ダイの大冒険異伝―竜の系譜―   作:シダレザクラ

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第04話 大戦略

 

 

 俺が大魔王に勝る点があるとすればただ一つ。

 

 『俺は大魔王バーンの目的と為人をそれなりに知っているが、奴は俺にそれを知られていることを知らない』。

 

 これは大きなアドバンテージだ。……逆に言えば、それしか突破口がないという悲しい事実に突き当たるわけだが。

 そして奴と戦争を始めるに当たって最初に立ちはだかるのは、『開戦がいつになるのか』という問題である。この時点で俺は、というか人類は劣勢に立たされていた。

 

 それは『こちらから攻め込む選択肢』がないからだ。勝算のあるなしはともかく、攻め込まれるのを待つしかないということは常に相手に主導権を握られていることになる。

 つまり極論を言えば、現時点でも大魔王は地上に攻めてくる可能性が存在する。いや、極論でもないのかもしれない。なにせ空中要塞《大魔宮(バーンパレス)》と地上殲滅の要となる六つの《黒の核晶》の用意が出来てさえいれば、彼の計画を遂行するための最低条件はクリアしていることになる。そもそもバーンが何千年も雌伏し、竜の騎士に警戒すらされていなかったのは、黒のコアに魔法力を注ぎ込むための長い長い時間を必要としたからだろう。

 バーンの計画のために必要とするキーアイテムはおそらくもう揃っている。ここにミストバーンとキルバーン、さらに魔界のモンスターが加われば戦力だって十分だ。――が、俺は二つの理由で大魔王は開戦に踏み切らないと考えていた。

 

 一つはあの大魔王がそんな遊びのない計画を立てることはない、という確信からである。ゆとりや余裕と言い換えても良い。

 地上消滅計画などという大それた事業に限った話でもない。どんなプロジェクトを起こすにしろ、一から十まで事細かく練られた計画は破綻しやすいものだ。それは実際に遂行に移した時、どこか一つの歯車が狂えば全体を巻き添えに崩壊してしまうからである。

 それゆえ普通はある程度の想定外にも耐えられるよう遊びを残した計画を立てる。ゴールに辿り着く幾筋もの道を用意しておくのだ。

 その上で最終目的を達成するために噴出してくる種々様々な問題をリアルタイムで適宜修正していくことになるのだが、その遊びの大きさはケースによりけりとなる。人員の規模や動かせる資金、資材、許容できる年数といった多数の要因に左右されるわけだ。

 

 その点大魔王は恵まれていた。

 魔界を二分するほどの広大な領地と強大なバックアップ体制を確立させ、自身もほぼ不老といって良い身体と天地魔界随一の叡智を持つことに加え、最悪失敗してもやり直せるだけの柔軟性と強固な意思すら持ちあわせている。……実に反則である。地上に住まう人間としては遺憾だと顔を顰めたくなるばかり。くたばれ大魔王。

 

 対して俺たちはといえば、時間もなければ余裕もないのが現状である。しかも大魔王襲来の危機感すら共有出来ていない地上の迎撃体制を思えば、甚だ心許ない限りだった。何かしら手を打つ必要があるだろう。

 ここではっきりさせておくべきことがある。バーンの思惑だ。

 バーンの地上消滅計画における大戦略とは、すなわち『人類戦力の漸減(ぜんげん)』に他ならない。計画の最終段階――黒の核晶を世界各地に配置し、一斉に起爆させる大魔術儀式――を阻害できる人類の守り手を可能な限り減らし、万一の可能性すら排除しようとしたのがバーンだ。

 

 ハドラー率いる魔王軍はそのための布石であり、駒だった。地上支配、すなわち既存国家を落として版図とすることが目的ではなく、その過程で『敵対勢力に属する実力者を可能な限り捕殺する』のがバーンの狙いだった。

 悪辣としかいいようがないな。誰も読めないって、こんな途方もない絵図。まさしく『見ている世界が違う』としか言いようのないスケールだ、常識の置き所が明らかに違っている。

 

 ったく、確かにバーンにとって魔王軍の地上侵略なんてものは、組織の興りから実行までその全てが遊びの賜物だったんだろうよ。

 ただしそれは遊びは遊びでも、《大戦略に沿った》遊びだった。バーンにとっては自軍の損害など度外視――部下である地上のモンスターなど端から消滅対象なのだからいくら磨り潰そうが痛くも痒くもない――して良いものなのであり、その前提の下で最終目的を叶えるために『人類戦力を削る実益』を抜け目なく確保していたことになる。

 

 ふざけろ。

 

 これを悪辣と言わずに何という? 誰も彼をも盤上の駒とし、世界をテーブルに例えてチェスに興じるがごとき壮大さ、不遜さ、非情さをかね揃えた怪物。いと小さき人の目で仰ぎ見ることのできる限界からすれば、神の眼で俯瞰する景色など害悪でしかない。

 俺にとって唾棄すべきバーンの遥か高みから見下ろす視点。ならばあいつはどうだったんだろう? 大魔王直属の大幹部ミストバーンは、大魔王と同じものを見ることが出来ていたのか?

 

 奴はハドラー率いる魔王軍の存在そのものを『バーン様の遊びだ』と口にした。はたしてミストバーンは忠義を向ける主人が思い描く大戦略をどこまで理解していたのだろう。

 もしもミストバーンが魔王軍の存在意義を言葉通りの意味で口にしていたのなら、所詮奴は一介の駒であり、バーンと同じ景色を見るだけの眼を持ち合わせていなかったということになるが、さて?

 

 警戒すべき魔王軍の頭脳をバーンただ一人と断じて良いのか否かの判断は後回しにするとして、バーンはすぐに地上に攻め寄せてこないと俺が想定した二つ目の理由は、奴自身が魔族だということだ。

 魔族。人に比べて圧倒的なまでに強靭な肉体と魔力を備えた長命種にして優良種。

 しかしロン・ベルクが語ったように、魔族の大半が長すぎる生に飽いて腐っていくのならば、それは『飢餓にも似た達成感を渇望する』裏返しでもある。つまり高齢になるほど結果に至る過程を長く楽しもうとする、普遍的な種族的特性を持っているのだろう。

 だからこそバーンは数千年の雌伏という悠久にも勝る忍耐を可能としたし、いざダイ一行との戦いにおいても効率主義に走らず、時に迂遠、時に余裕、時に油断とも取れる言動に終始した。

 

 断っておくが、その余裕は傲慢であっても欠点足りえることはない。余裕とはつまり手札の豊富さに起因すること大だからである。

 バーンの初期戦略の目標を人類戦力の枯渇に求めるならば、ハドラーの失敗に対する寛容さも頷けよう。正確には彼に埋め込んだ黒の核晶に求められるのだろうが、バーン自身が保険と称したようにその用途はとても広いのだ。

 

 おそらくあの超爆弾で吹き飛ばす初期目標はバランだった。地上に進出する計画で最もバーンが警戒したのは、神々の尖兵たる竜の騎士以外には考えづらい。次点で勇者アバンなのだろうが、それは今は置いておく。ハドラーに仕掛けたコアは自身の大望に立ち塞がるであろうバランを、確実に抹殺するための保険でもあったはずなのだ。

 だがソアラの死がバランに人類を見限らせ、結果バーンの勧誘に乗る形で魔王軍入りした。この時点で黒の核晶の用途は真実保険以外の何者でもなくなった。まさに万が一のための仕込みとしかいえなくなったわけだ。

 

 ここで重要なことがある。魔王ハドラーが勇者アバンに倒されてから復活までに要した時間だ。確かハドラーは地獄の門番バルトスに『復活のために十三年の眠りにつく』と語っていた。……何故十三年も必要だった?

 後にハドラーはヒュンケルに一度殺されるが、その時はバーンの魔力で数日のうちに蘇生していた。アバンにやられた時は瀕死で助かったにも関わらず長期間の潜伏を余儀なくされたというのに、である。

 いくらその当時バーンの魔力に適合した身体でなかったとしても、これは些か不自然に過ぎないだろうか? その疑問への答えとして、俺は『ハドラーが傷を癒し、力を蓄えるために』十三年という長い時間を必要としたのではなく、『バーンがハドラーに黒の核晶を埋め込み、魔力を十分吸わせるために』時を必要としたのだと考えている。

 

 ここから魔王軍の襲来時期をある程度見定めることが出来る。

 つまり魔王軍の襲来が史実より早まるとすれば最大で二年、ただし魔王軍の再編やハドラーが部下を掌握するまでの都合半年から一年を見る猶予はあるだろうから、おそらくダイが十一歳の頃、つまり史実より一年早く攻めてくる計算になる。

 逆にバーンがバランを警戒して侵略を遅らせる可能性も当然想定しておかねばならない。その場合は自軍の戦力増強やバランの引き抜き、ないしバランを標的とした姦計――たとえば人間の手でバランを排除に向かわせるような――が考えられるが、十年二十年のスパンで遅れる可能性は低い。

 

 あくまでハドラーを魔軍司令の立場に置くのなら、バーンは彼の望みも叶えようとするだろう。それは『勇者アバンへの雪辱戦』だ。そしてアバンの老化を待っての決着を是とするほどハドラーは自尊心を捨ててはいまい。

 それだけではない。師殺しに執念を燃やすヒュンケルとて魔王軍に参加しているのだから、バーンが折角の手駒(お気に入り)を有効利用せずに放置する理由はあるまい。だからこそアバンが最盛期の力を振るえる年齢であるうちに攻め寄せてくる可能性が高い。

