「そういえば、こないだの話って、結局どうなったんですか?」
「こないだの話?」
「ほら、この前話してたじゃないですか。人里の、医者の先生の話」
「ああ、あれね。ふふーん、知りたい?」
いたずらっぽく、鈴仙さんは俺の顔を覗き込んできた。午前中の仕事を終えて、鈴仙さんと2人、居間でお昼を食べながらの会話である。
昨日は綺麗な夕焼けだったにもかかわらず、今朝起きてみたら、外では雨が降っていた。晴れていれば魔理沙のところへ行こうかと思っていたのだが、仕方ない、予定を変更して、鈴仙さんと薬の調合・補充をすることにした。晴れた日は薬の行商、雨だったら永遠亭で調剤・補充、というのが、俺と鈴仙さんの日課だ。
さて、「こないだの話」の内容だが、簡単に言えば、鈴仙さんが、人里の医者から結婚を申し込まれた、という話だ。
俺と鈴仙さんは、人里を薬の行商をして歩いているが、扱っているのは胃薬や傷薬といった常備薬で、お客さんはもっぱら一般家庭が対象だ。医者は販売の対象外で、だから、鈴仙さんも言われた時は驚いたらしい。そりゃそうだろう。全然知らない相手から、突然結婚を申し込まれたら、誰だって驚く。
いつも回っているお客さんから、その医者の先生に話が行ったらしい。薬に詳しい、しっかり者の娘さんがいるが、先生の嫁にどうか、とか、たぶんそんな感じだったんだろうと思う。医者の先生の方でも、人里で何度か鈴仙さんを見かけたことがあって、また、他の人からも話を聞いていたらしく、「鈴仙さんの方でよろしければ、ぜひ」ということになったのだそうだ。鈴仙さんが人間ではなくて月の兎だ、ということは、もちろん承知の上だ。
「断ったわよ、もちろん」
お茶を一口すすってから、鈴仙さんは言った。
「全然知らない人に『結婚してください』って言われて、『はいわかりました』なんて言えるわけないじゃない」
「『結婚を前提としたお付き合い』ってのがあるじゃないですか。最初はよく知らない相手でも、付き合っていくうちに好きになる、ってこともあると思うんですけど」
「うーん…」
「相手のお医者さんも、評判のいい人なんでしょう?」
「なに?涼平君は、私にお嫁に行ってもらいたいの?」
「そんなわけないじゃないですか」
「まあ、悪い気はしないけどね…」
少し考えるようにしてから、
「やっぱり、人間は人間と結婚するべきよ」
「そういうもんですか」
「寿命が違いすぎるでしょ」
鈴仙さんの見た目は俺と同じぐらいだが、実際ははるかに長く生きているらしい。月人は、地球の人間よりも、格段に寿命が長いのだそうだ。
ちなみに、八意師匠と輝夜姫様は、ともに不老不死だ。「蓬莱の薬」という特別な薬を服用した結果そうなったということで、長命な月人の中でも、あの2人は特別ということらしい。
「もし私が人間と結婚したとして、相手の方がずっと先に年を取って死んじゃうでしょ。一方で、私は若いままでピンピンしてるわけよ。たぶん相当つらいわよ、それって」
「…ああ、なるほど。言われてみればその通りかもしれませんねえ」
「でしょ」
鈴仙さんが、湯飲みにお茶を継ぎ足してくれた。
「おとぎ話とかで、たまにあるじゃない、妖精とか天女とか、ずっと長生きな相手と、人間が、愛しあって結ばれるってやつ。2人は幸せに暮らしました、めでたしめでたしって。あれって、ずいぶん勝手な話だと思うのよね。後に残される方のことを全然考えてないじゃない。人間が幸せならそれでいいのかって思うわ」
「異種族間の結婚っていうのは、やっぱり難しいですかね」
「絶対に無理とは言わないけどね。けど、やっぱり相当な覚悟が必要だと思うわ。命がけの恋、とかかしらね。寝ても覚めても相手のことばかり思い続ける、あるいは、全てを投げうっても後悔しない、そういうレベルの話なんじゃない。
愛する人は確実に自分よりも早く死ぬ、自分の子供や孫だって自分よりも先に年老いて死ぬ、自分は若くて健康なままで、それを見守っていかなきゃならない。そういう未来に耐えられるかどうかってことよね、きっと」
なんだか、予想外に重い話になってきた。まあ、幻想郷にいる限り、鈴仙さんが結婚することはないだろう、ということだ。そのうち月に帰って、幸せな家庭を築いたりするのだろうか…うん?
