幻想郷一般男子の日常   作:Jr.

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閑話休題3

 俺が早苗さんに異常になつかれている件について、弁解させてもらいたいと思う。

 といっても、特に複雑な経緯があるわけでもなく、出会った最初に早苗さんの好感度が最大値を記録して、そこから特に下がっていない、というだけの話なのだが。

 

 新しいお客さんを紹介してあげるから、と霊夢に言われて、博麗神社で会ったのが、早苗さんとの初対面だ。時期的には、守矢神社が幻想郷にやってきて間もなくの頃だったと思う。

 初めて会った時の早苗さんの印象は、おとなしい人だな、というものだった。会話は普通にするのだが、あまり自分から話すことはなく、聞かれたことにだけ答える感じだ。

 「私が山の神社で会った時は、もっと元気が良かったわ」

 と霊夢に言われた時も、早苗さんは困ったような顔でただ笑っていた。

 外の世界から幻想郷に迷い込んできた人たちに、「外の世界ではどんな生活をしていたんですか」と尋ねるのは、ある種の定型文のようなものだ。なので、俺が早苗さんにそう聞いたのも、特に意味があるわけでもなかったのだが、

 「…私、元いた世界では、いらない子だったんですよ」

 予想外に重たい答えが返ってきた。

 

 生まれつき、早苗さんには特別な力が備わっていた。それはつまり、「八坂神奈子」「守矢諏訪子」という守矢神社の主祭神2柱を、実体として認識できる、という能力だ。早苗さんの一族は、長い間守矢神社の神職を務めてきたが、神と交信できるような力を持った当主というのは、数えるほどしかいなかったらしい。早苗さんの両親も、神職を生業とするだけの、ごく普通の人間だった。幼い我が子が、自分たちには見えない何かと言葉を交わしているのを見た時には、おそらく相当驚いたと思うが、よくよく話を聞いてみた結果、これは歓迎するべきことだ、という結論に至った。神の言葉を伝える奇跡の子、として、早苗さんは大事に育てられたそうだ。

 ところが、成長するにつれて、状況が変わってきた。

 中学校に入学する頃には、早苗さんは、頻繁にいじめられるようになったのだという。

 普通の人間と異なる、というのは、憧れの的となることも多い一方で、妬み嫉みの対象ともなりやすい。よくある話だが、ただ、この場合に深刻だったのは、早苗さんをいじめた相手に、苛烈な報復が加えられたということだった。報復したのは神奈子さんと諏訪子さんだ。

 2柱にとっては、自分たちの意思を理解できる早苗さんは、数百年ぶりに生まれた、何物にも代えがたい大切な存在であり、それを傷つける相手を許すことはできなかったのだと思う。ただ、2柱は強大な力を持った神で、しかも軍神と祟り神だ。神様が「ちょっと人間を懲らしめるつもりで」したことでも、人間にとってみれば深刻な被害を引き起こすことになった。

 被害に遭ったのがみな子供だった、というのも問題だった。「たかが子供のやったことなのに」という非難の声は大きかったという。むろん、普通の人間には神の姿など見えはしないのだから、早苗さんのせいだ、というのは立証できはしないのだが、被害に遭ったのが皆早苗さんをいじめていた子供ばかりだということ、そして、早苗さんには不思議な力があるという幼い頃からの噂、これらが合わさって、災害の原因は神社の娘にある、というのは、ほぼ既成事実のようになってしまっていた。

 沸き起こる周囲からの非難、そして娘の将来を悲観して、思い悩んだ末、ある夜、両親は、早苗さんを殺そうとした。

 その時のことは、早苗さんはよく覚えていないのだそうだ。夜眠っている時、急に喉を強く締め付けられた。息苦しい数瞬の後、周囲で何かすさまじい暴風のような音が聞こえ、早苗さんが呼吸を整えて周囲を見回した時には、全てが終わっていた。早苗さんの両親は、その夜から姿を消した。巫女を殺めようとした罰当たりな人間たちが、神の怒りに触れたのだ。

