「世界の皆さん、こんにちは。日本海軍 第五艦隊 旗艦 足柄です。
ベトナムのハイフォンを出航した私達は、南シナ海の西沙諸島から東へ三一海里〈五〇キロ〉の沖を、針路〇四五度方向つまり佐世保鎮守府に向かって航行中です。
ご覧ください。空は青、海も青。のんびりと浮かぶ白い雲が無かったら、どこまでが海かどこからが空か、分からない程です。
この広い大海原が私達艦娘の仕事場で、各国の大動脈であるシーレーンの治安維持に当たっています。かつてこの海域でも多発した海賊事件は、各国の経済が発展するにつれて減少していますが、まだまだ油断はできま――」
「ハァイ、アシガラ。東京オリンピック〈一九六四〉のリポーターは無事に務まりそうね!」
くるりと海面で回れ右した私が見るのは、同じく海面に立つアイオワである。
邪魔をするな・あっちに行け、と言う意図を籠めた苦々しい笑顔を向けてみたが、彼女はニコニコとした笑顔を絶やさない。
なので強めにこう言ってみた。
「ええ、そうなの。だから邪魔をしないで頂けるかしら」
「No problem. アシガラはスイッチが入ると暴走するから私が協力するわ!」
アイオワは、手に持つフォークを器用に使って、ベトナム名物である麺〈フォー〉を、実に美味しそうに食べていた。協力とはフォーを食べさせられる事か、それとも邪魔をする事か。
戦争はとうの昔に終わったのだから、今更蒸し返すつもりは無いけれど、直接戦火を交えたアメリカの艦娘が相棒とは、世の中は優しくない。私のストレス的な意味で。
あちらもあちらで、以下同文。
「もう一度言ってご覧なさいビスマルク! 妄言を二度と口に出来ない様、そのジャガイモ臭い口に砲弾を撃ち込んであげますから!」
「良いわね! 今まで見た中で一番いい顔だわ! ウォースパイト! 凋落国家に飲まされる煮え湯など物の数に入らないと言ったのよ!」
「「アシガラ! この艦娘〈おんな〉を何とかして!」」
「思う存分はき出しなさい。でも砲撃戦は駄目よ。戦時と違って、一発撃つだけでネチネチ言われるんだから。したら最新鋭の対艦ミサイルを撃ち込むわ」
対艦ミサイルの方が非常に高価なのだが、それはそれだ。
「That will be great!」
「Danke!」
「Wow! あの二人はいつも仲良しね♪」
イギリスとドイツは何時もの様に喧嘩を始め、アメリカはお構いなしにマイペースだ。
どうして、こうなったのだろう。
私は、左手の薬指にある指輪をそっと撫でた。
◆
この起こりは、アメリカと日本が講和条約を結んだ今から二〇年前に遡る。
当時、組織されたばかりの国際連合の会議で、日本は艦娘の存在を明かす様に強く求められたのだ。
私たち艦娘はミッドウェーで米軍の度肝を抜いたのだから当然と言えば当然だが、その結果として艦娘は全世界に知られる事になった。
様々な懸念があったが、えーと、何というか、私にとっても予想外だったのだが、世界レベルで人気者になった。俗に言えば、艦娘は芸能人〈アイドル〉になったのである。
アメリカで人気なのは、武蔵と愛宕だ。大きいのが好きだから仕方がない。
フランスは夕立と那珂と時津風だ。三人が思いつきで開いたコンサートは、異様な盛り上がりになったらしい。ボーカルの那珂をセンターにして、夕立と時津風は舞台中を飛び跳ねた。クールジャパン?
