転生艦足柄と提督の秘密   作:D1198

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真夜中の夜明け

 明かりが届かない帝都の片隅で、懐中時計がカチリと時間を刻んだ。

 龍驤〈うち〉がその時計にせかされる様に広げたのは、帝都の地図や。

 

「作戦のおさらいをするで。摩耶」

「暗くてよく見えねぇから、その明かりをもうちょっと近づけて――」

「これでええか?」

「おう。バッチリ」

 

 路地裏の先にある帝都の大通りは、まだ賑やかやった。

 コソコソするのは性にあわんが仕方ない。

 

「うち等が、いま居る裏路地がココや。

 ココをドカーンと出発したら、直ぐにギュルギュルと右に曲がって、そこの大通りをズゴゴと進む。

 チンチン電車〈=路面電車〉のある通りまで行ったら、左に曲がってガラガラと突っ走り、ココまで行ったらチュドーンと撤退や。

 分ったか?」

 

 地図に指を沿わせると、摩耶の目がそれを追うからちょっと面白い。

 

「細かい事は苦手だぜ」

「何所が細かいねん。対空攻撃より簡単やないか」

「対空攻撃のほうが簡単なんだよ」

 

 愚問やったな、そう言えなかったのは見つかりそうになったからや。

 スーツを着ているから会社員らしい。

 

『あれ?』

『どうした?』

 

『そこの、ほれ。裏路地の暗がりで何か動かなかったか? リアカーの奥』

『気のせいだろ。ところで聞いたか? ミッドウェー海戦の話』

 

『聞いた聞いた。大勝利だってな。この戦争勝ったな。日露戦争は不甲斐ない結果で終わったからな』

『お前、日比谷の焼き討ちに加わってないだろうなー』

 

 びっくりした。

 見つかったかと思ったで。

 うちは胸をなで下ろしたが、リアカーの影にいる摩耶はふくれっ面だった。

 

「け。いい気なもんだぜ。何にも知らねぇくせによー」

「景気の良い事のみが、報道されとるからな。しゃーないわ」

 

 懐中時計は、作戦開始を告げていた。

 

「用意はええか?」

「おう」

 

 摩耶とうちは、コートを目深に被ると、鐘楼を載せたリアカーに手を掛けた。

 

「「よぉーい……どん!」」

 

 

 日が落ちてまだ間もない都は、まだ賑わっていた。

 大通りには人々を乗せた路面電車が行き交い、屋台からは歓談の声がする。

 家路につく人よりは、酒場に繰り出す人の方が多かった。

 戦時中のささやかな憩いに水を差すのは気が引けるが、やむを得ん。

 リアカーに積まれているレバーをグイと倒せば、回転している車輪を動力に、鐘楼がけたたましい音を鳴らし始めた。

 

『カンカンカン!』

 

 通りを爆走しているうち等を見る人々が、顔を引きつらせるのは当然や。

 

『カンカンカン!』

 

 だってこれは、空襲の合図に他ならん。

 

「摩耶! いくで!」

「おう!」

「「せぇのっ!」」

 

 うち等は命一杯吸い込んだ息を、吐き出した。

 

「敵が来るぜー!」

「敵の新兵器やでー!」

「全部やられて大変だぜー!」

「ボッコボコに負けてまうでー!」

 

 出だしは上々と思う間もなく、もうお巡りさんが来た。

 器用な事に、警棒を頭上で振り回しながら走っとる。

 

「こらー! 待たんかー! この悪太郎どもー!」

 

 悪太郎?

 男に間違えられたんか、うち。

 失敬なお巡りさんやな。

 

「明治生まれは仕事熱心やなー!」

「ばっかもーん! 本官は大正生まれだー!」

 

 ちょっとすっきりした。

 

「摩耶このまま突っ切るで!」

「よっしゃぁ!」

 

 しかし、うち等の司令官の無茶振りにも困ったもんや。

 

《作戦は良いが、捕まったらどうするんや?》

《絶対に捕まるな》

 

 だもん。

 

『なんだ! 物取りか!?』

『おい! 行ってみようぜ!』

 

 右へ左へまた右へ。

 人混みを避け、電柱を避ける度に、お巡りさんどころか野次馬までもが、どんどん増える。

 これ、ヤバかないか?