 となれば長くても許容できるのは魔王ハドラーが没してから十八年そこそこの期間、アバンがぎりぎり最盛期を維持できる三十五才前後までだろう。それ以上はハドラーやヒュンケルが待てなくなる。

 この時、ダイは十六、七あたりか。叶うならここまで引っ張ってほしいものだ、史実における勇者ダイの十二歳という年齢は明らかに若すぎる。

 

 俺にとっての一縷の望み。すなわちバーンがバランを警戒して地上侵略を諦める逆転ホームランの可能性は、現時点で思考のテーブルにあげる必要がなかった。

 それは大魔王バーンは竜の騎士を警戒していても、負けるとは微塵も考えていないからである。最悪自分が出張ればどうにでもなるという自信が彼の計画を後押しするため、強気の姿勢を崩すことはあるまい。多少の誤差はあっても地上侵略は規定路線となる。

 となれば開戦までの目安は現在を基点にするとあと十年から十七年。俺はその時間的なゆらぎを前提に、魔王軍との戦いに挑むことになるだろう。

 そのためにもまずは国内の問題だ、足元を固めねば俺もバランも動きようがない。アルキード国内におけるバランの覇権を確立することが焦眉の急であり、何を置いても優先すべき課題だと一年前の俺は見定めた。

 

 ――三年。

 

 それが俺の想定した足場固めに費やすための時間である。

 まあ覇権といってもクーデターだとかそんな大それたものじゃない。殊更暴君というわけでもない現国王を排除してまで事を進める気は俺にはなかったし、あくまでバランとソアラが強権を振るえる体制を構築することが目的だった。そう、そのつもりだったのだが――計算違いはいつだって起きるものである。

 

 バランが騎士団を掌握するのに費やした時間――わずか三ヶ月。それから十ヶ月余りが経過した現在、バランが直々に出向いた練成の成果が徐々にかつての弱兵を現在の強兵の姿へと変え始めている。今となっては軍においてバランの実力を疑う命知らずはいない。

 国内の安定と将来の戦争のためにまずは実働部隊を押さえるようバランに進言したのは俺だ。とはいえ、ちょっとバランの手練手管を甘く見すぎていたのかもしれないと反省している。やはり餅は餅屋だということだろう。

 事務畑ならともかく、荒事集団の現場における機微を掴むには能力、経験が俺には不足していた。そもそも軍編成や戦争基礎論が俺の知る異世界常識と重ならない部分も多いため、ある程度は仕方ないと割り切ってもいるが。

 

 小才子の限界、案ずるより生むが易しってことだったんだろう。

 とある未来において超竜軍団を指揮し、幾つもの国を滅ぼした猛将バランだ。人と竜、統率を取るのに勝手は違うのだろうが、それでもここまでの信望を短期間で勝ち取るあたり、闘神のポテンシャルには驚かされるばかりだった。

 

「三分組み手、手加減なし。ただし急所は避けよ。では――練武始めぃ!」

「おおッ!」

 

 耳に鮮烈なバランの激が飛びこんでくる。兵のあげる鬨の声が圧力すら伴って空気に熱を伝導させていく。敷き詰められた石畳を力強く踏みしめる震脚の音色が幾重にも木霊し、必殺の気迫があちらこちらで発せられていた。

 そんな最中俺は天を仰ぎ、過去を振り返るように遠い眼差しを浮かべて彼方に意識を飛ばす。

 ああ、今日も青空が眩しい。気持ち良い風が優しく頬を撫でていき、燦燦と輝く太陽は未だ中天には差し掛かっていないせいか過ごしやすい。昼餉もいましばらく先だと暢気に微笑を浮かべる俺は――致命的なまでに場の空気から浮いていた。

 

「あと一分! 最後まで気を抜くな! 戦場では心を切った者から屍を晒すと知れ!」

 

 ヒトヒトフタマル。快晴。今日も元気に兵士の練成が進む。

 演武場に満ちる熱狂の渦のなか、士気旺盛に訓練に励む兵士の姿が幾重にも重なっている。宣言通り手加減など一切ないと言わんばかりの鬼気迫る訓練風景は、見ているこちらにある種の畏怖を抱かせ、その分だけ頼もしさも比例して高まっていくようだった。

 拳がぶつかり、足刀乱れ飛ぶ擬似戦場。真剣勝負もかくやの迫力で盛り上がる訓練場で、なお鍛え抜かれた身体を磨き上げる大勢の兵の姿を目に映し、一体誰が今の彼らを弱兵と侮る気になるだろうか? 少なくとも俺には無理だ。

 

 順風満帆。まさにそんな風情だった。

 バランが順調にことを運べた要因は幾つかある。一つは言うまでもなく王族の配偶者というブランド力だ。竜の騎士の身分が明らかになってからしばらく、正式にバランはソアラの夫として国内外に発表された。これにより王家に忠誠を誓う騎士団はバランを主と仰ぐことが決まったのである。

 無論、これだけではただの成り上がりだと陰で蔑まれることもあろうが、バランはそれらの不満を自身の器量でねじ伏せた。剛剣と称すに相応しい剣技と圧倒的な魔法力、数多の死闘を繰り広げてきた経験を持つ騎士は兵として、将として優秀だった。ともすれば優秀すぎるとも取れる圧倒的な武威とカリスマで、瞬く間に兵から全幅の信頼を取り付けたのである。

 

 軍が脳筋集団と揶揄される一面を見た気がする。彼らは勿論権威に従うし法をみだりに破るような無頼漢ではないが、それでも武官の根底には常に『強いやつが偉い』という意識が刷り込まれている。強者とはそれだけで信頼され、憧憬の対象となるに十分な説得力を持つのだろう。まして個人の武力が天井知らずな世界だ。そのせいか指揮官が先頭に立って戦うことが推奨されてすらいるんだよ、ありえねえ。

 そんなこんなで俺は自身の常識との食い違いを早々に是正するため、ソアラに頼んでこっちの世界の兵法書を改めて学びなおしているところだった。もちろん現場の運用についてはバランから教えを請うているが、日々是勉強である。

 

 騎士団掌握の過程で圧巻だったのは、初訓練の場でバランを侮った若手騎士への制裁……もとい指導だった。

 王族のお遊びで訓練場に入ると怪我をするぞ、と野次を飛ばした相手にバランは無言で近づき、とんと胸に手を置いたのだ。そして一拍二拍の沈黙を挟み周囲に困惑が広がったころ、バランは呼気一閃、音もなく若者を吹き飛ばした。

 その一幕を見守っていた誰もを青褪めさせたのは、優に五メートルは吹き飛ばされて尻餅をついた若者が、『傷一つ負わず痛みもまるで感じていなかった』という驚嘆すべき事実だった。あの一幕は今でもバランの底知れぬ実力を彩る語り草になっている。

 

 俺も兵士達同様、言葉を失ったまま戦慄する一人にすぎなかった。一体どんな武の真髄を極めれば、そんな物理法則に喧嘩を売る真似が出来るのだろうか?

 初訓練終了後、気になってバランに理屈を尋ねてみたのだが、正確無比な身体運用と闘気の微細な制御、さらに相手が無防備な姿勢で自然と攻撃を受け流す状態を『仕掛ける側が作り出す』だけの力量があれば可能だ、との懇切丁寧な返答を貰った。申し訳程度に付け加えられた『油断しきった弱兵にしか使えぬ芸当でしかない』と語る白々しさといったらなかったぜ。

 たとえ技術の無駄遣いであっても、その深奥には否応なく武技の極致を匂わせる凄みが存在するのだ、規格外の戦士としかいいようがない。そういえばアバン流の極意にも似たような理屈の技があったような気がするな。確か受け流しの技術を突き詰めたカウンターの極みで……《無刀陣》とかいったっけ?

 

「それまで!」

 

 その一声でぴたりと一斉に拳打を取りやめ、皆が荒い息を必死に整えながら互いに礼をかわす。俺があの場に立っていたら疲労やら安堵やらですぐに倒れこんでしまいそうなものだが、良い感じの一撃を貰って失神している幾人かのほかは、残心といわんばかりに精悍な顔つきを保っていた。すごいな、こいつら。

 と、そんな感想を抱くくらいには精強ぶりを発揮していると思うのだが、バランに言わせれば『ようやく基礎が出来てきた』段階らしい。白打の訓練時間が優先して取られるようになったのもバランが指導するようになってからのことだ。

 曰く、『体術は全ての技術の基礎。体術を磨かずして高みには昇れん』だそうで。

 

 兵士達の前ではとても口にできないが、あれで十分配慮と手加減を行き届かせた訓練内容らしい。しかしこれでぬるすぎる訓練とかいわれても、俺には地獄と紙一重のスパルタぶりとしか思えないんですがね?

 ……まあ、確かにバランの自己鍛錬の凶悪さを知っている身としては納得せにゃならんのだろう。どうにも他人以上に自分に厳しいんだよ、バランの奴。だからこそソアラを失った世界ではあんな不器用な生き様しか示せなかったのだと思うと、すこしばかり切なくなったりもしたのだが。

 

 とはいえ――。

 将来を思いダイに黙祷を捧げてしまう程度にはバランのストイックぶりに戦々恐々している俺である。うむ、頑張れ未来の勇者。お前には父親にしごき倒されるであろう、ほぼ確定した未来が待っているっぽい。今のうちにブラスじいさんに甘え倒しておけよー?

