転生艦足柄と提督の秘密   作:D1198

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演習

「隼鷹ヨリ入電。『当艦ハこれヨリ別行動ニ移ル。貴艦ノ健闘ヲ祈ル』」

 

 通信士に隼鷹への返礼を命ずると、那智〈わたし〉の艦橋の窓から、早々に艦隊から離れる隼鷹の姿を、見る事が出来た。

 微かな弧を描く水平線は穏やかで、私に続く高雄・多摩・響・電・潮らにも異常は無い。

 作戦に慎重さが求められる事は知っているが、少々大げさでは無いだろうか。

 カンカンカンと艦橋の階段を上る音がする。

 ふむ。

 待たせてしまったと気を遣わせるのも悪いので、現れてから振り返る事にしよう。

 狭苦しくも機能的な那智〈わたし〉の艦橋に現れたのは、若い司令官だった。

 

「遅れて済まない。隼鷹は?」

「作戦要綱通りに今し方艦隊を離脱した。顔色がまだ良くないな。もう少し寝ていたらどうだ」

「船酔い程度では指揮を中止に出来ない」

「船酔う水兵に嘆いて良いのか、その気概を感心するべきなのか、判断に迷う」

「……始めるぞ」

 

 若干ではあるがふくれっ面の彼が、艦橋に備え付けのテーブルに、広げたのは海図だ。

 幾度繰り返したのだろうか、鉛筆の跡が無数に書き込まれていた。

 その書き込み具合は、静かな海にあっては騒がしいぐらいだ。

 

「状況は?」

「見えるのは鳳翔さんの審判機のみだ。演習海域だと分っていなければ、巡航(クルージング)と勘違いしかねない静かさだな。司令は嵐の前の静けさだと思うか?」

 

 頷いた彼は、海図に置いた指を滑らせた。

 

「俺らの現在位置は、ルソソ島のこの位置だ。ここからシブヤソ海の北にある海峡を抜けて、サーマノレ島の東側に出る。足柄たちの現在地は不明だが、水上偵察機の”足柄の居なかった海域”から判断して、そろそろ警戒を――なんだ。上の空とは那智らしくない」

「いや。司令官〈おまえ〉が始めて私に乗った時の事を思い出した」

 

 私たちは、人型と船型を同時に有する存在である。

 それゆえ、人が乗り込むことができる。

 分身とも言える重巡那智の艦橋で、司令官と那智〈わたし〉が向かい合っているのは、その為だ。

 それは少し前の事。

 

《双眼鏡ヲ御持チシマシタ》

《うわっ!》

 

 何でも知っているこの若い司令官は、乗組員である妖精さんに面食らったのである。

 

「それを言うのは何度目だ」

 

 司令の唇は、体裁の悪さを隠そうと、真一文字に結ばれていた。

 

「いや、素の司令官を見る事が出来た私は運が良いのだろうと、な」

「残念だ。那智はもっと真面目だと思っていた」

 

 そう言われると、もっとからかいたくなる。

 

「バカを言え。私がここまで尽くしているというのに、司令官〈おまえ〉は足柄〈いもうと〉の身を案じてばかりだ。これぐらいは許されるというモノだ」

「万が一、足柄を船型に戻す事にでもなれば士気に関わる。それだけだ」

「軍帽の影に隠れた司令官の顔が何色なのか、非常に興味があるな」

「やめろ」

 

 それは突然だった。

 底が抜けた様な青空に、ヒュルヒュルと言う飛翔音が響き渡ったのである。

 一つ、二つ、三つ、全て数えなくとも十に決まっている。

 この飛翔音を放つ艦艇は、世界で四隻のみだ。

 

「どうかしたのか?」

「司令はそこの椅子に座れ! 早く!」

 

 不可解そうな顔をしている司令の前で、私は無線のマイクを掴み取った。

 

「こちら旗艦那智! 全艦隊に告ぐ! 敵の砲撃に備えろ!」

 

