私は走った。
石畳の道、芝生の上、鎮守府の中を、力の限り駆け抜けた。
足りない。
攻撃力が足りない。
私の直感が、あの提督相手では足りないと告げている。
足りなければ、持って来るのみだ。
つまりは改装である。
重巡を上回る存在と言えば、ただ一つ。
◆
ドックに通じるハッチを開ければ、肌色率が大きい姿の隼鷹と出くわした。
目が合った。
「私たちのスタイルならこの位がベストね。隼鷹もそう思うわない?」
「意外と私、やるからねぇ」
何のこれしき。
まだまだ二回目だ。
隣のドックのハッチを開けたら、そう言う姿の潮が立っていた。
「駆逐艦でコレ? アリエナイわ……」
「すみません・……あまり、こちらを見ないで……」
げんなりしつつも三回目。
「多摩って意外と……あるのね」
「ありがとにゃ。この白を使った迷彩、気に入ってるにゃ。にゃぁ……」
疲労感を吹き飛ばす四回目。
「そうよね! 高雄型は、摩耶は、こうじゃ無いとね! 最早安心感すら有るわ!」
「当ったり前だろ? あたしは摩耶様だぜ?」
そろそろ正解が欲しい五回目よ!
「さー、そろそろ今年も夏が来るでぇ~。うちもいつか、イケてる水着で砂浜ブイブイいわしちゃるで~、見とけよぉ~!」
「どこ! 大きいのはどこよ!?」
「あっかーん!ちょっちピンチすぎやー!」
「これだけ探してるのに! もう! 全く見つからないってどういう事よ!」
「って、そこの新入り重巡! うちはここにおるやないか! 軽とは言えこの龍驤は空母やで! なにが不満なん……あ、こらぁ!」
やってきたのは、切削油の臭いが尽きない工廠である。
バーンとシャッターを開けた。
「これでどうだの六回目! ってちょっと明石! 下着姿でナニやってるのよ!」
計測器や工具など良く分らない機械が、雑多に置かれた狭苦しい部屋で、明石は、胸元を強調する前屈みのポーズを、鏡になるまで磨かれたアルミの大きな切れ端に、映していたのである。
「これは水着! って言うか突然入ってきて何!」
「戦艦を探してるのだけど……水着って海へ潜るときの衣類でしょ? 縁起悪くない?」
「ドイツ製の工具がほしいなーって、提督に予算の許可をもらうの。だから」
「それで水着?」
「そう」
私は明石を見た。
体を庇う様に巻かれた腕の間で、程よい大きさの膨らみが、自己主張していた。
私は、自分のそれを外側から持ち上げてみた。
服の中に収まる大きくて重いだけのコレの使い道を、私は常々模索している。
「コレって、やっぱりそう言う風に使うの?」
「まだ使ってないんだ」
「え?」
「え?」
「そんな事より改装よ! 改装!」
「そんな事?!」
「丁度良いわ! 戦艦の大和の主砲が欲しいの! ババーンとお願い! 明石大明神さま!」
「無茶!」
「無茶は承知! でも何とか借りてきて! 明石如来さま!」
「だから無茶! そもそも就役してないから!」
指折り数えて、ひいふうみい。
いっけない。
戦艦大和の就役はまだ先だ。
◆
腕を組んで私を見る明石の顔は呆れだが、若干胡散臭さも混じっているかも知れない。
「意外と耳が早いのね。大和の建造は極秘なのに」
「噂話には事欠かないから」
提督が、この明石と夕張と共に、ナニかをしていると言う噂は、有名だ。
水着明石の後ろに置かれたお皿形状の何かも、恐らくそれ絡みだろう。
余談だが、それがパラボラアンテナと知ったのは随分後の事になる。
明石は白い布をアンテナにかぶせると、自身にはエプロンを巻いた。
「口外無用よ」
機密ならば当然だろうが、水着にエプロンを巻くと、何かが悪化している気がする。
「就役前でも、図面はあるのよね?」
「あのねぇ。そもそも戦艦大和の主砲塔って一基で二五〇〇トンもあるのよ? 駆逐艦と同じ重さの砲塔なんて、重巡だって積めないって」
「頭ごなしの否定に、進歩は無いのよ」
「程度による」
「少しぐらい考えて――」
