旗艦たる鹿島〈わたし〉の第四艦隊は、南方海域の海上交通維持を任としている。
「魚雷接近! 目測三! 足柄より全艦へ! 我、敵潜水艦を発見す! きゃ! 痛いじゃない!」
東南アジアから南方諸島に至る担当海域は広大で、常々戦力不足に悩まされてきた。
幾度となく繰り返した増援要請は、中々受け入れられなかったのだ。
やっと来たと思えば、足柄だった。
それからと言うもの、気の休まる日が無くなってしまった。
何故かというと。
「私に魚雷を撃っておいて逃げられると思ったのかしら! 第一・第三砲塔回せ! 方位角修正プラス四! 仰角修正……"マイナス"一〇度! 撃ぇー!!!」
足柄が全て倒してしまうからである。
助かるのだけれど、頼もしいのだけれど、隊の練度不足は困るのだ。
「撃ぇー! 撃ぇー! 撃ぇー!!!」
足柄の“単”装砲から撃ち出されたズングリした砲弾は、それなりな飛沫と共に海面にめり込み、そして程なくして爆発した。
海面が盛り上がると、噴火の様な水柱が立った。
海面が落ち着く前に現れたのは、敵潜水艦である。
隠密活動が前提の潜水艦が浮上する事の意味は、投降だ。
形から英のT級の様だけれど、足柄の嬉しそうなこと。
「当然の結果よね! 大勝利!」
潜水艦の魚雷発射深度は艦種にも因るが大凡二〇メートルなので、指定の深度で爆発するようにセットしておく。
潜望鏡を見つけたら、そこに向けて砲撃をする。
砲弾だから魚雷と違って潜行する時間余裕は無い。
直撃せずとも至近距離の爆発は、気密力を喪失させるには十分だ。
足柄ご自慢の新兵器らしい。
「この橋渡るべからず? だったら真ん中通れば良いって寸法よ!」
「作ったのは明石じゃなかった?」
「失敬ね。発想が最初であり全てなんだから」
敵潜水艦のハッチが、パカリと開いた。
出てきたのは風格漂う艦長さんだ。
歴戦の海の男が、少々といえども戸惑っているのは、艦娘〈わたし〉達とのファーストコンタクトだからだろう。
ここは旗艦らしく奮わねば、と思ったが私は英語を話せなかった。
なので足柄に譲った。
『はぁーい♪ 英国海軍〈ロイヤルネイビー〉のオジサマ方。私は日本海軍第四艦隊所属 重巡足柄です♪ こちらのあざといのが旗艦鹿島。非常に申し上げにくいのですが、あなた様方は捕虜になりました。なので、このまま最寄りの基地まで連れて行きます。で、す、が。大人しくしてて下さいね♪ 待遇が悪いとか言って暴れたら即座に海の藻屑にしますからぁ♪ どちらかというとぉー、藻屑の口実ができるからぁー、私としてはありがたいのですけれどぉーー』
曲げた膝に両手をおいて前屈み。
私に背を向ける足柄はどの様な顔をしているのだろう。
素敵なオジサマが少し引いている。
「ねぇ、足柄。ひょっとして、品性に問題あるコト言ってない?」
「あちらじゃひっどい目にあわされたからこれ位いいのよ!」
「あちら?」
「こちらの話」
「提督さんとの話?」
私がそう言うやいなや、足柄の挑発的表情が瞬く間に陰った。
これは重傷だわ。
泣くのを堪える女の子みたい。
「あの人の話は止めて」
「いい加減に素直になるべきだと思うけど」
「なによ。如月を沈ませたと知った時は、鹿島だって怒ってたのに」
「足柄が余りにも怒るから、冷静になっちゃった」
「私をお呼びかしら?」
「「え?」」
黒く長い髪に、紫の髪飾り。
駆逐艦には貴重なおっとりお嬢様型。
間違えたくても間違えられない如月が、直ぐそこに立っていたのである。
足柄の顔は引きつっていた。
「だから如月がー」
「ええ。如月〈わたし〉ならここに居ます」
私のも引きつっているだろう。
なぜなら、沈んだ筈の艦娘が現れるなんて、幽霊以外あり得ない。
「「で、でたーーーーーっ!」」
南無阿弥陀仏! 南無阿弥陀仏!
「か、鹿島! 出た! お化けが出た!」
「いちいち言わなくても見れば分るわよ!」
「きゃーーっ!」
「きゃーーっ!」
「きゃーーっ!」
「練習艦だったら何とかしなさいよ!」
「足柄だって重巡でしょう!?」
「きゃーーっ!」
「きゃーーっ!」
「きゃーーっ!」
「そうだ! 塩! 鹿島塩! 塩には清めの効果があるわ!」
「なるほど! って塩なんて無い!」
「塩なら輸送船団にありますわ!」
「きゃーーっ!」
「きゃーーっ!」
「きゃーーっ!」
「輸送船団なんて何所にあるのよ! 初耳よ!」
「私だって知らないんだから!」
「ここが集合ポイントですから直に到着します!」
ピュルリと風が吹いたら、静かになった。
「「「……」」」
私の後ろには如月が居て、如月の後ろには足柄が居て、足柄の後ろには私が居た。
私たちは、同じ所をグルグル回っていたらしい。
その様を思い浮かべれば悲しい限りだが、この如月お化けは何かが変だ。
「ウェーク島の戦いで沈没したならしたで早く成仏しなさい! 海難法師なんて冗談じゃ無いわ!」
涙目でビシリビシリと何度も指を指す足柄は、まだ変に気づいていないらしい。
「アレは偽装なのよ! 偽装! 私は死んでませんから!」
「騙そうったってそうはいかないわ! 撃つわよ! 撃つからね!」
足柄の砲塔がグルリと回った。
重巡だけあって威圧は十分である。
「やーめーてーっ! 偽装装備〈ハリボテ〉を使って沈んだように見せかけたのよ! この足を見なさい! この足!」
確かに、この如月には足があった。
幽霊には足が無い筈だ。
なら如月は、幽霊では無い。
この推理に自信が無いし、足柄もフリーズしてるので、私が恐る恐る聞いてみた。
「本当?」
「本当!」
「だったら、どうして突然消えたりしたの。皆悲しんだのに」
「暫く静かにしてろって言われたからです」
「誰に?」
「提督に」
そう言う事か。
あの人は、本当に、もぅ……。
『おい! あれ!』
歓声が聞こえた。
それは輸送船団に乗っていた人々のモノだった。
『あれが艦娘か!? 俺始めて見た!』
『すっげー! 本当に海面に立ってる!』
『おーい! おーい!』
私は手を振って応えた。
その輸送船団は大規模なモノで、軍人から一般人まで多くの人を見る事が出来た。
どうやら戦況が変わっているらしい。
「如月の任務は?」
「本国までの護衛です。撤退命令が出ましたの」
偽装の意味が理解出来ず立ち尽くしていた足柄も、陽気に手を振り始めた。
「話ぐらい聞いてあげる、そう思っただけ」
「そうね。それが良いわ。ふふっ♪」
「あの。話が見えないのですが」