 着弾で私の船体が激しく揺れた。

 様々な轟音 ――海面を抉る音・金属の軋む音・爆発する音が、艦橋に響き渡った。

 艦隊に被害が出たに違いない。

 

「見張リ台ヨリ艦橋! 敵艦影発見! 艦影ヨリ妙高型ト推測!」

「被害報告急げ!」

「高雄・多摩・潮ガ小破! 響ハ軽微! 当艦及ビ他ノ駆逐艦ニ損害ナシ!」

 

 隼鷹が居ないのが幸いか。

 

「見張り員は何をしていた! この凪で見落とすなど練度不足にも程がある!」

「敵艦隊マデ……目測十海里!」

 

 水平線目一杯の距離を狙って当てた?

 椅子に腰掛けていた司令官は、ゆっくりと立ち上がると、落ちた軍帽を拾い、そして静かに被りなおした。

 

「こちらの練度が低いんじゃない。足柄の練度が高いんだ。那智。そのマイクを貸してくれ」

 

 慌ただしい状況にあって、彼の振る舞いは非常に静かだった。

 つられてしまう程だ。

 

「提督より全艦へ。作業をしながらで良いので聞いてくれ。

 これほど大規模な演習は皆も初めてだろう。それに、アウトレンジからの精密な砲撃が加われば皆が驚くのも当然だ。俺も驚いた。だが、今は驚いていないのはある事を知っているからだ。それをこれから皆に伝えるから、良く聞いてくれ。

 敵が熱くなっている時に、冷静であれば勝てる。

 身につけている装備の感覚を思い出せ、近くに居る仲間の存在を思い出せ、日々の訓練を思い出せ、各艦がその義務を尽くすことを期待する。以上」

 

 若さ故に声の高さはやむを得ないが、艦隊に統率力を取り戻させるには十分な指揮だった。

 鎮守府を吉原だの、この司令官を腰巾着だの、揶揄する輩に彼の姿を見せてやりたい。

 

「全艦第二戦速! 相手は強敵だぞ! 気を引き締めてかかれ!」

 

 

◆◆

 

 

 足柄〈わたし〉は腕を組んで考えた。

 仮に、あの少年提督が神の密命を受けて、未来から来たとする。

 それならば、未来の歴史書を持っている理由が付く。

 前の鎮守府で見覚えが無いのも当然だ。

 素直に考えれば分が悪い。

 けれど、

 この演習は未来どころかどの時代にも存在しない。

 つまり、本が役に立たないならば状況は対等だ。

 いや、経験している私に一日の長が有る。

 

「鳳翔さんからの撃沈判定は無しだぜ。流石の足柄も一撃必殺って訳にはいかねぇか」

 

 そう言う摩耶が見るのは、水平線から立ち上る黒い煙だ。

 海水は燃えないから、命中した証となる。

 急ぎ次弾をと思っていたら、白い煙が混じりだした。

 私の長距離砲撃を封じるこの煙幕は、流石提督と言ったところだろう。

 

「流石に的のようにはいかないわ。けれど近づけば外さない」

 

 こっわーい狼がこれから行くわよ。

 覚悟しなさい。

 

「頼もしいけれど、あたしの分は残してくれよ」

 

 この摩耶は言動とは裏腹に可愛らしい顔立ちなのだが、今はこわばって台無しだ。

 

「気合いは十分、と言いたいけれど入れ込みすぎね。肩の力を抜いて」

「そんなに力んでるか? あたし」

「ええ」

「何かと理屈をこねて対空改装をさせようとする提督に、一泡吹かせられるかと思うと、こうみなぎってくるんだよ」

 

 航空戦力は確かに脅威だ。

 けれど、こちらにも龍驤がいるから問題は無い。

 

「足柄は随分と余裕みたいだな。これほど大規模な演習なんて初めてだってのに」

「負けたくないだけよ」

 

