転生艦足柄と提督の秘密   作:D1198

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疑念

 艦砲射撃の挟叉とは確率の事だ。

 照準の精度には理論上の限界があるので、繰り返し撃たねば当たらない。

 風・波・味方・敵・強弱・多少・整然乱雑。

 これら要素〈パラメーター〉から成る組み合わせは膨大であり、時々刻々変化する海戦場において、命中という唯一の答えを算出する事など、事実上不可能だ。

 それ故の確率なのである。

 

 だが、無秩序に見える海戦場にあって、確固たる一つの流れが在る。

 人はそれを、運〈=Luck〉と呼ぶ。

 それは万物に平等だが、つかみ取ろうとする側の如何によって、平等では無くなる。

 だからこそ、勝利と敗北が産まれる。

 その流れを捉える術を、私は実戦経験と呼ぶ。

 要するに、勝利をつかみ取る力だ。

 

 

 水平線の近くで光が瞬いた。

 それは、準備完了を告げる駆逐艦らの信号だ。

 射撃目標に向けて、私は背負う五基の砲塔を旋回させた。

 南東の風、風力いちメートル。

 海面は、鱗の様なさざ波。

 

―仰角修正プラス三―

―方位角修正マイナス四―

 

 雲は少なく、お日様も穏やか。

 絶好の演習日和だ。

 

―砲術ヨリ艦橋、射撃準備良シ―

 

「足柄姉さん、始めて下さい」

 

 耳を手で押さえる羽黒ちゃんは、傍で立っていた。

 見物の皆は、少し離れた海面に立っていた。

 正真正銘の準備良し。

 海の果てまで届け――

 

「撃てぇーーーー!」

 

 発射炎。

 十の砲門から撃ち出された爆発的衝撃は、私の体を揺るがし、海面を抉り、重さ一〇〇キロの徹甲弾を、十発撃ち出した。

 音速を超えたそれは、おおらかな弧を描きながら、青い空を切り裂いていった。

 着弾。

 

 一つ目の砲弾が、二〇キロ先で浮く白い的を、破壊した。

 目標イチ ――命中。

 続いて二つ目の砲弾も当たりだ。

 目標二 ――命中。

 三つ目は、的を激しく揺らすのみだった。

 目標三 ――失敗。

 四つ目・五つ目と、砲弾が水柱を次々に立ち上げた。

 最後の十発目で、海に静けさが戻る。

 それは、電からの無線だった。

 

『命中八!』

 

 十発撃って命中が八発、つまり命中率八〇%。

 的も私も動かないならば良くて当然と言いたいけれど、快心の一撃だ。

 

「どう! みんな! 完全大勝……どうしたの?」

 

 私の腕前を見ようとやってきた第五艦隊の面々は、沈黙していたのである。

 

「……あの、羽黒ちゃん。手順か何か、間違えた?」

「皆、驚きすぎてるんですよ。私もですけれど」

 

 そうか。

 凄かったか。

 うふふ。

 

「皆見なさい! 完全大勝r――」

「足柄! てめぇ!」

 

 何事だろうか。

 詰め寄る摩耶は、目尻をつり上げていたのである。

 

「あのねぇ。質問は勝利って言い切ってからに、」

「うるせぇ! 電を何の食い物で買収しやがった!」

 

 胸ぐらを掴まれた。

 

「ズルなんてしてないわよ! 失礼ね! ぐえぇぇ……!」

 

 とぶ! トんぢゃう! からぁ!

 

「摩耶。その辺にしときや。足柄、白目剥いてるで」

「「ぜーぜー、はーはー」」

 

 私は首を絞められて、摩耶は興奮のあまり。

 

「……龍驤のおかげで九死に一生を得たわ………」

「……龍驤は、砲撃しねぇからな……」

「そうね……じゃなくて! ズルなんてしてないわよ!」

『本当なのですー』

『事実は事実だよ。信じられないけれど』

「電も響もこう言ってる!」

 

 摩耶は、どうみても拗ねた子供である。

 理解はしたけれど、納得していない、と言う意味だ。

 

「本当か?」

「本当」

「本当の本当にか?」

「本当の本当」

「挟叉〈かくりつ〉か、確率だからこんな事もあるってのか、でもブツブツ」

「違うわよ。全ては砲撃への愛情なんだから! って、何よ皆のその顔は。傷つくわね」

 