 

「龍驤! 時間は!?」

「もうちょいや!」

 

 摩耶の焦りは最もやが、作戦時間まで持ちこたえないとならん。

 

「最後の曲がり角だぜ!」

 

 間が悪いとはよく言ったもので、そこに子犬がおった。

 

「げっ! こらあかん!」

 

 急な方向転換が祟って、うち等は盛大にすっ転んだ。

 ガランゴロンと、外れた鐘楼が転がり落ちた。

 その音の痛そうなこと。

 うちの体も当然痛い。

 

「いっててて! ふぇえ……」

 

 気がつけば、怖そうな顔でうち等を睨み下ろすお巡りさんらに囲まれていた……こりゃマズいでぇ!

 

「この戦時にあんなホラなど吹きおって!」

「いやコレには深い訳があってな!」

「話なら署でじっくり聞いてやろう。その前に……顔を見せんか!」

 

 話してたのはうちなのに、その手は真っ直ぐに摩耶へ向かった。

 アレか、コートの上からでも胸の大きさが分るちゅーんかっ!

 

「てめぇ! どこ触ってやがる!」

「女? ってその声、」

「あ、お前、あたしの、」

 

 どうやら、この若いお巡りさんは摩耶の元乗組員らしい。

 ほれ。事実、摩耶と見つめ合って……なんでやねん。

 

「あ、えーと、だな、これは、そのだな、」

「その節はお世話になりま、した?」

 

「どっちかというと、あたしが世話になった様な気もする。幼なじみとは上手く行ったのかよ」

「え、ご存じだったんですか」

 

「艦内で皆と話してたろ。あれだけ騒げば丸聞こえだぜ」

「あ、あぁ。この間祝言をあげました」

「そっか。やったじゃねぇか!」

 

 野次馬達が白けるのも無理はない。

 

「「「なんだ。ただの惚気話かよ」」」

「ちがう!」

 

 まぁ、おめでとさん。

 そうしていたら、懐中時計がカチリと動いた。

 よっしゃ!

 時間や!

 

「はいはい! 全員注ぅー目!!」

 

 その場に居た全員は、うちが指さした方を、一斉に見た。

 すると、本通りの向こうにある東京湾、更にその先の水平線から、強い光が立ち上った。

 当然、野次馬達はざわつき始める。

 

「お天道様?」

「馬鹿いえ。日没はついさっ、」

 

 皆が最後まで言う事が出来なかったのは、その光が、夜の帝都を瞬く間に覆い尽くしたからや。

 それは、彼方の町まで届きそうな程に強烈な光やった。

 警官は勿論誰もが、人の業が作りだした原子の光に、ただ突っ立っていた。

 魂を抜かれてしまったかの様や。

 彼方の水平線に立ち上がったのは、巨大なキノコ形状の雲……これが核か。

 司令官はこんなモノを、腹に抱えとったんか。

 性格が歪むのも無理はない。

 

(……摩耶。任務完了や。さっさと引き上げるで)

「これ、が、落とされてたらどうなってたんだ……」

「摩耶!」

「あ、お、おう」

 

 

◆◆

 

 

 同時刻 東京湾 埠頭

 十分に遠くともそれでも尚強烈な光は、アスファルトに人影を落とした。

 人影は時と共に徐々に薄くなり、空に月明かりが戻った頃には完全に消えた。

 だが影の主は微動だにしなかった。

 影の主は、陸海軍の統帥でありまたその国そのものであった。

 近衛の制止も聞かず、鹵獲した新兵器の威力を、見定めんとしたのである。

 総理大臣・外務大臣・参謀総長、そうそうたる面々がソレの威力に言葉を失う中にあって、山本はただ頭を垂れ言葉を待った。

 影の主が外した保護グラスが、月光を浴びて鋭く光る。

 

「――。」

「は」

 

 山本は、在米大使館への緊急電を命じた。

 彼が平文でと厳命したそれに記された内容は、和平交渉である。

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