イタリアは榛名と扶桑だ。陸奥系かと思えば意外である。ヴァチカンのお膝元だからかしらね。
ドイツは蒼龍と伊勢だ。質実剛健と言いたいのだが、大きいのが地味に気になる。
ロシアは那智姉さんと隼鷹だ。恐らくお酒。
日本を初めとするアジア勢は駆逐艦が多い。陽炎型よりも吹雪型、吹雪型よりも夕雲型。一番人気は暁型と朝潮型だ。もうやだこの国々。
極めつけはイギリスである。親善訪問していた翔鶴に、皇太子様が突然求婚して大騒ぎになった。阻止しようとした瑞鶴が暴れて、更に大変になったりもした。
今にして思えば思い当たる節はあるのだが、艦娘は男の人にとって非常に魅力的に見えるらしい。
これらに危機感を抱いたのは、各国の為政者だ。
『『『他国の艦艇を持て囃すなどけしからん』』』
アイオワとビスマルクとウォースパイトが、試験運用という名目で、南方海域での治安維持を任とする我が第五艦隊に居るのは、そう言う理由である。
それは良いのだが、何故第五艦隊なのだろう。
序でに言えば、この編成は誰がしたのだ。
ウォースパイトとビスマルクの遺恨は未だ酷くて「Fire! Fire!! Fire!!!」許可しておいてなんだけれども「Feuer! Feuer!! Feuer!!!」こうも頻繁だと目眩がする。
撃つなって言ったのに。
「もう良いわよね? 練習を続けるから」
旗艦の苦労、戦艦知らず。
アイオワはやっぱりニコニコしていた。
「チチチ。本題はここからよ」
指を指揮棒の様に振るそのジェスチャーは、とても苛立つわ。
「南沙諸島の一つで人らしき複数の影を見つけたんだけど、どうする?」
「島の住人じゃなくて?」
「記録では無人の筈だけれど」
ふむと考えた。遭難者なら海の掟に従い助けねばならないだろう。そうでなくてもこの海域を預かる者として調査は必要である。距離も目と鼻の先ならば、直に調査するのが適当だ。
「とにかく調べましょ」
「OK! Boss!」
英独艦はドゴンドゴンと未だ撃ち合っていたので、一言だけ告げて置いて行く事にした。
◆◆
目的地までズズズと一〇ノット航進していたら、併走するアイオワが、私を伺う様に回り込んだ。
「ネェ、アシガラ。その指輪のこと、そろそろ教えてくれない?」
興味津々、瞳は爛々。それでいて夢見がちだ。
「しつこいわねぇ。何度目?」
「だって。ヒトと結婚するって、とても不思議〈アメイジング〉で神秘的〈ミステリアス〉に思うの!」
英独は居ないから、まぁいいか。
「どんな人? 今どこに居るの? どうして公表しないの?」
「終戦からずっと同じ場所に居るからよ」
「終戦からずっと?」
「都内の神社で眠ってる」
「眠っている?」
「アイオワ達にとって仇敵なヒトで、アイオワ達が躍起になって探した人の、唯一の遺品」
「ミッドウェーで第五艦隊を指揮した――」
「そう。あの人」
戦後アメリカは、第五艦隊司令官の痕跡を執拗に探し続けた。
ミッドウェーでの奇襲・レーダーの単独開発・核情報の入手、如何に優秀とは言え一〇代のなしえる事では無い。かつて山口少将が指摘した通り彼は異質すぎたのだ。
だが、処刑されてしまっていたならば全ては闇の中だ。
山本提督すらあずかり知らぬ独断行動、遺留品は一切無し、これが彼が立てた華蝶乱舞作戦の筋書きだ。
そんな中で、唯一残ったモノがこの指輪だった。
那智姉さんから譲り受けるのに十年、私が実際に指に付けるまで更に十年掛かった。
実を言えば、この指輪を身につける資格が、私にあるのか自信が無い。
どうすればあの人に報いる事が出来るのか。
船も、船乗りと運命を共にするべきでは無いのか。
そう何度も考えたけれど、それではあの人の願いをふいにしてしまう。
思い切りだけはあると思ったのだけれど、我ながら呆れる。
「ごめんね。アイオワ。余り楽しい話じゃ無いのよ」
だと言うのに、天気だけは腹の立つ程に良い。
「アシガラ」
「なに? ――うぷっ!」
突然抱きしめられた。
と言うよりは胸に顔を埋めさせられた。
おっぱいが凶器ってこう言う意味!?
「I'm sorry. Thank you. A men. Good luck……どんな言葉もアシガラの傷ついた心を癒やす事は出来ない。けれど願わくば、時がアシガラに幸せな思い出のみを残し、それ以上の幸せを運ばん事を」
「わかった! わかったから! I'm Happy! So Happy!」
「Really?」
「リアリィーーーッ!」
「Good!」
く、くるしいいいい!!!!
