アイオワは、ミッドウェー開戦時では、まだ就役してません。
アメリカ側現場司令は、フィレッチャー少将です。
史実とは、異なる点があります。
細かい事は良いんだよ。
ミッドウェー海戦(前)
ミッドウェー海戦とは、かつて実際に行われたミッドウェー島を巡る攻防である。
当時のアメリカと日本は、太平洋戦争の行方を握る重要な海戦だと位置づけたのだった。
一九四二年六月五日
その島に向けて航進する艦隊があった。
空母・戦艦・駆逐艦から構成される第一航空艦隊、通称 南雲機動部隊である。
旗艦である赤城は、排水量四万トンを越す鋼の船体に、六三機の艦載機と千人を越す水兵らを内包し、物言わず航進していた。
先陣を切るのは護衛を任とする第八戦隊だ。
艦娘筑摩は、偽装装備であるハリボテの上板を開くと、顔を出した。
彼女の長い髪を流す程度の風はあったが、見上げる空には雲が意地悪く漂っていた。
見通しの悪い空に、筑摩はその表情を曇らせる。
「耳が痛い程に静か……嫌な感じだわ」
「なんじゃ。緊張とはなっとらんの。もっと肩の力を抜かんか」
カラカラと笑いながら言うのは、併走する艦娘利根である。
筑摩と同じ様に、艤装装備〈ハリボテ〉の上板から、顔を出していた。
「一昨日〈六月三日〉に傍受した敵の呼出符号が気になって」
「司令部もご存じじゃ。我が輩らが気をもむ事はなかろうて」
「先日利根姉さんが発見した航空機らしき影が、カタリナ偵察機じゃないかって」
「赤城の零戦が誤認だったと確認したであろう?」
「この作戦は敵に漏れている――」
「落ち着くのじゃ。真珠湾の時と同じようにすれば良いのじゃ。深呼吸でもせい」
「まだ船型である赤城が少し羨ましいです。その時の様に、怖いなんて思ったことはありませんでしたから」
「このMI/AL作戦は山本長官の指揮じゃ。杞憂じゃぞ」
「聞きましたか? あの話」
「山本長官は無口なだけじゃ。暗いなどと言ってはならん」
「言ってません。足柄の話です」
「足柄と袂を分かったのは、あの若い提督に裏があるから、と言いたいのじゃろうが ――だから杞憂じゃ。我が輩らの目はごまかせても、山本長官の目をごまかせるとは思えん。それに、屈強さがたりんと批判的だった超硬いあの那智が、何時の頃からかベッタリじゃ。不埒な輩ならとうの昔に、のど元にガブリ! じゃろうて」
「犬扱いなんて聞かれたら那智が怒りますよ」
「犬なんて言っておらんぞ? 筑摩はそういう風に思っておったのか」
「利根ねえさん酷い―」
利根は胸を張ってあははと笑った。
筑摩は、目尻の笑い涙を拭った。
「少しは気が紛れたか?」
「はい。とっても ――利根姉さん時間です」
利根と筑摩が零式水上偵察機を出撃させると、艦隊が突然騒がしくなった。
ミッドウェー島基地に向けて、第一次攻撃隊が発進したのである。
零式艦上戦闘機・九九式艦上爆撃機・九七式艦上攻撃機から成るそれは、合計一〇八機だ。
利根と筑摩が手を振ると、隊長である友永機が小さく機体を揺すってそれに応えた。
「皆帰ってきますよね」
「帰ってくるに決まっておる」
◆◆
一九四二年六月五日 午前二時十五分
真珠湾からミッドウェーに向けて進む艦隊があった。
それは、山本五十六の連合艦隊主力と対をなすアメリカ太平洋艦隊主力だった。
その艦隊において一際存在感を放つのは、排水量四万八千五百トンを誇る戦艦アイオワである。
薄暗く息苦しいその艦橋に、通信兵が飛び込んだ。
「司令。第十七任務部隊〈TF17〉のヨークタウンより緊急電です。南雲機動部隊を発見しました」
司令と呼ばれた男は、一切の無駄なくゆっくりと、振り返った。
顔に刻まれた深い皺は、老いではなく戦いを経てきた証だ。
アメリカ統合参謀本部 太平洋艦隊司令長官 チェスター=ニミッツである。
「空母名は特定できたか?」
通信兵の心境は、鷹に睨まれた蛇以外の何物でもない。
「赤城・加賀・蒼龍・飛龍の四隻です。隼鷹・龍驤は発見できていないとのことです」
「予想通りアリューシャンに向かったか。作戦開始だ。敵第一次攻撃隊が到着する前に、ミッドウェー島基地の航空隊を全機出撃させろ。空となった基地はくれてやれ。その代り南雲機動部隊は壊滅しろ」
「アイサー」
「馬鹿め。奇襲などせず普通に仕掛ければ良い物を」
◆
一九四二年六月五日 午前四時五分
ミッドウェー島より西へ一〇〇海里
南雲機動部隊
利根がハリボテの甲板から顔を出したのは、信号灯が慌てるように行き交っていたからである。
「何事じゃ。騒がしい」
答えたのは、仲間の駆逐艦から報告を受けた筑摩だった。
「ミッドウェー島上陸部隊を乗せた輸送船団が、爆撃されたそうです」
「なんじゃなんじゃ。護衛の神通はなにをしておるのじゃ。これでは華の二水戦の名が泣く……」
「利根姉さん?」
(敵は警戒していた?)