 運が悪いと人は言う。

 だが、こういった諸々には必ず予兆〈サイン〉が現れる。

 私の場合は、思い詰める摩耶の姿だった。

 

『砲撃への愛?』

『砲撃への愛ってなんだ』

『砲撃への愛なのか?』

 

 私は、それに気づく事が出来なかった。

 だが、やむを得ないのだ。

 砲撃の腕に覚えは少々あるが、摩耶は砲撃では無いのだから。

 

 

◆◆

 

 

 鎮守府の塀越しに、登ったばかりの太陽と、家々から立ち上る竈〈かまど〉の煙と、飛び立つ雀の群れが見えた。

 未だ朝靄が立ち籠める広場では、ブルマー姿の駆逐艦たちがランニングをしていた。

 

『プヘー』

 

 朝を知らせる喇叭の音が、鎮守府に響き渡る。

 当番は夕立だった。

 彼女は、鎮守府本棟の屋上で、朝の儀式を執り行っていた。

 

『プヘー』

 

 睡魔を通り越した疲労と早朝の爽やかさ、この二つを混ぜ合わせると全てが幻想的となる。

 私こと足柄は、現時刻を以て妙高姉さんから開放されたのだ。

 

『プヘー』

「この脱力感が心地よい、霞もそう思わない?」

「朝から冴えない顔をしていると思ったら、何かやったのね。聞くだけ聞いてあげるから、言いなさい。なんなのよ」

「霞~~!」

『プヘー』

 

 

 事の始まりは、昨日の夜だ。

 そろそろ寝ようかという頃に、高雄が青い顔で乗り込んできたのである。

 

《摩耶が! 摩耶がーーーっ!》

 

 その原因は、誠に遺憾ながら私なのだそうだ。

 

《鋼の様な逞しい体、触れたら火傷しかねない熱い砲身。素敵だよ、連装砲ちゃん。可愛いよ、連装砲ちゃん》

 

 連装砲ちゃんに、愛を語らう摩耶が、そこに居た。

 仲間達の顔の青さに、気づかない程の熱愛だった。

 

《あたしは、連装砲ちゃんの為なら死ねる》

《ねぇ、摩耶。確かに私は、『砲撃への愛情』と言ったけれど、そう言う意味ではないの》

《うええええ》

 

《だから、愛してるって言ってくれ!》

《純朴さというか、愛に形は無いと言う信念を、その身を以て示そうとする摩耶には、感動すら覚える。でもね!》

《うええええ!》

 

《ほ、本当か! あたしも、あ、あ、あいしてる!》

《島風の連装砲ちゃんを取ったらいけないと思うわ!》

《うえぇぇぇぇ……》

 

《連装砲ちゃん! もう離さない!》

《正気に戻って! と言うかもどれ! 妙高姉さんにバレたらまずいのよ!》

《……》

 

 迅速かつ正確。

 あぁん、もう。

 妙高姉さんったら、本当に卒が無いわ。

 秘書艦ではないのが、不思議なぐらい。

 

《ちょっ待って! 発端は確かに私かもしれないけれど! こんな事になるなんて! 予想なんて無理! っていうか展開が斜め上過ぎっていうか!》

《話があります。こっちにいらっしゃい》

《はひ》

《うえぇぇぇぇ!!!》

 

 

「と言う訳で、妙高おねえちゃんのお説教がオールナイトだったのよ……」

「足柄が来てからと言うものの、賑やかで良いわ」

「私にとっては大事よ」

「で、摩耶は?」

「《お医者様でも草津の湯でも惚れた病は治りゃせぬ》って提督が」

「その内冷める、か。カレの言いそうな事だわ」

 

 カレ?

 今、カレって言った?

 あの霞が?

 まっさかぁ……まさか?

 

「そんなボケボケじゃ身にも成らないから、今日の訓練は程々にしておく事ね。それじゃ」

「まって。提督とナニかあったの?」

 

 霞は赤い革製でできたリュックを背負っていた。

 ランドセルと聞いたのは随分後のことだ。

 

「講義よ講義。司令官の講義があるのよ。頭が良いのよ。カレ」

 

 聞き間違いでは無いらしい。

 

「ねえ、霞。提督についてコメントを頂ける?」

 

 頬を染め、か細い指先でピンク色の唇を弄ぶ姿は、噂に聞く恋する乙女と言う奴か。

 

「……悪くないわね」

 

 うっそーーーーー!

