と、一応言ったのだが、

 「たぶん誰も来ないと思うから、大丈夫よ」

 というのが霊夢の答えだった。そんなに自信ありげに言うようなことでもないような気がするが。普段はこんなに閑散としていても、正月になると参拝客で長蛇の列ができるのだから、この神社も、ずいぶん極端だと思う。

 居間に通される。こたつの上に蜜柑が置いてあるのを見ると、なんだか落ち着くな。霊夢が、温かいお茶を持ってきてくれた。

 「涼平が永遠亭から追い出されるみたいだ、って、魔理沙が言っていたけれど」

 霊夢が言った。間違った情報を伝えるなとは言わないが、後でちゃんと訂正してくれないかな、魔理沙。

 「行くあてがなかったら、私の所に来てもいいわよ?部屋なら空いているし」

 「あー…、いや、気持ちは大変ありがたいと思うけれど…えーと、なんというか、追い出されるんじゃなくて、独立するんだよ。四月から」

 「うん。大丈夫よ、今日の輝夜とのやり取りを見ていれば、涼平が問題を起こしたんじゃないことはわかるもの。ちょっとからかってみたかっただけ。

 そう、独立するのね…涼平が永遠亭に入ってから、どれぐらいになるかしら。三年?」

 「もうすぐ四年になるかな」

 「そんなに経つんだ。時間が過ぎるのは早いものね…四年間過ごしてみて、どう?楽しかった?」

 「そうだね、楽しかった。とても…」

 本当に、思い返してみても、「楽しかった」以外の記憶がない。薬の勉強でも、日常生活でも。もちろん、失敗したことも多かったけれど、そういうことも含めて、全てが良い思い出になっている。師匠、姫様、鈴仙さん、てゐさん、皆さん本当によくしてもらって、こんなに恵まれた環境で過ごせたことに、どれだけ感謝しても足りないぐらいだ。四年前、もしも霊夢から師匠を紹介されていなかったら…それはそれで、きっと普通に充実した生活を送れていただろうけれど、今現在の人生の方が、より刺激的で満ち足りているのは、間違いないことだと思う。

 「…涼平?どうしたの、黙って私のことを見て?」

 「霊夢に出会えてよかったな、と思ってさ」

 「…?変なの」

 不思議そうに、霊夢は小首をかしげてみせた。師匠に紹介してもらったこともそうだし、遡って、もしも子供の頃に霊夢と出会っていなかったらと思うと…駄目だ、うまく想像できない。

 「こうしていると、なんだか懐かしいわね」

 少しの間、何も話さない時間があった後で、楽しそうに霊夢が言った。

 「こうしていると…?」

 「そう。涼平と二人で、こうやって、こたつに入って蜜柑を食べていると。子供の頃に戻ったみたいで、なんだか嬉しい」

 ああ、なるほど。冬はこたつで丸まって、暖かくなってきたら、縁側で日向ぼっこ。霊夢と一緒の風景で、最初に思い浮かぶのは、確かにそんな感じだ。暖かい所にいると、霊夢は、とても幸せそうな顔になるんだよな。ちょうど今みたいに…

 コタツにあたって、いい感じに体が温まってきたので、ちょっと横になる。少しくつろぎすぎな気もするが、そこはまあ、長年の付き合いということで、大目に見てもらおう。時々、霊夢と他愛もない話をして、こういう時間を過ごすのも、ずいぶん久しぶりだ。本当に、子供の頃に戻ったみたいだな…

 いつの間にか寝入ってしまっていた。目を開けたら、すぐ目の前に霊夢の顔があったのでびっくりした。幸福そうに寝息を立てているが、なんというか、ちょっと無防備すぎやしないか…

 「おはよう、涼平」

 声のした方に顔を向けると、姫様が、微笑みながらこちらを見ていた。

 「おはようございます…いつお戻りになったんですか」

 「ついさっき、かしら」

 「思わず寝入ってしまって…大変失礼しました」

 「可愛い寝顔を眺めていられたから、別にいいわよ。とっても仲良しなのね、あなたたち。

 声をかけようかとも思ったんだけどね。あんまり幸せそうに寝ているものだから、起こすのも気の毒かなと思って」

 ずいぶんとみっともない所を見られてしまった。姫様、そんなに楽しそうな顔をなさらないでください…

 姫様との会話が聞こえたのか、霊夢も目が覚めたようだ。

 「おはよう、霊夢。それじゃ、俺たちはそろそろおいとまするから…」

 そう言って立ち上がろうとしたら、霊夢に袖をつかまれた。意外と力が強いな。離してもらわないと帰れないんだが、と、霊夢を見ると、眠そうな目をして、体が前後左右に、ゆっくりと小さく揺れている。いわゆる、夢うつつ、というやつだ。そういえば、霊夢の寝起きは、いつもこんな感じだったな。久しぶりなもので、すっかり忘れていた。もうちょっと、意識がはっきりするまで、待つしかないか…

 「博麗の巫女のこんなところも、めったに見られないんでしょうね。写真に撮ってもいいかしら?」

 姫様、面白がるお気持ちはよくわかりますが、さすがに霊夢が気の毒なので、勘弁してあげてください…

 しばらくして、ようやく霊夢が手を離してくれたので、帰途に就くことができた。

 「四月になったら、涼平の家に遊びに行くわね」

 霊夢の見送りの言葉を聞いて、姫様は「あらあら」と、楽しそうに笑っている。別にいいじゃないですか、仲良しなんだし…と思ったけれど、あれ、ひょっとしたら、霊夢は、俺の家を知らないんじゃないだろうか。俺はよく博麗神社に遊びに行っていたけれど、霊夢が俺の家に来たような記憶が全くない。後で、電話で確認しておいた方がいいかもしれないな…

 いつの間にか日も傾いて、あたりは奇麗な夕焼け色に染まっていた。

 

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