転生艦足柄と提督の秘密   作:D1198

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ミッドウェー海戦(後)

 

 ミッドウェー島より南へ一四〇海里

 連合艦隊主力 旗艦 戦艦大和

 艦橋

 山本は淡々としていた。

 

「偽装の解除を許可する。娘達に思う存分やれと伝えろ」

 

 対する大和の物言いは、胸に溜まったモノを吐き出す様だ。

 

「予定通りに解読されている暗号を使い、予定通りに敵機動部隊に気づかない振りをし、予定通りにミッドウェー島基地への空襲を続け、予定通りに敵の先制攻撃を受ける……バタフライエフェクトを考慮する必要が在ったとは言え、心臓に悪すぎます。もし、歯車が一つでも狂っていたら、南雲機動部隊は壊滅していました」

「第一次・第二次攻撃隊の状況はどうか?」

「逐次発艦しています」

「正念場だな。史料など最早アテにはならん」

 

 

 ミッドウェー島より北へ五〇海里

 アメリカ太平洋艦隊 主力 旗艦アイオワ

 艦橋

 

 接敵を待っていたニミッツは、艦橋どころか艦隊の全てが、動揺している事に気がついた。

 何かが起ったに違いない、その動揺を押し殺し、彼は厳かに言った。

 

「何事だ」

 

 だが下士官は戸惑いを隠せない。

 

「先攻する機動部隊が強襲を受けました。アリューシャンに向かった艦隊によるモノの様です」

「(流石にそこまで馬鹿ではなかったか)想定内の事にうろたえるな。全艦に通達。対空対艦戦闘用意」

「それが、その、敵の増援が、その、」

「なんだ、明確に言え」

「人が、海面を走っているとの事です」

「……なに?」

 

――接敵――

 

 砲火が交差するその海戦場には、排水量二万トンの空母ヨークタウンを始めとする米海軍の機動部隊が、在った。

 そして、その周囲には、注意しなくては見落としかねない程に小さな影々も、在った。

 それは、走りまた在る時は飛び跳ねた。

 また或いは、おもちゃの様な砲塔を使って、米機動艦隊と撃ち合った。

 それは、人の姿をしていた。

 艦橋の窓から双眼鏡を介してそれ見たニミッツは、驚愕の余り目を剥いた。

 

(アレは何だ!)

 

 サイドテールの黒い髪を凪がす美しい女と彼の視線が、交差した。

 その女は、背負う五基の連装砲を彼に向けた。

 指揮者のような振り手と共に、砲門から閃光が迸る。

 五〇口径の砲弾が飛来し、そして着弾した。

 水柱が幾筋も立ち上がり、その飛沫は高所にあるアイオワの艦橋までをも濡らした。

 直撃はしなかったが排水量六万トンのアイオワを揺るがした、その事実はニミッツを混乱させた。

 

(俺は、夢でも見ているのか。これが現実ならば、重機関銃程度の武器がこのアイオワを揺るがす程の威力を持っている事になる……そんな事があり得るのか!?)

 

 機動部隊からの指示を求める通信が、アイオワの艦橋に響くが、ニミッツはおろか誰一人として動かなかった。

 それ故、その声は突然だった。

 

―― Hi! Admiral! That girls are just warships! OK!? ――

 

 我に返った彼が見るのは、未だ我を失っている部下達である。

 

「今喋ったのは誰だ?」

 

 だが、彼の全ての部下は、魂を奪われたかの様に艦娘達を見るのみだ。

 

(俺は、おかしくなってしまったのか。この戦艦に女は居ないと言うのに)

 

 彼が立つ艦橋からは、アイオワの船首までを見る事が出来た。

 そこには、いつもと何一つ変わらない砲塔と甲板があった。

 幾つかのピースが組み合わさる。

 彼は、彼自身が導き出した答えの突拍子の無さに戸惑った。

 だが、彼の指揮下には”She”の付くモノ達が居るのである。

 

(まさか、だが……軍艦〈warship〉?)