 

『敵艦捕捉!』

 

 それは先遣隊である駆逐艦からの連絡だ。

 ここからが本番である。

 

「全艦第二戦速! 戦闘準備!」

 

 本隊の駆逐艦たちが、小さい手足を一生懸命に動かして、海面を蹴っていく姿は、愛くるしくもあったが、見ていて心配にもなった。

 

「来やがったか! 那智とは一度やりあってみたかったんだ!」

 

 力強く海面を蹴る摩耶の後ろ姿は、凜々しくも頼もしい。

 頼もしいのだが、そのセリフに縁起の悪さを感じるのは何故だろう。

 

 相手との距離が、十海里・九海里・八・七……と近づいて、いざ艦砲射撃と思いきや、肩すかしを受けた。

 青い海と青い空、水平線の向こうで浮かぶ島々。

 海峡を抜けてきた私たちを、待ち受けていたモノは、もぬけの殻である。

 

「誤認じゃ無いのね?」

「日本刀みたいな顔に蝶々みたいなサイドテール、あんなちぐはぐな奴見間違えるはずねぇだろ」

 

 そうまで言う摩耶だが、不可解さを隠さない。

 あちらのメンバーは、那智・高雄・多摩・響や電を始めとする駆逐艦たちと、飛鷹型軽空母二番艦 隼鷹だ。

 どちらかというと非好戦的な面々だが、だとしても那智姉さんが逃げるとは考えにくい。

 

 はて……ちょっとまって。

 知ってる。

 この話は知ってる。

 それは、かつて私の乗組員達がしていた話だ。

 と言う事は……

 慌てて海図を取り出せば案の上だ。

 この海域は、一九四四年十月、思い出したくもないあの海戦のとうり二つだ。

 

「おい。どうした。顔色が悪いぜ」

 

 摩耶を始め、皆が海図を覗き込むけれど、今はそれどころでは無い。

 那智姉さんの動きが、栗田艦隊と同じだとするなら北上して逃げる事になる。

 これは偶然?

 それとも罠?

 いや待て。

 落ち着け足柄。

 

「うちらはどうしたらええんや。艦載機の皆も待ちくたびれとるで」

「ちょっと静かに!」

 

 この距離・この地形なら、そうか。

 那智姉さん達は私たちを誘い込んで、私たちの腹を襲うつもりだ。

 

「皆良く聞いて。今から二手に分ける。

 私たちは追撃、足が遅い龍驤は指定のポイントで迎撃を行う。

 つまり挟撃を掛けるわ。

 異論は?」

「よっしゃ。空母機動部隊出撃するでー」

 

「龍驤には、護衛の駆逐艦を一隻付けるから ――摩耶?」

「足柄は頭脳派だったのか。狼狼って言うからどれだけ熱い奴かと思えば、がっかりだぜ」

「狩りは熱くなったら負けるのよ。やる気は?」

「あるに決まってるだろ。あたしは摩耶様だぜ?」

「作戦開始ね」

 

 と言いたいけれど、この海戦を私たちに再現させるなんてなんて陰険なのかしら。

 この憤りは砲撃に上乗せよ!

 ところが、事態は予想外の展開を見せた。

 

『こちら龍驤! 旗艦足柄応答されたし!』

『無線封鎖中よ! 空母〈りゅうじょう〉の位置が割り出されたらどうするのよ!』

『指定ポイントに那智らがおらんのや! 予想航路を遡っても見つからん! なんかヤバイで!』

 

 ゾクりと悪寒が走った。

 航進を続け今まさに湾を出ようとする私たちが出くわしたのは、予定ではまだ何十海里先に居る筈の那智艦隊だった。

 那智・高雄・多摩・響や電を始めとする駆逐艦たちは、教科書に載りそうな程の綺麗な丁字陣形〈まちぶせ〉をしていたのである。

 裏の裏を掻かれた!?

 

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