転生艦足柄と提督の秘密   作:D1198

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転生艦 足柄

 那智艦隊 旗艦那智 艦橋

 提督は、双眼鏡をゆっくりと下ろした。

 

「忘れたか、足柄。あの戦争は、精神力だけでは気持ちだけでは、何ともならない事を俺らに見せつけたんだ。あのターンに気づいたお前が、それに気がつかなかったのか?」

《神に伝えなさい! 例え船型に戻ろうとも! 例え時代が変わっても! 日本海軍の重巡としてその責務を果たすわ!》

「いや。大勢の仲間の撃沈と乗組員の死、それを直に見てきたお前だからこそ、あれは間違いだったのだと証明したかったんだな。済まない。レイテ沖海戦の事なんて思い出させたくはなかった。だけど、それではダメなんだ ――那智」

「砲雷撃戦、用意! 撃ち方始め!」

 

 

 那智艦隊による砲弾と魚雷が、ここぞとばかりに打ち込まれた。

 着弾によって、逆流した滝の様に天に昇った海水が、直ぐさま叩き付ける様に落ちてきた。

 その一つをカーテンの様に払い除ける摩耶の罵りは、足柄〈わたし〉の代弁に他ならない。

 

「クソが! 待ち伏せかよ!」

 

 艦隊への被害はまだ無いが、皆回避で手一杯だ。

 こうなっては、一度離脱するより他は無い。

 時間が経つ程に状況は悪化してしまう。

 

「全艦緊急離脱! 指定ポイントに四方八方に逃げ、――っ!」

 

 衝撃が船体〈わたし〉を、揺るがした。

 

――第三砲塔大破!――

 

 背負う艤装が無残な姿になっていた。

 当然だけれども、狙いは旗艦〈わたし〉か!

 

「お前……あたしを怒らせちまったなぁ! でえぇぇい!」

 

 摩耶が、砲弾と魚雷の海に向けて、最大戦速で駆けだした。

 考えるまでも無く突入する気だ。

 

「摩耶! 指示に従いなさい! 逃げるのよ!」

「馬鹿野郎! 旗艦〈あしがら〉を失えばあたし達の負けだ! 足止めするからその内に龍驤と合流して立て直せ!」

「付き合うぜ摩耶! 一隻じゃ厳しいだろうからな!」

 

 摩耶と木曾の遠ざかる背中が、敵艦に突入する零戦の姿と重なった。

 

「レディは逃げないんだから! ふ、ふぇぇぇん!」

「暁はそこをどかなきゃ駄目よ! 撃てないわ!」

「死なば諸共……アナタも一緒よ……沈め!」

 

 被弾しても戦い続ける暁・雷・不知火の姿が、私に別れを告げたかつての仲間の姿と重なった。

 仲間の元に駆け付けたい衝動が、私の中で暴れ狂う。

 だが駄目だ。

 目の前の出来事に捕らわれ過ぎるな。

 風・波・味方・敵・強弱・多少・整然乱雑。

 私が求めるのは、戦場にたゆたう一本の糸。

 

『――。』私の中で一滴の雫が跳ねた。

 

 捉えた!

 

 ―仰角修正プラス三―

 

「1!」

 

―方位角修正マイナス四―

 

「2!」

 

――距離八海里――

 

「3!」

 

――装填弾頭、徹甲弾――

 

「4!」

 

―砲術ヨリ艦橋、射撃準備良シ―

 

 五秒差で私の勝ちよ!

 

「撃、」

 

   ◆

   ◆

   ◆

   ◆

   ◆

 

 これは、現実かそれとも幻なのだろうか。

 砲弾が着水する直前で止まっていた。

 皆は、蝋人形の様に動かなくなった。

 背負う艤装の反応もない。

 私の心象時計は、五秒目の直前で止まってしまった。

 これはアレだ。

 危険が及ぶと、体感時間が遅くなるという防衛本能〈タキサイキア〉……だが私はナニを見落としたというのだろう。

 遠くに攻撃目標である那智艦隊が見える。

 那智艦隊は、那智・高雄・多摩・響や電を始めとする駆逐艦たち。

 そして……そして?

 タキサイキアから戻った私が見たモノは、頭上で蠢く多数の九九式艦爆機から、既に切り離された多数の二五〇キロ爆弾である。

 

「じゅ、隼、鷹?」

 

 足柄艦隊より西へ二六海里

 マノイダ湾内

 那智艦隊 所属軽空母 隼鷹

 

「こうも一方的だと幾ら演習でも気も引けるー。けれど、コレも仕事! いっけーーーっ!」

 

 栗田ターンに気を取られ、させられて、待ち伏せされた。

 待ち伏せに気を取られて、隼鷹の存在を忘れさせられた。

 全てが提督の手の平の上だって言うの?