 

「最後は選抜者を募った連携訓練を行う。仮想敵を私と想定し、四人がかりでかかってくるがいい。一撃でも当てることが出来たなら喜んで特別休暇を出してやる」

 

 薄い笑みを浮かべてそんな下手な冗談を口にするバランに、この場の総意として全員の苦笑が集まる。誰もが理解しているのだ、たとえかすり傷だろうと目の前の男に手を届かせるのは容易なことではないのだと。

 

「選抜者は通達しておいた通りだ。では前に出て武器を構えろ。ほかの者は見取り稽古とする、集中を散らすことなく己が血肉とせよ。いいな!」

「はっ!」

 

 ほうっと憧憬混じりの嘆息を零す。やっぱ格好良いね、こういうやりとり。これぞ『武士(もののふ)』って感じで胸を熱くさせてくれる。

 ふん、ガキっぽくても男なら誰でも『最強』を追い求めるものなんだよ、などと誰に知られずとも内心で言い訳を並べていると、練兵場の隅に佇んでいた俺の元に、三人組の兵士が歩み寄ってくるのが見えた。先頭の優男ことカルキンが気軽に手をあげ、にやりと挨拶代わりに笑う。

 

「ようルー坊、バラン様の迎えか?」

「ええ。でもいいんですか、こんなところまで油を売りにきて? 後で怒られますよ」

「バラン様の言いつけはきっちり守るさ。これでも目は良いんだ」

 

 ここからでも見取り稽古は十分と豪語する。それでいいのかと連れの二人に目をやると、彼らも肩を竦めて諦め半分面白半分な様子だった。俺が咎めを受けるわけじゃないからいいけどさ。

 

「あなたも懲りないと嘆くべきか、それとも肝が座ってると褒めるべきか。昔、バラン様に野次を飛ばしてへこまされた反省は何処にいきました?」

「諦めなよルー坊。このお調子者が一度や二度の失敗でいつまでも落ち込んでいるもんか」

「はっはっは、不屈の男と呼んでくれ」

 

 やや気弱げな小柄の少年が困ったように笑えば、無駄に爽やかな顔で冗句を飛ばす優男。

 

「ルー坊にもへこまされたのに当の本人に好んでからむ物好きだからな。もうこいつの病気は治らないだろう」

「なにを馬鹿な。騎士たるもの、一度や二度の敗北で膝を屈してなるものか。俺は未だにリベンジを諦めていないのだぞ」

「そんなこんなでルー坊に九連敗、おおよそ一ヶ月に一つ黒星をもらってる計算だな。そろそろ十の大台に乗るじゃないか、よかったな」

 

 頭痛をこらえるような仕草で溜息をつくのは体格の良い長身の男だった。三者三様、似ても似つかぬ容姿と性格の三人組だが、これで将来を期待された騎士見習いだったりする。バランも見込みはあると太鼓判を押していたから、案外大成するかも。歳は確か三人とも十六歳だったか、俺より五つ上だ。

 

「戦績はチェスで五敗、カードで四敗。次はどっちで挑むべきだ? いや、それとも何か別の勝負を……」

 

 なにやらぶつぶつと算段を練る微笑ましい姿に、処置なしと俺と連れの二人の見解が一致する。

 子供相手にそうムキにならんでもと思わんでもないが、発端が発端だけに引っ込みがつかなくなっているのかもしれない。最初に俺にちょっかいかけてきたときに、あまりに煩かったので挑発返しをくらわせて遊戯勝負に持ち込んだあげく、ぐうの音もでないほどコテンパンに伸してやったのである。……ちとやりすぎたかもしれん。

 

 幸いチェスはあちらの世界と同じルールだったし、カードもそれぞれ剣、杖、杯、金貨の四種各十三枚に道化師二枚を加えたワンデッキを用いる遊戯のため、俺にとって馴染みやすいものだった。要はトランプだ。もっともトランプの呼び名自体日本独自のものだから、西洋風の呼び名には最初違和感を覚えたものだが。

 この真剣勝負という名の交流遊戯は大抵三本勝負の形式で行われるのだが、彼らの言う通り今のところ俺の全勝という結果に終わっている。この先も譲る気はないとだけいっておこう。

 

 ちなみに幾度かバランとも手合わせしたことがあるのだが、危うく負けそうになったのは秘密だ。ダイがその手の頭脳遊戯を苦手そうにしていたから油断した、バランの奴かなりの打ち手だ。というか学習速度が異常なんだよ、初めて見るはずの定石に難なく対応してくるとか勝負勘が半端ない。

 

 と、まあそんな余談はともかく――。

 眼前の三人は全員が貴族子弟だ。というか騎士団の幹部は基本的に貴族の男が務めるのが慣例だけに、その候補生も当然貴族の肩書きを持つ。

 この世界は土地の利権の多くを王族が握っているため、貴族は主に王族の輔弼(ほひつ)としての役割と行政機構の担い手としての顔を持ち合わせていた。つまり貴族は政の中枢に関わることはあっても、土地を持ち軍事力を独自に備える封建貴族制のもと暮らしているわけではない。

 

 だが、それは同時に国家の血肉であり、血液を正常に循環させるために不可欠の役割も担っていることを意味する。いわば行政を支える官僚的な顔を持ち、実務を請け負う重要性に見合った自負もそれなりに持ち合わせているわけだ。そんな彼らの聖域に土足で踏み入った平民、つまり俺に対する風当たりは考えるまでもなく強かった。

 まあ当然である。端から見れば俺は絶賛シンデレラストーリーを展開している筋金入りの成り上がりであり、バランとソアラに取り入って好き勝手する慮外者だ。こんな経歴を持つ人間を歓迎してくれるほうがおかしい。

 

 だからこそ俺が王宮で生き抜くためには、バラン夫妻の存在をお守りにしつつ俺自身の価値を認めさせ、彼ら貴族社会に俺という異端を受け入れさせねばならなかった。その成果はといえば……とりあえず最悪は脱したとだけいっておこう。一年にも満たない間の変化と考えれば悪くないはずだ、俺にバランのような飛びぬけたカリスマ性を要求されても困る。

 隣でわいわい楽しげに軽口を叩き合う三人組も事情は似たようなものだった。当初は俺に隔意を持っていたし、彼らが侮っていたバランに格の違いを見せ付けられた腹いせもあったのだろう、蓄積した鬱憤が俺に向かうのは必然だった。

 

 もっともこの通り彼らの中心格はトラブルメイカーにしてムードメイカーだし、かつては随所に見受けられた陰湿な影はバランに叩きのめされ、俺に追い討ちをかけられたことできれいさっぱり消えてしまった。今となっては単なる気の良いお調子者である。……今は仲良くやっているってことでいいのかね、これは?

 

「つっても俺にしろお前にしろ早々暇はとれないか。……なあルー坊、ベンガーナ方面でキナ臭いことになってんだろ?」

「まだ公にはなってないはずなんですけど、何処から聞きつけました?」

「なに、ちと親父たちがな。よそで話すような浅慮な真似はしてないから安心しろい」

「当たり前です」

 

 再度溜息。

 こんなふうにただの馬鹿じゃないことをたまに見せるからなかなかどうして面白い。バランの人を見る目が確かだという証左なのだろう。

 

「で、上はどう考えてるんだ?」

「そう言われても何も答えられませんよ、決定までお待ちください。ただ、私個人としては武官の方々の手を煩わせないよう尽力するつもりですけど」

「なんだ、つまらん。折角武勲のチャンスかと気合入れてたってのに」

「戦意旺盛は結構なことですが自重をお願いします。刃を交えぬように努力するのが文官の(さが)なのですから、どうかご理解の程を。あと本当にこれ以上吹聴しないでくださいね」

「わかったわかった、俺を信じろって。それよりバラン様たちの演武が始まるぜ?」

 

 にゃろう、露骨に矛先を逸らしやがったな。

 そんな文句を内心で口にし、頭を痛めながら件の訓練風景へと向き直る。無駄話をしていたせいですっかり悪目立ちしてしまったため、開き直ってバランたちへ幾分近づくことにした。

 ギャラリーに囲まれた中心にはバランが無手で佇み、屈強な体格を誇る四人の男がそれぞれ武器を構えて包囲している。二人が長剣、二人が槍だ。多分刃は潰してあるのだろうけど、実践さながらに振るえば骨の一本や二本は簡単に折れる。とはいえ四人の厳しい眼差しを見る限り、手加減云々なんて考える余地もないのだろう。

 

「せいッ!」

 

 開始の掛け声もなしに槍が勢いよく突き出される。バランの背後に陣取っていた男の不意打ちは、しかし不発に終わった。

 背中に目でもついているかのように軽やかな回避運動を見せつけ、相手の男も、いや、槍すらも見ずにバランが長柄を掴み取り、ぐいと引っ張ることでたたらを踏ませたのだ。しかも時間差で真正面と左右から仕掛けられた三つの攻撃を、最初に捌いた槍使いの男と位置を入れ替え盾にすることでやり過ごした。四人の驚愕に塗れた声とぎょっとした顔が印象的だった。

 

 バランは止まらない。完全に陣形が崩れた敵を冷静に見据え、回し蹴りで一人を吹き飛ばしたかと思えば、さらに独楽のように円運動のステップを描くことで回避と反撃を同時にこなして瞬く間に二人目を撃破。混乱した三人目の懐に素早く潜り込むと、鳩尾に掌底を打ち込むことで速やかに沈めてしまう。そこからはもう最後に残った剣士が哀れだった。

 

 後がないと悟った男は緊張と畏れをありありと伺わせる強張った表情をしていた。けれど身体に染み付いた反復訓練の賜物だったのか、気合の雄たけびをあげながら弾丸のように疾駆し、突進から斬撃を敢行する。