 ほどなくして、守矢神社を幻想郷入りさせるための準備が進められることになった。提案したのは神奈子さんらしい。恐ろしい化け物の住む呪われた神社という評判が広まり、守矢神社への信仰は急速に衰えつつあった。信仰の強さを存在の源とする神にとって、もはや外の世界にいるのは困難となっていたのだ。早苗さんも、粛々と準備を進めた。ここにはもう自分の居場所はないのだ、と思い知ったからだ。

 

 語り終えて、早苗さんは口を閉じた。俺と霊夢も、黙って視線を交わす。

 「どうですか」

 ややあってから、早苗さんに尋ねられた。

 「どうですか、と言われてもなあ、うーん…」

 「別に、驚かないんですね」

 「まあ、割と普通の話だし」

 早苗さんの方が驚いた顔をしたので、説明することにする。

 「いや、いじめとかじゃなくてね。その原因の話だけど。

 神とか悪魔とか、魔法とか超能力とか、幻想郷だと、別に驚くようなことでもないんだよ、そういうの。

 人里で暮らしてるのは、ほとんどが俺みたいにごく普通の人間だけど、『何か人並外れた特殊な力を持った生物が幻想郷にはたくさんいる』というのは、常識としてみんな知ってるから」

 「……」

 「ええと、東風谷早苗さん、だっけ?

 ようこそ幻想郷へ。俺が代表者みたいな顔して言うのも変だけど。

 なんか、いろいろあったみたいだけど、ここでは安心して暮らしていいんじゃないかな、たぶん。霊夢がよく言ってるよな。ほら、幻想郷は…」

 「幻想郷は全てを受け入れる」

 ゆっくりと霊夢は言った。

 「守矢神社、だっけ?外の世界にいられなくなるようなことをしでかしたのなら、それはまあ、あなたの神様は強力なんだと思うわ。

 でもね、安心して。同じぐらいの強大な力を持った存在が、この幻想郷にはたくさんいるのよ。

 強力で厄介な妖怪たちが、時々面倒ごとを巻き起こしても、幻想郷は、平穏無事に今まで続いてきた。だから、きっと今度も大丈夫。

 外の世界でそうだったように、もしこの幻想郷でもあなたの神様が暴れるようだったら、私や魔理沙がまた懲らしめてあげる。私たちじゃダメだったとしても、他の誰かが、きっとなんとかしてくれるから。

 あなたが普通の人間と違う能力を持っているのなら、むしろ積極的に使ってみせるといいわ。珍しがられることはあっても、怖がられることはないはずよ」

 「…あの…」

 「とりあえず、普通に生活してみればいいんじゃないかしら。何か不都合が起きたら、言ってくれれば、相談に乗るわよ」

 「…はい…はい」

 消え入るような声で言って、次の瞬間、早苗さんは泣き出した。大粒の涙が頬を伝って、スカートに滴り落ちる。泣きじゃくる早苗さんを、俺と霊夢は黙って見ていた。

 

 そしてまあ、現在の早苗さんが出来上がるわけだ。

 今まで押さえつけられていたのが、自由に生活できるようになって、よっぽど嬉しかったんじゃないだろうか。会うたびごとに、早苗さんは元気になっていった。初めて会った時のしおらしさが、今となっては嘘みたいだ。霊夢や魔理沙とも仲良くなって、一緒に異変解決に出かけたりしているらしい。充実した毎日を送れているらしいのは結構だが、「妖怪退治って楽しいですね!」とか元気いっぱいに言ってるのは、さすがにどうなんだろう。

 最初に会った時の印象で、俺のことは「すごく良い人」と早苗さんに認識されてしまったようで、以来、妙になつかれている。普通に話を聞いて、当たり前の感想を言っただけなんだけどな。まあ、落ち込んだ人が立ち直るきっかけになれたのなら、嬉しいことだ。早苗さんがどんな風に伝えたのか、神奈子さんや諏訪子さんに会うたびに「婿に来い」と言われるのは、正直何とかしてほしいが…


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