「いや、別にそうとは限らないんじゃないですか」
「ん?どういうこと?」
「人間と結婚したら、子供や孫も自分より先に死ぬ、ってところですよ。
それってつまり、生まれる子供は人間だから、月の兎である鈴仙さんより寿命が短い、ってことでしょ?でも、そうとは限らないじゃないですか。たぶん、人間じゃなくて、人間と月の兎のハーフ、半人半妖になるんじゃないですか。だとしたら、寿命だって、人間よりも相当長くなるんじゃ」
「…ああ、言われてみれば。半人半妖か、そうね。妖夢とか、慧音先生みたいになるのか」
人間と妖怪の混血である「半人半妖」と呼ばれるような存在も、少数ではあるが、幻想郷にはいる。俺が知っているのだと、寺子屋で先生をやっている上白沢慧音さんとか、剣士の魂魄妖夢さんとかがそうだ。2人とも、相当長命だと聞いた。
「というか、そもそも、月の兎と人間との間に、子供ってできるものなんですか」
「どうなんだろう…」
「鈴仙さんの知り合いの月の兎で、地球の人間と結婚した人っていないんですか」
「うーん…」
「なかなか面白い話をしているわね」
いきなり声を掛けられたのでびっくりした。居間の入り口のところで、八意師匠が、楽しそうにこちらを見ていた。
「ごめんなさいね。驚かせるつもりはなかったのだけれど」
「いや、別にいいですけど…」
「実際に試してみればいいじゃない」
「…は?」
「優曇華、あなたと涼平君で、2人の間に子供ができるかどうか試してみなさい」
「……はあああああ?!?!」
自分でも驚くぐらいの大声が出た。何を言ってるんだこの人は。
「冗談よ」
「タチの悪い冗談はやめてください…」
「半分は本気よ」
「あのですね…」
「考えてみたこともなかったのよ。月人と地上の人間の間に生まれる子供ね、ふうん…」
興味深そうに、師匠は考え込んでいる。新たな研究対象が見つかったのは喜ばしいことかもしれないが、愛弟子を実験材料に選ぶのはやめてほしい。
鈴仙さんが静かだな、と思ってそちらを見てみると、
「…………」
顔中真っ赤にして、硬直していた。熱病で全身真っ赤になった患者、というのを写真で見たことがあるが、目の前の鈴仙さんは、たぶんそれよりもなお赤い顔をしているのではあるまいか。
「…あ、あの、鈴仙さん?」
恐る恐る声を掛けてみたら、目だけを動かしてこちらを見た。次の瞬間、急に立ち上がると、鈴仙さんはものすごい勢いで居間から駆け出していった。
「可愛いわねえ、本当」
師匠は余裕の笑みを浮かべているが、正直、笑い事ではない気がする。
結局、その日の午後は鈴仙さんは姿を見せず、おかげで、残りの仕事は俺一人で片づける羽目になった。師匠の冗談は被害が大きすぎる。
夕食の時にも、鈴仙さんは現れなかった。
「師匠、ちゃんとフォローお願いしますよ」
「はいはい」
軽く受け流されたようだが、まあ、師匠に任せておけば、たぶん大丈夫だろう。姫様は不思議そうに、てゐさんは興味津々といった顔で、俺のことを見ていたが、わざわざ説明する気にもなれない。
翌朝、顔を合わせた時の鈴仙さんは、まだ幾分ぎこちなさがあるような気もしたが、とりあえず普通だった。