広さの割に圧迫感があるこの部屋で、姉妹達は手慣れた様に鉄製の箱〈ロッカー〉を開けた。
頭の奥を刺激する妙な匂いは、姉妹達や艦娘の香りが混ざった匂いだった。
人はこの部屋を艦娘〈じょし〉更衣室と言うらしい。
内密の話を姉妹達に持ちかけたところ、案内された場所がこの部屋だったのである。
妙高姉さんは、黒いベルトを緩め、ジャケットのボタンを外し始めていた。
目が合った。
「着替えの仕方は分る?」
「楽勝」
私は、壁に取り付けてある大きな鏡の前に、興味本位で立ってみた。
上から順に、青紫色がジャケット・黒色がタイトスカート・白色がストッキングと言うらしい。
艤装を取り外したその姿は、商社の会社員に見える。
今の装備〈ふく〉から、汚れても良い動きやすいタイプに換装を行う訳なのだが、当然の事ながら初めてだ。
「えーと、腰に巻いてあるベルトの金属部分を外して……あら? 外れない」
「こうするんですよ」
羽黒ちゃんは気が利くわね。
お手本を真似たら、間もなくカチと音を立て留め具が開いた。
「外れたわ!」
「はい。おめでとう御座います」
何故だろうか、少し恥ずかしい。
つづけて、ジャケットを脱ぎ、タイトスカートのジッパーを下ろす……あら? 腰に引っかかって、スカートが抜けない。
参考にさせて貰おうと羽黒〈いもうと〉の姿を見たら、妙な物に気がついた。
「ねぇ、羽黒ちゃん。ブラウスの下にあるピンク色でヒラヒラした装備は何?」
頬を染めながら、後ろ手でブラウスの裾を引っ張り、その装備を隠す仕草は可愛らしい。
「これは下着です」
「下着?」
「最初に取り付ける衣類です。ショーツって言うんです」
「ふぅん」
妙高姉さんは、華やかな刺繍をあしらった白だ。
那智姉さんは、飾りっ気の無いシンプルなグレーだった。
「私にも付いてるの?」
「その筈です」
「何というか、手間が掛かるわね」
「それが良いんですよ」
「理解できないわー」
船体の整備だと思えば、なんと言う事は無いのだが。
「それで話というのは何?」
妙高姉さんは、既に着替え終わっていた。
さすが長女。
「その事なんだけれど、どう考えてもオカシイわ。絶っ対なにか裏があるのよ」
「何の事?」
「提督よ、あの提督。提督って言ったら、艦艇がまとまる戦隊を、更にまとめる艦隊において、一番エライって事よ? 十代なんてあり得ない!」
どう考えても妙なのだ、不可解なのだ、怪しいと言っても過言では無い。
ところが、妙高と記されたロッカーの扉は、キィという金属の軋む音を立てるのみだ。
なぜ困惑するのだろうか。
結論などわかりきっているというのに。
「那智姉さんもそう思うわよね?!」
「その辺にしておけ」
「にゃんで!? 精悍で屈強であるべきって!?」
「上官批判は、士気に関わる」
「うぐ」
運動しやすい格好に着替えていた那智姉さんは、側頭部で結った長い髪を、シャツの中から引き抜いた。
その滑らかな髪の動きは、済んだ事を蒸し返すなと言わんばかりだ。
「私たちの指揮を執る提督が、少年だと知らされた時は、ちょっとした騒動になった」
「そうどう?」
「皆も、足柄と同じように、考えた」
那智姉さんから聞くところによると、少年提督への接し方に関して、艦娘達は、三つの派閥に別れた。
一つは、提督として敬う派である。ここは戦艦・空母など大型艦が多い。
二つは、敬うかどうかはおいておいて取りあえず受け入れる派だ。ここは重巡・軽巡……様々な艦娘で構成される最大派閥となっている。
三つは、隙あらば追い出す派だ。駆逐艦が多い。
あー、良かった。そりゃそうよねー。このクズ! って浮かぶ様だわ。霞ってば頼もしー
「そうならそうと……だった?」
継いだのは、妙高姉さんだった。
「あの提督はどこから来たと思う?」
「それは勿論、海軍兵学校?」
「軍令部」
「うぇっ!?」
海軍は、海軍省と軍令部で構成されている。
簡単に言うと、人事を行うのが海軍省、作戦を行うのが軍令部だ。
妙高姉さんの言う事が事実ならば、あの提督の着任は、組織の垣根を越えている事になる。
「つまり、及びも付かない高位の意思が動いている、と言う事よ」
「でも、」
「あの提督は、それだけの人物と言う事。証拠無く不服を訴えても、良くて門前払い。下手をすれば上官侮辱罪。最悪の場合は、反逆罪で軍法会議にかけられる。足柄だけ船型に戻されるなんて、私は嫌よ。だから少し落ち着きなさい」
「(証拠、証拠か……)あら?」
白い襟付きブラウスの隙間から、羽黒ちゃんが言うところのブラに、二つの膨らみが収まって居るのが見えたのである。
なんだろ、あれ……あ、あー、アレだ。
《おっぱいじゃ》
う、嫌なことを思い出してしまった。
「黒のレース……足柄姉さん……すごい”大人”っぽい」
「そうなの?」
「……」
我が妹の視線が痛いのは、何故だろうか。
”見た目相応”で十分に可愛いのに。
確認序でに全部脱いでみた。
うなじ・首筋・鎖骨・胸元・おへそ・下腹部・ふともも・ふくらはぎ・足先。
姿見に映る私の体は、流線形の船体を、確かに連想させる。
だが、柔らかで華奢で、どうみても海戦に向いていない。
「ふむ」
右手で髪を掻き上げて、左手は腰に置いて、ポーズも取ってみた。
呼吸に合わせて、二つの膨らみが、ツンと弾ける様に揺れた。
妙高型では一番大きい様だが、高雄型には一回り以上負けてる。
なぜかしら、少し悔しい。
「あ・し・が・ら」
「何? 妙高姉さん」
「早く服を着なさい」
「いいじゃない。こんなモノ」
「言っておくけれど、殿方に見せては駄目よ。惑わしてしまうから」
「これが? ふぅん」
惑わしたら馬脚を現すかしら、あの提督。