 力強く石畳を蹴り込んだエネルギーを全て集約させた袈裟懸けの一刀。なるほど騎士団の幹部を務めるだけの力量はあると納得させられる迫力だった。

 

 だが――相手が悪い。

 

 未だ紋章を輝かせず本気になっていないとはいえ、相対するは竜の騎士。数千年の時を闘争に費やし、片時も休まず武を洗練させてきた戦神の系譜を継ぐ者だ。騎士団所属のエリート戦士がいくら人間の枠組みとして高水準にまとまった力を持っていようが、その程度ではバランにとって有象無象に過ぎないのである。

 男の袈裟懸けの一閃が振り下ろされた時、バランは既に刃の軌跡上にはいなかった。俺の目にはバランの残像だけが映っているのだが、次の瞬間には男がバランスを崩して仰向けに倒れこんでいた。その時になってようやく俺はバランが足払いをかけていたのだと理解する。勝負あり、だな。

 

「……参りました」

 

 地面に倒れこみ、目の前に拳を寸止めされたところで降参を示した。一分にも満たない攻防のなかでどれだけの技術の応酬があったのか、それは俺よりも武に富んだ彼ら騎士とその候補たちのほうが如実に感じ取っていることだろう。誰知らず生唾を飲み込む気配を捉え、毎度のことだと苦笑を浮かべる俺だった。

 

「よし、午前の訓練はここまで。それぞれクールダウンした後、解散するように。午後は各団の上位者に従い訓練に励め」

「仰せのままに」

 

 憧憬と畏怖。

 概ねそれがバランに対する兵士一同の持つ感情だった。身分がどうとかを口にする前に、この圧倒的な強さとバランが戦時に纏う覇気に誰もが敬服してしまうのだ。非才の我が身にしてみればバランのそれはちと羨ましい。

 

 これは余談になるが、バランのカリスマは男女問わず惹きつける魅力に溢れているようだった。普段は寡黙で静かな迫力を発している一方、時に理知的な眼差しで書を嗜む姿がご婦人方にも大人気だったりするのだ。さすがに次期女王の配偶者に本気で懸想する女性は今のところ見ていないが、既婚者でなければ毎日恋文を受け取るくらいはしていたのではないだろうか?

 うん、いくら俺がバランのお付きとはいえ、さすがにそっち方面の補佐とか処理をするのはご勘弁願いたい。ソアラにはしっかり手綱を握っていてもらわねば。

 

「かー、痺れるねえ。あの鬼強え先輩達でもここまであしらわれるのかよ。俺なんて一対一でもあの人らに一度も勝ててないってのに」

「右に同じ。次元が違うね」

 

 呆けたような声でかわされる模擬戦の感想に、あれでバランは実力の半分も出しちゃいないと告げたら、一体どんな反応が返ってくるのかとふと気になった。現時点で人間の限界ともいえるレベルなだけに、これ以上となるとさすがに反応が怖い。

 長きにわたって継承され、蓄積され続けた基礎技術の粋。今生においても幾たびの死闘を乗り越えた類まれなる経験。地上随一の肉体スペック。これらだけでもとんでもないというのに、ここから竜の紋章の力が上乗せされると攻防万能の竜闘気(ドラゴニック・オーラ)を纏い出す。

 そこに鬼に金棒とでも言いたげな最強の武具たる真魔剛竜剣を振るい、竜の騎士のみに許された魔法剣で敵を粉砕するのだ。極めつけは全てのレベルを人外の果てまで引き上げる竜魔人化ときた。およそ手がつけられない規格外っぷりである。

 

 よくもまあこんな神話の世界に君臨してそうな怪物にダイたちが勝てたもんだとしみじみ感心してしまう。

 親子の情、かつての仲間への手加減があり油断があった。連戦につぐ連戦で体力魔法力を疲弊し、ダイの飽くなき勇者としての意思やポップの見せた人間としての強さといった、迷いを生ませる土壌に終始バランが翻弄されていた。それでもなお、アバンの使徒の勝利は奇跡としかいいようがないと思う。

 もっとも、そんなバランがいてもなお苦戦必至、むしろ絶望的な戦局を予感せざるをえない大魔王の底力とか本当何なのだろう? 魔界に引きこもっててくれよ、マジで。

 

「ああそうそう、バラン様の意図するところは『一人では勝てない高レベルモンスターを相手どる訓練』になります。ですからあなた方はこの先、模擬戦や演習を通して徹底的に『軍隊としての』陣形と連携を叩き込まれることになりますね。バラン様曰く、ようやく基礎ができて次の段階に進める頃合になった、だそうですよ」

 

 頑張ってくださいね、と良い顔で告げた。そんな俺に文句を言う気力もないのか、うげ、と来たる地獄の時間を想像して蛙が潰れたようなひどい顔になる三人組。彼らにご愁傷様と同情の眼差しを送りつけ、そのまま背に置き去りにして歩き出した。

 いい加減時間も押してきている。訓練に熱が入るのは結構なことだが、バランの務めはそれだけではないのだから切り替えてもらわなくては。まずはバランに汗を流してもらってから会議用の礼服を用意だな、と適当に脳裏で予定を組み上げながら心なし足を速めて合流を急ぐのだった。

 

 

 

 

 

「先日はお伺いできませんでしたけど、ソアラ様のご様子はいかがでしたか? 二度目のご懐妊とはいえ、身重の身体では色々とご不便やご不安を抱えていらっしゃるのでは?」

「予定日はまだ先だからだろう、落ち着いたものだった。どちらかといえば、あれがなにかするたび私のほうが気が気でなかったように思う。以前も感じたことだが、こういったことは女性のほうがずっと肝が据わっているな。お前にもいつかわかる時がこよう」

「まだまだ先の話ですけどね」

 

 午後の会議に備え、事前のすり合わせがてらバランと昼食を共にする。もっともそれらはほとんど前日のうちに済ませていたので、もっぱら話題は世間話に終始していた。

 今、ソアラは王城にはいない。出産を心健やかに迎えるため、バランとソアラの出会いの場でもあった奇跡の泉、その畔に建つ別荘に居を移している。そこで供回りの者や産婆を引き連れてダイに続く第二子の誕生を間近に控えているのだ。それは父であるアルキード王、夫のバラン、そして俺を含む家臣一同皆が心待ちにしている慶事でもあった。

 

「正直に申し上げますと、ソアラ様は再びお子様を得ることに積極的にはなれないだろうと考えていました。いかに王家を背負うお世継ぎが望まれるとはいえ、ソアラ様、そしてバラン様も未だ行方知れずのディーノ様へ(はばか)りがあるのでは、と」

 

 ダイの行方が知れぬまま一年が経つ。ソアラだってその事実を前に何事もなく割り切るのは難しかろう。だからこそこうも早く二人目を宿したことが心底意外だった。

 

「確かにそういった気持ちがなかったとはいわん。だが、義父殿に頭を下げられてしまってはな……。私の処刑に始まり、ソアラからディーノを奪ってしまったことを涙ながらに悔やんでおられた。そのうえでソアラを慰めてやってくれと頼まれたのだ。ああも娘を心配する父親の顔をされては何もいえん」

「なるほど、世継ぎの孫を望んだのではなく、ソアラ(愛娘)の安寧を願ったわけですか。父親として愛情深くもあり、業が深くもあり、ですね。難しいものです」

 

 ややもすると僭越になりかねない俺の疑問に、バランは大したことではないと示すように微笑を浮かべ、簡単に背景事情を語ってくれたのだった。

 王族とて人間だ。

 思わずそんな感想を抱いてしまうくらいには情実のからんだ経緯(いきさつ)だった。ソアラが王族として冷徹になれず、非情に徹しきれないのは案外父親の影響が大なのかもしれない。だからこそ俺のような人間には仕え甲斐のある君主だと映るのだろう。同じ匂いのする相手が対象ではこうも素直に敬服することはできなかったはずだ。

 

「……ふむ。あるいはディーノが『生きている』と保障されなければ、お前の言う通り別の選択肢もあったのかもしれぬな」

「保障といわれますと、ナバラ殿の占いのことですか? そうですね、信じて良いと思いますよ。あの方は今の地上で最も優秀な占術師ですから」

 

 ダイの行方不明から一ヶ月経った頃、諸国漫遊の旅からテランに帰国した占い師ナバラが、フォルケンの紹介で訪ねてきた。小柄な体躯をすっぽり覆う魔女さながらの衣装と、どこか達観した厭世的な雰囲気をまとわせる老婆は、なるほど胡散臭い婆さんだと心から思ったことは内緒だ。そんな失礼な感想を口に出すわけにもいかず、顔にも出さずにやりすごした記憶が脳裏をよぎった。

 その時にダイの行方を生死も含めて占ってもらったのだ。その結果は『ディーノ王子はこの地上の何処かで生きている』が『具体的な所在まではわからない』というもの。

 バラン達にすれば嬉しさ半分落胆半分、俺にとってはダイがデルムリン島に辿り着けた裏付けともなり、ほっと一息つけるありがたい占いだった。ホントすごいよな、よくそんなことまでわかるもんだ。

 

 ちなみにダイがナバラの占いによって順当に見つかったならそれはそれで構わなかった。ダイの物心がつく前にブラスの元から引き取れたなら、そのときはブラスとデルムリン島を俺の構想からまとめて切り捨てれば済む話だからだ。いくら幾つかのプランを思い描いているとはいえ、俺の中で戦後の構想が魔王軍撃退に勝る優先順位を得ることはない。できれば人類とモンスターが、個人単位ではなく種族単位で共生する未来を見てみたいとは思うけどな。