 

 彼は、鷹のような目で海面を走る人型を見た。

 

(妙だ。何故近づかない。あのサイズなら艦砲をかいくぐり、挟叉を無視できる至近距離から撃つ戦術が有効な筈だ。だというのに、艦艇とまったく同じ動きをする理由は……)

 

 彼のその声は、全水兵を我に返す程に圧倒的だった。

 

「全艦に通達! あれをエネミーと認定! 敵艦艇のつもりで撃て!」

「は、あの、しかし、」

「ここは戦場だぞ! 星条旗を掲げぬなら神であろうと敵だ!」

「Yes, Sir!」

 

 アイオワの砲門が、再び火を吹き始めた。

 艦隊に統率力が戻った事を確認した彼は、静かに席に着いた。

 致死の艦砲射撃が行き交う中であっても、彼は鷹のような鋭く冷静な眼光を灯らせていたのである。

 

(自由の女神か、戦いの女神かは知らないが、俺のツキはまだ落ちてない)

 

 重巡 那智 艦橋

 若い提督はゆっくりと双眼鏡を下ろした。

 

「米艦隊の立て直しが予想より随分と早いのは、流石はニミッツと言うところか。那智、勢いで押すのは終わりだ。ここからは慎重に行け」

「了解だ……単縦陣!」

 

 

◆◆

 

 

 直掩の零戦は、F4F戦闘機に撃墜された。

 SBDドーントレスは、高雄の対空砲火で墜落した。

 戦艦榛名の甲板に居た水兵は、機銃掃射で粉々にされた。

 ヨークタウンの水兵は、魚雷による火災で焼かれた。

 青い筈の海と空は、赤い血で染まって、しまっていた。

 そして。

 

「――。」

 

 電の手をすり抜けて、一隻であり一人でもある仲間が、ドス黒い煙を噴きながら、深い海の底に沈んでいった。

 最後に一回のみ弱々しくも掴み返された電の手は、彼女自身の涙を、押さえる事は出来なかった。

 砲弾が電に向けて飛来する。

 

「いや、いやです……こんなのは、いやーーーっ!」

 

 直撃コースの砲弾から電を救った木曾は、右目を負傷していた。

 

「嘆くのは後にしろ! それが逝った者への手向けだ!」

 

 アイオワが至近弾により激しく揺れた。

 鈍い反撃にニミッツの檄が飛ぶ。

 

「何をボサッしている! アイオワを沈めるつもりか!」

「あれをご覧下さい!」

 

 ニミッツが見たのは、火災の煙を噴きながら、航空機の着発艦が不可能な程に、傾いているヨークタウンの、その向こう側だ。

 近くも無く遠く無い海面に、那智が立っていたのである。

 重巡 那智 艦橋

 

「お前らの非情なまでの合理性は、非常に為になったよ。だが、逆にされればこれ程やり難い物も無かろう!」

 

 若い提督の顔はどう猛な狩猟者の様であったが、その頬には幾筋もの涙があった。

 那智の間合いは、アイオワが反撃すればヨークタウンを、巻き添えにする距離だったのである。

 彼女は、慰めに成る事を祈りつつ砲撃をを繰り返した。

 

 戦艦 アイオワ 艦橋

 ニミッツの怒号が艦橋に響き渡った。

 

「フェルプスとウォーデンは健在だな!? 反時計回りに向かわせろ!」

「それでは当艦が集中砲火を浴びます!」

「戦艦が簡単に沈むか!」

 

 アイオワが激しく揺れると、警報が鳴り響いた。

 

「被害状況知らせ!」

 

 太陽と共に、たくさんの命が、海へ墜ちていった。

 

 

◆◆

 

 

 水平線に触れている太陽に、ニミッツは目を細めた。

 あかね色に染まる海では、各艦艇が次の戦に備えて短い休息を取っていたのである。

 

「聞いたかエド。捕虜の話だとあの人型は”艦娘”と言うらしい。人であって人でないモノ、魔法〈マジック〉の産物なのだそうだ」

 

 エドと呼ばれた男は、その手にある報告書から目が離せなかった。

 エド、エドウィン=レイトンとは、日本に滞在した経験を持ち、日本に精通した情報主任参謀である。

 

「司令。私はまだ信じられません。マジックなどと」

「理解など不要だ。弾数・燃料という概念があり、撃沈できるならやる事はなにも変わらない」

(空母エンタープライズや重巡アストリアの指揮官が、女の声を聞いたと言うが、ニミッツ司令も聞いたのだろうか?)