「くれない」
「明石って頑固ね。工具みたいにガチガチだわ」
「ユルユルよりはマシ」
「誰がユルユルよ。失礼ね」
「んで、何で改装になるわけ?」
「演習をする事になったのだけれど、どうしても負けられないから」
「演習なら艦隊戦〈チーム戦〉でしょ? 強いメンバーを募れば?」
「強いメンバー……戦艦って誰が居る?」
「戦艦は余り居ないというか、艦娘になってるのは金剛だけ」
「は?」
工廠の壁の向こう側にあるのは、二つの気配である。
恐る恐る、窓から覗いてみると、提督と金剛だった。
『Hey! 提督ぅ! 提督の旗艦が那智と聞いたネ! 高速戦艦たる私をどうしてのけ者にするんデスカ!』
『金剛は強すぎるからだ。加わったチームが必ず勝ってしまう』
『だったら仕方が無いデスネー♪』
あらいやだ、金剛ったら可愛い娘。
私が窓を閉めたら明石は肩を軽くすぼめて見せた。
「正規空母もそうだけど大型艦の艦娘化は、暫く無いって話。ほら、ワシントン海軍軍縮条約」
列強各国は、国が傾く程に膨張した軍事費を押さえる為に、皆で仲良く軍縮する事にした。
大雑把に言えば、保有軍艦数を制限する事にしたのである。
それがワシントン海軍軍縮条約だ。
ただ、全ての艦艇を艦娘にするとこの国から艦艇が消えてしまい、そうすると怪しいどころの話では無いので、重巡以下を中心とした施術に留まっている。
金剛が艦娘になったのは例外で、その理由は艦齢だと言うのがもっぱらの噂だ。
明石は、艦娘名簿をペラリとめくる。
「お召艦の比叡に至っては予定すら無いからね。戦艦も大変だわ」
「なるほどね。でも、それって良いの?」
「良い奴ってのは死んだ奴だって提督が」
「どういう意味?」
「正直が美徳とされるのは、日常生活レベルのみなんだって」
遺憾な事に、そのセリフを発したシーンが、明瞭に脳内で再現された。
目眩どころか頭痛すらする。
「……どういう育ちをしたら、あぁいう十七歳になるのかしら。親の顔が見てみたいモノだわ」
「年齢以上のモノを知ってしまったんじゃない? 頭が良すぎるのも大変よねー」
「なによ。その目は」
「別にぃー。大和の主砲を欲しがる重巡ってどうよ? ってー」
まったく。
頭脳派というのはどうして行動の前に決めつけてしまうのだ。
この世の中が計算式で出来ている訳でもあるまいに。
「あら?」
駆逐艦の響がトテトテと歩いていたのである。
大和の主砲塔と駆逐艦は同じ重さ、か。
ふむ。
「響、少し良い?」
「足柄、なんだい?」
「高いたかーい」
両脇を掴んで挟んで、響を持ち上げた。
多少重いがどうと言う事は無い。
「見なさい明石! ほら持てる!」
「マジなのかネタなのか微妙なのは止めて! 技艦的に困るから!」
「明石の頭の固さはダイヤモンド級ね。細かい事に気にしすぎると、早くふけるわよ」
「本当にネタなんでしょうねー。嘘だったら修理するわよ。このおバカ」
私は響をゆっくりと下ろした。
ところが響は、熱い眼差しで私を見ていたのである。
「足柄。もう一回頼めるだろうか」
「これを気に入ったの?」
「うん」
「ほら、高い高いー」
「ハラショー」
視線を感じた。
いつの間にか駆逐艦達の熱い眼差しを一身に浴びていた。
最初は電で「響ちゃんは楽しそうです」、次は暁で「レディは、して欲しいなんて思ってないんだからね!」、最後は雷だった「私たちもよろしく頼むわね!」。
「こうなったら鎮守府の駆逐艦を全員連れてらっしゃい! 重巡足柄の底力をみせてあげる!」
「浜風です。足柄が嬉しい事をしてくれる、と聞きました」
「浦風〈うち〉らもよろしゅうね」
「でも陽炎型〈ねんちょう〉は遠慮するべきよね!?」
私の呼びかけに集った仲間は、摩耶・龍驤・木曾そして不知火・雷・暁ほか駆逐艦たちだ。
こうして足柄〈わたし〉を旗艦とする足柄艦隊は、那智艦隊と闘う事になったのである。