 ただ、ナバラにいわせれば占いの結果が出たこと自体とんでもない話らしかった。普通は縁もゆかりもない赤子の行方なんてものは占えるものではないとのこと。

 

 ナバラのような占術を生業とする者は、基本的に因果律――運命に規定された事象を垣間見ることで結果を導き出す……らしい。で、この因果にあたる糸の大きさは一概にこれだといえるものではないのだが、たとえば重い宿命を負って生まれてくる、偉業をなして世界中に名の知れた傑物、あるいはもっと単純に強大なエネルギーをその身に内包している、等々があげられるそうだ。

 今回はバランという巨星から因果の糸を辿ったのだろうが、さすがにナバラが見知ったことのない人間が対象で、かつ生命エネルギーに乏しい赤子では限界もあったということだろう。

 そもそも俺の感覚では占いなんて気休めに耳にするものでしかないため、常識破りの数々に色々と複雑な思いなのだが。

 

 それとナバラの十八番である水晶玉で千里を見渡す術には距離の制約がつきまとうとのこと。それに加え、失せ者探し物としては感知に不向きな赤子が対象ということで、とても今回は使えるものではなかったらしい。あの術、ものすごく便利だし俺も覚えられるなら覚えたいと口にしたら、「けっ」と馬鹿を見るような目を向けられた一幕もあったり。

 

 その時、『五十年修行すれば隣の部屋くらいなら映せるようになるかもね』とばりばりの塩対応をもらい、偏屈ばばあの面目躍如だと感心してしまったくらいだ。しかし俺に占術師の才能がこれっぽっちもないことはともかく、ナバラはやはり窮屈な立場は苦手そうだった。宮廷に招くとかは無理そうだな。……それが出来るくらいなら既にフォルケンが召抱えてるのだろうけど。

 というかだな、うちの王宮勤めの連中、露骨に胡散臭そうな目で客人を見るなよ。そんなだからナバラの心証を悪くするんだ。せめて俺のように内心だけにとどめて誤魔化すくらいはしやがれっての。

 

「占い師ナバラか。些か角の立つ物言いをする御婦人だったが、腹に一物抱えてばかりの宮廷雀に比べれば可愛いものだろうよ」

「おや、それは私への当てつけでしょうか? 反論の余地がないことがものすごく悔しいところですが」

「そこは言い返しておけ。少なくとも私は人品も含めてお前を買っているのだぞ?」

「光栄です」

 

 不敵に笑うバランに苦笑を返す。可愛げか、俺がそれを捨てたのっていつごろだったかなあ、などと遠い過去を思い出しながら。

 しかし《竜の託宣》だの何だのでっちあげた身ではあるが、俺なんかよりよっぽどナバラやメルルのほうがこの世界の森羅万象、神秘の奥深くに身を浸しているだろう。彼女たちの力は俺には理解不能な世界に突入しているわけだが、案外ナバラや彼女の孫娘であるメルルの祖先にはバランのいう天界の住人、つまり人間以外の種族が名を連ねているのではないかと考えている。

 

 竜の騎士ですら混血の子供をつくることができたのだ、ならばほかの種族がそれをできなかったとは思えない。あちらの世界の民話ならともかく、この世界に伝わっている『天女と結ばれる美しくも切ない恋愛譚』や『精霊の加護を得た剣士の大冒険』に代表される無数の逸話の何割かは、絶対作り話ではなく実話が含まれているはずだ。

 おそらく彼ら彼女らが大昔、地上で人間との子をなしていた。そしてその血は現代にも脈々と息づいているのではないだろうか?

 

 天空人、妖精族、精霊族。その手の『不思議な術を行使する者』の末裔がナバラであり、いずれ強力な占術を揮うようになるメルルへとつながっている、というのが手慰みに構築した仮説の一つだった。確かめる術は今のところないし、知ってどうなるものでもないけどな。

 ただそう考えればメルルが祖母をはるかに超える神秘を若年で身に着けたことも頷ける。彼女が先祖返りを起こしていたのならば、大魔王をして驚愕するだけの事象を引き起こしたのもある程度納得できる話だった。

 

「それともう一つ。ソアラに最後の一押しをしたのはルベア、お前だぞ」

「私がですか? それは意外ですね。どういうことでしょう?」

「いつだったかソアラが『世継ぎを産むべきか』と尋ねたことがあっただろう。その時お前は何と答えたか覚えているか?」

 

 また随分懐かしい話を持ち出すじゃないか。ともすれば日常の雑事に埋没してしまいそうな記憶を手繰り寄せ、どうにか思い出すことに成功する。

 

「『ディーノ様がお戻りになられた時、歳の近い男子では王位継承権に差し障りが出ますから、出来れば女の子を希望します』。確かそのような主旨の提言を申しあげた記憶がありますね」

「ソアラがおかしそうに笑っていたぞ。お前らしい答えだと」

 

 そう言って楽しげに口元を緩めるバランだった。俺は二人が決心してから子を仕込むまでの時間にびっくりしましたけどね。一発必中……かどうかはわからないが、見事に子種をヒットさせるのだから大したものだ。竜の騎士って実は生殖能力も強力なのか、としょうもない疑問を本気で考察してしまうくらいには驚いたものである。

 そういえば元いた世界じゃ『竜は多淫』ってのが常識だったなあ。もちろん竜なんてものは想像上の産物でしかなかったわけだが、こうも符合すると面白くもある。

 

「私らしいかどうかはともかく、それがどうしてソアラ様のご決心につながったのです?」

「お前はディーノが生きていること、この国に帰ってくることを前提とした未来を築き上げようとしている。それが理由だ」

「……信じるには些か理由が弱い気がしますが」

「不確定だからこそ信じる意味がある。ましてお前の今日までの献身を考えれば、気休めとは一線を画す信頼を呼び起こすものだと自覚しておけ」

 

 そんなものですか、と実感のない当たり障りのない返答を口にする俺を眺めると、バランはそれまで浮かべていた笑みを消してどことなく咎めるような眼差しになった。何か気になることでもあったのかと戸惑っていると、今度はこれみよがしの溜息をつく。

 ……むぅ、失礼な。バランが相手でなければ苦言の一つも呈しているところだぞ。いや、バランが相手だからこそ嗜めておくべきなのか? 結局、俺が迷っている間にバランが再度口を開いてしまったので完全に機を逸してしまったのだが。

 

「お前が自分自身の立場を築こうとしていることには文句を言わん。そもそもお前を王城に連れ込んだ私やソアラにそれを口にする資格はないのだろう。だがな、もう少し身体は労われ。ソアラも心配していたぞ」

「それは困りましたね、ご出産を間近に控えるソアラ様にご心労をかけるとは不忠の極みです。肝に銘じておきましょう」

 

 肩を竦め、冗談っぽく振舞うことで煙にまこうと画策したのだが、残念ながらバランは逃がしてくれなかった。

 

「ここ最近、お前の発する気が弱まっている。また無茶をしているのだろう?」

「しれっととんでもないことをさも当然のようにいわないでもらえますか? 確か生命感知――闘気の認識術の一種でしたか。改めてすごいものだと感心します、私にはさっぱりですから」

「戦闘方面の才能に乏しいお前には望むべくもないのだろうが、人間でも鍛えあげれば開眼できる力のはずだ。少なくとも騎士団の隊長クラスにはこの程度は身に着けてもらわねばなるまい。先は長いな」

 

 また無茶を言うね、この最強の騎士様は。それってダイがフレイザード戦で身に着けた心の眼と同じものだろう? つまりアバン流でいえば空の技につながる高等技能だ。そんなものをほいほい身に着けられる実力者がどれだけこの国にいると思っているのやら。

 もっとも武の才を見抜くことにかけて、バランは俺など比較すべくもない高みにいるのだから気を揉むだけ無駄なのだろうけど。騎士団の連中も災難だな、きっとこの先地獄を見る。……手加減だけは忘れないよう、口煩く忠告を繰り返す羽目になる気がしてきた。

 

「それで、どうなのだ? 繰り返すまでもなく、私に下手な誤魔化しは通用せんぞ」

「ご心配なく。最近抱えていた案件については一応の目処はつきましたし、仮眠も含めれば四、五時間は毎日睡眠時間を確保しています。多少疲れが残っているのは否定しませんけど、倒れるほど疲れをためこんではいませんよ」

 

 三時間睡眠のサイクルで二徹はさすがに堪えたらしい、一度熱を出して倒れて以降は健康管理にだって気を遣っている。さすがに子供の身体で負荷をかけすぎたと反省した、まだ昔ほど無理をできる身体じゃないことを失念していた苦い過去だ。まったく、貧弱な身体で辟易するぜ。

 

「ただ、ここのところちょっと立て込んでましたから、それなりに忙しかったのはお目こぼしください。なにせベンガーナ王国との国境線が騒がしくなってますからね。そこに国境警備の長期任務に詰めていた兵団の交代時期が重なったのもよくありませんでした。物資の手当てや人員の入れ替えで関係部署はてんやわんやの大騒ぎだったのですよ」

 

 猫の手も借りたい忙しさとはまさにこのことだろう。だからこそ俺まで駆り出されて右に左に走り回っていたわけだが。

 

「相変わらず便利に使われているようだな。この前は薬草農園の管理責任者の真似事をしていたのではなかったか?」

「真似事というか、半分は見学みたいなものでしたけどね。ただあの仕事は楽しかったです。今でもたまに顔を出してますよ」

「本当に大丈夫なのだろうな? 嫌がらせの度が過ぎるようなら手を貸すぞ」

「それこそ不要な心遣いですよ。この程度自力で切り抜けられずして、どうしてあなた様の従者を名乗れますか。それに私、仕事のできない奴だと侮られるのは嫌いなんです」

「……そうか」

 

 ただし妥協のできない敵が相手なら話は別である。幾らでも侮ってくれ。最大限油断して侮ってもらってるところを、後ろからぐさりと刺すのが俺の流儀なのだから。卑怯? それは食べられるものなのか?

