幻想郷一般男子の日常   作:Jr.

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8月20日

 一緒にお昼を食べよう、という電話が、昨日の夜、魔理沙から掛かってきた。スマホを持ってから、いろいろと珍しい話が来るようになったな。お昼ごろに、霧の湖で待ち合わせだそうだ。

 

 「霧の湖」というのは、妖怪の山のふもとにある湖の名前だ。その名の通り、昼間は一面に霧が立ち込めていて、見通しが全然きかない。妖怪たちの住処になっている、というような噂があって、普通の人間はあまり近寄ったりはしないのだが、中には、好んで訪れる釣り人などもいたりするらしい。

 俺が来た時も、やはり霧が濃くて、魔理沙がどこにいるのかさっぱりわからない。こういう時、スマホというのは本当に便利だなと感じる。

 魔理沙に電話すると、ほどなくして、白い霧の向こうから、箒に乗ってやってきた。そのすぐ後ろから、誰かもう一人、やはり空を飛んでこっちに向かっている。

 「よう、涼平、はるばるご苦労さん」

 「お誘いいただきありがとう。ええと、そちらにいるのは…?」

 「チルノだ。氷の妖精。涼平は、会うのは初めてか?」

 チルノ、と紹介されたその妖精は、背丈は、人間の子供ぐらい。水色の髪に水色の服、背中に、何か大きな結晶のような形の羽(なんだと思う、たぶん)があって、宙に浮いて、不思議そうに俺のことを見ている。

 「…お前がお昼ごはんか?」

 なんだか物騒なことを言われた気がする。

 「魔理沙、あたい、人間は食べないよ?」

 「ああ…、いや、『お昼ご飯が待ってる』とは言ったけどな…。違う違う、お昼ご飯は別にある。こいつは、河野涼平。私の友達だ」

 「おー、そうか。りょーへい、あたいはチルノ!よろしくな!」

 よろしく、と、俺もあいさつする。妖精に会うのは初めてだが、元気な子だな。見ていて気持ちがいい。

 

 チルノと魔理沙は、以前からの友達らしい。

 「最初は、異変解決の時に会ったんだけどな。その後、この辺に来ると、時々会う。どこに住んでるのかわからないから、私から訪ねて行ったりはしないんだけど、チルノの方が寄ってくるんだよな。で、『あたいと勝負だ!』って」

 「絶対魔理沙に勝って、ぎゃふんって言わせてやるんだ!」

 「おう、頑張れよ。

 昨日も、紅魔館に本を借りに行った帰りに出くわしてな。軽くひねってやったんだけど、『もう一回勝負しろ!』って、聞かなくてさ。もう夕方だったし、明日勝負してやるってことにしたんだ。今日も、今まで戦ってたんだぜ」

 遠くの方で何か爆発するような音が聞こえていた気がしたが、あれが多分そうだったんだろう。戦い、とは言うけれど、魔理沙にとってはスポーツみたいなものなんだろうな。いい汗かいた、みたいな顔をして、満足そうだ。

 

 魔理沙持参のシートを広げて、昼食にする。箒にくくり付けていたバスケットから魔理沙はサンドイッチや飲み物を取り出しているが、ずいぶん量が多いな。まさか魔理沙一人でこれだけ食べるのか?…ああ、チルノの分もあるのか。いや、それにしても、

 「魔理沙、他にも誰か来るの?」

 「ん?いや、その予定はないけど、どうした?」

 「ずいぶん量が多くないか、そのサンドイッチ」

 「いや、三人分だから、こんなもんじゃないのか」

 「…え?」

 「…え?」

 魔理沙と顔を見合わせる。何かが決定的に食い違っているらしい。

 「…俺の分もあるの?」

 「もちろん。昨日電話でそう言っただろう?」

 「言われてないけど」

 「あれ?」

 「お昼を一緒に食べよう、としか聞いてないな。だから、俺は自分の弁当を持ってきたんだけど」

 「そうだったか?」

 しばし無言。なんだか気まずい感じだ。

 「あー、まあ、あれだ、作りすぎた分は、持って帰って、私が食べることにするか。晩ご飯作る手間が省けたな」

 「いただきます」

 「いや、無理して食べてくれなくても…」

 「いただきます。お願いだから、いただかせてください」

 「そ、そうか…うん、だったら」

 俺の記憶にある限り、魔理沙が手料理をふるまってくれるというのは、今回が初めてだ。いや、この前のクッキーがあるから、二回目か…でも、普通は、お菓子なんかは「手料理」とは言わないから…ええい、とにかく、きわめて貴重な機会だ。無駄にするわけにはいかない。

 サンドイッチ、というのは、ご存じの通り、パンに具を挟むだけの、ごく簡単な料理だが、今日魔理沙が作ってきてくれたのは、サラダとかゆで卵とか、具にもそれなりに手間暇がかかっている。料理なんてほとんどしたことがないだろうに、頑張ったな魔理沙。味だって、普通においしい。