利根の見上げる空は、いつもと同じように在ったが、重苦しかった。
「筑摩! 第一次攻撃隊は!?」
「帰投中です。燃料がギリギリって騒ぎです」
利根の首筋に、ゾクリとした冷たいモノが走った。
(蒼龍・飛龍で控えている第二次攻撃隊の兵装は対地装備のまま……っ!)
彼女は、自分の身体に偽装装備を固定するベルトを、慌てて外し始めた。
「利根姉さん! 命令違反です!」
「筑摩もこんな邪魔っ気な偽装をとっぱらうんじゃ! 作戦はバレとる!」
『敵航空機発見!』
「「っ!」」
見上げた利根と筑摩が見たモノは、ミッドウェー基地航空隊から出撃した攻撃航空隊の群れである。
◆
ミッドウェー島から北西へ二〇〇海里
アリューシャン攻略部隊
旗艦 重巡 那智
艦橋
艦長を務める那智は、マイクを手にする若い提督を、見守っていた。
「全艦に通達! 進路変更一二〇度!」
各艦からの、提督への返答は怒号だった。
どれ程の不服さなのか、出力は最小であったが作戦実行中にも拘わらず、無線を使う程だった。
最初は龍驤だ。
『ちょい待ちや! 針路変更とはどういう事や! ウチらの命令はアリューシャンの攻略の筈や! その進路ではミッドウェーに向かってしまう!』
「その通りだ。作戦を変更しミッドウェーで展開中の機動部隊と合流する」
龍驤はおろか電・雷ですら不満を隠していなかったが、提督の声はあくまで厳かだった。
「全責任は俺が取る」
『その程度で命令変更を受諾できるかいな! ドーリットルの米軍機が本土を空襲したからこそ、このAL/MI作戦なんやろ!?』
次は、重巡の摩耶と高雄だった。
『ビビってとち狂ったのか! このクソが!』
『納得のいく説明をお願い致します!』
「皆、考えろ。思い出して考えろ。真珠湾で俺らは何をした? 航空機の威力を連中に見せつけた。ならば連中は航空戦力に切り替えたとみるべきだ。連中は一度失敗すると徹底的にやるからな。そして、容赦が無い。事実広島と長崎は――」
提督がその後を言わなかったのは、それの威力を言葉で説明するには困難だからだ。
何かを感じ取ったのだろう艦娘たちは、一転静かになった。
通信を続けたのは、龍驤のみだ。
『広島と長崎が、なんや』
「何でも無い。重要なのは、これから海戦が変わる時期に機動艦隊である赤城・加賀・蒼龍・飛龍を失う訳にはいかないと言う事だ。機動部隊の存続は、今後の命運を決すると言っても過言では無い。そして、敵はそれを狙っている」
後戻りが出来ない正真正銘のターニングポイントである。
傍らの那智は、見えぬ未来への恐れを押し殺しながら言った。
「戦略。強い軍事力は交渉のカードとなる」
「その通りだ……全艦に告ぐ! 未来の為に仲間を守れ!」
◆
「対空攻撃用意! 撃てぇ!」
利根を筆頭に筑摩ほか護衛の艦艇は、偽装装備〈ハリボテ〉越しに、迎撃を開始した。
対空砲火に沿って急上昇する直掩の零式艦上戦闘機三〇機も、同様だ。
網を逃れた対艦魚雷が、海面を走る。
その三本は、利根を抜け筑摩を抜け、赤城の脇を掠めたのみで終わった。
利根が吐き出したのは、胸に溜まった息である。
「冷や冷やさせおるー」
空には、煙を吹き出しながら海面に落ちて逝くアベンジャー雷撃機があった。
「なんとか間に合いましたね……利根姉さん?」