 勝てば官軍。

 実に良い言葉である。なにせ俺は戦うことが好きなわけじゃないのだ。……なんだか今日はフレイザードをよく思い出す日だな。やるからには勝つのが俺の信条である、それが出来ないのならそもそも戦うべきじゃない。

 

「ご心配をおかけして申し訳なくは思っています。ですがバラン様やソアラ様の傘に隠れているだけではこの先立ち行きません」

 

 そこでにこりと不敵に微笑。

 

「大丈夫ですよ。皆さん、私の後ろにはバラン様とソアラ様が控えていることを存じ上げていますから、正規の仕事量を増やす以上の露骨ないじめはありません。あとはまあ、私が持ち込まれる仕事を卒なくこなしてしまうせいで意固地になられている方がいるのでしょう。じき収まります」

 

 卒なくといっても失敗をしないわけじゃないけど。慣れない仕事だけに戸惑うことも多いし、子供だからと軽く見られることも多い。業務を滞らせてしまったことだって幾度かある。

 だが、それとて最初のうちだけだ。全体の業務の流れや関連部署との実務的なつながりが見えてくれば、人並み以上に書類仕事をこなせるだけの自信はあった。その部署のキーマン――優秀な人材を見極める目と取り入る処世術くらいは心得ているし。

 

 とはいえ、圧倒的に時間が足りないのも確かだ。元々俺は正規の手段で登用されたわけではないせいか、今は適正を見るためにあちこちたらい回しにされている。それに加えてバランの従者としてスケジュール管理やその他の雑事をこなすことを疎かにするわけにはいかない。さらに個人的な優先事項としてソアラの好意で開帳してもらった王室の資料――とりわけ王国の歴史と魔王軍の攻め寄せた過去の大戦の記録を、夜な夜な整理分析することも必要だ。忙しいったらありゃしない、身体があと三つは欲しいぞ。

 

 頭が痛くなるのは魔王ハドラー戦役以前の戦争に関してはもう歴史の彼方、百年以上も昔のことで資料そのものが散逸しかけていることだろう。そのため成果ははかばかしくなかった。さらに過去の大戦に遡るともう事実と風聞、伝説とほら話が入り乱れてとても真偽を確認できるものではなかったのだからどうしようもない。

 前途多難である、これだけ次の戦争へのサイクルが長ければそりゃ平和呆けもするわな。この先十年そこそこで次の大戦が待っているとか、魔界の事情に通じるバラン以外は誰も実感できないって。

 救いはソアラやアルキード王も理解者になってくれていることだが、それだけじゃ世界を動かすには足りない。どこかで梃入れをしないと奇襲に対応できずに後手に回ってしまう、それでは俺がこうして骨折りしている意味がない。

 

「嫌がらせの些事が問題というより、私に体力がないのが目下の悩み事なんです。もう少し年齢を重ねれば身体もできてくるでしょうから多少マシになりますけど、今はいかんともしがたいですね。どうか長い目で見守ってくださいと、ソアラ様に言付けをお願いします」

「今はそれで納得しておくしかないか。だが、これ以上の無茶となれば私も容認できんぞ。強制的にでも眠らせるゆえ、そのつもりで励むといい」

「それ、絶対睡眠呪文(ラリホー)の使いどころを間違ってますよね」

 

 なんだかおかしくなって軽やかに笑ってしまった。ラリホーに耐性とかついたら面白いのにな。ウイルスと抗ウイルス剤の関係みたいに、常用していると効果が確認しづらくなるみたいな前例はないのだろうか?

 それにしても、これでも同年代の中では体力あるほうだったんだけどな。あれでパンを焼くってのは結構な重労働だったし。十二歳そこらで大人顔負けどころか、群を抜いて強靭な身体と精神を持ち合わせたダイを本気でリスペクトしたい気分だ。何事も身体が資本であることはどこの世界でも変わらないとしみじみ実感する次第だった。

 とりあえず今回の件が片付けばもう少し時間に余裕も持てるだろうし、部屋に平積みされた資料を精査する時間も取れるだろう。俺の健康増進プランはその片手間にでも考えるとしよう。

 

「ではバラン様、そろそろ会議室に向かいましょうか。新参者は先に到着して皆様にご挨拶する大事なお仕事がありますので、バラン様にもお付き合い願いますよ」

「うむ、承ろう」

 

 はちみつを垂らしたホットミルクを美味しく飲み終え、ことりとカップを卓に置く。いたずらっぽく片目を瞑って誘いの言葉をかけると、ありがたいことにバランも不満なく頷き、俺と共に会議室入りしてくれるようだ。助かる。

 バランはアルキード王と合わせて最後に入室でも許されるのだけど、今日は文武の重臣との語らいを優先してもらうことにしよう。ソアラがいないだけに普段より彼らの本音を垣間見るチャンスだ。もっとも今の状況で俺はともかくバランを好んで敵に回すような浅慮な人間がいるとは考えにくいが、もしそんな相手を見つけたら……さてどうしましょうかね、っと。

 

 

 

 

 

「……貴様か、元気そうで結構だな小僧。実に残念だ、別に欠席してくれても一向に構わんのだぞ。そうしてくれたほうが皆が上手い空気を吸えることだろう」

「最近は風通しも良くなってきていますね、おかげさまでやりがいのある充実した毎日を過ごさせてもらっていますよ。私も皆様のお目汚しになるのは心苦しい限りなのですが、この場はいま少しのご寛容をいただけたらと思います」

 

 王城内に存在する幾つかの会議室。今日は王も臨席するということで、普段俺が使うものよりも幾分グレードがアップした調度品の数々と給仕つきの室内で歓談に耽ることしばし。王が近習を引き連れて現れたのは、俺が非好意的な視線と嫌味の幾つかをもらい、それらに何度か笑顔で対応している頃のことだった。

 つまりは平常運転、いつもと変わらないやりとりということだ。ま、そんなもんだよな。もう少しウィットの効いた罵詈雑言なら楽しくなりそうなのだが、と些か歪んだ感想を抱きながら会議の開催を迎えたのだった。

 

「皆、聞き及んでいるだろうが、今日はベンガーナ王国への対応についてだ。かの国が展開している軍事行動に対するわが国の返礼を皆に考えてもらいたい」

 

 厳しい眼差しで会議出席者を見渡すアルキード王の姿に会議室に漂う空気もぴんと張り詰める。前置きもなしに本題に入ったあたり危急の案件と捉えているのだろうか。いや、王の怒気を省みるによほど腹に据えていると見たほうが正解なのかもしれない。

 確かにベンガーナは国境線付近で軍事演習を繰り返すなどと舐めた真似をしてくれているからな、あからさまな挑発行為である。そっと周囲を伺えば、出席者の中にも王と似たような反応をしているものもいた。武官に多いのは当事者意識が強いからだろう。

 

「畏れながら陛下、以前の会議で彼らは放置すると決めたのではなかったのですか? かの国から申し送られた演習場所は陛下ご自身が許可を出したと記憶しております」

 

 文官の一人が恐る恐る口にすると、間髪入れずぎょろりと睨みつけられて縮み上がってしまう。その男は事実を述べているだけで間違ったことを言ってないだけに、この威圧っぷりはちと可哀想だった。不機嫌そうだな、陛下。

 

「確かに許可は出した。だがな、あやつらは規定されていた場所を南下し、我が国の領土を侵しながら演習を繰り返しているのだ! しかもその件についての釈明は何一つ届いておらん!」

「なんと!」

 

 憤懣やるかたない様子だったが、それ以上に陛下の口にした内容に皆が絶句した。俺も眉を潜めて思索に沈む……ふりをする。うちと戦争でもしたいのかと疑うくらいにはベンガーナのやり口は穏当からかけ離れているだけに、皆の反応も当然のものだった。

 

「こちらも兵を出しましょう! これは明らかな侵略行為だ!」

「いや、待て! まずは事実確認からだ。使者を用意して改めてベンガーナ王に面会を――」

「ぬるいわ! ここまで舐められて易々と引き下がれるものか」

 

 途端に喧々諤々の熱気が会議室を包み込んだ。強硬論を唱えるのが武官、慎重論を唱えるのが文官ときれいに分かれたな。恐慌に揺れる出席者も多い中、バランは腕を組んで鷹揚な態度を維持している。こういう人間が隣に座っていると安心感が半端ないな、実に頼もしい。

 

「今は国境警備隊が兵を出して監視に努めておる。幸い人里まで降りてくる様子はなく、あくまで演習の体を崩してはいないらしい。もっとも、それが何だという事態にまで発展しているのは覆せぬが」

「やはりここは直接ベンガーナ王に事の次第をはっきりしていただくのが上策かと」

「だからそれでは手遅れになりかねんと言っているだろうが!」

 

 会議は踊り、されど進むことはなく。そんな感じだな。

 熱心なのはいいが少しばかり冷静さを欠いている。有体にいって皆が浮き足立っているのだ、これではいつまでたっても収集がつかない。だが事態が切迫していることも事実。ここは多少強引でも陛下の下知がほしいところだが、さて?