 

 

◆◆

 

 

 廊下の窓からは、工廠・ドックなど海軍らしい施設の他に、運動場やらプールやらが見えた。

 廊下に沿う様に連なる部屋には、白く小さい看板が備え付けられていた。

 それには、一年一組・一年二組などと記されていた。

 その一年一組という部屋に、三〇名程の仲間達がゾロゾロと入っていった。

 遅れて提督も入っていった。

 キンコンカンと鐘が鳴る。

 扉の隙間から見えるのは、教壇に立つ提督だ。

 

『では始めるぞ。テキストの十八頁からだ』

 

 見せて貰おうか。

 霞を籠絡したその頭脳とやらを。

 

『戦争が起る理由は様々だ。

 先の第一次大戦は戦争計画の暴発が原因だったが、中世・近世では名誉欲とか支配欲というモノで起った。

 十五世紀頃の話だが、この時に起きた一〇〇年戦争も、貴族同士の権力争いが発端だからな』

 

『はた迷惑です』

『不知火がそう思うのも無理は無い。

 だが、常識というモノは時間と距離に比例して変わる。

 また、時を遡って当時の人を正す事が出来ないならば、今を生きる我々が、昔の人をどうこう言うのはナンセンスだろう。

 その時はそれが正しかった、そう理解しておくことだ』

 

『そうなのか?』

『考えて見ろ、木曾。

 未来からやってきた人間が、《お前らは間違っている!》 そう正そうとする。

 だが、未来人がそう思うのは、我々という過去を経たから、そう思うに過ぎない。

 事を起こす前にその出来事を無くしてしまえば、未来人的な意味での”悪い”も無くなるだろ?

 そうすると、未来人が改めて悪いを起す。

 なぜなら、過去を改ざんした時点で、未来人が悪いと思う出来事も無くなっているからだ。

 であるからして、過去は糾弾するモノではなく、学ぶべきモノとするべきだ』

 

『はい、司令官』

『なんだ響』

『司令官は、過去の悪いに直面した時、どうする?』

『……そうだな。

 かつて、時の権力者に虐げられ続けた民族が居た。

 何故我々の神は救ってくれないのか。

 何故暴君に罰を下さないのか。

 この疑問に、彼らは産まれながらに罪を持っているからだと考えた。

 苦しくとも神を信じ抜けば来世で救われると信じた』

 

『なによ、それ』

『まぁ聞け、霞。

 ここでの問題は、正しい間違いでは無く、その想像力と解釈力だ。

 これに見る様に、人間のそれは非常に強力で、同じモノを見ても、人によって意味が異なってしまう。

 良い例が、”歴史とは勝者の歴史”だ。

 最早、好みと言ってしまっても良いだろう。

 

 だが……原因が結果となり、結果が原因となるのが人の世なら、俺らの行動は何かの始まりとなる。

 つまり、俺達は歴史の最先端を生きている。

 未来人が好みで作る後付け解釈など、犬にでも喰わせておけ。

 それが、俺の答えだ』

 

 

 何を言ってるのか、分らない。

 

『『『???』』』

 

 皆もよく分らないって顔をしている。

 よかったー、皆が分らないなら私は普通だ。

 でも……これから起こる事を知っている、そう聞こえるのは気のせいだろうか。

 キンコンカンコンと、講義終了の鐘が鳴る。

 私が立ち去ろうとした、その瞬間に、それが起こった。

 

『提督さんのあの言い方は失礼ぽぃっ!』

『夕立をバカにした訳じゃ、痛っ!』

 

 私は、その光景に見覚えがあった。

 その提督の手には、一冊の本があったのである。

 

《よく分る》

《だって私も負けたから》

《でも、何がそんなに、悔しいの?》

《その手の本は、なに?》

 

 なぜ私は、神との出来事を思い出したのか。

 なぜこの提督は、あの男の子と同じ本を持っているのか。

 なぜ。

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