 

「それよりエド。夜戦を行った場合、連中はどう動くと思う?」

「その事なのですが、この日本海軍は妙です」

「妙?」

「あの第五艦隊、特に重巡那智の動きなのですが、」

 

 作戦会議室に割り込んで来たのは、無線のマイクを持つ通信兵だった。

 

「司令、無線通信が入っています」

「無線封鎖中だぞ! 何所の馬鹿だ!」

「アドミラル、ヤマモトです」

「……貸せ」

 

『ご高名はかねがね伺っておりますが、こうして話すのは初めてですな』

「中々達者な英語だ。テキサスでステーキを食べながら、と言いたいが生憎とこう言う立場だ。用件なら手短にたのみたい」

『お互いに退きませんか?』

「バカを言え。敵を前にして退く理由など無い。貴官が控えているなら尚更だ」

『ウロボロスという蛇が居ます』

「神話の蛇がどうかしたか」

『互いの尻尾に食らいついた二匹の蛇は、消滅する。正義とはすりつぶし合うことを意味しません』

 

 ニミッツは、エドウィンの目配せを見た。

 

「いいだろう。だが覚えておく事だ。勝利とは正義、正義は星条旗の御許にある」

『相まみえる時を楽しみにしております』

 

 マイクを切ったニミッツは、振り返った。

 

「エド。妙というのを聞こうか」

「日本には七分勝ちという中世からの伝統があります。事実我々は、真珠湾攻撃の損害を容易に立て直せた。ですがあの第五艦隊の非情さは、前例を見ません」

「対日戦略の前提が崩れた、と言う事か」

「はい」

 

「第五艦隊の司令官の名前は分るか? 傍受した通信士の話では随分若いそうだが」

「残念ながら情報はありません」

「最優先で調べ上げろ」

「はっ!」

(どこの誰かは知らんが、この屈辱は晴らす。草の根分けても、必ずな)

 

 

◆◆

 

 

 大和が自身の分身である艦橋から見下ろす海では、大勢の仲間が傷ついた体を休めていた。

 中破した船型蒼龍は、明石の乗組員〈ようせいさん〉らの手によって応急処置を受けていた。

 木曾は、右目に巻いた包帯から血を滲ませながらも、甲板の上に立ち、彼方の敵艦隊を睨み付けていた。

 利根と筑摩は、自身の甲板上で力なく海を見ていた。

 電は、艦橋の片隅でただ膝を抱え込んでいた。

 彼女らの近くには、血に濡れた誰かの飛行帽が浮かんでいた。

 

「山本提督。なぜ、退いたのですか。あのタイミングなら押し切れたのではありませんか?」

 

 自軍の被害を目の当たりにする大和の声は、彼女知らず固かった。

 

「そのタイミングだ」

「短期決戦を考えておられた筈です」

 

 山本は窓を開けると煙草に火を点けた。

 

「仮に、我々の十倍の物量を誇るアメリカ軍を壊滅させたとする。その後は?」

「勿論勝利です」

「仮に白人であるアメリカ人が、キリスト教徒ですらない我々の統治を、従順に受け入れたとする。その後は?」

「そこで終わりです。違うのですか?」

「確かに戦争は終わるが国家は続く。アメリカが欧州から独立した経緯を持つ以上、日本の統治を、ドイツ帝国を含めた欧州がはいそうですかと認めはしまい。二度目の三国干渉が関の山だ。かと言って、多大な犠牲を払ったのだからとそれを拒否してしまえば、日本対世界という最悪の展開になりかねん。

 ならば、程なくしてやってくる植民地の時代の終焉を待つ、これが理由だ」

「戦術的勝利は必ずしも戦略的勝利にならない、と言う事ですか」

 

 大和の艦橋からは、海面に立ち檄を飛ばす那智の姿が見えた。

 

『行方不明者の捜索を始める! 日没まで時間が無いぞ! 急げ!』

 

 山本が見るのは、那智の中に居る少年である。

 

「我々は実に厄介な事を始めた。だが、なんとしてでも落としどころを探さねば成らん」

 

 山本のいつもと変わらぬ物言いの内に、憤りを感じ取った大和は、それ以上言うのを止めた。

 

「山本提督。南雲中将より指示求める連絡が来ています」

「各艦隊の指揮官を集めろ。作戦会議を行う」

「では、大和〈わたし〉を会場にしましょう」

「機動部隊の旗艦は?」

 

「赤城のままですが」

「赤城は健在か?」

「はい?」

「そうか。ならば会場は赤城にするべきだな」

 

「山本提督の秘書艦は私のみだと思っておりました」

「そういうな。ミッドウェー海戦後の赤城ならばこれ以上の象徴はあるまい」

「象徴ですか?」

「未来だ」

 

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