 

「バランよ」

 

 一同を見渡して難しい顔で唸ったあと、アルキードを統べる最高権力者が娘婿であるところのバランに呼びかける。するとそれまでの白熱ぶりが嘘のようにぴたりと議論が止んだ。良い感じに畏怖を勝ち取ってるな、バランの奴。

 

「お主はどう思う? いや、そなたを軽々に動かすわけにはいかないことは承知しておる。それを踏まえたうえで存念を聞いておきたいのだ」

「それならば私よりもルベアに尋ねたほうがよろしいでしょう。昨日、私とルベアは此度の件について既に話し合いを持っております。ベンガーナの動きがやや性急ではありますが、現時点では国境をわずかに越え、挑発に勤しむ程度に留まっているとのこと。ならば我らの想定に致命的な齟齬は生じておりませぬ」

「うむ、婿殿は頼もしい限りだな」

「勿体ないお言葉です。……ではルベア、義父とこの場に集った諸兄に説明してさしあげろ。私よりもお前のほうが適任だろう」

 

 そうやって面倒事を俺に放り投げるなよ、と胡乱な目つきで抗議したいところだったが、バランの言う通りこの件については俺のほうが適任だろう。ちょっとばかし繊細な問題も孕むから、バランが直接提案するよりも俺が口にしたほうが角が立たないはずだ。

 そこで一度陛下に目配せすると、いつもの穏やかな顔つきで頷かれた。

 

「――許す、進めよ」

「かしこまりました。それでは皆様のお時間を少しだけ拝借させていただきます」

 

 俺たちのやりとりを見守る連中から、興味深そうに耳を傾けようとする者、面白くなさそうに険を宿す者等々、様々な思惑を乗せた視線が集まる。そんな中でゆっくりと立ち上がり、軽く唇を湿らせてから口を開いた。

 

「現在起きている喫緊の課題は、国境を侵しておきながらそ知らぬふりで剣戟の遊戯に耽るならず者たちを我らがいかに処置すべきか、という点です。そこでまず此度の発端を整理しておきましょう。つまりベンガーナ王国がここまで強硬な姿勢を示した因についてです。……私見を述べる前に、皆様から何かご意見はありますか?」

「現場の暴走という可能性は?」

 

 真っ先に口を開いたのは武官の一人だった。確か騎士団の副団長を務めている男だったか。厳しい顔つきがまさに歴戦の勇士といった雰囲気である一方、石頭とも揶揄されている杓子定規な人物だったはずだ。

 

「ありえないとはいいきれませんが、それならば国境を越えた後、さらに南下して人里に近づくなり挑発行動をエスカレートさせるのではないでしょうか? 少々いやらしい言い方になりますが、私には彼らが『事が起きた後の逃げ道を用意している』ように見えます。現状は『訓練に熱が入りすぎた』とでも釈明すれば、納得できなくもない中途半端さでございましょう?」

「ふん、面白くないな。まるでどこぞの小賢しい小僧のようだ」

「さて、私にはあなた様が仰る小僧に心当たりはありませんが、とにかくも本国では回答を引き延ばしている様子。状況を省みるに、ベンガーナ上層部が白か黒かでいえば黒に近い灰色だと愚考致します」

 

 つーかこの挑発は十中八九予定通りの凶行だろう。

 バランがソアラの元を訪ねた時、ついでに国境付近までひとっとびしてもらい、偵察を頼んでおいた。それによると彼らは整然と行軍を行っていて、間違いなく統率の取れた集団だったらしい。兵士の顔にも確信と自信の色があり、現場のはねっかえりが命令を曲解しているような不自然さは感じ取れなかったとはバランの弁だ。

 しかし竜の騎士を使いぱしりにするなんて恵まれてるなあ、俺。ただ、今回はそれでよいとしても、いずれはこの手の隠密行動ができる草が欲しいな。理想をいえば軍の哨戒として動かす人員ではなく、俺が直接指示を出して動かせる部隊なら最高なんだけど。……高望みか。

 

「では今回の蛮行は挑発以外の意図が存在すると考えるべきか? 我らは先年発表されたテランの破邪研究に対する意義申し立て――というよりあからさまな後ろ盾である我が国への意趣返しだと分析していた。テラン王国から流出する人材の流れが止まり、予定されていた事業の幾つかが滞ったとも伝え聞くからな。これはそなたが発端といえなくもないが、どう思うかな?」

 

 今度は年かさの文官が発言した。ひげもじゃのおっさんだが、絶対似合ってない。やっぱりバランの貫禄っぷりを身近で見ているせいか、俺の審美眼はちと厳し目になっているようだと一人納得する。おっと、今は集中集中。

 

「テランの人口減少にストップがかかった影響も多少なり出ているでしょうが、それで傾くほど杜撰(ずさん)な管理はしておりますまい」

 

 そもそもテランから逃げ出した富裕層だとか有能な人間は既に吸収し終わった後だろう。量より質と考えれば割り切れる程度でしかない。

 流民対策として将来を見越して用意していた箱物は別の使い道を考えねばならないかもしれないが、その程度のリスクは飲み込んでしかるべきだ。ベンガーナは現在好景気に沸いているという話だし、多少の損失に耐え切るだけの地力も十二分に確保しているはずだった。

 

「ベンガーナ王の風聞を聞き及ぶ限り、利のないことには積極的になれぬようですから、なにも意趣返しだけでここまで大それた行いはしないでしょう。そこまで踏み切れるほどあの方は愚かにはなれないはずです」

「ほう、意趣返しであることを否定はしないのだな」

「ええ、一割か二割程度は理由に含まれているでしょうから」

 

 皮肉気に口角を吊り上げる男にしれっと返し、他に意見はないか促す。とりあえず成り行きを見るつもりなのか、何も意見があがってくることはなかった。

 

「陛下、先の会議ではベンガーナの意図を『肥大した軍兵の錬度確認』と『新兵器――火薬を使った大砲の実演威力証明と諸国への売り込み』にあると仰られました。ベンガーナ軍の精強さを見せつけた上で、交易を得手とするベンガーナの本分を果たそうとしているのだろう、と」

 

 近年ベンガーナ王国は元テラン国民を受け入れるに当たり、仕事の振り分け先として二つの道を用意し、優遇した。まずは船や馬車を行き来させる貿易従事者。そしてもう一つ門戸を広く開いたのが軍だ。しかしどちらも単純に人数を増やせば利益ないし成果があがるものではない。元々整備の整っていた貿易事業はともかく、軍拡は特に難航していたようだ。

 

 そこでベンガーナは軍制において近隣諸国とは別の道を模索し始めた。剣と魔法を主軸にした屈強な騎士団をモデルにするのではなく、人海戦術と火薬を駆使する『個々人の才能に依存しない』軍隊モデルの形成を目指し始めたのだ。ぶっちゃけ兵の数と兵器の質で勝負を決する新機軸運用法である。何より金の力を必要とするそれは、金満国家ベンガーナ王国らしい試みだったといえよう。

 俺の常識でいえば『近代軍制への改革』といったところだろうか? まあ魔法の存在やら人間の基礎能力の差とか色々と前提が違うため、単純に近代風の軍隊が強いとも言えないんだが。技術革新を考慮に入れることのできる数百年後の未来ならともかく、現時点ではカール王国やリンガイア王国のほうが軍事力はよっぽど上だろう。

 

 そもそもベンガーナにとって軍拡は主目的ではない。軍に働き口を用意したのは失業者対策の一環にすぎないからだ、ベンガーナ王とて本気で《世界最強の軍隊》なんて夢を見てるわけじゃないだろうさ。

 だからこそうちの上層部は今回の事態を、『近年急速に膨れ上がった軍の新兵達を場慣れさせ、新兵器のお披露目と付随する輸出増加の目論みがベンガーナ王の腹の内』だと分析したわけだけど。

 

「うむ、確かに前回の集まりではそう申し送った。だが現状は少々懐疑的になってきておるな。あの男の腹を読み違えたと思うか?」

「いえ、そんなことはないでしょう。ベンガーナの基本的な狙いはその二つで間違っていないと思います。そして先ほど我らへの意趣返しという意見が出ましたが、ベンガーナの度重なる挑発はまさしく余禄狙いであり、この場の皆様が読み解いた本懐達成のついでだと考えています」

「その『ついで』をお前はどう考える?」

 

 そこで俺はあからさまに視線をバランへと向けた。つられるように皆の目が一点に注がれる。注目を集めた本人は腕組みをしたまま泰然と受け止めるのみだ、小憎らしいほど絵になる姿だった。

 

「一見矛盾した事実の羅列をつなぎあわせる最後のピースは、おそらくバラン様、すなわち竜の騎士の存在に求められると思います。フォルケン様の声明と合わせ、我が国からは『竜の騎士を侵略戦争に用いない』と通達を出しましたが、これを諸外国が素直に受け入れているとお思いになりますか?」

 

 あ、っとその場の幾人かが虚をつかれたような顔になる。

 最近はバランという規格外に慣れたせいで、知らず知らずの内に他人の思考と自身の思考を重ね合わせていたのだと思う。アルキードやテランならともかく、他国では未だ竜の騎士は謎に包まれた存在なのだ。とりわけその力は未知数であり、どの程度警戒すべきなのか、あるいは伝説と手を携え、誼を結ぶべきなのかの判断もつかない。

 それゆえベンガーナ王はこれ幸いと、一石で幾つもの鳥を落とすことを画策したのだろう。

 

「我らはバラン様の力の一端をこの目で確認しております。ですが他の国の首脳陣にとってはその限りではありません。ですからアルキード王国の有事における軍部の動きを見ることで、《竜の騎士》の脅威の度合いを測ろうとしているのだと思いますよ。バラン様が出向けばそれだけで噂の半分は真実だと看破しましょう。その先でさらに探りを入れてくるのかはあちら様次第ですが、場合によっては一当てするくらいは考えているやもしれませんね」