安堵していた筑摩が見たのは、ヘッドフォンを聞き取る様な仕草をしていた利根である。
彼女は、青ざめていた。
「利根より旗艦赤城! 利根四号機より『敵らしきもの十隻見ゆ、ミッドウェーより方位十度、二四〇海里』との報告在り!」
『艦種知らせ』
「しかし!」
『らしき、では動けん。艦種知らせ』
(まだか。まだか)
利根の怒号の様な報告が、南雲機動部隊に響き渡った。
「敵はその後方に空母らしきモノを一隻伴う!」
飛龍の少将山口多聞は、対地装備のままでも攻撃隊を発進させるべきだと進言したが、機動部隊司令である中将南雲忠一は、条件判断の上で対艦装備への換装を指示した。
――この換装は、太平洋戦争のターニングポイントとなったミッドウェー海戦のターニングポイントだと、長く言われてきた出来事である――
対地装備だが出撃できる状態にあった蒼龍・飛龍の第二次攻撃隊は、対艦装備への変更を開始した。
赤城・加賀の第一次攻撃隊は、収容し終わったばかり。
『敵航空機発見!』
その間隙を突く様に、ヨークタウンの第三雷撃隊が、南雲部隊に攻撃を開始したのである。
直掩の零戦が迎撃に向かうと、低空での空中格闘戦〈ドッグファイト〉が始まった。
下手に撃てば味方に当たってしまう。
利根は、鋭い表情で見守るのみだ。
(どうも嫌な感じが抜けん……このまま切り抜けられると良いんじゃが……)
利根に影が落ちた。
「……っ!?」
日本時間午前七時二二分〈現地時間午前十時二三分〉
ヨークタウン艦爆隊とエンタープライズ艦爆隊の二隊が、急激降下を既に開始していたのである。
利根の心臓は、裂けそうな程に強く打った。
「これは、罠か!」
直掩の零戦はおろか機動部隊の全てが、低空でのドッグファイトに気を取られていたのだった。
利根を始め全ての対空砲が動き出したが、その動きはSPBドーントレスの機動に対して、不可解な程にゆっくりだった。
利根は心の何処かで、間に合わないと悟っていた。
(この間合い、加賀が殺られる――)
ドーントレスが対艦爆弾を切り離す直前だ。
空がストロボのように光ったと思うと、突然それが機動を変えたのである。
呆気にとられる利根の前で、ドーントレスはきりもみしながら海に落ちていった。
――墜落音――
静寂の後に吹いた海風が、【12.7cm連装高角砲6基12門】と【25mm3連装機銃13基39挺】のガンスモークを、払い除けた。
幕が上がる様に現れたのは、高雄型四番艦 防空巡洋艦 摩耶だった。
身を屈めるその様は、今まさに飛び掛かろうとしている捕食者である。
「へ、間一髪だぜ」
その場に居た艦娘はおろか、加賀の甲板に居る乗組員も目を丸くしていた。
利根の台詞は、その場に居た全員の代弁に他ならない。
「摩耶が何故ここに居るんじゃ! アリューシャン作戦はどうした!?」
「提督がそれどころじゃ無いってよ! 仕事だ六駆ども! 時間を稼ぐぞ!」
「「「はい!」」」
第五艦隊 旗艦 重巡那智から発せられた通信は、世界の果てまで届かんばかりに力強かった。
『第五艦隊より南雲機動部隊。敵航空機は任されたし。換装は急がれたし』
それは、両軍ではなく運命〈かみ〉に対する宣戦布告だったのである。
隼鷹と龍驤から発進した零式戦闘機の群れは、未知なる領域への飛翔を誇るかの様に、南雲機動部隊の上空を切り裂いていった。