「ぜーぜー、はーはー」
天国で手招きしてるゴッドが見えたわよ。
来るかと聞かれたので、ふざけんなって答えてやったけれど……そうか、拒否したのか、私は。
『Feuer! Feuer!! Feuer!!!』
『Fire! Fire!! Fire!!!』
無線越しでも悪いと分るビスマルクとウォースパイトの仲だが、際どいところでちゃんと加減をしているし。
「Oh, great! 賑やかでいいわねぇ!」
アイオワはかつての敵にも分け隔て無い。
仕方が無いか。
旅は道連れ世は情け、袖振り合うも多生の縁、とも言うし。
振るのは袖じゃなくて砲塔だが、どうやら私の航海はまだ――
「……Hey。これ」
アイオワが見つけた海域に、やってきた私たちを待ち受けていたモノは、予想を超えるモノだった。
「ええ、大きいわね」
地図通りに在る島は、地図と異なり大きかった。
陸と海の境は絶壁部分が多かったが、砂浜も多少はある様だった。
砲台などの軍事施設は見当たらなかったが、港という人工物は備えていた。
「極秘裏に埋め立てた、それ以外に考えられないけれど。アイオワはどう思う?」
「俄には信じられないけれど、アシガラに同意する」
「なんてこと。私の担当海域〈にわ〉で、勝手に島を作るなんて言い度胸してるじゃない」
「それで、どうするの?」
「本国に連絡して追加調査を――」
――未確認航行体発見!――
陰ったと思う間もなく、太陽は消え失せた。
海風は墓場の様に生暖かくなった。
盛り上がった海面は羊膜のように裂けた。
現れたのは異形の人型たちだった。
一体、また一体。
次々と深海から産まれていった。
どれもなにも、禍々しかった。
その様な中に在って、特に大きな気配が在った。
黒いワンピースドレス、陶器の様な無機質な白い肌。
額で別れる長い黒髪の間からは、赤く光る双眸と二つのツノが、その存在を誇示していた。
その姿は、妖艶と呼ぶのが相応しい。
『Kaaaah!』
それは突然、牙を剥いた。
何海里と離れているのに目が合った。
一目見て分った。
こいつらは敵だ。
私たちの。
そして、人々の。
また、戦争が始まる。
飛翔音が鳴ったと思ったら飛沫が飛んだ。
どうやらアレは戦艦級らしいが、挨拶替わりの砲撃なんてやってくれるじゃない。
「アシガラ、指示を」
アイオワは先程までの陽気さを消し去っていた。
飛び掛からんばかりの前傾姿勢は、臨戦態勢だ。
はは。
かつて散々手を焼かされた敵が、これほど頼もしいとは思わなかった。
「ビスマルク、この銘を覚えておきなさい。あの世への手土産になるから」
軍帽の鍔を摘まむビスマルクは、涼しげだ。
「不愉快です。その姿は不愉快極まりない」
長い髪を背に凪がすウォースパイトは、優雅だ。
ビスマルクとウォースパイトも、いつの間にか戦列に加わっていた。
だが二人の、皆の決意溢れる眼差しは私と同じ物だ。
そうか。
私たちは、今、想いを一つにしている。
ならば、私がすべき事はただ一つだ。
「未確認敵性体を深海棲艦と呼称。本国に通達。『ワレ敵と交戦ス』第二戦闘速度。総員配置につけ」
この世が調和的でないことぐらいは分っている。
どの国も叩けば埃が出るならば、勝ったモノ勝ちになるのは当然だ。
この世の中に聞き心地の良い正義は無い。
だが、それでも生きなければならない人々は、戦いの傷を癒やそうと必死だ。
その邪魔はさせない。
ここからは、私たちが闘う。
守る為に傷つけ合う、その矛盾は艦娘〈わたしたち〉が、背負う。
それが、彼に助けられて、彼から命を受け継いだ私たちの務めだ。
――戦闘準備良シ!――
指にある指輪が燃えるように熱い。
あれほど重かったのが嘘の様だ ――そうね。
うん、そうする。
やる事が出来たから、私はまだこっちで頑張るわ。
「撃ち方 ――始め!」
お付き合いありがとうございました。
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