夜中にスマホが鳴ったのでびっくりした。知らない番号だ。
「…もしもし?」
「涼平?」
「…ああ、霊夢か。こんばんは」
「こんばんは。よく私だってわかったわね」
言われてみるとその通りだ。そんなに特徴的な声というわけでもないのに、よく霊夢だってわかったな俺。いや、そんなことよりも、今俺は永遠亭にいるのに、こうやって霊夢とスマホで話ができているというのはつまり、
「スマホの発信基地の工事が終わったみたいだね」
「ええ。昨日今日と、河童たちがたくさん来て、なんだかいろいろやっていったわ。納屋に大きな機械を置いていって、後ろに大きなアンテナを据え付けていったのかな。
本当に電波が届くようになったのか、試しに掛けてみたんだけど、どう、ちゃんと聞こえる?」
「ああ、大丈夫。綺麗に聞こえてるよ。そっちはどう?」
「うん、私の方も大丈夫」
それはよかった。しかし、「基地」とか言うから、もっと大掛かりな工事なのかと思ったら、意外と短期間で済むんだな。
「…」
「…」
「……」
「……」
「…霊夢?」
「なに?」
「いや、急に黙っちゃったから、いるのかどうかと思って」
「私があまり話さないのは、いつものことだと思うけど」
「うーん、まあ、その通りなんだけど…」
のんきでおとなしいのが霊夢の性格だ。俺と神社で一緒にいる時も、特に何を話すというわけでもなく、縁側でお茶を飲みながら日向ぼっこをしている、というようなことがよくあって、俺もそれで窮屈を感じることもなかったのだが、
「やっぱり、実際に会ってるのと、電話越しに話してるのじゃ、感じが違うな。黙ってちゃ間が持たない」
「私はそうでもないけど」
「そう?」
「電話のすぐむこうに涼平がいるんだって想像するとね、なんだか落ち着くのよ」
「…ちょっと試してみる」
すぐそばに霊夢がいる、と、目を閉じて想像してみる…うん、なるほど、別に黙っていても大丈夫かもしれない。いやでも、
「いや、せっかく電話を掛けてきてくれたんだから、何か話そうよ」
そうね、と、霊夢の笑い声が聞こえてきた。
「博麗神社でも、スマホを配ることにしたの?」
「うん、私は別に構わないんだけどね。今、スマホを欲しがってる人がずいぶんたくさんいるらしくて。生産が追い付いていないらしいわ。だから、配るのは、たぶんもう少し先かな」
「へえ…」
「でも、何個かは置いていってもらったから。永遠亭の分、取りに来たら?」
「ああ…じゃあ、鈴仙さんとてゐさん、師匠と姫様、四人分取っておいてもらおうかな。近いうちに取りに行くから」
「うん、わかった」
「……」
「……」
ヤバい、話題が尽きた。霊夢と電話で話すのなんて、久しぶりすぎて、どうも調子が狂うな。子供の頃は、けっこう普通に電話してた気がするけど。話題、何か話題を…ああ、でも、別に話すことが無かったら、電話を切ればいいのか、などと考えていると、
「今夜は月が綺麗よ」
「へえ、そうなんだ」
「たぶんね」
「…たぶん?」
「今いるところからだと、窓がないからよくわからないの」
「あのな…」
「ちょっと確かめてみるわね」
…まあ、霊夢なりに、頑張って話題を提供してくれたのだろう。電話の向こうで、霊夢が移動している気配がする。ついでに、俺の方でも外に出てみようか。
「あら、本当にきれいな月」
「本当だ」
「あら、涼平も外に出てきたの?」
「月が綺麗だ、って教えてくれる巫女さんがいたもんでね」
霊夢の楽しそうな笑い声が聞こえた。
満天の星空に、中空に浮かぶ青白い月。満月ではないけれど、神秘的な輝きで、なかなか良いものだ。夜の空を意識的に見るのなんて、考えてみたら初めてのことかもしれないな。
「涼平のところからは、どんなお月様が見える?」
「…間違いなく、霊夢が見てるのと同じだと思うけど」
「そうなの?」
本気で言っているのか冗談なのか、霊夢は昔からこういうところがある。
「永遠亭のお姫様なら、こういう月を見て、さらさらと3つ4つぐらい、即座に歌を詠んでみせるんでしょうね」
「ああ、そうかも」
「涼平は、何か一首思い浮かんだりしない?」
「名月や」
「うん」
「名月や…駄目だ、何も思い浮かばない。霊夢は?」
「私もダメね」
「神職は、和歌なんかの古典教養も豊かなものなんじゃないの?」
「私はあんまり教わらなかったかな、そういうの」
「ふうん…」
「こうして月を見ていると、なんだか、永夜異変を思い出すわ」
「ああ…、そういえば、今まで詳しい話を聞いたことがなかったけど、よかったら聞かせてくれないかな、永夜異変」
「いいわよ。でも、ちょっと待ってね」
「どうかした?」
「家の中に入るから。外は、虫がいて大変」
「…ごめん、気が付かなかった。永遠亭には、虫なんて寄ってこないから」
「うらやましいわね」
その夜、初めて永夜異変の様子を教えてもらった。かなり大変な事件だったと思うのだが、霊夢が話すと、いたってのんびりしたものに思えてしまうのが、なんだかおかしい。永遠亭で一緒に暮らしている人たちの、現在とは違う一面がいろいろと知れたのが面白かった。姫様ってそんなに力持ちなんだな。見た目は本当に深窓のお姫様という感じなんだけど。
話しているうちに、何か変な音がするようになったので、スマホを見てみると、そろそろ電池が切れそうだ。気が付かなかったけど、ずいぶん長く話してたんだな。
「霊夢、ごめん、そろそろスマホの電池がなくなりそうだ」
「あら、そう」
「霊夢の方は大丈夫?」
「私は、電源につないで話してるから」
なるほど、そういう手があるのか。勉強になった。
電話してくれてありがとう、楽しかった、と言ったところで、ちょうど電池がなくなった。スマホを片手に、部屋に戻ろうとしたら、すぐ近くに鈴仙さんがいたのでびっくりした。
「やーい、驚いた」
「そりゃまあびっくりしますって…いつからいたんですか」
「30分前ぐらいかな」
「ずっとそこで話を聞いてたんですか」
「勝手に聞こえてきたのよ。夜中に廊下で電話なんかする方が悪いと思うわ」
「それはまあ、その通りかもしれませんが…」
「私たちのことを話してたでしょう?」
「ああ…永夜異変の時のことを、霊夢に教えてもらってました」
「本人たちのすぐそばで、噂話をするのは、どうかと思うわ」
「すみません」
「さっきまで、師匠と姫様もここにいたのよ」
「うわあ…」
「私が呼んできたんだけど」
「なにやってくれてるんですか…」
「スマホ、だっけ?それで話してるところは初めて見るし、あんなに楽しそうにしてる涼平君を見るのは初めてだったから」
えらく恥ずかしいところを見られてしまった。今後は気を付けないといけない。師匠と姫様にも、明日の朝謝った方がいいかもしれないな。
近いうちに、鈴仙さんたちの分のスマホももらってきます、と言ったら、鈴仙さんは興味深そうな顔をしていた。