 「おいしいね、このサンドイッチ」

 「うん、自分でもよくできたと思う」

 魔理沙は満足そうだ。

 「この前のクッキーの出来があんまりよくなかったからさ、、アリスに、上手な作り方を教えてもらいに行ったんだよ。その時に、サンドイッチの作り方も教えてもらったんで、今日は、ちょうどいい機会だと思って、作ってきたんだ」

 魔理沙にとって魔法の師匠が魅魔なら、料理の師匠はアリスさんになるのだろうか。今後とも魔理沙をよろしく導いてください、と、心の中で祈っておこう。

 チルノも、魔理沙のサンドイッチを頬張っている。小さい体に似合わず、大した食べっぷりだ。というか妖精も食事ってするんだな。

 「別に、何も食べなくても死にはしないけど、食事しちゃダメってことはないらしいぜ。味もちゃんとわかるらしい。

 どうだチルノ、美味いかそれ?」

 「うん、美味い!魔理沙、料理上手だな!」

 「おー、正直な感想ありがとう。ほらほら、もっと食べろ」

 妖精というのは、自然そのものだと聞いた。光の妖精、風の妖精、いろいろいるらしいが、いずれも自然が、人間に似た形をとったものだそうだ。光や風がそうであるように、妖精にも、寿命というものはない。食べなくても眠らなくても、ずっと平気で生きられるし、たとえ消滅するようなことがあっても、すぐまたどこかで生まれ変わる。そんな風な、一種神秘的な生き物だと今まで認識していたのだけれど、こうやって実際間近で見てみると、ずいぶんと人間らしいところもあるんだな。

 せっかくなので、俺が持ってきた弁当も提供することにする。おにぎりが3個なので、ちょうど一人一つずつだ。

 「……」

 おにぎりを一口かじったところで、魔理沙は変な顔をして固まってしまった。無言で俺の方を見る。なんだなんだ?

 「ちょっと聞きたいんだが、このおにぎり、誰が作ったんだ?」

 「今日は、てゐさんだったと思うけど…」

 「だと思った」

 魔理沙がおにぎりを差し出して見せた。白いご飯の真ん中に、何か緑色の具が見える。あー、たぶんこれは…

 「…わさび?」

 「大当たり」

 魔理沙はうっすら涙目だ。なんというか、お気の毒さま、と言うしかないな。

 てゐさんのいたずら好きは有名だ。それはもういろいろと趣向を凝らして、思いもよらないような方向から、意表を突いた悪戯を仕掛けてくる。たいがい被害に遭うのは鈴仙さんだが、他の人間が標的になることもたまにある。今回は、運悪く、魔理沙に流れ弾が当たったらしい。

 ちなみに、俺のおにぎりの具は梅干しで、チルノは、具なしの塩おにぎりだった。

 

 魔理沙のワサビおにぎりは回収するとして、それ以外のおにぎりとサンドイッチは、三人で綺麗に平らげた。俺もだいぶ腹いっぱいになったが、それ以上に、チルノがよく食べたと思う。にもかかわらず、チルノはごく平然とした表情をしている。あれだけ食べたものは、その小さな体のどこに消えたのか、妖精の体の仕組みというのはいったいどうなっているのか、なんだか興味がわいたが、果たして、調べてわかるものなんだろうか。

 チルノと魔理沙は、午後も引き続き対決するらしい。先に行って待ってる、と言って、チルノは元気よく霧の向こうに飛び立っていった。

 「妖精って、本当に元気だな」

 「あいつらは、たぶん『疲れる』って言葉を知らないんだと思うぜ」

 笑いながら、魔理沙はハーブ茶を口に運んだ。

 「魔理沙、今日はありがとう」

 「ああ、こちらこそ。サンドイッチ、喜んでもらえて良かったよ」

 「うん、美味しかった」

 嬉しそうな笑みが魔理沙の顔に広がった。

 「いやあ、自分が作ったものが褒められるってのは、本当に嬉しいもんだな。

 涼平は、正直なのがいいよな。お世辞とか言わないもんな」

 割とありふれた性格だと思うが、まあ、魔理沙が喜んでくれるのなら、別にいいか。

 氷の妖精が飛んで行ってしまったので、暑さがぶり返してきた。すかさず、魔理沙はミニ八卦炉を作動させる。ひんやりとした空気が流れ出して、お昼を食べたばかりということもあり、ヤバい、午後の勤労意欲が失われてしまいそうだ。

 20分後、魔理沙に手を振って、酷暑の中、午後の仕事に出かけるには、けっこうな精神的努力が必要だった。

 

 ちなみに、夜、永遠亭に帰ってから確認してみたら、鈴仙さんもワサビ入りおにぎりに当たったらしい。ご愁傷さまです。

 

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