「では、国境線に正規の部隊を追加派兵すればどうなる?」

「素直に軍を引くでしょう。そしてアルキード並びにテランが発表した《竜の騎士》は嘘っぱちだったとでも喧伝するのではないでしょうか。立場を逆にすれば、皆様とてぽっとでの伝説やらわけのわからない風聞に振り回されるのはごめんだと考えましょう」

「……なるほど、ありえぬことではないな」

 

 あるいはアルキードとテランで共謀した可能性を疑い、化けの皮を剥がそうとでも考えたか。ベンガーナ王は能力はあっても気位の高さを隠さないところがある。意趣返しというのも案外正鵠を射ている可能性が高い。

 

「ではルベアよ、お前はどうするべきだと考えている?」

「そうですね、我が国が舐められていることに変わりはありません。この際挑発に乗ってさしあげたらいかがでしょうか?」

 

 朝食のメニューを口にするような気軽さで言い放つ俺に、文官からは「小僧、血迷ったか!」と悲鳴が飛び、武官からは「よくいった! 開戦だ!」と興奮した檄が飛ぶ。煩い考えなしに騒ぐな阿呆、と口走りたくなる気持ちをぐっと堪えてにこにこ笑う。

 残念ながら騎士団をフルに活躍させて手柄を立ててもらう気など俺には欠片もなかった。第一アルキード、ベンガーナ両国共に戦争は望んでいないのだ、それが出来ない国内事情を抱えている。この場にもそのあたり理解していない者がそこそこいそうだけど、そこまで俺が面倒見てやる義理はないわな。つーか素直に聞き入れるとも思えん。

 

 そもそもの話ベンガーナがここまで強気に出れたのだって、多少の火種を振りまこうがどうあっても小競り合いに終始すると見切っているからだろうよ。……嫌な信頼だよなあ。うちの王様もベンガーナの王様も、お互い相手が理性的な君主だと認めることで成立する駆け引きをしてるんだから。面倒くさい近所付き合いだこと。

 もっとも、そいつを都合よく利用しようとする俺も大概だとは思うけどさ。

 なあベンガーナ王、俺はあんたのことを嫌いじゃないし尊敬もしている。国家の舵取りをするなら、自身の不満と国家の利益を結びつけて同時に達成するくらいの強かは持っていて然るべきだ。――ただし今回はバランの力を見誤った授業料を払ってもらおうか。高くつくかどうかはあんた次第だ。

 

「皆の者、静まれ。……ルベア、お前とバランには腹案があるのだったな。まずはそれを示してみよ」

「バラン様の御親征の許可と陛下のご助力をいただくことが前提となります。詳細はこれに」

 

 周囲の喧騒を収めると、俺と陛下の間でさくさくと話が進む。椅子から立ち上がり、会議用に作成した二つの草案文書を取りだして恭しく差し出した。

 一つはベンガーナ王に宛てる親書の起草文、もう一つは実際に戦場に赴くバランの行動計画表だ。前者は修辞的な盛り付けや単語選びの修正が必要なやっつけ仕事の賜物だが、とりあえず大まかな形だけ示せれば良いと考えて用意しておいた。正式にゴーサインが出れば、細かい部分は俺が考えずとも王直属の書記官が勝手に味付けしてくれるだろう。

 

 今回のいざこざはバランに収めさせる。それが一番俺にとって都合が良い。

 しかし上に立つ者は手柄をたてる場所を用意するものであって、自分の手で手柄をあげようとしてはいけない。今回の場合、バランがあまりに前面に出るのは好ましくないのである。あくまで俺の上奏をバランが受け入れた、という形にしておいたほうが収まりが良い。でなければバランが折角集めた部下の信望に陰りが出てしまう。

 

 ただ俺に対する視線が一層厳しくなりそうなのが問題といえば問題か。バランを利用して好き勝手やりやがって、という妬み辛みは絶対に出てくる。

 まさに俺は虎の威を借る狐、いや、この場合は竜の威を借る狸かな? 狐は女狐という言葉に代表されるように女性的なイメージがあるし、やっぱり狸のほうが合ってるだろう。

 この手の苦労はソアラがいれば考えなくて済むんだけど、と嘆息。ああもう、やめやめ、ないものねだりには違いないんだから。

 

「ふ……フハハハハ! なかなかディテールに凝った振り付けをするではないか。お前はどこぞで劇作家でもしているほうが天職なのではないか? いや、これは愉快愉快」

 

 そして――俺の提供した怪文書の効果は覿面(てきめん)だったらしい。最初は訝しげに書面へと目を落としていたアルキード王だったが、やがて低い声で唸り出し、最後は盛大に声をあげて笑い出してしまったほどだ。

 

「お褒めに預かり恐悦至極でございます。では、この件についてはバラン様にご一任いただけましょうか?」

「うむ、いいだろう」

「陛下!?」

 

 とんとん拍子で決まってしまった重大決定事項にあちらこちらから悲鳴があがるが、にこにこと機嫌の良さそうな最高意思決定者はこれを一顧だにしなかった。それどころか「お前たちも眼を通しておけ。なかなか痛快だぞ」と回し読みを勧めるお茶目ぶりを発揮している。……ちょっと緊張、字が汚いとか言われたらへこみそうだ。

 

「むぅ、これは……」

「いや、しかし可能なのか?」

「確かにバラン様なら……」

 

 戸惑いをありありと覗かせ、声を潜める家臣一同の姿がそこにはあった。

 心配するな、うまくいかせるよ。あんたたちが考えている以上に《竜の騎士》ってのは人知を超えた存在なんだからな。……ともすれば全力で人類社会から排除を進言したくなる程度には。

 

「納得は出来たか。なに、この二人ならば悪いようにはせぬよ。当然お主らにも協力してもらうことになろうが、この件はバランとルベアに一任する。これは王意である。皆の者、異存ないな?」

「――はっ!」

 

 ほっと内心で安堵。なんとかなったか。

 

「バラン、吉報を待っているぞ」

「全力を尽くしましょう」

 

 いや、あんたが全力でやるとオーバーキルになるから。手加減はしてもらわなくちゃ困るぞ?

 

「ルベアよ、早急に決めておかねばならぬことはこの場で要請しておくがいい」

「ではお言葉に甘えまして。まずは国境付近で演習に勤しんでいるあちらの部隊の代表者と交渉できる文官を一名、さらにバラン様の見届け役を武官から一名、それぞれ選出してください。バラン様の護衛は必要ありませんが、交渉に当たる方の身の安全と世話周りに数名が必要でしょう。それからベンガーナ王への使者は前例に倣った規模を用意していただき――」

 

 と、そこまで口にしたところでアルキード王が不思議そうに眼を瞬かせていることに気づく。

 

「陛下、どうされました?」

「いや、その口ぶりから察するにお主は行軍に加わらぬつもりか?」

「はい。アルキード国内やフォルケン様の治めるテラン王国でもなければ竜の威光は通じませんし、こんな子供が代表者の顔をしていれば先方も不愉快に思われましょう。私は行軍に不要かと存じます」

 

 俺がベンガーナの代表者なら子供が交渉相手とかキレる自信があるぞ? テランではあくまでフォルケンの好意と人柄、アルキードではバランとソアラの後ろ盾があって初めて機能するのが俺という存在なのだし。それに問題もないだろう、俺がいなくてもバランが上手くやるさ。

 しかし。

 諸々を計算して献策だけに留める予定でいたのだが、生憎とそんな怠け心は許されなかったらしい。俺の前でふっと笑って道理を蹴っ飛ばす王様がいたからだ。

 

「なに、構うものか。そなたをバランの従者につけたのはこの私なのだぞ? それに文句をつけるようならそれこそ器が知れようぞ。矢面に立って折衝をしてこいとは言わぬ、だが職務を全うすることに気後れするでない。……ルベア・フェルキノ、婿殿のことを頼んで良いな?」

「――御意。王陛下の御心のままに」

「うむ」

 

 気後れというか、怖いから戦場にはあまりついていきたくないのも結構切実な理由だったりするのだけど、こうまで言われては拒否するわけにもいかないか。手柄を立ててこいとの折角の好意なのだ、神妙な顔で頭を垂れて了解を口にした。

 ん? なんだか王の慈悲深さに感動して打ち震えてる連中がちらほらいるんだけど、そいつら揃って俺に当たりがきつかった連中だ。……おやおや、この分だと嫌がらせ、もしかしたら減ったりするかもしれん。

 

 ただまあ、この程度で収まるなら最初から俺を目の敵にするなよと言いたいところだが。それだけこの世界では王の権威が強いことの表れでもあると納得しておくべきなのだろう。どうせ俺にとっては彼らがきちんと仕事さえこなしてくれるなら、プライベートでいくら俺を嫌ってくれても構わないのだし。その程度の分別がなければこの場に長いこと席を確保することはできやしない、殊更気を揉むような案件じゃなかった。

 それよりこれから忙しくなるぞ、お仕事お仕事っと。膨大な作業になる連絡文書の通達やら外交文書の作成などなど、この後の予定を幾つか組み替えながら脳裏では別の思惑を走らせる。

 

 ベンガーナ王には悪いが、俺の描く対魔王軍を想定した大戦略のために、ありがたく踏み台――もとい礎になってもらわねば。

 

 そんな至極真っ当に真っ黒な企みを押し隠し、元気よく仕事に励もうと固く決意する俺だった。

 

 


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