 私は真上から迫り来る爆弾を、ただ見ていた。

 

 ペチョリとは、ペイントを艦橋〈あたま〉から浴びる音である。

 撃沈の証であるペイントはしょっぱかった

 

「く、くやしいーーーーーっ!」

 

 

◆◆

 

 

「苛立たしいです。腹立たしいです。この様な屈辱初めてです。ジタバタジタバタ」

「だだっ子その者だが、そこはかとなく品が良いな」

「お恨み申し上げますっ!」

「そこまで言うのか」

 

「あったりまえじゃない! あんな! あんな!」

「では話を続けるぞ」

「細身のクセして図太いわね」

「それで、足柄がレイテ沖海戦を知っているのは……だから”神”なのか」

 

 この配慮は認めざるを得ないだろう。

 正直に言うと、思い出したくすらないのだ。

 

「提督の推測通りよ」

 

 私は、提督を神の手先だと思った

 提督は、私を神の手先だと思った。

 手品のタネは単純だというが、これでは試練と言うより悪ふざけだ。

 

「神に一杯食わされたと言う事か。足柄も転生者だったなんて……いや転生艦か」

 

 彼は手元にある”たぶれっとぴーしー”という未来の道具を、苛立たしげに突いていた。

 色つきで高精度という写真が撮れるだけでなく、活動写真〈=動画のこと〉も可能な、とても便利な道具だ。

 だが、ペイントまみれの私たちが映っている写真は、いつか消去せねば成るまい。

 

「私も質問。あれだけの本をどうしたの?」

「本?」

「ほら、書庫が空っぽになってた」

「あぁ、特典を使った」

 

「はい?」

「異次元空間の倉庫に入れた」

「異次元?」

「神から貰った超能力と言えば分るか?」

 

「インチキじゃない!」

「演習の結果には無関係だな」

「うぐ」

「さて、勝負の事なんだが」

 

「分ってるわよ」

「分ってる?」

 

 ジャケットのボタンを外したら、胸元のリボンを緩めた。

 提督は不可解そうな顔をしていた。

 

「足柄?」

 

 ジャケットを脱いだら、タイトスカートのジッパーを下ろした。

 提督は、戸惑い始めた。

 

「な、なにを」

 

 ストンとスカートが落ちたら、ひんやりする空気が、太腿に纏わり付いた。

 彼の顔が歪み始める。

 

「ちょ、」

 

 リボンをスルリと襟から抜いたら、白いブラウスがシュルリと肩から滑り落ちた。

 

「まてまてまて!」

「ちょっと待って。今からホックを外すから」

 

 まだ慣れないのだ ――パチリとようやく外れた。

 

「な、な、な、なんだそれは! なぜそうなる!」

「男の人って好きなのよね? これ」

 

 私の指先にあるのは、外したブラで半分が隠れる、私の乳房だ。

 

「違う! そうじゃない! そうだけど違う!」

「ペナルティって脱げって意味、」

「いいからとにかく服を着ろ! 命令だ! 命令!」

 

 左手で顔を隠し、右手であらぬ方を指す、提督の顔は真っ赤だ。

 妙高姉さんの言った通り、これは殿方を惑わしたが、ここまでとは思わなかった……あら? 突然体が火照りだした。

 なぜだろうか。

 急に、恥ずかしく――

 

「ひゃっ!」

「自分から脱いでおいて恥ずかしがるな!」

「いまそうなったのよ!」

「訳が分らん!」

「……」

「……」

 

 う、突然黙るのは反則だ。

 

「な、なにか、言ったら?」

「あ、うん、綺麗だと思う」

「あ、ありがと」

 

 私は何を口走っているのだろう。

 

「でも、もう限界だから、向こう向いてて……」

「目は瞑ってる」

「それでも困る……」

「分った……ちょっと待て。ここで着替えるのか」

「この姿で廊下を歩いたらって」

「……手短に」

 

 私と彼の呼吸が絡む。

 胸の高鳴りで倒れそうだ。

 シュルリ、衣擦れの音がここまで羞恥を煽るとは思わなかった。

 

「い、良いわよ」

 

 ブラウスから髪を抜いても、提督はまだ背を向けていた。

 

「えーとだな。事情が事情だけに、ペナルティの話は無しだ。とにかく今日はもう休め。ご苦労だったな」

「そ、そうする」

 

 うぅ。

 頬どころか全身が熱い。

 どこかで冷まさないと、とんでもない大失態を犯してしまいそうだ。

 

「あれ?」

 

 執務室と廊下を繋ぐ扉は、ノブを回すと開くのだが……開かない! なんでーーー!?

 

「あのだな、」

「うにゃっ!?」

 

 駄目よ! 駄目だから! いま何かされたら死ぬ! 死んじゃうから!

 

「足柄に頼みがある」

 

 へ?

 

「秘書艦に、なって欲しいんだが」

「え、あ、……うん」

「それじゃお休み」

「……うん。お休みなさい」

 

 カチャリと扉があっさりと開いたのは、ノブを逆に回していたからだ。

 幸いな事に、廊下には誰も居なかった。

 パタリと扉を閉める。

 

「ま、まぁあれだ。味方である事は確かだし、腕も確かなら多少の不満は我慢するべきよね。うん」

 

 秘書艦……思わず承諾してしまったけれど、明日どんな顔して会えば良いのだろう。

 あはは。

 狼ともあろう者が形無しだ。

 

 

 一九四一年十一月五日

 太平洋戦争の発端となる歴史的作戦が、御前会議で承認された。

 原因が結果を生み、結果が原因となるのがこの世の中ならば、一度起きてしまった流れに抗う事は不可能だ。

 私も彼も、まだそれを知らない。

 

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